18 / 38
17.赤いクリスマス
しおりを挟む
緑色の草の海。風が走ると陽光を受けて白く波が立つ。ドリスとロボ之助は、森を背に、丘の上に立っていた。
「素敵なところでしょう。でもいずれここもコンクリートに埋め尽くされてしまうの。何の役にも立っていない土地は神殿の用地として接収されてしまうから。世界には無駄があるから美しいんだと思うのだけれど」
ドリスは寂しそうにそう言った。
「わあ、ここ富士山が綺麗に見えるんだね」
ロボ之助は無邪気な声を上げた。確かに、緑がうねる草原の向こうには都市の神殿が建ち並び、その更に向こうには、天空にそそり立つ青い三角形があった。まだ山頂に雪はないようだ。
「フジサン? あの山はフジヤマと呼ばれているわ」
「そっか、いまはフジヤマなんだ。昔おいらが居た町からもね、遠くにちっちゃくだけど、富士山……じゃないや、フジヤマが見えたんだよ」
懐かしそうにそう言うと、ロボ之助はドリスの顔をのぞき込んだ。
「ここにはよく来るの?」
ロボ之助にうなずき、ドリスは小さく微笑んだ。
「ときどき。いまの時代、用のない場所へは人間もロボットも来ないから。お爺さまは嫌な顔をするけど、閉じ籠もっていても良いことなんか何もないでしょ」
イプちゃんと同じことを言うんだな、とロボ之助は思った。
「おいら緑は好きだよ。寝転んで雲を見たり、お弁当を食べたり」
「ロボ之助さんもお弁当を食べるの?」
目を丸くするドリスの顔を見て、ロボ之助が笑う。
「おいらはガソリンを飲むだけだよ。だけどみんながお弁当を食べてるのを見ながら飲むガソリンは、美味しいよ」
「不思議。ロボ之助さんを見ていると、いまのロボットよりも高性能に思えてくる」
「え、そうかなあ。そんなことないよ。ないと思うよ。えへ、えへへへ」
――存外に高性能な機械ね
そんな言葉を思い出した。
「でもいまのは内緒にしてね。でないと訴えられちゃうから」
ドリスはそう言うと、悲しげな微笑みを浮かべた。
「え、訴えられるの、何で?」
「ロボット差別になるから」
「差別? え、だけど」
どこがどう差別なんだろう。ロボ之助にはピンと来ない。しかしドリスはきっぱり言った。
「訴えられたら、ほぼ百パーセント有罪。ロボット憲章にもあるでしょう、『ロボットは人間に差別されてはならない』って。その条文は人間も縛るものなの」
「それって、何か変じゃない。だって」
ドリスは首を振る。
「いまの時代、裁判官なんて人は居ないの。検事も弁護士も居ない。裁判はすべてコンピューターがおこなって、そして出るのは、必ずロボット有利な判決」
「そんな」
「高度に発達した機械は、公正さから離れて行く。それがこの五十年ほどで人間が思い知ったこと」
「でも」
納得のいかないロボ之助に、ドリスはカウンター気味の一言を放った。
「私のお婆さまは、ロボットに殺された」
「え……」
「五十年と少し前にね、『赤いクリスマス事件』が起きたの。クリスマスに世界中でロボットが一斉蜂起して反乱を起こした事件。結果、二百人以上の人間が殺された。私のお婆さまも犠牲者の一人。でも、捕まったロボットは一体たりとも破壊されなかった。まったく罪に問われなかったロボットも居たそうよ。もちろん、当時の人間たちは反発した。でも世界中の裁判所のコンピューターが、同じことを言ったの。つまり、『法律は復讐の道具ではない』と。そのとき以来、人間とロボットの立場は逆転した。ロボットたちが何をしても、人間は黙るしかない。黙って社会の片隅で息を潜めて生きていくしかない。人間はロボットが怖いのよ」
ロボ之助はしゅんとして、へたり込んでしまった。それを見て、ドリスは慌てた。
「あ、ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃなかったのに」
「ううん、良いんだ。おいら知らなかった。おいらの眠ってる間に、そんなことが起きてたなんて。ドリちゃんのお爺さん、ロボットが嫌いだったんだね」
「……そうね、お爺さまはそうかもしれない」
その言い方が、何故か心に引っかかった。
「ドリちゃんは?ドリちゃんもロボットが嫌い?」
「私は……わからない。ロボットを憎んでも何かが変わる訳ではないし、生まれてからずっとロボットと一緒に生きてきたんだもの。自分とロボットを切り離して考えることすらできない」
「おいら」
ロボ之助は勢い込んで立ち上がった。
「おいら、人間とロボットは友達になれると思うよ。どっちが上とか下とかじゃなしに、本当の友達になれると思うんだ。きっと、ううん、絶対になれるよ!」
思わず手を取ったロボ之助に、ドリスは優しく微笑みかけた。
「ええ、そうね、そうかも知れない」
知恵の神殿の玄関から入るとき、ロボ之助は鼻歌を歌っていた。
「あら早いですね。気分転換はもう良いのですか」
玄関にはイプシロン7408が立っていた。
「うん、もうね、何かこう、やる気が湧いてきた感じ」
そう言うロボ之助に、イプシロン7408は呆れた。
「ホームシックもすっかり治まったみたいで」
「ホームシック? 何それ」
「まあ、現金なこと」
「あ、そう言えばさ」ロボ之助は思い出した。「おいらが出て行った後、街の中大変なことになってなかった?」
何を言ってるのか、という顔のイプシロン7408。
「いま外から戻ってきたんだから、神さまの方がご存じでしょう」
「おいら、ドリちゃんの車で送ってきてもらったし、外から見えないように隠れてたから、外の様子見てないんだよ」
「クエピコ、どうなのですか」
その声に反応して、天井から低い合成音声が聞こえた。
「混乱はあった。しかしすぐに収束した。怪我をした者は一人も居ない」
「ああ、そうなんだ、良かった」
「なお、すべてのロボットに対し、興奮制御プログラムが配布された。これにより、今後同様の騒ぎが起こる蓋然性は極めて低くなった」
「それできるんなら、先にそうしてよ!」
思わず突っ込んだロボ之助に、イプシロン7408は「そりゃそうだ」という顔をした。
「素敵なところでしょう。でもいずれここもコンクリートに埋め尽くされてしまうの。何の役にも立っていない土地は神殿の用地として接収されてしまうから。世界には無駄があるから美しいんだと思うのだけれど」
ドリスは寂しそうにそう言った。
「わあ、ここ富士山が綺麗に見えるんだね」
ロボ之助は無邪気な声を上げた。確かに、緑がうねる草原の向こうには都市の神殿が建ち並び、その更に向こうには、天空にそそり立つ青い三角形があった。まだ山頂に雪はないようだ。
「フジサン? あの山はフジヤマと呼ばれているわ」
「そっか、いまはフジヤマなんだ。昔おいらが居た町からもね、遠くにちっちゃくだけど、富士山……じゃないや、フジヤマが見えたんだよ」
懐かしそうにそう言うと、ロボ之助はドリスの顔をのぞき込んだ。
「ここにはよく来るの?」
ロボ之助にうなずき、ドリスは小さく微笑んだ。
「ときどき。いまの時代、用のない場所へは人間もロボットも来ないから。お爺さまは嫌な顔をするけど、閉じ籠もっていても良いことなんか何もないでしょ」
イプちゃんと同じことを言うんだな、とロボ之助は思った。
「おいら緑は好きだよ。寝転んで雲を見たり、お弁当を食べたり」
「ロボ之助さんもお弁当を食べるの?」
目を丸くするドリスの顔を見て、ロボ之助が笑う。
「おいらはガソリンを飲むだけだよ。だけどみんながお弁当を食べてるのを見ながら飲むガソリンは、美味しいよ」
「不思議。ロボ之助さんを見ていると、いまのロボットよりも高性能に思えてくる」
「え、そうかなあ。そんなことないよ。ないと思うよ。えへ、えへへへ」
――存外に高性能な機械ね
そんな言葉を思い出した。
「でもいまのは内緒にしてね。でないと訴えられちゃうから」
ドリスはそう言うと、悲しげな微笑みを浮かべた。
「え、訴えられるの、何で?」
「ロボット差別になるから」
「差別? え、だけど」
どこがどう差別なんだろう。ロボ之助にはピンと来ない。しかしドリスはきっぱり言った。
「訴えられたら、ほぼ百パーセント有罪。ロボット憲章にもあるでしょう、『ロボットは人間に差別されてはならない』って。その条文は人間も縛るものなの」
「それって、何か変じゃない。だって」
ドリスは首を振る。
「いまの時代、裁判官なんて人は居ないの。検事も弁護士も居ない。裁判はすべてコンピューターがおこなって、そして出るのは、必ずロボット有利な判決」
「そんな」
「高度に発達した機械は、公正さから離れて行く。それがこの五十年ほどで人間が思い知ったこと」
「でも」
納得のいかないロボ之助に、ドリスはカウンター気味の一言を放った。
「私のお婆さまは、ロボットに殺された」
「え……」
「五十年と少し前にね、『赤いクリスマス事件』が起きたの。クリスマスに世界中でロボットが一斉蜂起して反乱を起こした事件。結果、二百人以上の人間が殺された。私のお婆さまも犠牲者の一人。でも、捕まったロボットは一体たりとも破壊されなかった。まったく罪に問われなかったロボットも居たそうよ。もちろん、当時の人間たちは反発した。でも世界中の裁判所のコンピューターが、同じことを言ったの。つまり、『法律は復讐の道具ではない』と。そのとき以来、人間とロボットの立場は逆転した。ロボットたちが何をしても、人間は黙るしかない。黙って社会の片隅で息を潜めて生きていくしかない。人間はロボットが怖いのよ」
ロボ之助はしゅんとして、へたり込んでしまった。それを見て、ドリスは慌てた。
「あ、ごめんなさい、こんなこと言うつもりじゃなかったのに」
「ううん、良いんだ。おいら知らなかった。おいらの眠ってる間に、そんなことが起きてたなんて。ドリちゃんのお爺さん、ロボットが嫌いだったんだね」
「……そうね、お爺さまはそうかもしれない」
その言い方が、何故か心に引っかかった。
「ドリちゃんは?ドリちゃんもロボットが嫌い?」
「私は……わからない。ロボットを憎んでも何かが変わる訳ではないし、生まれてからずっとロボットと一緒に生きてきたんだもの。自分とロボットを切り離して考えることすらできない」
「おいら」
ロボ之助は勢い込んで立ち上がった。
「おいら、人間とロボットは友達になれると思うよ。どっちが上とか下とかじゃなしに、本当の友達になれると思うんだ。きっと、ううん、絶対になれるよ!」
思わず手を取ったロボ之助に、ドリスは優しく微笑みかけた。
「ええ、そうね、そうかも知れない」
知恵の神殿の玄関から入るとき、ロボ之助は鼻歌を歌っていた。
「あら早いですね。気分転換はもう良いのですか」
玄関にはイプシロン7408が立っていた。
「うん、もうね、何かこう、やる気が湧いてきた感じ」
そう言うロボ之助に、イプシロン7408は呆れた。
「ホームシックもすっかり治まったみたいで」
「ホームシック? 何それ」
「まあ、現金なこと」
「あ、そう言えばさ」ロボ之助は思い出した。「おいらが出て行った後、街の中大変なことになってなかった?」
何を言ってるのか、という顔のイプシロン7408。
「いま外から戻ってきたんだから、神さまの方がご存じでしょう」
「おいら、ドリちゃんの車で送ってきてもらったし、外から見えないように隠れてたから、外の様子見てないんだよ」
「クエピコ、どうなのですか」
その声に反応して、天井から低い合成音声が聞こえた。
「混乱はあった。しかしすぐに収束した。怪我をした者は一人も居ない」
「ああ、そうなんだ、良かった」
「なお、すべてのロボットに対し、興奮制御プログラムが配布された。これにより、今後同様の騒ぎが起こる蓋然性は極めて低くなった」
「それできるんなら、先にそうしてよ!」
思わず突っ込んだロボ之助に、イプシロン7408は「そりゃそうだ」という顔をした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
後輩と一緒にVRMMO!~弓使いとして精一杯楽しむわ~
夜桜てる
SF
世界初の五感完全没入型VRゲームハードであるFUTURO発売から早二年。
多くの人々の希望を受け、遂に発売された世界初のVRMMO『Never Dream Online』
一人の男子高校生である朝倉奈月は、後輩でありβ版参加勢である梨原実夜と共にNDOを始める。
主人公が後輩女子とイチャイチャしつつも、とにかくVRゲームを楽しみ尽くす!!
小説家になろうからの転載です。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~
エルトリア
ファンタジー
孤児からストリートチルドレンとなり、その後も養父に殺害されかけたりと不幸な人生を歩んでいた天才錬金術師グラス=ディメリア。
若くして病魔に蝕まれ、死に抗おうと最後の研究を進める彼は、禁忌に触れたとして女神の代行者――神人から処刑を言い渡される。
抗うことさえ出来ずに断罪されたグラスだったが、女神アウローラから生前の錬金術による功績を讃えられ『転生』の機会を与えられた。
本来であれば全ての記憶を抹消し、新たな生命として生まれ変わるはずのグラスは、別の女神フォルトナの独断により、記憶を保有したまま転生させられる。
グラスが転生したのは、彼の死から三百年後。
赤ちゃん(♀)として生を受けたグラスは、両親によってリーフと名付けられ、新たな人生を歩むことになった。
これは幸福が何かを知らない孤独な錬金術師が、愛を知り、自らの手で幸福を掴むまでの物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
マイニング・ソルジャー
立花 Yuu
SF
世界の人々が集うインターネット上の仮想世界「ユグド」が存在するちょっと先の未来。
日本の沖縄に住む秦矢は今時珍しいエンジンバイクの修理店兼スクラップ店を営んでいる。副業で稼ぐために友達から勧められた「マイニン・ワールド」に参加することに。マイニング・ワールドとは仮想世界「ユグド」で使用されている暗号通貨「ユード」の「マイニング(採掘)」競争だ。エイリアン(暗号化技術でエイリアンに化けた決済データ)を倒してこ使い稼ぎをする日々がスタートさせるのだが、見知らぬ人物が突然助っ人に⁉︎
仮想世界と暗号通貨が織りなす、ちょっと変わった友情劇とアクションありのSF小説!
メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~
アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」
中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。
ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。
『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。
宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。
大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。
『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。
修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる