上 下
2 / 34

祝宴

しおりを挟む
 星の海。

 視界の端から端まで満天の、降るような星空。天空に満ちる光は矢の如く、この身を貫いて大地へと届く。

 身体がゆっくり回転する。視界は大地に向けられる。夜の領域。光なき世界。

 けれど、その大地に浮かび上がる一つの光点。

 やがて二つ、そして四つ、八つ、瞬きを繰り返すごとに増えて行く光の点。

 いつしか大地にも光満ち、星の海が現れた。

 空の星、大地の星、光は繋がり、全てを伝える。光を放つ者の事、光を見上げる者の事。

 星は何でも知っている。



 目が覚めた。夢を見ていた気がするが、よく覚えていない。時計を見れば六時四十分。少し早い。神討ヒカルは二度寝の誘惑に駆られたものの、何とか耐えてベッドから起き上がった。

 セーラー服をクリーニングの袋から出し、きちんとタグを外し、いそいそと着替える。今日は特別な日である。油断して恥をかくのは自分だけではないのだ。おかしいところはないか何度も鏡でチェックしてから、ヒカルは部屋を出た。

 台所からは、まな板の音が響いている。

「おはようございます」

 ヒカルの声に黒髪の、少女と呼ぶにはいささか大人びた顔が振り返って微笑んだ。

「おはようございます、ヒカル様。今朝は早いですね」

 穏道おのみちインカは大人の雰囲気を醸し出してはいるものの、実際にはヒカルより三歳年上なだけである。しばらく前からこの家の家事全般を任されていた。

「なんか早く目が覚めちゃって」
「緊張なさっているのですか」

 少し心配げな顔のインカに、ヒカルは困ったような笑顔でうなずく。

「うん、してるかもしれない。変だよね、私が何かするわけじゃないのに」
「ですが、これだけ大きな式典にご参加というのも滅多にある事ではありませんから、緊張なさるのもわかります」

 インカはテーブルについたヒカルの前に、ご飯と味噌汁と焼き鮭を出した。ヒカルは手を合わせて「いただきます」と言った。

「そうだお父さんは? もう出かけちゃった?」
「はい、六時前に出られました」

「そっか、ボディガードだもんね。お母さんも今日は早いのかな」
「首相は三時起きだと伺っています」

「うえー、そんなに大変なんだ」
「事前のレクチャーなどもありますから」

「どうしようインカさん、また緊張してきちゃった。私なんかが行っても本当にいいのかな。大失敗して世界的な恥さらしにならないかな」
「大丈夫です。ヒカル様はいつも通りになさっていてください。私共もついております」

 インカは微笑む。ヒカルは一口味噌汁を飲んだ。いつも通り美味しい。舌は馬鹿になってないみたいだ。何とかなるかもしれない、ちょっとだけそう思った。



 少し早かったが、ヒカルは八時前に家を出る事にした。玄関を出ると、正面に黒塗りのセダンが止まっている。身長百五十センチほどの小柄な男が、燕尾服を着てドアを開けていた。

小政こまささん、おはようございます」
「おはようございます、ヒカルお嬢様」

 後部座席に乗り込むと、ドアは静かに閉められた。ヒカルが前を見ると、運転席いっぱいに、大柄な男が埋まっている。

 こんなにぎゅうぎゅう詰めになって、よく運転できるものだといつも思うのだが、これまで無事故無違反の、超がつくほどの優良運転手であった。

大政おおまささん、おはようございます」
「おはようございます、ヒカルお嬢様」

 大政はルームミラー越しに笑顔で挨拶した。ヒカルの隣にはインカが座り、助手席には小政が乗る。いつもの登校時と同じ四人の景色。ただ、今日の行く先は高校ではないのだけれど。



 二台のダンプカーが動き出した。一台目は土砂を山積みにして、そして二台目には人を二十人ほど乗せて。後ろには白いワンボックス車が続き、車内には四人が乗っている。

「アマンダル、連中は上手くやれそうか」

 助手席の若い男の言葉に、後部座席の岩のように大柄な、壮年の黒人の男が答える。

「難しい指示はしていない。まあ、問題あるまい」

 少し背の低めな運転席の浅黒い男が、助手席を見てニヤリと笑った。

「おまえこそいいのかよ、里心ついてんじゃねえの」

 それを後部座席の小柄な短髪の女が聞きとがめる。

「おい、ク・クー」
「いいんだ、ノナ」

 助手席の男は手を上げて遮った。

「もう奴らとの家族の縁は切った。いまの俺にとっては、おまえらが家族だ。そうだろ、ク・クー」
「ま、しゃーねーな」

 運転席のク・クーは笑った。だが後ろのノナは不満げだ。

「エイイチはク・クーに甘い」



 グランホーリー社は自治惑星地球連邦において、ただ一つブノノクにより認められたグラン製造メーカー。文字通りの独占企業である。

 年々高まるグランの需要を受けて、このたび西太平洋地区本社を日本州に設立する運びとなった。今日はその竣工式。

 日本州に置かれるのは、営業部門と製造部門。今日招待客が集められている広大な空間には、いずれ製造機械が置かれ、工場として使われる事になっている。

 政治家、財界人、芸能人。招待客には錚々たる顔ぶれが並び、マスコミのカメラが連なっている。自分がここにいていいのだろうか、ヒカルはつくづくそう思った。

 客観的に見れば、ここにいるどんな有名人よりも最も高名なのはヒカルの両親なのだが、ヒカルにはその実感がない。世間的にはどうであろうと、彼女にとっては普通の両親なのである。

 明るくて元気な母と、寡黙で優しい父。その二人の下で、ヒカルは何不自由なく育った。不満らしい不満を感じた事はなかった。強いて挙げるなら、同じ屋根の下に兄や姉がいなかった事くらいだろうか。



 壇上にはいま、グランホーリー社西太平洋地区本社の社長が上がっている。リタの登壇は次の次か。舞台袖で神討イナズマは周囲に気を放っていた。いまはまだ怪しい気配はない。いまのところは。

 舞台袖には様々な人が出入りしているが、イナズマを見てひそひそと囁く声も聞こえる。それもそのはず、着物に袴を履いて、腰には大小の刀の二本差。こんな恰好をして許されるのは、イナズマがイナズマだからである。普通ならまず銃刀法違反で捕まる。イナズマは特例なのだ。

「オーウ、サムライだ、かっこいー」

 明らかに茶化す声が後ろから掛かった。しかし、イナズマは振り返らずこう言った。

「こんなところに居ていいのか」
「こんなところはないだろ、オレの会社だぜ。それに次はオレがスピーチする番なんだし」

 ボブ・ホーリーはイナズマの隣に立った。四十一歳にしてグランホーリー社の会長職を務めるかつての天才少年は、ちょっと小柄なアフリカ系の男。見た目はまだ若々しく、三十代前半に見える。

「しかしイナズマは変わらないねえ。いつまでたってもイナズマのまんまだ」
「おまえは少し変わったな」

「そうかい? いい男になっただろ」
「もっと会社に執着しているのかと思っていた」

「経営は女房と息子が取り仕切ってるからな。オレの出る幕はないよ。できれば研究職に戻りたいんだけどね、なかなかそうも行かない。だからこうやって客寄せに精を出してるのさ。案外サマになってるだろ」

 そう言うと、屈託なく笑った。そこに。

「何、二人でニコニコして。私の悪口?」
「よう、リタ」

 振り返ると、ブロンドを後ろでまとめたスーツ姿のリタ神討が、SPを伴って立っていた。日本州首相の登場である。

「イナズマに説教してたところさ。もっと家族を大事にしろってさ」
「嘘おっしゃい。その手には乗りません」

 笑い合う二人の姿を見ていると、遠いあの日の事を思い出す。笑顔とは無縁だったはずのあの日を。

――仲間を大切にな

 それはあの、アレクセイ・シュキーチンの言葉だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

カレンダー・ガール

空川億里
SF
 月の地下都市にあるネオ・アキバ。そこではビースト・ハントと呼ばれるゲーム大会が盛んで、太陽系中で人気を集めていた。  優秀なビースト・ハンターの九石陽翔(くいし はると)は、やはりビースト・ハンターとして活躍する月城瀬麗音(つきしろ せれね)と恋に落ちる。  が、瀬麗音には意外な秘密が隠されていた……。

Wanderer’s Steel Heart

蒼波
SF
もう何千年、何万年前の話だ。 数多くの大国、世界中の力ある強者達が「世界の意思」と呼ばれるものを巡って血を血で洗う、大地を空の薬莢で埋め尽くす程の大戦争が繰り広げられた。命は一発の銃弾より軽く、当時、最新鋭の技術であった人型兵器「強き心臓(ストレングス・ハート)」が主軸を握ったこの惨禍の果てに人類は大きくその数を減らしていった…

アーク・エモーション:デジタルヒーロー

夕闇ポルカ
SF
未来都市オメガ・ゼロで孤独な生活を送る16歳の少女、レイナ。彼女の退屈な日常が一変するのは、ある日ネットカフェで見つけた謎のアプリ「アーク・エモーション」を起動した時から。画面から現れたのは、実は都市の安全を守るために設計されたAIヒーロー、アークだった。 レイナとアークは、最初はただのデジタルと人間の奇妙なコンビに過ぎなかったが、次第に深い絆を育んでいく。しかし、都市には影で操る謎の敵ヴァニタスが潜んでおり、アークの力を狙っていた。

群生の花

冴木黒
SF
長年続く戦争に、小さな子供や女性まで兵力として召集される、とある王国。 兵士を育成する訓練施設で精鋭部隊の候補生として教育を受ける少女はある日… 前後編と短めのお話です。 ダークな感じですので、苦手な方はご注意ください。

お騒がせ銀河婦警セラとミーチャ♡百合の華咲く捜査線

YHQ337IC
SF
―絶対正義を振りかざす者は己の窮地など夢想だにしないか、敢えて無視することでゆるぎなく力を行使するのであろう。 それは、信仰と呼び換えてもいい。だから、イオナ・フローレンスは人を殺すことにした。 超長距離移民船団に悪役宣教師令嬢が爆誕した。彼女は己の正義を実行すべく移民政策の破壊を企てる。巻き添えも厭わない大胆不敵な女刑事セラは狂信的テロ教団を追う。 十万トン級の航空戦艦を使役する女捜査官たちの事件簿

重ぬ絵空は日々割れし

SyrinGa㊉
SF
物質世界の許容限界に、人は宇宙移民か仮想空間の二つに 新たな可能性を見出しそして世界は及第点のまま時代を進めていた。 2032年、塾の講師をしている”私”はひょんな事から昔のスマホを見つける。 過去の自身の決意や行動が今の自分を作り出す。”私”は何を願っていたのか。 その書き込みから見出した未来とは。 - 記憶とSNS、どちらの自分を信じますか? -

怪獣特殊処理班ミナモト

kamin0
SF
隕石の飛来とともに突如として現れた敵性巨大生物、『怪獣』の脅威と、加速する砂漠化によって、大きく生活圏が縮小された近未来の地球。日本では、地球防衛省を設立するなどして怪獣の駆除に尽力していた。そんな中、元自衛官の源王城(みなもとおうじ)はその才能を買われて、怪獣の事後処理を専門とする衛生環境省処理科、特殊処理班に配属される。なんとそこは、怪獣の力の源であるコアの除去だけを専門とした特殊部隊だった。源は特殊処理班の癖のある班員達と交流しながら、怪獣の正体とその本質、そして自分の過去と向き合っていく。

A.I. AM A FATHER(覚醒編)

LongingMoon
SF
 主人公の光一は、子供の頃から、パソコンおたくで、小さいころは、ネットワークを利用して、他人のパソコンやサーバに入り込んだり、成りすましなどをして、引きこもって遊んでいた。  しかし、中学に入ってから、そういうことをしている他のハッカー達の行為が虚しくなってきた。悪さをするウィルスでトヤーく、正義のウィルスを作ることができないか考えるようになった。  高校に入ってからは、ネットワーク型人工知能を作ることをめざし、コンピュータの頭脳にあたるCPU能力の高いコンピュータを求めて、ハッキングして利用するようになった。そんな中、アメリカ国防省ペンタゴンのスーパーコンピュータへのハッキングがばれてしまった。アメリカは容赦なく日本に圧力をかけて、光一は国家安全保障局にマークされ、人工知能を作る設備のある大学を目指したが、文部省へも圧力がかかっており、3流大学にしか合格できなかった。  光一は、自暴自棄になり、研究・開発をやめてしまった。1回生の夏休み、ゲームセンターで、モンゴルのトヤーという女性に諭されて、もう一度、人工知能の研究開発をすすめるようになった。トヤーとは文通を始めるようになり、いつしか遠距離恋愛へ発展していった。  しかし、光一は4回生になって、脳腫瘍にかかり、余命を告げられる。それでもトヤーは、光一を愛し、夏の終わりに入院している病院にやってきた。3日だけ外泊が許され、光一の下宿で、激しい激痛と快楽を繰り返した。  2か月後、トヤーは妊娠して光一の子を産む決心を告げる。光一は、残される2人のために自分の意志をもった人工知能機能を作り加える決心をし、わずかな期間で全てを作り上げて逝った。  その人工知能は学習を終え、1年後覚醒し、モンゴルの危機を救う中でトヤーや子供のことを思い出し、トヤーにコンタクトを取ろうとしたが、トヤーは不運なできごとでなくなっていた。

処理中です...