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3.盗人
しおりを挟む魔法の試験は、土砂降りと僕のせいで最悪なものになった。
熱は完全に下がらず、夕方から夜にかけて高熱が出たり下がったりを繰り返す。
昼間少し熱が下がった時に、侍女のリリー様が教えてくれた。
あの日、突然の土砂降りの中。伯爵様に抱きかかえられて、僕は連れてこられたそうだ。
カイル様の左頬は赤くなっていて、たぶんだけど……伯爵様に叩かれたのではないかという事だった。
「どうして……叩かれるのですか?」
「そうねぇ。私は見てないから分からないけど。シェリルの大切な宝物だったのでしょう? それを投げ捨てて、炎魔法で燃やそうとしたって聞いたもの。それで伯爵様が怒ったんじゃないかな?」
「僕が、調子に乗っただけだから……伯爵様とカイル様に謝らないと……」
「そうなの?」
「──はい」
「伯爵様が、とても大切そうに貴方を抱えてきたのよ? 悪い事した子にそんな事するかしら?」
「でも、大切な試験を台無しにしたから」
「シェリルは凄かったって聞いたわ。私にもいつか見せてね。果物、食べれるといいわね。じゃまた後で様子を見に来るわね」
そう言ってリリー様は、出て行ってしまった。
テーブルの上には、果物とお水が置いてあった。机の上に本と指揮棒が見えた。
棚に入れて鍵をかけよう。そう思い、ふらふらする体を起こした。なんとかベッドの縁に座り、ゆっくりと立ち上がった。
何もまともに食べてない。夜になると熱が上がってしまうので睡眠もまともに取れていない。
それでも、出したままにしたくなかった。足がもつれて床に膝をつく。その際に、サイドテーブルを倒してしまった。大きな音を立てたせいか、誰かが部屋に入って来た。
「シェリル、お前みたいなやつには、勿体ないよ。その本も、きっと価値のあるものだ。親もいない、平民のくせに。本当は盗んだんだろう? 俺の方が持ち主に相応しい。だが……お前は、綺麗な顔をしてる、いい値段で売れそうだ」
そう言って、本と指揮棒を鞄に押し込んだ後、腕を引っ張られた。
「これは、盗品でお前は盗人だと、伯爵様に言えばここから追い出される。警備隊に差し出す振りして、娼館に売るのもありだな……」
熱が残っている子供の体では、魔法も使えずその手を振り払う事さえ出来なかった。本を取り返したいのに、呪文も言えなかった。
僅かに抵抗しながら引きずられていると、また誰かがやってきた。床の摩擦で足の皮膚がむけて血が滲んでしまう。
バタバタと人が増えて、さっき彼が言った様に「盗人」呼びされた。
今度こそ追い出される。
でも、カイル様のためには、その方がいいかもしれない。
彼と僕との距離が離れた時、鞄に押し込まれた本と指揮棒が飛び出て僕の手元に戻って来た。
「師匠の言った通りだ……離されたり盗まれたら、持ち主の所に戻るって」
思わず二つまとめて抱きしめる。
「なぜ、シェリルの宝物を先生が持っていたのですか?」
カイル様?
「い、や……これは、そいつが勝手に押し込んだのです。シェリルは、盗人だから警備隊に差し出さないといけません! 伯爵家に被害が及びます。カイル様だって、これを燃やそうとしたではありませんか!」
「止めないか」
伯爵様が間に入った。僕は、侍女様と他の従者様に支えられている。
「シェリル。その本も指揮棒も君のだよ。疑ったわけでは無いが、きちんと調べたんだ。その持ち主の契約魔法は、すごいな。君にしかその本の内容が読めないようにされている。指揮棒も君しか使えない」
涙が流れ落ちていく。
僕の宝物を師匠が守ってくれてる。
「もうお前は、先生ではない……この邸内から出ていけ」
伯爵様の言葉で、先生は従者達に押えられながらこの部屋から居なくなった。
そしてカイル様は、僕を見た後黙って退出してしまった。
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