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71ナキアの箱庭①
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水が流れるような音と、ホー、ホーと何かが鳴いてる。羽音と葉音が聞こえるので森の中の建物の中にいるような気がする。
ここ……は?
ゆっくりと目を開けると、柔らかな淡い光が室内に差し込んでいる。ゆらゆらとレースのカーテンが揺れて、優しい風を感じた。
夜……?月明かり?
ベッドに寝かされているみたいだけど、体は動かすことが出来ない。寝心地はとても良いせいか大切にされているような気がする。
いつから、ここに?
水差しが、サイドテーブルにある。目が慣れて来ると、さらに室内の様子が分かってきた。
鉢植えの大きな植物のような緑が配置されてて、花瓶に花も飾ってある。病院……?にしては豪華だけど華美すぎる訳ではない。立派な梁と柱が、どこか懐かしいような感じがする。和モダンって言うんだっけ……?
そもそも病院って、この世界にあったっけ?
この世界?
何を言ってるのか、分からない。
僕って、何?
一人だと思っていたのに。
音もなく、何かの気配がして白い布のようなものがふわりと現れた。
「──全く、無茶し過ぎだろう」
『──だ、誰?』
真っ白い少年の容姿が、やはりエルフみたいだと思ったけど。
やはりって……会ったことあるのかな?
綺麗なその人は、少しだけ眉を寄せた後、何かを納得したかのように、声をかけてきた。
「──名前、思い出せる?」
『名前?貴方の?えっと……』
「じゃあ、君の名前はどう?」
『──僕? 』
僕は、誰だっけ……?体が重い。指は……? 腕は持ち上がらない。でもそもそも、体があるのかどうなっているのか分からない。この人のこと知ってる気がする。
『僕の声が……でてない気がするけど……』
「私には、聞こえている」
『──そうなんですね。ごめんなさい。貴方のことも、僕のことも、よく分かりません。こ、ここは、あの……』
大切な何かが、胸を締め付ける。
分からない。分からなくて、苦しい。
「そうか。そうだね。まだ眠るといい。何も心配しなくて大丈夫だ」
撫でてくれる手に違和感がある。
途端に涙で視界が滲む。
この人ではないと、思うのはなぜだろう?
『あ、の……誰か、誰かが僕の傍にいませんでしたか?』
大切な……人のような気がする。家族……?なのかも分からないし、名前も顔も思い出せない。
忘れてはいけない気がして、青い……色が脳裏を掠めていく。
呼吸が苦しくなって、上手く息が吸えない。こんな時、きっと抱きしめてくれるはずなのに。傍にいない。苦しくて、泣きそうになってしまう。
「──落ち着いて。もう少し眠れば、痛みも忘れる。苦しいのなら、無理に思い出さなくていい。全部……忘れていいことだよ」
とても心配をしてくれているのは分かる。
でも、こんな時は───自分より大きくなった手が……触れてくれるはずなのに。
忘れていいこと?──不思議と呼吸の苦しさが消えていく。それと同時に意識が遠のき深く青い水底に落とされていくみたいに沈んでいく。
深く───綺麗な青が、光を失って深く暗い黒に飲み込まれていく。
誰か……
綺麗な青が消えてしまう。僕の大切な青。
僕は……
いったい誰なんだろう?
◇◇◇
「さて、どうしようか……」
ナキアは、ベッドに腰かけたまま、その頬に触れる。
魔導書は灰になって消える瞬間に、浄化の魔法であの世界を覆った。
もう一冊の守護者も、契約者と共に治癒を施してもらったみたいで、力を回復させ、青年の姿に戻れた。なら、もうこの子は、戻さなくていいのではないか?
「大切な人たちを護って、自分を消してしまっても星七は後悔なんてしていないのだろうな」
純白の魂は変わらずに綺麗なまま、ただ集めるのに時間がかかっただけ。もう、全て忘れればいい。
「──また、今のように泣くのだろうか?」
泣かせたい訳では無い、どちらかと言えば不本意だ。
恋人じゃなくていいと言った。
推しを護れたらそれでいいのだと。
なら、もう終わりでいいはず。もう傷つくことなくここにいたらいい。
星七は、魔導書守護者として、レライエだけではなく、皆を護ったんだ。
また、無理をさせてしまうよりも、全て忘れて、ここにいたらいいんだ。
ナキアは、月をただ静かに見上げた。
ここ……は?
ゆっくりと目を開けると、柔らかな淡い光が室内に差し込んでいる。ゆらゆらとレースのカーテンが揺れて、優しい風を感じた。
夜……?月明かり?
ベッドに寝かされているみたいだけど、体は動かすことが出来ない。寝心地はとても良いせいか大切にされているような気がする。
いつから、ここに?
水差しが、サイドテーブルにある。目が慣れて来ると、さらに室内の様子が分かってきた。
鉢植えの大きな植物のような緑が配置されてて、花瓶に花も飾ってある。病院……?にしては豪華だけど華美すぎる訳ではない。立派な梁と柱が、どこか懐かしいような感じがする。和モダンって言うんだっけ……?
そもそも病院って、この世界にあったっけ?
この世界?
何を言ってるのか、分からない。
僕って、何?
一人だと思っていたのに。
音もなく、何かの気配がして白い布のようなものがふわりと現れた。
「──全く、無茶し過ぎだろう」
『──だ、誰?』
真っ白い少年の容姿が、やはりエルフみたいだと思ったけど。
やはりって……会ったことあるのかな?
綺麗なその人は、少しだけ眉を寄せた後、何かを納得したかのように、声をかけてきた。
「──名前、思い出せる?」
『名前?貴方の?えっと……』
「じゃあ、君の名前はどう?」
『──僕? 』
僕は、誰だっけ……?体が重い。指は……? 腕は持ち上がらない。でもそもそも、体があるのかどうなっているのか分からない。この人のこと知ってる気がする。
『僕の声が……でてない気がするけど……』
「私には、聞こえている」
『──そうなんですね。ごめんなさい。貴方のことも、僕のことも、よく分かりません。こ、ここは、あの……』
大切な何かが、胸を締め付ける。
分からない。分からなくて、苦しい。
「そうか。そうだね。まだ眠るといい。何も心配しなくて大丈夫だ」
撫でてくれる手に違和感がある。
途端に涙で視界が滲む。
この人ではないと、思うのはなぜだろう?
『あ、の……誰か、誰かが僕の傍にいませんでしたか?』
大切な……人のような気がする。家族……?なのかも分からないし、名前も顔も思い出せない。
忘れてはいけない気がして、青い……色が脳裏を掠めていく。
呼吸が苦しくなって、上手く息が吸えない。こんな時、きっと抱きしめてくれるはずなのに。傍にいない。苦しくて、泣きそうになってしまう。
「──落ち着いて。もう少し眠れば、痛みも忘れる。苦しいのなら、無理に思い出さなくていい。全部……忘れていいことだよ」
とても心配をしてくれているのは分かる。
でも、こんな時は───自分より大きくなった手が……触れてくれるはずなのに。
忘れていいこと?──不思議と呼吸の苦しさが消えていく。それと同時に意識が遠のき深く青い水底に落とされていくみたいに沈んでいく。
深く───綺麗な青が、光を失って深く暗い黒に飲み込まれていく。
誰か……
綺麗な青が消えてしまう。僕の大切な青。
僕は……
いったい誰なんだろう?
◇◇◇
「さて、どうしようか……」
ナキアは、ベッドに腰かけたまま、その頬に触れる。
魔導書は灰になって消える瞬間に、浄化の魔法であの世界を覆った。
もう一冊の守護者も、契約者と共に治癒を施してもらったみたいで、力を回復させ、青年の姿に戻れた。なら、もうこの子は、戻さなくていいのではないか?
「大切な人たちを護って、自分を消してしまっても星七は後悔なんてしていないのだろうな」
純白の魂は変わらずに綺麗なまま、ただ集めるのに時間がかかっただけ。もう、全て忘れればいい。
「──また、今のように泣くのだろうか?」
泣かせたい訳では無い、どちらかと言えば不本意だ。
恋人じゃなくていいと言った。
推しを護れたらそれでいいのだと。
なら、もう終わりでいいはず。もう傷つくことなくここにいたらいい。
星七は、魔導書守護者として、レライエだけではなく、皆を護ったんだ。
また、無理をさせてしまうよりも、全て忘れて、ここにいたらいいんだ。
ナキアは、月をただ静かに見上げた。
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