【本編完結】 美形魔王の弱点は、僕。

Shizukuru

文字の大きさ
上 下
82 / 98

80.決意

しおりを挟む
 ゼーウェンが幼い頃より育ち、また魔術師として修行を積んできた賢神の森を出てから一月余り。
 今朝岩山の大きな風穴の影で簡単に朝食を済ませ、再び飛行を続ける。
 飛竜の疲れを見ながらの旅だ。

 ゼーウェンの飛竜――騎乗用として用いられるグルガンのような竜種は、ある程度体に脂肪を溜め込むと、そのまま飲まず食わず2週間は持つ。
 竜の代謝経路は本当に良く出来ていて、脂肪からエネルギーと水分を無駄なく取り入れられる。腎臓も、かなりの尿の濃縮に耐えられる。
 このような死の大地では欠かすことの出来ない交通手段となるのだ。

 竜が環境に耐えられるとはいえ、万が一病気にでも罹られれば即ち死を意味する。その上、こんなところで盗賊にでも襲われたらたまったものではない、とゼーウェンは思う。

 ――早く目当ての物を得て死の大地を出なければ。

 厳しい環境だからこそ、希少価値の高い飛竜を狙う賊もいない訳ではないのだから。

 「――! 見えた」

 前方に遠く小さく見える岩山より少し左。
 一段と高いそこは、ゼーウェンが目指す死の大地の頂である。
 ゼーウェンは、すぐさま意識を静め、周囲の場を探った。
 間違いない、かの頂のそれはとてつもない諸力の高まりを見せている。意識下で意識が眩む程の強い光を感じた。

 辿り着くまで後2クロー(約1時間半)程だろうか。


***


 意識下で見る光の渦はどんどんその強さを増してゆく。飛竜を着地させるために、その頂の周りを旋回し、首を返して上方から下降しようとした、その時。

 ゼーウェンの魔術師としての目に、頂に奇妙な靄がかかっているのが映った。

 「なんだ、あれは」

 近づくにつれ、その形が何かに似ている、と思い。
 人影だ、と直感した瞬間突然そこが眩い光に包まれた。

 「グルガン、しっかりしろ!」

 ゼーウェンはすばやく呪文を唱え、目を眩まされた飛竜を回復させる。同時に体勢を立て直すと再び上昇した。頂上の光はもはやなく、意識の目にも暗黒の穴が周囲の場を引き込んでいるのが分かる。
 不安と焦りと絶望が入り混じったような感情が彼の心を支配しはじめた。

 ――誰かいる!

 先ほどまでは人の気配が感じられなかったのに。あの人影だろうか。
 もしや、花を先に奪われてしまったのだろうか。

 ゼーウェンは今度は下方から真っ直ぐ飛ぶようにグルガンに指示した。
 湧き上がる、自分自身への怒り。

 ――油断した、何たる失態だ!

 母の形見だという指輪をした手をぎゅっと握り締めた。

 ――奪われたのなら取り戻す――我が師の恩に報いる為にも、何としてでも『花』を持ち帰らなければ!


***


 この大陸にあるグノディウス王国とアリア皇国の南方に接するフォルディナ公国。その辺境、カーリア地方に、かつて、暗黒森と呼ばれていた広大な森が広がっている。
 そこは昔から入ると必ず迷い、二度と出て来る事は出来なかった。故に、人々は、その森には魔物が棲んでいて、入ったものは魅入られ喰われてしまう、と噂しあった。
 いつしかそこは暗黒入らずの森と恐れられ、忌み嫌われるようになったのである。

 18年前、一人の男がこの地にやって来た。

 男は魔術に長けており、この森にある種の結界が施されている事に気が付いた。男がその結界を解いて結びなおした事で、人々は森に入って歩き彷徨っても必ず出口に辿り着けるようになったのである。

 後に、暗黒森であったそこは、魔術師の男に畏怖と敬意を表してセルヴェイの森もしくは賢神の森と呼ばれる様になった。
 セルヴェイとは魔術師の男の名。賢神とは風の神フォーンを指し、フォーンは魔術と知恵の神でもあった。

 セルヴェイは森の中央に庵を結んだ。そして、ゼーウェンの師となったのである。

 ゼーウェンが物心ついた時には師であるセルヴェイと共に暮らしていた。
 自分自身、養い親でもある師について知ることはあまりなかった。近くの村に買出しに行ったついでに村人達から色々師について聞かれることがあった。
 しかしゼーウェンが知っているのは、かつて師が北方のグノディウス王国に仕えていたということと、偶に身分の高そうな人物が尋ねて来ること位だった。

 そんな時、いつも心なしか師が暗い表情をしていたのを覚えている。
 何者であるかは兎も角、セルヴェイ師は森を安全にした功労者として村人達に歓迎されていた。ただ一人、村のウルグ教の神官を除いてだが。

 治療の知識や珍しい薬草を持っているセルヴェイ師は、医者がいない辺境の小さな村では貴重な人物である。ウルグ教会の説くところの魔術は禁忌であるとか、邪術であるとかいう思想はここではあまり意味を成さなかったとも言える。

 彼はまたよき教師、親であり、ゼーウェンはそんな師のもとだからこそ魔法の才能を最大限に発揮できたと思う。

 一人前の魔術師になる為には、師から出された試練を乗り越えなければならなかった。

 試練はそれぞれの導師によって、また弟子によって違う形式で与えられるが、おおむね旅にでて、何かを証として持ち帰る――凡そ手に入れにくい物がその対象となったが――が一般的である。
 よって、それは俗に『試練の旅』と言われていた。

 ゼーウェンに試練の旅として与えられた課題、それは。
 死の大地の中心、術場の高まる瞬間に現れる『花』を持ち帰ること、だった。
しおりを挟む
感想 84

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

【完結】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王に溺愛されています~

墨尽(ぼくじん)
BL
地獄の長である獄主に、何故か溺愛されてしまった34歳おっさんのお話 死んで地獄に行きついた霧谷聡一朗(34)は、地獄の長である獄主の花嫁候補に選ばれてしまう 候補に選ばれる条件は一つ「罪深いこと」 候補者10人全員が極悪人の中、聡一朗だけは罪の匂いがしないと獄主から見放されてしまう 見放されたことを良いことに、聡一朗は滅多に味わえない地獄ライフを満喫 しかし世話役の鬼たちと楽しく過ごす中、獄主の態度が変わっていく 突然の友達宣言から、あれよあれよと聡一朗は囲い込まれていく 冷酷無表情の美形×34歳お人好し天然オジサン 笑ったことのない程の冷酷な獄主が、無自覚お人良しの聡一朗をあの手この手で溺愛するストーリーです。 コメディ要素多めですが、シリアスも有り ※完結しました 続編は【続】地獄行きは~ です

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。

かとらり。
BL
 セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。  オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。  それは……重度の被虐趣味だ。  虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。  だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?  そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。  ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

【本編完結】 ふたりを結ぶ古書店の魔法

Shizukuru
BL
弟が消えた。記憶消去? スマホの画像も何もかも残っていない。 両親には、夢でも見たのかって……兄の俺より背が高くてイケメンで本当に兄弟?って言われてたけど。 弟は、存在してなかったなんて、そんなはずがない。 記憶が消される前に、探すんだ。 辿り着いた古書店。必ずその人にとって大切な一冊がそこにある。必要な人しか辿り付けないと噂されている所だ。 「面白い本屋を見つけたんだ」 弟との数日前の会話を思い出す。きっとそこに何かがある。 そして、惹かれるままに一冊の本を手にした。登場人物紹介には、美形の魔法騎士の姿が……髪色と瞳の色が違うけれど、間違いなく弟だ。 聖女に攻略されるかもしれない、そんなの嫌だ。 ごめん。父さん母さん。戻れないかも知れない。それでも、あいつの所へ行きたいんだ。 本を抱きしめて願う。神様お願い、弟を取り戻したい。 本だけ残して……時砂琥珀は姿を消した。 年下魔法騎士(元弟)×神使?(元兄) 微R・Rは※印を念の為につけます。 美麗表紙絵は、夕宮あまね様@amane_yumia より頂きました。 BL小説大賞に参加しています。 応援よろしくお願いします。

処理中です...