上 下
21 / 34

来襲

しおりを挟む
 電動車椅子に乗った、ンディールの歳の離れた妹――確かシェーラと言ったか――が、今日もやって来た。

 叱られて懲りたのではないのかと思わないでもなかったものの、それでもヒカルは笑顔で彼女を迎えた。

「いらっしゃい。今日は何?」
「あなた、人質なんですってね」

 相変わらず身も蓋もない言いようである。ヒカルは苦笑しながらうなずいた。

「うん、そうみたい」
「不安じゃないの。こんなところに一人でいて、怖くないの」

「そりゃ不安だし、怖いよ」
「とてもそうは見えないんだけど」

 シェーラの疑惑の視線に、ヒカルは困ったような笑顔を浮かべる。

「不安だし怖いけど、怖がってばかりいても仕方ないじゃない、こうなっちゃったんだし。それに、ここにもいい人はいるし。シェーラちゃんのお兄さんとか」
「……確かに兄はいい人よ。いい人過ぎるくらい」

「シェーラちゃんはお兄さんが大好きなんだね」
「そんなんじゃない!」

 しかしシェーラは、突然頭を振った。

「兄は私の誇りなの、いいえ、私達家族の誇りなの。一族の栄光を背負って立つ特別な存在なの。だから、私みたいな役立たずが好きとか言っていい相手じゃないの」

「そっか。シェーラちゃんは、お兄さんの役に立ちたいんだ」
「当たり前でしょ、そんな事」

 シェーラは睨み付ける。けれど、ヒカルは静かに微笑みを返した。

「でも妹の立場としては、役に立つ立たないとは別のところで、お兄さんを好きでいいと思うんだけどな。私もそうだもん」
「あなた、お兄さんがいるの」

「いるよ。二人いる」
「二人……どんな人」

「一人はね、真面目な人。真面目過ぎて、自分の手足を縛り付けちゃってるような人。とても悲しい人かもしれない」
「もう一人は」

「うーん」

 ヒカルは腕組みをして首をひねった。

「何て言えばいいんだろ、とにかくね、無茶苦茶な人。悪い人じゃないと思うんだけど、無茶苦茶を絵に描いたような人って言うしかないかなあ」
「そんな人達の事が好きなの」

「うん、好き。お兄ちゃん達の事は大好き」

 ヒカルは満面の笑みでそう答えた。シェーラは呆気に取られている。

「変わった人」
「えへへ、そうかな」

 と、そのとき。突然館内に警報が鳴り響いた。シェーラが眉を寄せる。

「何なの、これ」
「何だろうね。訓練かな」

 他人事のように呑気なヒカルを嘲笑うかのように、館内放送が喚きたてた。

「一階正面玄関にて第一級事案発生、セキュリティスタッフは直ちに急行せよ。繰り返す、第一級事案発生」

 声の緊迫感が、いま起こっている事態の深刻さを表す。

「……あれ、まさか」

 ようやく事の重大性に気付いたヒカルの背筋に、冷たいものが走った。



 時を遡ること数分前、統合政府極東司令部庁舎の一階正面玄関前にて、一悶着が起きていた。

「困りますねえ。この庁舎には特別に許可を貰った人以外、グランアーマーを装着したままでは入れないんですよ」

 警備員はあまり困っていなさそうな顔でそう言った。ちらちらと白いグランアーマーに目をやる。これが問題だ、と言わんばかりに。しかし相手は平然としており、引く様子はない。

「妹に会いに来ただけなのだがな」
「申し訳ありません、どんな理由であろうと、グランアーマーを身に着けている限りはお通しできません」

「州政府から連絡が来ていると思うのだが」
「どこから連絡が来ていても同じです。ここは通せません」

 警備員は徐々に高圧的になって来た。苛々しているのだろう。すると相手はポンと手を打つ。

「なるほどわかった、ではここでグランアーマーを外して預かってもらえば良いのだな」
「い、いや、それは困ります」

 今度は本当に困った顔をした。それはそうだろう、下手に預かって、そのグランアーマーが無許可の物だった場合、犯罪に協力した形になってしまう。

 天下の統合政府極東司令部の玄関を預かる身としては、それだけは絶対にできない。沽券に関わるのである。その警備員の様子を見て、相手は小首をかしげた。

「では、どうあっても僕らを中に入れる事はできないと言うのかな」

「失礼ですが、あなた方は非常に怪しく見えます。例えグランアーマーを外したところで、怪しいという時点で我々としてはここを通す訳には行かないのです。ご理解ください」

「なるほど、貴様の立場はわかった」

 神討ヨウジは、ニッと笑った。

「ならば押し通るまで」

 突風が吹いた。その猛烈な風圧に押され、警備員は五メートルほど真横に移動する。ヨウジとインカは正面から堂々と敵地に踏み入った。

「おい、待て、おまえら」

 警備員は警棒を手に後ろから追い縋った。しかしその足元を、見えない何かが薙ぎ払う。

 すっ転んだ警備員は、その体勢のまま警笛を吹き鳴らした。これに反応し、庁舎の防衛機構が立ち上がる。

 警報が鳴り、受付や案内所はグランの壁に覆われ、エレベーターや階段にも隔壁が降りた。だが。

「こんなもので僕の足止めができると思っているのか」

 ヨウジがそう言うと共に、見えない砲弾が階段の隔壁を撃ち破る。



 館内に警報が鳴り響く中、アカリはセキュリティセンターに飛び込んだ。

「何があったの」

 その眼に映ったモニター画面には、階段を駆け上がるヨウジと白いグランアーマーの姿。

「三階踊り場、セキュリティスタッフと接触します」

 オペレーターの声に、アカリは息を呑んだ。

「なんて事」

 州政府からの連絡は来ていた。だが州政府に「手を出すな」と言われて、統合政府が「はいそうですか」とは言えない。格というものがあるのだ。

 ましてやヨウジがいかに力に驕っていたとしても、まさか統合政府に正面切って挑むような馬鹿な真似はしないだろうという希望的観測もあった。

「中央本部に緊急連絡」

 アカリは自分の声が上ずっていないかを確かめながらオペレーターに命じた。



 統合政府のセキュリティスタッフは専用のグランアーマーを装着し、標準装備の自動小銃にはグラン徹甲弾が採用されている。そんじょそこいらのグランアーマーなら、一瞬で蜂の巣である。

「止まれ!」

 階段を風の速さで駆け上がってくる二人は、けれど止まる気配すら見せなかった。

「撃て!」

 指揮官に迷いはなかった。

 統合政府極東司令部にケンカを売るような真似は、まともな人間ならする訳がない。どんな手段を使ったのかは知らないが、隔壁を破り階段を上がって来た時点で間違いなくテロリストである。打ち倒すのに躊躇はいらない。

 十名の隊員はトリガーを引き絞った。しかし、彼らは見た。自分達が対象に撃ち込んだ弾丸が、全て途中で軌道を変え、周囲の壁面にめり込んで行くのを。

 一発も当たらない。そんな馬鹿な事があるのか。指揮官が呆然としたとき、足元に烈風が吹き荒れたかと思うと、セキュリティスタッフは体を持ち上げられ、そのまま階段の下へと叩き落された。



 五階の踊り場には重機関銃が待ち構えていたものの、これまた弾が当たる事はなく、ただ壁の傷を増やしただけでヨウジとインカの足を止める事はできなかった。

 その頃、九階にはアカリが赴いていた。さすがにヒカルもシェーラも不安の色を隠しきれない。

「お姉ちゃん、何があったの。まさか」
「そのまさかよ。ヨウジが暴れているの。あなたを取り戻すつもりでしょうね」

「ヨウ兄ちゃん……私、止めてくる」

 立ち上がったヒカルの肩を、アカリは抑え込んだ。

「およしなさい。巻き込まれでもしたらどうするの」
「だけど、私が行かなきゃ大変な事になる」

「もうなってるわ」

 アカリは首を横に振る。

「大丈夫よ。兄様がなんとかしてくれる」

 強く言い切るシェーラの言葉に、アカリは笑みを返した。

「そうね。ここはンディール卿に任せましょう」

 そしてヒカルを見つめた。

「あなたは一緒に来て」
「次はどこに行くの」

「屋上に緊急脱出用のシャトルがあるわ。それを使って円卓に向かいます」
「円卓」

 何故だろう、ヒカルはその場所を知っている気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薄い彼女

りゅう
SF
 今年、大学四年になる神岡龍一は迷っていた。  就職先を決められないのだ。  そんな時、付き合っていた彼女の一言で彼の人生は大きく変わることになった。  彼女はこう言ったのだ。 「私には予知能力があるの」  もちろん、この一言で彼の人生は変わるのだが、それよりも驚いたのは彼女の存在確率が極めて低いという事実だった。

CoSMoS ∞ MaCHiNa ≠ ReBiRTH

L0K1
SF
機械仕掛けの宇宙は僕らの夢を見る――  西暦2000年―― Y2K問題が原因となり、そこから引き起こされたとされる遺伝子突然変異によって、異能超人が次々と誕生する。  その中で、元日を起点とし世界がタイムループしていることに気付いた一部の能力者たち。  その原因を探り、ループの阻止を試みる主人公一行。  幾度となく同じ時間を繰り返すたびに、一部の人間にだけ『メメント・デブリ』という記憶のゴミが蓄積されるようになっていき、その記憶のゴミを頼りに、彼らはループする世界を少しずつ変えていった……。  そうして、訪れた最終ループ。果たして、彼らの運命はいかに?  何不自由のない生活を送る高校生『鳳城 さとり』、幼馴染で彼が恋心を抱いている『卯月 愛唯』、もう一人の幼馴染で頼りになる親友の『黒金 銀太』、そして、謎の少女『海風 愛唯』。 オカルト好きな理系女子『水戸 雪音』や、まだ幼さが残るエキゾチック少女『天野 神子』とともに、世界の謎を解き明かしていく。  いずれ、『鳳城 さとり』は、謎の存在である『世界の理』と、謎の人物『鳴神』によって、自らに課せられた残酷な宿命を知ることになるだろう――

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

スターゲイザー~楽園12~

志賀雅基
SF
◆誰より愉快に/真剣に遊んだ/悔いはないか/在った筈の明日を夢想しないか◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員Part12[全36話] 大昔にテラを旅立った世代交代艦が戻ってきた。だが艦内は未知のウイルスで全滅しており別の恒星へ投げ込み処理することに。その責を担い艦と運命を共にするのは寿命も残り数日の航空宇宙監視局長であるアンドロイド。そこに造られたばかりのアンドロイドを次期局長としてシドとハイファが連れて行くと……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

sweet home-私を愛したAI-

葉月香
SF
天才と呼ばれた汎用型人工知能研究者、久藤朔也が死んだ。愛する人の死に打ちひしがれ、心を患う彼の妻、陽向は朔也が遺した新居――最新型OSにより管理されるスマートホームに移り住む。そこで彼女を迎えたのは、亡き夫の全てを移植されたという人工知能、立体ホログラム・アバターのsakuyaだった。

どうぶつたちのキャンプ

葵むらさき
SF
何らかの理由により宇宙各地に散らばってしまった動物たちを捜索するのがレイヴン=ガスファルトの仕事である。 今回彼はその任務を負い、不承々々ながらも地球へと旅立った。 捜索対象は三頭の予定で、レイヴンは手早く手際よく探し出していく。 だが彼はこの地球で、あまり遭遇したくない組織の所属員に出遭ってしまう。 さっさと帰ろう──そうして地球から脱出する寸前、不可解で不気味で嬉しくもなければ面白くもない、にも関わらず無視のできないメッセージが届いた。 なんとここにはもう一頭、予定外の『捜索対象動物』が存在しているというのだ。 レイヴンは困惑の極みに立たされた──

東京が消えたなら。

メカ
SF
2XXX年、日本最大の山「富士山」が噴火した。 その時、貴方は 「どう生き延びますか?」

処理中です...