上 下
6 / 61

5黒い塊

しおりを挟む
 自分の不自由な足では、歩くことは出来ても走ることは無理だった。荷物として抱えられているだけなのに、ディードの移動の速さに風を感じている。セラフィーレは、風景が早く流れていくことにわくわくしてしまう。

    いつか、走ってみたかった。

 (こうして体感出来るサイズ?も悪くないのかも)

 遠目に、レイの側近らしい二人が慌てて追いかけて来たが、どんどん距離が離れていく。
 側近とか護衛というより、きっと見張り何だろうなと、小さくなっていく彼らを見失った。

『早く悪意から、護ってあげたい』

 セラフィーレがぽつりと呟く。その声がレライエに届くなんて知らなかった。

 しばらくしてレライエの住む離宮に着いた時、とても古く手入れが行き届いているようには見えなくて、こんな風に嫌がらせを受けているのかと心が痛んでしまう。

 ディードが、ゆっくりとレライエを地面に降ろした。黒い塊セラフィーレが抱えられたままのなので、慌てて出迎えに来た黒服で白髪混じりの紳士と、黒いメイド服の猫目の若い……女性が驚いている。

『なんだろう……このメイド気になる』

 立ち姿が美しい老紳士は、一瞬驚いたものの、直ぐにキリッとした紳士的な表情に戻した。

「殿下……一体」
 その言葉を被せるように、メイドが挨拶する。
「お帰りなさいませ」
 なんの問題もないといった感じで、黒服メイドは手を差し出したまま、身動きをしない。

 どうやら黒い塊セラフィーレを受け取ろうして、手を差し出したようだ。

「ただいま。メグ、これは私が持つよ」

 ホール内に入って見ると、意外にも内装や家具はきちんと整えられている。

「改めて紹介するね。執事のセバスだよ。それとメイドのマーガレット……メグって呼んでる。今日から私の側近になったディードだ」

「セバスさん。ディード・メリオルです。マーガレット嬢はメグと呼んでもいいかい?」
 騎士の礼をとり挨拶をするディードは、その仕草が板についていて格好いい。

「メリオル伯爵様のご子息なのですね。殿下の側近に選ばれたなんて心強いです。殿下、ラウンジにしますか?お部屋がよろしいですか?」

「私の部屋にお茶を用意して欲しい。少し二人で話がしたいから」
 セバスが部屋へ誘導し、メグは紅茶を用意しに下がった。

 黒い塊セラフィーレをテーブルに置き、レイは上着を脱いで、少し楽そうな服になっていた。

 セバスに軽く事情を話して、ディードの部屋を用意するように言っているみたい。近々近衛の寮から、荷物を回収する連絡もセバスにお任せしている。

 ディードがここに住み込むなんて、心強い。セバスと入れ替わりで、メグがやって来た。
 上着を片付けてくれて、紅茶とお菓子、果物をセットしていく。

「メグ」
「大丈夫です。他の者は、ここに来ません。お声は漏れませんから。何かありましたら、その魔導具でお呼び下さい」
 メグが、心得たとばかりに部屋から下がって行った。

「──おいしい」
 向かい合わせのソファに座っているディードが困ったような顔をしている。

「どうかした?」
「いえ……いや。あの、毒味はいないのですか?」
 無能と蔑まれても、レライエはこの国の王子で間違いない。毒味係がいるのが当たり前だ。その当たり前がない状況なのだ。

「もう、私のせいで人が死ぬの嫌なんだ。それにメグは信用してる」
「ですが、御身の方が大切です」
 レライエはまた、一口紅茶を含んだ。

「毒味は──二人亡くなった。従兄弟だったんだ。それに暴漢に襲われた時は、私を庇って兄のような親友が死んだ。もう、嫌なんだ」

 ディードが、悲痛な表情になる。
「従兄弟殿なら、普通は毒味係になる人達じゃない。誰がそんな任命を……まさか」

 手で制してそれ以上先を言わせない。
「選出された者の拒否権はなくて、だからもう必要ないと言った。今ここで信じられるのは、セバスとメグだけだから。その二人を毒味係になんてさせない」

「そんな……ありえない」
『そうなんだ。有り得ないんだよ。酷すぎる!』
 思わず、ディードに同調する。

「ねぇ。ディード、今の声聞こえた?」
「声ですか?いいえ。二人だけなのに?まさか間者が!」
 剣を握りまわりを伺っている。しばらくして首を振った。

「間者はいません。俺は感知は得意ですから。もしかして俺に話したいのは、誰かに狙われてるかもしれないってことですか?」

「そうじゃないんだ。実は……」
「実は?」

「この黒い塊から、声が聞こえるんだ」
 ディードが手を伸ばして、触ろうとした時パンッと弾いてしまった。
「つぅ……」
「ディード!」

「殿下が触っても何もなかったですよね? 触れるのは殿下だけかも知れない」

    この世界だからこその物に、なったのではと少し前から感じ始めている。

 セラフィーレは、自分が転生して何に生まれ変わったのか、ようやく理解をした。すると光に包まれていくような、優しい気持ちが溢れてくる。月光のような優しい色味は、セラフィーレの持ち色だ。

『レライエ……もし聞こえてるなら、はいって返事をしてくれる?』

 ああ、さっきみたいに声が届いてくれるだろうか? 返事を待つことにする。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~

狼蝶
BL
――『恥を知れ!』 婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。 小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。 おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。 「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい! そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

処理中です...