雨の日

柚緒駆

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雨の日

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「また背が伸びた」

 私の言葉に、黒い雨傘の向こうで拓《たく》ちゃんは「ふーん」と答えた。お互いの家まで歩いて三十秒、幼稚園の頃からずっと一緒に帰っている拓ちゃんは、ボキャブラリーがとても少ない。何を言ってもたいてい「ふーん」か「へー」だ。いつも私がしゃべってばかり。

「成長痛で背骨が痛いんだよ。こんなに大きくならなくてもいいのに」

「へー」

「クラスの子とかみんな高校行ったらバスケやれとかバレー部に入れとか勝手なこと言うけどさ、私にできる訳ないじゃんそんなの、運動神経ないし。目立つの嫌だし」

「ふーん」

 六月も半ばになると雨が続く。梅雨入りはもうしたんだっけか。暗い空は見上げているだけで気分が沈みそうだ。濡れたスカートが足にまとわりついて歩きにくい。

「みんなはいいよ、背は小さいし、目立たないし可愛いし。私だけでっかくて一人だけ目立って。それで美人ならいいよ、でもブスだしさ」

「……もしも」

「え?」

 拓ちゃんが何か言おうとしている。なんて珍しい。私は思わず傘をのぞき込もうとしてしまった。でも拓ちゃんは自分の傘でこちらに壁を作って顔を見せない。

「もしも美人になったら、おまえ何かしたいこととかあるの」

「美人になったらかあ。そうだなあ」

「バスケとかバレーとか」

「ああそっか。目立つのは平気になるのかもしれないね。美人になったら自信も持てるんだろうなあ」

 ちょっと意外な視点だった。確かにもっと美人に生まれたらよかったのに、とか、美人になれたらいいのに、とか思ったことはあるけど、美人になったら何をしようとか考えたことはなかったような気がする。

「拓ちゃんは私が美人になったらどうする?」

「ええっ」

「そんなに驚かなくていいじゃん。ねえ、私が美人になったら何したい?」

「な、何って」

 消え入りそうな声でそうつぶやいて、拓ちゃんはしばらく黙り込んでしまった。あれ、何か悪いこと言っちゃったのかな。どうしよう、謝った方がいいんだろうか。

 私が戸惑っていると、拓ちゃんは一つため息をつき、小さな声でこう言った。

「一緒に帰りたい」

 思わずぷっと吹き出してしまう。もう、心配して損した。

「何だよお、それ。いまと変わんないじゃん」

 雨は降り続いてやみそうにない。でも何だか気持ちが明るくなってきた。拓ちゃんといるからだろうか。こんな日がずっと続けばいいな。
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