約束というほどではなくても

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
19 / 52

第19話 十文字香の手記 その九

しおりを挟む



「総長、またあの子来てるよ」

「あ?」

 その声に、岩崎はビクッと肩を揺らした。このコンビニは『死者の行列ワイルドハント』のメンバーが良く立ち寄る場所で、駐車場で良く集まっているのを見かけた。髑髏の刺繍の入ったスカジャンを羽織った一団に、不快そうな顔をする客もいたが、概ね「いないもの」として扱われていたようだ。

 岩崎はこのコンビニの近くにある、学習塾に通わされていた。実態としてはまともに通ってはおらず、大抵はコンビニで漫画雑誌を立ち読みして過ごしていた。岩崎自身は、暴走族にポジティブな感情も、ネガティブな感情も持っていなかった。ただ、気楽そうな集団だな、と思っていた気がする。

『総長』と呼ばれていた男の気まぐれだったのだと思う。振り返ってみれば、コンビニにいつもいる不良少年だった自分を、気にかけてくれたのだと思う。総長に言われたのか、手下らしい少年が岩崎に声を掛けて来た。

「おうガキ。お前中坊か? ちょっと来いよ」

「は?」

 既に不良少年に片足を突っ込んでいた岩崎は、暴走族に絡まれても物怖じしなかった。声を掛けて来た少年も、自分とそう変わらない年齢に見えたし、怖がる理由もない。

 良いから来いと言われ、総長の前に連れ出される。総長と呼ばれた男は、怜悧な瞳の金髪の男だった。近づくと、煙草の匂いがした。

「お前いつもコンビニに居るな」

「……どうでも良いだろ。煙草臭えんだよ」

「あ? ああ、悪い悪い」

 そう言って、総長が煙草をもみ消す。存外、穏やかな笑みだったのに、ドキリとした。

 煙草を消すと、総長がバイクにかけてあったヘルメットを、岩崎に被せて来た。突然のことに、驚いて手を振り払う。

「何だよっ!?」

「乗せてやるよ。後ろ」

「え?」

 多少強引にバイクの背に載せられ、岩崎は夜の街を走り回った。最初は怖かったが、総長の背は安心できた。そのうち、過ぎ去っていく街の光に、むしゃくしゃしていた気持ちが飛んで行った。

 その一回で、岩崎はバイクに魅了され、走ることの気持ち良さを覚えてしまった。





 それから、岩崎は『死者の行列ワイルドハント』のメンバーを見る度に、自分も『死者の行列ワイルドハント』に加えて欲しいとせがむようになった。最初は中学生の可愛い憧れのように思っていたメンバーも、次第に岩崎が本気だと言うことに気づいたのか、扱いは徐々に『準メンバー』のように変わっていった。

 仲間たちは受け入れてくれていたが、総長は岩崎がバイクに乗るのも『死者の行列ワイルドハント』に入るのも、許可しなかった。いつだって『お前には早い』の一言で片付けられ、本気で取り合ってくれなかったのだ。

「なあ、十六になったら免許とるし、そしたら良いだろ?」

「バカ言うな。バイクはどうするつもりだ」

 総長の言葉に、岩崎は口をつぐむ。岩崎の家は、裕福だった。金銭面でなにか不自由したことはなく、放任主義の両親は黙ってバイクを買っても気が付かないと思っている。そして小遣いで中古のバイクを買うくらい、出来そうだった。総長はそう言う部分を見透かしていたのだろう。岩崎が自力で手に入れない限り、そのバイクで一緒に走るつもりはないようだった。

「まあ、バイクの景色見せた責任はあるけどよ」

「そうだよ。責任とれよ」

 生意気な口をきいた岩崎に、総長は笑いながら頭を撫でて来る。子ども扱いされるのは嫌なのに、不快ではなかった。

 黒い髪を撫でられ、総長の金色の髪を見上げる。

「……俺も金髪にしようかな」

「お前は金とか似合わねえよ」

「えー? じゃあ、何色が良いんだよ」

 唇を尖らせて文句を言う岩崎に、総長は「うーん」と唸って、植え込みに植えられていた花に目をやる。ピンク色のベゴニアが咲いていた。

「ピンク」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

10日間の<死に戻り>

矢作九月
ミステリー
火事で死んだ中年男・田中が地獄で出逢ったのは、死神見習いの少女だった―…田中と少女は、それぞれの思惑を胸に、火事の10日前への〈死に戻り〉に挑む。人生に絶望し、未練を持たない男が、また「生きよう」と思えるまでの、10日間の物語。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

処理中です...