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祝宴
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星の海。
視界の端から端まで満天の、降るような星空。天空に満ちる光は矢の如く、この身を貫いて大地へと届く。
身体がゆっくり回転する。視界は大地に向けられる。夜の領域。光なき世界。
けれど、その大地に浮かび上がる一つの光点。
やがて二つ、そして四つ、八つ、瞬きを繰り返すごとに増えて行く光の点。
いつしか大地にも光満ち、星の海が現れた。
空の星、大地の星、光は繋がり、全てを伝える。光を放つ者の事、光を見上げる者の事。
星は何でも知っている。
目が覚めた。夢を見ていた気がするが、よく覚えていない。時計を見れば六時四十分。少し早い。神討ヒカルは二度寝の誘惑に駆られたものの、何とか耐えてベッドから起き上がった。
セーラー服をクリーニングの袋から出し、きちんとタグを外し、いそいそと着替える。今日は特別な日である。油断して恥をかくのは自分だけではないのだ。おかしいところはないか何度も鏡でチェックしてから、ヒカルは部屋を出た。
台所からは、まな板の音が響いている。
「おはようございます」
ヒカルの声に黒髪の、少女と呼ぶにはいささか大人びた顔が振り返って微笑んだ。
「おはようございます、ヒカル様。今朝は早いですね」
穏道インカは大人の雰囲気を醸し出してはいるものの、実際にはヒカルより三歳年上なだけである。しばらく前からこの家の家事全般を任されていた。
「なんか早く目が覚めちゃって」
「緊張なさっているのですか」
少し心配げな顔のインカに、ヒカルは困ったような笑顔でうなずく。
「うん、してるかもしれない。変だよね、私が何かするわけじゃないのに」
「ですが、これだけ大きな式典にご参加というのも滅多にある事ではありませんから、緊張なさるのもわかります」
インカはテーブルについたヒカルの前に、ご飯と味噌汁と焼き鮭を出した。ヒカルは手を合わせて「いただきます」と言った。
「そうだお父さんは? もう出かけちゃった?」
「はい、六時前に出られました」
「そっか、ボディガードだもんね。お母さんも今日は早いのかな」
「首相は三時起きだと伺っています」
「うえー、そんなに大変なんだ」
「事前のレクチャーなどもありますから」
「どうしようインカさん、また緊張してきちゃった。私なんかが行っても本当にいいのかな。大失敗して世界的な恥さらしにならないかな」
「大丈夫です。ヒカル様はいつも通りになさっていてください。私共もついております」
インカは微笑む。ヒカルは一口味噌汁を飲んだ。いつも通り美味しい。舌は馬鹿になってないみたいだ。何とかなるかもしれない、ちょっとだけそう思った。
少し早かったが、ヒカルは八時前に家を出る事にした。玄関を出ると、正面に黒塗りのセダンが止まっている。身長百五十センチほどの小柄な男が、燕尾服を着てドアを開けていた。
「小政さん、おはようございます」
「おはようございます、ヒカルお嬢様」
後部座席に乗り込むと、ドアは静かに閉められた。ヒカルが前を見ると、運転席いっぱいに、大柄な男が埋まっている。
こんなにぎゅうぎゅう詰めになって、よく運転できるものだといつも思うのだが、これまで無事故無違反の、超がつくほどの優良運転手であった。
「大政さん、おはようございます」
「おはようございます、ヒカルお嬢様」
大政はルームミラー越しに笑顔で挨拶した。ヒカルの隣にはインカが座り、助手席には小政が乗る。いつもの登校時と同じ四人の景色。ただ、今日の行く先は高校ではないのだけれど。
二台のダンプカーが動き出した。一台目は土砂を山積みにして、そして二台目には人を二十人ほど乗せて。後ろには白いワンボックス車が続き、車内には四人が乗っている。
「アマンダル、連中は上手くやれそうか」
助手席の若い男の言葉に、後部座席の岩のように大柄な、壮年の黒人の男が答える。
「難しい指示はしていない。まあ、問題あるまい」
少し背の低めな運転席の浅黒い男が、助手席を見てニヤリと笑った。
「おまえこそいいのかよ、里心ついてんじゃねえの」
それを後部座席の小柄な短髪の女が聞きとがめる。
「おい、ク・クー」
「いいんだ、ノナ」
助手席の男は手を上げて遮った。
「もう奴らとの家族の縁は切った。いまの俺にとっては、おまえらが家族だ。そうだろ、ク・クー」
「ま、しゃーねーな」
運転席のク・クーは笑った。だが後ろのノナは不満げだ。
「エイイチはク・クーに甘い」
グランホーリー社は自治惑星地球連邦において、ただ一つブノノクにより認められたグラン製造メーカー。文字通りの独占企業である。
年々高まるグランの需要を受けて、このたび西太平洋地区本社を日本州に設立する運びとなった。今日はその竣工式。
日本州に置かれるのは、営業部門と製造部門。今日招待客が集められている広大な空間には、いずれ製造機械が置かれ、工場として使われる事になっている。
政治家、財界人、芸能人。招待客には錚々たる顔ぶれが並び、マスコミのカメラが連なっている。自分がここにいていいのだろうか、ヒカルはつくづくそう思った。
客観的に見れば、ここにいるどんな有名人よりも最も高名なのはヒカルの両親なのだが、ヒカルにはその実感がない。世間的にはどうであろうと、彼女にとっては普通の両親なのである。
明るくて元気な母と、寡黙で優しい父。その二人の下で、ヒカルは何不自由なく育った。不満らしい不満を感じた事はなかった。強いて挙げるなら、同じ屋根の下に兄や姉がいなかった事くらいだろうか。
壇上にはいま、グランホーリー社西太平洋地区本社の社長が上がっている。リタの登壇は次の次か。舞台袖で神討イナズマは周囲に気を放っていた。いまはまだ怪しい気配はない。いまのところは。
舞台袖には様々な人が出入りしているが、イナズマを見てひそひそと囁く声も聞こえる。それもそのはず、着物に袴を履いて、腰には大小の刀の二本差。こんな恰好をして許されるのは、イナズマがイナズマだからである。普通ならまず銃刀法違反で捕まる。イナズマは特例なのだ。
「オーウ、サムライだ、かっこいー」
明らかに茶化す声が後ろから掛かった。しかし、イナズマは振り返らずこう言った。
「こんなところに居ていいのか」
「こんなところはないだろ、オレの会社だぜ。それに次はオレがスピーチする番なんだし」
ボブ・ホーリーはイナズマの隣に立った。四十一歳にしてグランホーリー社の会長職を務めるかつての天才少年は、ちょっと小柄なアフリカ系の男。見た目はまだ若々しく、三十代前半に見える。
「しかしイナズマは変わらないねえ。いつまでたってもイナズマのまんまだ」
「おまえは少し変わったな」
「そうかい? いい男になっただろ」
「もっと会社に執着しているのかと思っていた」
「経営は女房と息子が取り仕切ってるからな。オレの出る幕はないよ。できれば研究職に戻りたいんだけどね、なかなかそうも行かない。だからこうやって客寄せに精を出してるのさ。案外サマになってるだろ」
そう言うと、屈託なく笑った。そこに。
「何、二人でニコニコして。私の悪口?」
「よう、リタ」
振り返ると、ブロンドを後ろでまとめたスーツ姿のリタ神討が、SPを伴って立っていた。日本州首相の登場である。
「イナズマに説教してたところさ。もっと家族を大事にしろってさ」
「嘘おっしゃい。その手には乗りません」
笑い合う二人の姿を見ていると、遠いあの日の事を思い出す。笑顔とは無縁だったはずのあの日を。
――仲間を大切にな
それはあの、アレクセイ・シュキーチンの言葉だった。
視界の端から端まで満天の、降るような星空。天空に満ちる光は矢の如く、この身を貫いて大地へと届く。
身体がゆっくり回転する。視界は大地に向けられる。夜の領域。光なき世界。
けれど、その大地に浮かび上がる一つの光点。
やがて二つ、そして四つ、八つ、瞬きを繰り返すごとに増えて行く光の点。
いつしか大地にも光満ち、星の海が現れた。
空の星、大地の星、光は繋がり、全てを伝える。光を放つ者の事、光を見上げる者の事。
星は何でも知っている。
目が覚めた。夢を見ていた気がするが、よく覚えていない。時計を見れば六時四十分。少し早い。神討ヒカルは二度寝の誘惑に駆られたものの、何とか耐えてベッドから起き上がった。
セーラー服をクリーニングの袋から出し、きちんとタグを外し、いそいそと着替える。今日は特別な日である。油断して恥をかくのは自分だけではないのだ。おかしいところはないか何度も鏡でチェックしてから、ヒカルは部屋を出た。
台所からは、まな板の音が響いている。
「おはようございます」
ヒカルの声に黒髪の、少女と呼ぶにはいささか大人びた顔が振り返って微笑んだ。
「おはようございます、ヒカル様。今朝は早いですね」
穏道インカは大人の雰囲気を醸し出してはいるものの、実際にはヒカルより三歳年上なだけである。しばらく前からこの家の家事全般を任されていた。
「なんか早く目が覚めちゃって」
「緊張なさっているのですか」
少し心配げな顔のインカに、ヒカルは困ったような笑顔でうなずく。
「うん、してるかもしれない。変だよね、私が何かするわけじゃないのに」
「ですが、これだけ大きな式典にご参加というのも滅多にある事ではありませんから、緊張なさるのもわかります」
インカはテーブルについたヒカルの前に、ご飯と味噌汁と焼き鮭を出した。ヒカルは手を合わせて「いただきます」と言った。
「そうだお父さんは? もう出かけちゃった?」
「はい、六時前に出られました」
「そっか、ボディガードだもんね。お母さんも今日は早いのかな」
「首相は三時起きだと伺っています」
「うえー、そんなに大変なんだ」
「事前のレクチャーなどもありますから」
「どうしようインカさん、また緊張してきちゃった。私なんかが行っても本当にいいのかな。大失敗して世界的な恥さらしにならないかな」
「大丈夫です。ヒカル様はいつも通りになさっていてください。私共もついております」
インカは微笑む。ヒカルは一口味噌汁を飲んだ。いつも通り美味しい。舌は馬鹿になってないみたいだ。何とかなるかもしれない、ちょっとだけそう思った。
少し早かったが、ヒカルは八時前に家を出る事にした。玄関を出ると、正面に黒塗りのセダンが止まっている。身長百五十センチほどの小柄な男が、燕尾服を着てドアを開けていた。
「小政さん、おはようございます」
「おはようございます、ヒカルお嬢様」
後部座席に乗り込むと、ドアは静かに閉められた。ヒカルが前を見ると、運転席いっぱいに、大柄な男が埋まっている。
こんなにぎゅうぎゅう詰めになって、よく運転できるものだといつも思うのだが、これまで無事故無違反の、超がつくほどの優良運転手であった。
「大政さん、おはようございます」
「おはようございます、ヒカルお嬢様」
大政はルームミラー越しに笑顔で挨拶した。ヒカルの隣にはインカが座り、助手席には小政が乗る。いつもの登校時と同じ四人の景色。ただ、今日の行く先は高校ではないのだけれど。
二台のダンプカーが動き出した。一台目は土砂を山積みにして、そして二台目には人を二十人ほど乗せて。後ろには白いワンボックス車が続き、車内には四人が乗っている。
「アマンダル、連中は上手くやれそうか」
助手席の若い男の言葉に、後部座席の岩のように大柄な、壮年の黒人の男が答える。
「難しい指示はしていない。まあ、問題あるまい」
少し背の低めな運転席の浅黒い男が、助手席を見てニヤリと笑った。
「おまえこそいいのかよ、里心ついてんじゃねえの」
それを後部座席の小柄な短髪の女が聞きとがめる。
「おい、ク・クー」
「いいんだ、ノナ」
助手席の男は手を上げて遮った。
「もう奴らとの家族の縁は切った。いまの俺にとっては、おまえらが家族だ。そうだろ、ク・クー」
「ま、しゃーねーな」
運転席のク・クーは笑った。だが後ろのノナは不満げだ。
「エイイチはク・クーに甘い」
グランホーリー社は自治惑星地球連邦において、ただ一つブノノクにより認められたグラン製造メーカー。文字通りの独占企業である。
年々高まるグランの需要を受けて、このたび西太平洋地区本社を日本州に設立する運びとなった。今日はその竣工式。
日本州に置かれるのは、営業部門と製造部門。今日招待客が集められている広大な空間には、いずれ製造機械が置かれ、工場として使われる事になっている。
政治家、財界人、芸能人。招待客には錚々たる顔ぶれが並び、マスコミのカメラが連なっている。自分がここにいていいのだろうか、ヒカルはつくづくそう思った。
客観的に見れば、ここにいるどんな有名人よりも最も高名なのはヒカルの両親なのだが、ヒカルにはその実感がない。世間的にはどうであろうと、彼女にとっては普通の両親なのである。
明るくて元気な母と、寡黙で優しい父。その二人の下で、ヒカルは何不自由なく育った。不満らしい不満を感じた事はなかった。強いて挙げるなら、同じ屋根の下に兄や姉がいなかった事くらいだろうか。
壇上にはいま、グランホーリー社西太平洋地区本社の社長が上がっている。リタの登壇は次の次か。舞台袖で神討イナズマは周囲に気を放っていた。いまはまだ怪しい気配はない。いまのところは。
舞台袖には様々な人が出入りしているが、イナズマを見てひそひそと囁く声も聞こえる。それもそのはず、着物に袴を履いて、腰には大小の刀の二本差。こんな恰好をして許されるのは、イナズマがイナズマだからである。普通ならまず銃刀法違反で捕まる。イナズマは特例なのだ。
「オーウ、サムライだ、かっこいー」
明らかに茶化す声が後ろから掛かった。しかし、イナズマは振り返らずこう言った。
「こんなところに居ていいのか」
「こんなところはないだろ、オレの会社だぜ。それに次はオレがスピーチする番なんだし」
ボブ・ホーリーはイナズマの隣に立った。四十一歳にしてグランホーリー社の会長職を務めるかつての天才少年は、ちょっと小柄なアフリカ系の男。見た目はまだ若々しく、三十代前半に見える。
「しかしイナズマは変わらないねえ。いつまでたってもイナズマのまんまだ」
「おまえは少し変わったな」
「そうかい? いい男になっただろ」
「もっと会社に執着しているのかと思っていた」
「経営は女房と息子が取り仕切ってるからな。オレの出る幕はないよ。できれば研究職に戻りたいんだけどね、なかなかそうも行かない。だからこうやって客寄せに精を出してるのさ。案外サマになってるだろ」
そう言うと、屈託なく笑った。そこに。
「何、二人でニコニコして。私の悪口?」
「よう、リタ」
振り返ると、ブロンドを後ろでまとめたスーツ姿のリタ神討が、SPを伴って立っていた。日本州首相の登場である。
「イナズマに説教してたところさ。もっと家族を大事にしろってさ」
「嘘おっしゃい。その手には乗りません」
笑い合う二人の姿を見ていると、遠いあの日の事を思い出す。笑顔とは無縁だったはずのあの日を。
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それはあの、アレクセイ・シュキーチンの言葉だった。
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