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王の契約
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暗闇に、声がする。
「我らは魔族。真の魔族。ジクリフェルとは袂を分かちし者」
「力を欲するなら契約せよ。望みを言え。対価を示せ」
「我らを納得させよ。納得すれば力を貸してやる」
「くだらぬ望みならば、この場で食い殺してやるがな」
飛び交う嘲笑を浴びながら、その若い男は静かに言った。
「対価には、国を一つくれてやろう」
笑い声が止んだ。闇に広がるのは、困惑。しかし、臆することなく男は続けた。
「永遠にとは言わぬ。いずれ青璧の巨人が目覚めよう。それまでだ。それまでの間、余に服従せよ。世界を手に入れるために力を貸せ。それが望みだ」
「……聞かせよ、人の王子」
闇の中からの、つぶやくような問いかけ。
「何故我ら魔族に近付く。何故ザンビエンに頼まぬのか」
まだ王位に就く前の若きゲンゼルは、この問いにこう答えた。
「魔獣ザンビエンとグレンジア王家との血の盟約に、『遊び』はない。リーンの母泉と帝国の守護、それ以外にザンビエンの力を借りる事はできぬ。余が王位に就き、聖剣リンドヘルドを手にするためには、ザンビエン以外の力が必要なのだ」
「だがそこまでして望んだ国を、おまえは対価に差し出すと言う」
「余は国を望んでいる訳ではない。アルハグラの一国を守るのに汲々とするつもりなどない。言ったはずだ、世界を手に入れると。そのために力を貸せと」
「ならば青璧の巨人が目覚めても、世界を欲すれば良いのではないか」
「リンドヘルドなしで世界は得られん。巨人の目覚めるまでに世界を手にできねば、それは余に天運がなかったという事。天運なき者が玉座にしがみく価値などない」
闇はしばし沈黙した。そして。
「生意気な小僧よな」
その声が聞こえると、ゲンゼルの足下に二つの輝きが湧き立ち、中から小さな人影が現れた。おどけた道化の姿をしている。闇の声は言う。
「ソトン、アトン、力を貸してやれ。契約せよ。そして対価を得るのだ」
二人の道化は仰々しく一礼をして見せた。
「ではではよろしく、末短く」
「面倒臭いけど、仕方がない」
ゲンゼルはしばらく二人を見つめると、口元に笑みを浮かべた。
「良かろう、契約成立だ」
すると道化たちは目を丸くする。
「あれあれ、いいの? 信じるの?」
「おやおや、チョロいね。安易だね」
しかしゲンゼルは堂々と二人に背を向けた。
「おまえたちが使えなければ、それもまた余に天運がなかったという事だ。行くぞ」
そう言って歩き出す。二人の道化は顔を見合わせたが、すぐに後を追った。
「ソトン、アトン。契約だ、すべてをくれてやろう」
するとソトンがゲンゼルの右腕に取り付いた。
「はいな!」
そしてアトンが左腕に取り付く。
「ほいな!」
その瞬間、ギーア=タムールは聖剣を振るった。青い刃が四つに分かれて飛び、四方向からゲンゼルに斬りかかる。明確な理由があった訳ではない。しかし戦士としての直感が危険だと声を上げている。
果たして、それは正解だった。リンドヘルドの四つの断片は、ゲンゼルの周囲でピタリと動きを止めた。固定されたと言うべきだろうか。
ソトンとアトンの二人の道化は、体を溶かすようにゲンゼルの腕に染み込んで行き、その部分が黒くなる。やがて道化の姿が消えると、黒は全身に広がり、顔も体も、そして鎧までもが漆黒に染まった。
空中で固定されているリンドヘルドの四つの断片に直線の亀裂が走り、それぞれが十六片に分かれた。合計六十四片の青い刃は回転すると、見えない頸木から解き放たれて宙を舞い、再び黒いゲンゼルに襲いかかる。
バリンッ! 何かが裂けるような音がした。
六十四片のリンドヘルドの断片は、まるで花吹雪のように舞い散ったかと思うと、地面に落ちる前にギーア=タムールの手元へと帰還し、再び聖剣を形作る。
「なるほど、魔族に食われたか」
リンドヘルドの切っ先を向けるギーア=タムールの言葉に、黒いゲンゼルは顔を向けた。そして、ニンマリと笑う。
「失敬な。食われてなどおらぬわ」
「ほう、人としての意識が残っているのか」
「おうさ、残っておるともよ。余はいまでもゲンゼルであるぞ」
だがそのヘラヘラした話し方は、とてもあのゲンゼル王のものとは思えない。
「余は魔族と一体化した事により、帝王として一段進化したのである。凄いぞ、ビックリするぞ。もはや漠水帝などと呼ばれる存在ではないのだ」
「なるほど。では、いまのおまえは何なのだろうな」
やや呆れた感を出しながら、ギーア=タムールは笑う。すると、黒いゲンゼルもニッと黒い歯を見せて笑った。
「余の事はこう呼べ。『暗愚帝』とな」
ランプの灯る薄暗い部屋の入り口に立ったリーリアに対し、ランシャはベッドの隅っこから怯えた視線を向ける。
「大丈夫ですよ」
リーリアは微笑んだ。
「私はもう、いなくなりますから。いままでありがとう……さようなら」
そっと静かにドアを閉じ、振り返ったリーリアの目に、光の列が浮かんだ。暗い通路にランプを手にした奉賛隊の面々が並んでいる。思わず感極まりそうになったが、涙を堪え、笑顔で灯火の中を歩く。光の列は宿の通路を抜け、玄関を通り、外にまで連なっていた。
外ではタルアンが、隊長に書状と、首にかけていたペンダントを渡している。王族が身に着ける物としては、みすぼらしいと言っても良いほどに、小さな石のペンダント。
「亡き母の形見なのだ」
タルアンは言う。
「これと、この書状を父上に見せれば、報奨金はもらえるはず。絶対の保証ができないのは心苦しいところなのだが、たぶん大丈夫だと思う」
隊長は受け取ると、無言で頭を下げた。その背後ではバーミュラが、沈痛の面持ちで立っている。タルアンは言葉をかけようとして、やめた。そして出て来た妹に向き直る。
「もういいのか」
「はい」
笑顔でうなずくリーリアに、タルアンもうなずき返した。
「準備はお済みですかな」
その声に後ろを振り返れば、ダリアム・ゴーントレーの姿。
「ああ、すべて終わった。連れて行ってくれ」
タルアン王子の言葉を受けて、ダリアムは右手を天に突き上げた。
「ならば、いざ参らん、氷の山脈へ!」
タルアンとリーリア、そしてダリアムの姿は音もなく消え去る。バーミュラは、がっくりと両膝をついた。
次の瞬間、三人の姿は暗い夜空に浮かんでいた。
「うぉあっ!」
タルアンは思わずダリアムにしがみつく。
「落ち、落ち、落ちるっ」
「ご心配なく。落ちは致しません」
ダリアムは落ち着いているものの、しきりに周囲を見渡している。その気になればラミロア・ベルチアの力で飛べるリーリアは、さすがに平然としているが、不審げな表情を隠さない。
「何故こんなところで止まるのですか。ここは氷の山脈ではありませんよね」
「そのようですな」
「な、何っ、どういう事だ、ダリアム」
タルアンは、下を見ないようにしながら問い質した。しかしダリアムも首をひねる。
「それがわかれば苦労はございません。精霊の力、あるいは魔族の力、もしくはフーブの力、ここではそのどれをも感じないにも関わらず、我々は前に進めなくなっているのです」
「前に進めない? どうして」
と、リーリアが。ダリアムは答える。
「何者かの意志が、邪魔をしているのでしょうな」
「何故だ、いったい誰が」
と、タルアンが。ダリアムはまた答える。
「この状況を考えれば、想定される答は一つしかございますまい」
魔人は空を見上げた。月が浮かんでいる。月だけが浮かんでいる。星はない。そしてさっきまで空に見えていた、白い巨大な天使の姿も。
突然、ダリアムの右手から白い刃が伸びた。魔剣レキンシェルが唸りを上げ、周囲の何もない空間を斬り刻まんばかりに奔る。何も起きない、かに見えた。だが一瞬の後、夜の壁が幾何学的に崩落し、その向こうには、白い巨大な逆三角錐。
リーリアは息を呑み、タルアンはかそけき悲鳴を上げた。すぐそこに、天使がいる。
白く長大な二本の腕が伸び、三人を捕まえようとした。ダリアムはリーリアとタルアンを連れて急上昇、しかし天使はその巨体に似合わぬ軽快さで追ってくる。
「うぉおっ、ど、どうするんだ、おい」
タルアンはしがみつき、並んで飛ぶリーリアも苦しげだ。ダリアム・ゴーントレーは言う。
「戦ってどうにかなる相手ではありませんからな。ただ逃げるだけです」
天使は歌った。世にも美しく、世にも恐ろしい声で。ダリアムは顔をしかめた。
「黙れ、天界に従属したつもりなどない!」
叫びながら、魔剣レキンシェルを振った。無数の氷の矢が天使へと飛び、全身に針山の如く突き刺さった。ただの氷ではない。ザンビエンの呪いの氷でできた矢だ。簡単に溶けはしない。溶かせるものではない。そのはずなのだが。
天使に動揺はなく、躊躇すらない。その体を貫いたはずの無数の矢は、あっという間に霧消した。
「ならば!」
ダリアムの大きく開いた口から火炎が吐き出される。それは燃える竜巻となり、天使を巻き込む。しかし竜巻を裂くように中から六枚の白い翼が突き出すと、ただそれだけで炎は四散した。人智を超越せし天界の使徒は、速度を落とすことなく追いかけてくる。
「しからば、やむを得ん」
再び上空を振り仰ぐ魔人。
「言霊よ、開け」
三人の背後に迫る、天使の両手。ダリアムはその短い言葉を発した。
「流星」
オレンジ色の閃光が奔る。衝撃波とともに天空から降ってきた、燃える巨大な岩塊が天使を直撃、ついにその足を止めた。けれど。天使は落ちない。絶大なる力で岩塊を受け止めている。それを振り返る事なく、ダリアムは次なる言葉を発した。
「流星群」
天使に向けて、第二、第三、第四の星が降る。そのたびに天使は高度を下げ、続く第五、第六、第七の星を受けて、とうとう地上へと落下した。ダリアムにしがみつきながらそれを見ていた、タルアン王子は目を丸くする。
「お、おい! やったのか、もしかして天使をやっつけたのか!」
だが魔人ダリアム・ゴーントレーは、苦々しい表情で先を急いだ。
「残念ながら、ただの時間稼ぎです。じきに追いついて参りましょう」
ここまでの事をして、時間稼ぎにしかならないのか。タルアンもリーリアも、絶句するのみ。天使から十分な距離を取って、ダリアムはまた空間を跳躍した。氷の山脈に向かって。
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笑い声が止んだ。闇に広がるのは、困惑。しかし、臆することなく男は続けた。
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「魔獣ザンビエンとグレンジア王家との血の盟約に、『遊び』はない。リーンの母泉と帝国の守護、それ以外にザンビエンの力を借りる事はできぬ。余が王位に就き、聖剣リンドヘルドを手にするためには、ザンビエン以外の力が必要なのだ」
「だがそこまでして望んだ国を、おまえは対価に差し出すと言う」
「余は国を望んでいる訳ではない。アルハグラの一国を守るのに汲々とするつもりなどない。言ったはずだ、世界を手に入れると。そのために力を貸せと」
「ならば青璧の巨人が目覚めても、世界を欲すれば良いのではないか」
「リンドヘルドなしで世界は得られん。巨人の目覚めるまでに世界を手にできねば、それは余に天運がなかったという事。天運なき者が玉座にしがみく価値などない」
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「生意気な小僧よな」
その声が聞こえると、ゲンゼルの足下に二つの輝きが湧き立ち、中から小さな人影が現れた。おどけた道化の姿をしている。闇の声は言う。
「ソトン、アトン、力を貸してやれ。契約せよ。そして対価を得るのだ」
二人の道化は仰々しく一礼をして見せた。
「ではではよろしく、末短く」
「面倒臭いけど、仕方がない」
ゲンゼルはしばらく二人を見つめると、口元に笑みを浮かべた。
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すると道化たちは目を丸くする。
「あれあれ、いいの? 信じるの?」
「おやおや、チョロいね。安易だね」
しかしゲンゼルは堂々と二人に背を向けた。
「おまえたちが使えなければ、それもまた余に天運がなかったという事だ。行くぞ」
そう言って歩き出す。二人の道化は顔を見合わせたが、すぐに後を追った。
「ソトン、アトン。契約だ、すべてをくれてやろう」
するとソトンがゲンゼルの右腕に取り付いた。
「はいな!」
そしてアトンが左腕に取り付く。
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果たして、それは正解だった。リンドヘルドの四つの断片は、ゲンゼルの周囲でピタリと動きを止めた。固定されたと言うべきだろうか。
ソトンとアトンの二人の道化は、体を溶かすようにゲンゼルの腕に染み込んで行き、その部分が黒くなる。やがて道化の姿が消えると、黒は全身に広がり、顔も体も、そして鎧までもが漆黒に染まった。
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バリンッ! 何かが裂けるような音がした。
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「なるほど、魔族に食われたか」
リンドヘルドの切っ先を向けるギーア=タムールの言葉に、黒いゲンゼルは顔を向けた。そして、ニンマリと笑う。
「失敬な。食われてなどおらぬわ」
「ほう、人としての意識が残っているのか」
「おうさ、残っておるともよ。余はいまでもゲンゼルであるぞ」
だがそのヘラヘラした話し方は、とてもあのゲンゼル王のものとは思えない。
「余は魔族と一体化した事により、帝王として一段進化したのである。凄いぞ、ビックリするぞ。もはや漠水帝などと呼ばれる存在ではないのだ」
「なるほど。では、いまのおまえは何なのだろうな」
やや呆れた感を出しながら、ギーア=タムールは笑う。すると、黒いゲンゼルもニッと黒い歯を見せて笑った。
「余の事はこう呼べ。『暗愚帝』とな」
ランプの灯る薄暗い部屋の入り口に立ったリーリアに対し、ランシャはベッドの隅っこから怯えた視線を向ける。
「大丈夫ですよ」
リーリアは微笑んだ。
「私はもう、いなくなりますから。いままでありがとう……さようなら」
そっと静かにドアを閉じ、振り返ったリーリアの目に、光の列が浮かんだ。暗い通路にランプを手にした奉賛隊の面々が並んでいる。思わず感極まりそうになったが、涙を堪え、笑顔で灯火の中を歩く。光の列は宿の通路を抜け、玄関を通り、外にまで連なっていた。
外ではタルアンが、隊長に書状と、首にかけていたペンダントを渡している。王族が身に着ける物としては、みすぼらしいと言っても良いほどに、小さな石のペンダント。
「亡き母の形見なのだ」
タルアンは言う。
「これと、この書状を父上に見せれば、報奨金はもらえるはず。絶対の保証ができないのは心苦しいところなのだが、たぶん大丈夫だと思う」
隊長は受け取ると、無言で頭を下げた。その背後ではバーミュラが、沈痛の面持ちで立っている。タルアンは言葉をかけようとして、やめた。そして出て来た妹に向き直る。
「もういいのか」
「はい」
笑顔でうなずくリーリアに、タルアンもうなずき返した。
「準備はお済みですかな」
その声に後ろを振り返れば、ダリアム・ゴーントレーの姿。
「ああ、すべて終わった。連れて行ってくれ」
タルアン王子の言葉を受けて、ダリアムは右手を天に突き上げた。
「ならば、いざ参らん、氷の山脈へ!」
タルアンとリーリア、そしてダリアムの姿は音もなく消え去る。バーミュラは、がっくりと両膝をついた。
次の瞬間、三人の姿は暗い夜空に浮かんでいた。
「うぉあっ!」
タルアンは思わずダリアムにしがみつく。
「落ち、落ち、落ちるっ」
「ご心配なく。落ちは致しません」
ダリアムは落ち着いているものの、しきりに周囲を見渡している。その気になればラミロア・ベルチアの力で飛べるリーリアは、さすがに平然としているが、不審げな表情を隠さない。
「何故こんなところで止まるのですか。ここは氷の山脈ではありませんよね」
「そのようですな」
「な、何っ、どういう事だ、ダリアム」
タルアンは、下を見ないようにしながら問い質した。しかしダリアムも首をひねる。
「それがわかれば苦労はございません。精霊の力、あるいは魔族の力、もしくはフーブの力、ここではそのどれをも感じないにも関わらず、我々は前に進めなくなっているのです」
「前に進めない? どうして」
と、リーリアが。ダリアムは答える。
「何者かの意志が、邪魔をしているのでしょうな」
「何故だ、いったい誰が」
と、タルアンが。ダリアムはまた答える。
「この状況を考えれば、想定される答は一つしかございますまい」
魔人は空を見上げた。月が浮かんでいる。月だけが浮かんでいる。星はない。そしてさっきまで空に見えていた、白い巨大な天使の姿も。
突然、ダリアムの右手から白い刃が伸びた。魔剣レキンシェルが唸りを上げ、周囲の何もない空間を斬り刻まんばかりに奔る。何も起きない、かに見えた。だが一瞬の後、夜の壁が幾何学的に崩落し、その向こうには、白い巨大な逆三角錐。
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白く長大な二本の腕が伸び、三人を捕まえようとした。ダリアムはリーリアとタルアンを連れて急上昇、しかし天使はその巨体に似合わぬ軽快さで追ってくる。
「うぉおっ、ど、どうするんだ、おい」
タルアンはしがみつき、並んで飛ぶリーリアも苦しげだ。ダリアム・ゴーントレーは言う。
「戦ってどうにかなる相手ではありませんからな。ただ逃げるだけです」
天使は歌った。世にも美しく、世にも恐ろしい声で。ダリアムは顔をしかめた。
「黙れ、天界に従属したつもりなどない!」
叫びながら、魔剣レキンシェルを振った。無数の氷の矢が天使へと飛び、全身に針山の如く突き刺さった。ただの氷ではない。ザンビエンの呪いの氷でできた矢だ。簡単に溶けはしない。溶かせるものではない。そのはずなのだが。
天使に動揺はなく、躊躇すらない。その体を貫いたはずの無数の矢は、あっという間に霧消した。
「ならば!」
ダリアムの大きく開いた口から火炎が吐き出される。それは燃える竜巻となり、天使を巻き込む。しかし竜巻を裂くように中から六枚の白い翼が突き出すと、ただそれだけで炎は四散した。人智を超越せし天界の使徒は、速度を落とすことなく追いかけてくる。
「しからば、やむを得ん」
再び上空を振り仰ぐ魔人。
「言霊よ、開け」
三人の背後に迫る、天使の両手。ダリアムはその短い言葉を発した。
「流星」
オレンジ色の閃光が奔る。衝撃波とともに天空から降ってきた、燃える巨大な岩塊が天使を直撃、ついにその足を止めた。けれど。天使は落ちない。絶大なる力で岩塊を受け止めている。それを振り返る事なく、ダリアムは次なる言葉を発した。
「流星群」
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「お、おい! やったのか、もしかして天使をやっつけたのか!」
だが魔人ダリアム・ゴーントレーは、苦々しい表情で先を急いだ。
「残念ながら、ただの時間稼ぎです。じきに追いついて参りましょう」
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