約束というほどではなくても

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
10 / 52

第10話 五味民雄の述懐 三コマ目

しおりを挟む
 他人に興味なんぞないこの俺が知ってたんだから、二人とも学園内の有名人だったことは間違いない。

 夏風走一郎は学年、いや学園トップの秀才の一人だったろう。難関進学コースの中でも常に上位三傑に居続けてるんだから壮絶だ。俺には想像も出来ねえよ。それでいてガリ勉のイメージが皆無なのが何とも腹の立つ。知り合いになる可能性ゼロの別世界の人間だと思ってたんだが、まさかあんな形で出くわすなんて思いもしてなかった。

 十文字香は新聞部の副部長。どこにでもしゃしゃり出てくる印象だったが、俺とは接点なんぞないと思ってた。当時のあのお堅い学園ではあり得ない話だが、もし校内でミスコンでもやれば真っ先に名前の挙がる一人だったろうよ。本人がそれをまったく鼻にかけていないのが余計にムカつくんだがな。

 こんな二人と連れ立って歩いてるところを他人に見られるのは、いささか屈辱的だったね。劣等感が刺激されて仕方ない。そもそも俺はあの学園に入りたくて入った訳じゃない。親が理事長の家族と知り合いだからってだけのコネ入学だ。ほとんど裏口入学と変わらない。目的だの目標だの夢だの何やかんやがあって、あそこを目指してやって来たヤツらとは根本的に違ったんだ。

 とは言え、だ。それならいますぐ勝手に学園を飛び出して、自由気ままに一人で生きて行けるのかって言やあ、んなことは不可能だ。当時の俺にそんな生活力はない。ありとあらゆる面で実力不足。親の経済力に頼らなきゃ、自由になる金すら用意できない。何もかもが足りない訳よ。

 一番マシな解決策は、学園が俺に見切りを付けて親元へ送り返してくれることなんだが、どんなに反抗的な態度を取っても、何枚答案用紙を白紙で出しても、どれだけ授業をサボっても理事長が首を縦に振りやがらない。これじゃ手の打ちようがないわな。体力勝負じゃ、どだい勝ち目なんぞない。やがて時間に押し切られて、学園の卒業生になるのは決定事項。まったく、そこにどんな意味があったのか、いまだに俺にはわからん。

 おまけに今度は殺人事件の容疑者扱いだ。まあ考えようによっちゃ学園を放逐ほうちくされる理由になり得る、ある意味チャンスではあったんだけどな。それにしても人殺しはちょっとアレだ。背負い込むものがデカすぎる。退学になるならないは別として、身の潔白は示しておきたい。それができなきゃ、これからの人生の足枷あしかせになるのは間違いないんだからよ。

 ただ、そのために頼るのが、この二人ってのはどうなんだ。

 警察の事情聴取を受けた感触じゃ、第一発見者イコール犯人て前提ではないように思えたんだが、まあこれは信用できる感覚じゃねえからな。警察の連中もそのときどきの都合と事情で態度を変えるかも知れんし、確かに全面的に頼りにするのは危険だ。

 問題は警察以外の選択肢が、この二人に頼るか、自分一人で全部解決するかくらいしか思いつかなかったことだ。おぼれる者はわらをもつかむが、何とも貧相な藁が二本。どっちをつかんでも助かる未来なんぞ思い描けないのが実際のところ。まったくやれやれな気分だったぜ。

 そんな訳で二人の後ろをトボトボ歩いてついて行って、やって来ました第四校舎。もちろんあるのは知っていたが、入るのは初めてだったよ。部活には縁がなかったからな。そして俺は二階の端、狭っ苦しい推理研究会の部室へと足を踏み入れた訳だ。



「話の腰を折ってすみません。当時の叔母ってそんなに人気あったんですか」

 十文字茜の質問に、ワイシャツにスラックス姿の五味民雄は鼻をフンと鳴らす。ボサボサ頭に無精ヒゲ、他に加齢による変化はあるのだろうが、おそらくは高校生時代とさほど印象の差はあるまい。ソファの真ん中で足を組み替えてこう言った。

「あのおっそろしく性格のキツそうな目つきだから、ナンパ男がヘラヘラ近寄れるタイプじゃなかったが、つやつやのツインテール振って廊下を歩きゃ、男子生徒が軒並み振り返る程度ではあったさ」

「意外です。私の知っている叔母はいつもニコニコしていて、優しい笑顔しか記憶にないんですが」

「ああ、まあ高校時代のアイツはジャーナリストになるんだって夢のために、頭ん中ガチガチだったみたいだからな。異性関係を遠ざけようとかいうより、最初っから眼中になかったんだろう。そういう意味で、人気はあったがモテはしなかった感じじゃねえかな」

 すると向かいのソファで十文字茜の隣に座っていた剛泉部長も小さく手を挙げる。

「僕からも一つ。その夏風走一郎という人物は、五味さんの目から見てどんな方でしたか」

「バケモンだよ」

 小さなテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、半ば吐き捨てるかのように五味はつぶやいた。

「俺も社会に出てからイロイロ腐るほど人間に接してきたけどな、夏風走一郎のレベルで頭が回るヤツなんぞ、他に一人しか知らん。普通にサラリーマンや公務員やってりゃ一生出くわさないか、出くわしても気付かねえだろう。世の大多数の人間には想定外で生活圏外に居る存在。そんな強烈なヤツだった」

 剛泉部長と十文字茜は顔を見合わせた。五味の言葉をどう受け取ったものか当惑したのだ。まあ、とにかくいまはインタビューを続けよう。二人は五味が手記の続きを読み進めるのを待った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

授業

高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
 2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。  中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。  ※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。  ※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。

泉田高校放課後事件禄

野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。 田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。 【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

処理中です...