上 下
75 / 76

74神域

しおりを挟む
「セーレ!!」
 見えない壁は、その人をこちら側に受け入れてくれない。
ダンッと音がしそうなくらい強く、拳をぶつける。

 怪我をしてしまいそうで、その人の所に行きたくてナキア様の腕の中から、身を捩った。

「───レ……イ? 」

 魔力が揺らぎ、見えない壁を破壊しそうな勢いがある。止めないと……ナキア様の力は強いから、侵入者として扱われたら危ないと思う。

 彼に何かあったら、それだけは嫌だ。

「落ち着いて。星七」

 ナキア様が僕を抱えたまま、レイの所へと近付いて行く。

 知ってる。やっぱりこの人のことを知ってる。
 名前……は、レイであってるよね?綺麗な青い髪が少し風で揺れた。でもレイの輪郭がブレて見えるのは、風のせいじゃない。
 いつの間にか、涙が溢れてきたせいだ。袖口で涙を拭う。

 (何でこんなに苦しいのか分からない)

 ナキア様が、透明な壁越しにレイの前で立ち止まった。

「──メイシア、いるよね?」
 ナキア様から思ったより低い声が聞こえて、怒っているのかと不安になる。

 黒いワンピース、白いエプロン、ホワイトブリムつきのメイドがひょっこりと現れた。

「この人がメイシア……?」
 柔らかい笑顔に懐かしさを感じるのだ。この人のことも、知ってるような気がするけど分からない。ナキア様の知り合いみたいで、この人がを連れてきてくれたみたい。


 ワンピースの裾を翻した後、手に持った細い杖を指先で回すと細長杖ロッドが元通りの長さに戻る。

 細長杖ロッドを真っ直ぐに、緑のふわふわの芝に突き立てる。なぜか、ふわふわそうな地面から、トンと少し高めの音がした。

 透明な壁に光の線が入り、ガラスの扉のような形が刻まれていく。

「すごい……綺麗な魔法」

 コツンとメイシアと呼ばれた人が、細長杖ロッドの上の部分でガラス扉に当てる。

 ゆっくりと扉が開きはじめると、こちら側の空気とは違い冷たい空気が流れ込んできた。その空気が、星七の体に触れた時、ピリピリと刺すような痛みがあった。

「い、た」
小さく呟い言葉。

 そしてナキア様が、舌打ちをしたような……その後、ふわりと暖かい空気の膜に包まれた。痛みは消えてしまう。

 (痛みが消えた……なんで?)

 ひとひとりが、通り抜ける隙間が出来た瞬間にその人は通り抜けてこちら側に来て立ち止まる。

「レライエ様──慌てすぎ」
 メイド姿のメイシアが、思わず笑った。
「セーレ」
 心地よい低音でと呼ばれた。

 僕は……。

「──ナキア様、あの」
星七せな……は、この男を知ってる?」

「セナ? セーレ……に何が……あった?」
レイは、メイシアとナキア様に視線を送り、口を開きかける。それをメイシアが手で制した。

「落ち着いてレライエ様。ナキア様、部屋でゆっくり話しませんか?」

「勝手に押しかけて来ておいて……ついてくるといい」
二人に背を向けて、ナキア様が歩き始めた。

 レイの事が気になって落ち着かない。

「星七……危ないから、しっかり掴まって欲しい」
「は、はい。ナキア様」
ナキア様の首元に腕を回す。


「ちょっ──落ちついて下さい、ね、レライエ様。追い返されなかっただけ、良かったのですから」
「──ああ」

 ナキア様の背後から、二人の会話が聞こえてきた。
 ああ、やっぱり、ナキア様なら追い返すことは簡単だったのだ。

 ここは神域。
 ナキア様を怒らせたら駄目だ。
 怒りに任せて、命を奪ったりしないとは思うけれど。

「あの、話をしたら……彼らを無事に元の場所に帰して下さい。お願いします」

 ピタリと、足を止め少し不思議そうに星七のことを見た後、ふっと優しく笑う。ナキア様が、さらに抱き寄せるように腕を動かした。

「無事に……ね。ちゃんと帰すから心配しなくていいよ」

「はい」
 これでいい。
 そう思ったのに。

「セーレを返して下さい。連れて帰ります」

「ここにいるのは、星七だよ。それに君たちと戻りたいとは言っていないのに?だいたい……ここから出たら、星七は生きていけない」

 何となく……分かっていた気がする。
 ここはきっと特別な場所なのだ。

 そして僕は、ここから出られない。









しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。

めちゅう
BL
 末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。 お読みくださりありがとうございます。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

処理中です...