5 / 98
3.盗人
しおりを挟む魔法の試験は、土砂降りと僕のせいで最悪なものになった。
熱は完全に下がらず、夕方から夜にかけて高熱が出たり下がったりを繰り返す。
昼間少し熱が下がった時に、侍女のリリー様が教えてくれた。
あの日、突然の土砂降りの中。伯爵様に抱きかかえられて、僕は連れてこられたそうだ。
カイル様の左頬は赤くなっていて、たぶんだけど……伯爵様に叩かれたのではないかという事だった。
「どうして……叩かれるのですか?」
「そうねぇ。私は見てないから分からないけど。シェリルの大切な宝物だったのでしょう? それを投げ捨てて、炎魔法で燃やそうとしたって聞いたもの。それで伯爵様が怒ったんじゃないかな?」
「僕が、調子に乗っただけだから……伯爵様とカイル様に謝らないと……」
「そうなの?」
「──はい」
「伯爵様が、とても大切そうに貴方を抱えてきたのよ? 悪い事した子にそんな事するかしら?」
「でも、大切な試験を台無しにしたから」
「シェリルは凄かったって聞いたわ。私にもいつか見せてね。果物、食べれるといいわね。じゃまた後で様子を見に来るわね」
そう言ってリリー様は、出て行ってしまった。
テーブルの上には、果物とお水が置いてあった。机の上に本と指揮棒が見えた。
棚に入れて鍵をかけよう。そう思い、ふらふらする体を起こした。なんとかベッドの縁に座り、ゆっくりと立ち上がった。
何もまともに食べてない。夜になると熱が上がってしまうので睡眠もまともに取れていない。
それでも、出したままにしたくなかった。足がもつれて床に膝をつく。その際に、サイドテーブルを倒してしまった。大きな音を立てたせいか、誰かが部屋に入って来た。
「シェリル、お前みたいなやつには、勿体ないよ。その本も、きっと価値のあるものだ。親もいない、平民のくせに。本当は盗んだんだろう? 俺の方が持ち主に相応しい。だが……お前は、綺麗な顔をしてる、いい値段で売れそうだ」
そう言って、本と指揮棒を鞄に押し込んだ後、腕を引っ張られた。
「これは、盗品でお前は盗人だと、伯爵様に言えばここから追い出される。警備隊に差し出す振りして、娼館に売るのもありだな……」
熱が残っている子供の体では、魔法も使えずその手を振り払う事さえ出来なかった。本を取り返したいのに、呪文も言えなかった。
僅かに抵抗しながら引きずられていると、また誰かがやってきた。床の摩擦で足の皮膚がむけて血が滲んでしまう。
バタバタと人が増えて、さっき彼が言った様に「盗人」呼びされた。
今度こそ追い出される。
でも、カイル様のためには、その方がいいかもしれない。
彼と僕との距離が離れた時、鞄に押し込まれた本と指揮棒が飛び出て僕の手元に戻って来た。
「師匠の言った通りだ……離されたり盗まれたら、持ち主の所に戻るって」
思わず二つまとめて抱きしめる。
「なぜ、シェリルの宝物を先生が持っていたのですか?」
カイル様?
「い、や……これは、そいつが勝手に押し込んだのです。シェリルは、盗人だから警備隊に差し出さないといけません! 伯爵家に被害が及びます。カイル様だって、これを燃やそうとしたではありませんか!」
「止めないか」
伯爵様が間に入った。僕は、侍女様と他の従者様に支えられている。
「シェリル。その本も指揮棒も君のだよ。疑ったわけでは無いが、きちんと調べたんだ。その持ち主の契約魔法は、すごいな。君にしかその本の内容が読めないようにされている。指揮棒も君しか使えない」
涙が流れ落ちていく。
僕の宝物を師匠が守ってくれてる。
「もうお前は、先生ではない……この邸内から出ていけ」
伯爵様の言葉で、先生は従者達に押えられながらこの部屋から居なくなった。
そしてカイル様は、僕を見た後黙って退出してしまった。
53
お気に入りに追加
911
あなたにおすすめの小説

嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

元捨て子の新米王子様、今日もお仕事頑張ります!
藤なごみ
ファンタジー
簡易説明
転生前も転生後も捨て子として育てられた少年が、大きく成長する物語です
詳細説明
生まれた直後に病院に遺棄されるという運命を背負った少年は、様々な境遇の子どもが集まった孤児院で成長していった。
そして孤児院を退寮後に働いていたのだが、本人が気が付かないうちに就寝中に病気で亡くなってしまいす。
そして再び少年が目を覚ますと、前世の記憶を持ったまま全く別の世界で新たな生を受ける事に。
しかし、ここでも再び少年は生後直ぐに遺棄される運命を辿って行く事になります。
赤ん坊となった少年は、果たして家族と再会する事が出来るのか。
色々な視点が出てきて読みにくいと思いますがご了承ください。
家族の絆、血のつながりのある絆、血のつながらない絆とかを書いて行く予定です。
※小説家になろう様でも投稿しております

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

【完結】地獄行きは確定、に加え ~地獄の王に溺愛されています~
墨尽(ぼくじん)
BL
地獄の長である獄主に、何故か溺愛されてしまった34歳おっさんのお話
死んで地獄に行きついた霧谷聡一朗(34)は、地獄の長である獄主の花嫁候補に選ばれてしまう
候補に選ばれる条件は一つ「罪深いこと」
候補者10人全員が極悪人の中、聡一朗だけは罪の匂いがしないと獄主から見放されてしまう
見放されたことを良いことに、聡一朗は滅多に味わえない地獄ライフを満喫
しかし世話役の鬼たちと楽しく過ごす中、獄主の態度が変わっていく
突然の友達宣言から、あれよあれよと聡一朗は囲い込まれていく
冷酷無表情の美形×34歳お人好し天然オジサン
笑ったことのない程の冷酷な獄主が、無自覚お人良しの聡一朗をあの手この手で溺愛するストーリーです。
コメディ要素多めですが、シリアスも有り
※完結しました
続編は【続】地獄行きは~ です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる