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第1話 編集会議
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私立寺桜院学園高等学校の来る創立百三十周年を記念して、我が新聞部が取り上げるべきテーマは何があるだろうか。編集会議における剛泉部長の言葉に、真っ先に手を挙げたのは一年生部員の十文字茜。
「いまこそ十三年前の連続殺人事件を、学園史最大の不祥事の実態を、白日の下にさらす絶好の機会だと思います!」
小柄だがボーイッシュでハキハキと元気な十文字茜の言葉に、他の部員たちは当惑している。確かに寺桜院学園高校の新聞部は伝統として、ときには学園側と対立することも辞さない姿勢で報道に臨んできた。だが、それにしても限度はある。十三年前の醜聞を取り上げるのは、いかな新聞部といえどタブーに踏み込みすぎではないかと。
その空気をくみ取ったのだろう、体格的にはラグビー部員と言われても通用するであろう剛泉部長は、太い首を少しかしげて笑みを浮かべた。
「十文字、タブーをこそ明るみに出したいという君の姿勢は高く評価する。それは確かに我が新聞部員としてあるべき姿だと言えるだろう。だが現実に目を向ければ、我が校の運営母体はその事件をきっかけにいまの財団に換わった。当時を知る教職員も誰もいないはずだ。あえてタブーに触れようとしても、真実を知る者が誰もいないのではデマ記事を書くことになる。それは許可できない」
しかしこれを聞いた十文字茜は、待ってましたとばかりにニンマリ笑う。
「そこで部長に見ていただきたい物があります」
そう言うと剛泉部長の返事も待たずに立ち上がり、部員用のロッカーへと走り寄ると、中から紙の束を取り出した。
「今日の編集会議で必要になると思ったので、プリントアウトしておきました」
「お、おい十文字、何だこれは」
気圧される剛泉部長に構うことなくその机に紙の束を押しつけるように置くと、十文字茜は笑顔でこう言った。
「叔母の手記です」
「叔母さんの、手記?」
「はい。私の叔母、十文字香は十三年前、高校三年生としてこの寺桜院学園高校に在籍し、新聞部の副部長を務めていました。あの事件があったとき、それを間近で見ていたのです。そして二年前、この手記を私に託して渡米しました。部長、読んでみてください」
そこまで言われては、剛泉部長としても読まない訳には行かない。最初は斜め読みで目を通していたものの、やがて真剣に、最終的には文字の一つ一つを拾うように目をこらして読み進めた。
「これは……事実なのか」
うめくような声を発する剛泉部長に、十文字茜は少し困ったような顔を見せる。
「さすがに叔母の手記だけを情報ソースに、事実ですとは言えません。それは報道でも何でもないと思います。ですから、これを基に捕捉取材を行いたいと考えているのですが、許可していただけるでしょうか」
「捕捉か。具体的には何をする気だ」
「はい、この手記に出てくる五味という人物にこれを読んでもらい、間違いがないか確認したいと」
「しかし、その人物の現在の居場所は」
すると十文字茜はニッと歯を見せて胸を張った。
「すでに確認済みです」
剛泉部長は大きなため息をつくと、しばし顔を押さえて苦悩の表情を見せていたのだが。
「ダメだ。取材は許可できない」
「部長!」
「ただし」
顔を上げた剛泉部長は、やれやれといった風に苦笑していた。
「僕を同行させるというのなら許可しよう」
「いまこそ十三年前の連続殺人事件を、学園史最大の不祥事の実態を、白日の下にさらす絶好の機会だと思います!」
小柄だがボーイッシュでハキハキと元気な十文字茜の言葉に、他の部員たちは当惑している。確かに寺桜院学園高校の新聞部は伝統として、ときには学園側と対立することも辞さない姿勢で報道に臨んできた。だが、それにしても限度はある。十三年前の醜聞を取り上げるのは、いかな新聞部といえどタブーに踏み込みすぎではないかと。
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「十文字、タブーをこそ明るみに出したいという君の姿勢は高く評価する。それは確かに我が新聞部員としてあるべき姿だと言えるだろう。だが現実に目を向ければ、我が校の運営母体はその事件をきっかけにいまの財団に換わった。当時を知る教職員も誰もいないはずだ。あえてタブーに触れようとしても、真実を知る者が誰もいないのではデマ記事を書くことになる。それは許可できない」
しかしこれを聞いた十文字茜は、待ってましたとばかりにニンマリ笑う。
「そこで部長に見ていただきたい物があります」
そう言うと剛泉部長の返事も待たずに立ち上がり、部員用のロッカーへと走り寄ると、中から紙の束を取り出した。
「今日の編集会議で必要になると思ったので、プリントアウトしておきました」
「お、おい十文字、何だこれは」
気圧される剛泉部長に構うことなくその机に紙の束を押しつけるように置くと、十文字茜は笑顔でこう言った。
「叔母の手記です」
「叔母さんの、手記?」
「はい。私の叔母、十文字香は十三年前、高校三年生としてこの寺桜院学園高校に在籍し、新聞部の副部長を務めていました。あの事件があったとき、それを間近で見ていたのです。そして二年前、この手記を私に託して渡米しました。部長、読んでみてください」
そこまで言われては、剛泉部長としても読まない訳には行かない。最初は斜め読みで目を通していたものの、やがて真剣に、最終的には文字の一つ一つを拾うように目をこらして読み進めた。
「これは……事実なのか」
うめくような声を発する剛泉部長に、十文字茜は少し困ったような顔を見せる。
「さすがに叔母の手記だけを情報ソースに、事実ですとは言えません。それは報道でも何でもないと思います。ですから、これを基に捕捉取材を行いたいと考えているのですが、許可していただけるでしょうか」
「捕捉か。具体的には何をする気だ」
「はい、この手記に出てくる五味という人物にこれを読んでもらい、間違いがないか確認したいと」
「しかし、その人物の現在の居場所は」
すると十文字茜はニッと歯を見せて胸を張った。
「すでに確認済みです」
剛泉部長は大きなため息をつくと、しばし顔を押さえて苦悩の表情を見せていたのだが。
「ダメだ。取材は許可できない」
「部長!」
「ただし」
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