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4王子と騎士
しおりを挟む神殿から追い出された二人は、気まずいのか黙ったままだった。
先に話しかけたのは、第二王子殿下付きにされた騎士だった。
セラフィーレは、黒い塊のままレイの腕の中で聞き耳を立てている。
「──俺は……すみません。私は、メリオル伯爵家の次男で近衛騎士団に所属していま……した。ディード・メリオルです。ディとお呼び下さい。あのような成り行きで、レライエ殿下の側近になり本当に申し訳なく思っています。ですが、側近になった以上……騎士として誠心誠意お仕えさせて下さい」
胸に手を当て騎士の礼を取る。レライエは、何となくだけど困っているように思う。アプリの中でも、無能の第二王子殿下と蔑まれてきた訳だし、先程の状況を考えれば仕方がない。
「ここでは、目立つから……」
そう言って、休憩室のような小さな控え室へ騎士を連れて行った。
確か設定では、王妃がテオドールを産んだ時、難産で二人目を望めない体になってしまったのだ。結果、王子が一人では心配だと、魔法師の家系である子爵家の令息に、側妃としての白羽の矢が立つ。妃だが二人とも男性で、世界樹の祝福を受けて子供を持つことが出来る体になっている。
ただ子爵の爵位はあるものの、度重なる災害によって領地は、王妃の息のかかった伯爵家に奪われてしまう。何の財産も持たず、ただ魔法の能力のみを継承させたいという人選だ。それは王妃が、全て第一王子が王位につくために動いたものだ。
レライエが少しでも、魔法が使えれば【女神ヴィオラの厄災】の時に、身代わりに前線に送り込めるから。王妃としては、単なる身代わり王子を産ませるために選んだ、落ちぶれた貴族出身の妃でしかなかった。
それなのに陛下は、優しい側妃を本気で寵愛したらしい。
王妃は嫉妬から、側妃に嫌がらせを始めた。レライエ自身も、嫌がらせを受ける対象となり、なるべく目立たないように息を潜めていく。
特に魔法は、教わることが出来ずに、魔力過多に悩まされて何度となく倒れた。
それなのにレライエには、魔法の適応力がないという烙印を押されて、陛下が信じてしまう。
これは側妃自体が、魔法をあまり得意としなかった為だとか。それに味方になってくれた人は、皆死んでしまったという設定だ。
転生して思う。こんな設定なんて、推しが可哀想すぎる。
「あまりここにいるのは良くないんだ。早く離宮に戻らないと──迷惑をかけてしまう。私は無能なんだ。ディード……は戻りたくない?私の傍にいたら、伯爵家が酷い目に合うかも」
「うちの兄は優秀なので大丈夫です。簡単に手を出せませんよ。多分王妃派の嫌がらせです。殿下は関係ありません。それに不当な扱いを受け、耐えていることを知っているのに、何も出来なかった。私はこれで直接殿下に手を貸せるのです。嬉しい限りです」
──その言葉にセラフィーレは泣きそうになった。推しに味方がいる。
それなのに、レライエの表情は暗い。ぽつぽつと昔のことを語り出した。
公式にもないレイの経験談が、知れるなんて。でも、きっと悲惨なのではとセラフィーレは、胸が痛みつつ二人の会話を聞き続ける。
レイの教師には息子がいて、十歳年上の彼が側近に選ばれた。親友でもあり兄のようだったとか。自分を何より優先してくれた彼は亡くなった。三年前に暴漢に襲われた時レイを護り、毒付きの矢が刺さったのだ。
公式……って最悪じゃないかと憤る。これでもかと、不幸を上乗せしてくる。しかも幼少期にだ。
「私と居たら、ディードの命が危なくなると思う。だから、他の従者と同じで離れて欲しい。毒味もしなくていい。それが出来ないなら、近衛に戻ることを考えて欲しい」
自分せいで、誰かが怪我をするのも……まして死ぬなんて見たくない……そんな気持ちなんだろう。
「何言ってるんですか!それは俺たち騎士にとって誉れなんですよ!!あーもう……良いですか?子供の貴方を守るのは、当然なんです。俺はこれでも強いですから。剣なら負けません。魔法に関しては……少し腕が足りませんが。それなりに強いですから」
レライエは黒い塊を胸に抱いたままだったので、その手に力が入ってきつく抱きしめられた。少し震えているようにも思う。
駄目だ、こんなの。
こんなの、泣いてしまう。
『うっく、ひっく……ズズ……ズズ』
まずい鼻水が、垂れてしまう。
レライエがピタリと固まった。
「どうしましたか?なんか気に触りましたか?あっ、敬語をくずしたから気を悪くしましたか?」
心配して覗き込んでくるディードの顔が、近くなって泣き声がバレないかと不安になってしまう。
「──何も聞こえなかった?」
「はい」
「ここじゃなくて、私の離宮までついて来てくれる?なるべく早く戻りたい」
ディードが、ニッと笑った。イケメンなのは、攻略対象者だからだろうか?
「だったら……」
そう呟いた彼の大きな手が、レライエを抱き上げ片手抱きした。
「えっ、何?」
「全速力で行きます。場所はレライエ様の離宮ですね」
皆が嫌がった黒い塊を抱きしめたままなのに……この人は気にしないのだ。
「えっと、それ片手に出来ますか?もう片方の手は俺にしがみついて欲しいので」
片手は背中側にまわして、ディードのシャツを掴む。
「では、行きます」
すごい勢いでディードが走り出した。
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