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17.赤いクリスマス

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 緑色の草の海。風が走ると陽光を受けて白く波が立つ。ドリスとロボ之助は、森を背に、丘の上に立っていた。

「素敵なところでしょう。でもいずれここもコンクリートに埋め尽くされてしまうの。何の役にも立っていない土地は神殿の用地として接収されてしまうから。世界には無駄があるから美しいんだと思うのだけれど」

 ドリスは寂しそうにそう言った。

「わあ、ここ富士山が綺麗に見えるんだね」

 ロボ之助は無邪気な声を上げた。確かに、緑がうねる草原の向こうには都市ポリスの神殿が建ち並び、その更に向こうには、天空にそそり立つ青い三角形があった。まだ山頂に雪はないようだ。

「フジサン? あの山はフジヤマと呼ばれているわ」
「そっか、いまはフジヤマなんだ。昔おいらが居た町からもね、遠くにちっちゃくだけど、富士山……じゃないや、フジヤマが見えたんだよ」

 懐かしそうにそう言うと、ロボ之助はドリスの顔をのぞき込んだ。

「ここにはよく来るの?」

 ロボ之助にうなずき、ドリスは小さく微笑んだ。

「ときどき。いまの時代、用のない場所へは人間もロボットも来ないから。お爺さまは嫌な顔をするけど、閉じ籠もっていても良いことなんか何もないでしょ」

 イプちゃんと同じことを言うんだな、とロボ之助は思った。

「おいら緑は好きだよ。寝転んで雲を見たり、お弁当を食べたり」
「ロボ之助さんもお弁当を食べるの?」

 目を丸くするドリスの顔を見て、ロボ之助が笑う。

「おいらはガソリンを飲むだけだよ。だけどみんながお弁当を食べてるのを見ながら飲むガソリンは、美味しいよ」
「不思議。ロボ之助さんを見ていると、いまのロボットよりも高性能に思えてくる」

「え、そうかなあ。そんなことないよ。ないと思うよ。えへ、えへへへ」

――存外に高性能な機械ね

 そんな言葉を思い出した。

「でもいまのは内緒にしてね。でないと訴えられちゃうから」

 ドリスはそう言うと、悲しげな微笑みを浮かべた。

「え、訴えられるの、何で?」
「ロボット差別になるから」

「差別? え、だけど」

 どこがどう差別なんだろう。ロボ之助にはピンと来ない。しかしドリスはきっぱり言った。

「訴えられたら、ほぼ百パーセント有罪。ロボット憲章にもあるでしょう、『ロボットは人間に差別されてはならない』って。その条文は人間も縛るものなの」
「それって、何か変じゃない。だって」

 ドリスは首を振る。

「いまの時代、裁判官なんて人は居ないの。検事も弁護士も居ない。裁判はすべてコンピューターがおこなって、そして出るのは、必ずロボット有利な判決」
「そんな」

「高度に発達した機械は、公正さから離れて行く。それがこの五十年ほどで人間が思い知ったこと」
「でも」

 納得のいかないロボ之助に、ドリスはカウンター気味の一言を放った。

「私のお婆さまは、ロボットに殺された」
「え……」

「五十年と少し前にね、『赤いクリスマス事件』が起きたの。クリスマスに世界中でロボットが一斉蜂起して反乱を起こした事件。結果、二百人以上の人間が殺された。私のお婆さまも犠牲者の一人。でも、捕まったロボットは一体たりとも破壊されなかった。まったく罪に問われなかったロボットも居たそうよ。もちろん、当時の人間たちは反発した。でも世界中の裁判所のコンピューターが、同じことを言ったの。つまり、『法律は復讐の道具ではない』と。そのとき以来、人間とロボットの立場は逆転した。ロボットたちが何をしても、人間は黙るしかない。黙って社会の片隅で息を潜めて生きていくしかない。人間はロボットが怖いのよ」

 ロボ之助はしゅんとして、へたり込んでしまった。それを見て、ドリスは慌てた。

「あ、ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃなかったのに」
「ううん、良いんだ。おいら知らなかった。おいらの眠ってる間に、そんなことが起きてたなんて。ドリちゃんのお爺さん、ロボットが嫌いだったんだね」

「……そうね、お爺さまはそうかもしれない」

 その言い方が、何故か心に引っかかった。

「ドリちゃんは?ドリちゃんもロボットが嫌い?」

「私は……わからない。ロボットを憎んでも何かが変わる訳ではないし、生まれてからずっとロボットと一緒に生きてきたんだもの。自分とロボットを切り離して考えることすらできない」

「おいら」

 ロボ之助は勢い込んで立ち上がった。

「おいら、人間とロボットは友達になれると思うよ。どっちが上とか下とかじゃなしに、本当の友達になれると思うんだ。きっと、ううん、絶対になれるよ!」

 思わず手を取ったロボ之助に、ドリスは優しく微笑みかけた。

「ええ、そうね、そうかも知れない」


 知恵の神殿の玄関から入るとき、ロボ之助は鼻歌を歌っていた。

「あら早いですね。気分転換はもう良いのですか」

 玄関にはイプシロン7408が立っていた。

「うん、もうね、何かこう、やる気が湧いてきた感じ」

 そう言うロボ之助に、イプシロン7408は呆れた。

「ホームシックもすっかり治まったみたいで」
「ホームシック? 何それ」

「まあ、現金なこと」
「あ、そう言えばさ」ロボ之助は思い出した。「おいらが出て行った後、街の中大変なことになってなかった?」

 何を言ってるのか、という顔のイプシロン7408。

「いま外から戻ってきたんだから、神さまの方がご存じでしょう」
「おいら、ドリちゃんの車で送ってきてもらったし、外から見えないように隠れてたから、外の様子見てないんだよ」

「クエピコ、どうなのですか」

 その声に反応して、天井から低い合成音声が聞こえた。

「混乱はあった。しかしすぐに収束した。怪我をした者は一人も居ない」
「ああ、そうなんだ、良かった」

「なお、すべてのロボットに対し、興奮制御プログラムが配布された。これにより、今後同様の騒ぎが起こる蓋然性は極めて低くなった」
「それできるんなら、先にそうしてよ!」

 思わず突っ込んだロボ之助に、イプシロン7408は「そりゃそうだ」という顔をした。
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