2 / 32
プロローグ
しおりを挟む
黒須家には、代々引き継がれている家業がある。代々と言うようにずっとこの地区に居を構えているので、少し森のようなった庭はこの地域では有名だった。
その奥にある立派な佇まいの古民家は、昔の趣を残しながら手入れをされていた。内装はモデルルーム並の近代的な作りになっているので、生活に不便さはない。
ただ一つ昔から変わらないのは、黒い招き猫が鎮座した小さな祠が庭にある事だ。招き猫の前にある小箱は、賽銭を入れる物ではない。
その中に手紙が届くのだ。
それは亡くなった人の伝えきれなかった想いが書かれた手紙。そして、その手紙を届けるのが黒須家の手紙屋の仕事だ。全国各地でひっそりと受け継がれているらしいが、まだ同業者には会った事がない。
祖母縁が今でも届けてはいるが、孫の寧々子が継承するためにその仕事を教わり始めたのだ。
そう寧々子は、まだ見習いだ。
手紙は、通常関係する人にしか見えない。極々一部の人しか読む事が出来ないのだ。他人がもし見えるとするならば、霊的な才能に特化してる人。霊媒師を名乗る者の、ほとんどが見る事も出来ない偽物らしい。そんな事を縁さんは言っていた。
だから、紛失したとしても簡単に誰かに拾われる事はない。警察になんて届かない。誰かに見られる事なんてないのだ。
「ただ紛失なんてしたら、化けて出て来て呪われるかもね。ふふふ」
と笑った縁さんの顔は笑っていなかった事に、寧々子は正直ビビっている。
だから大切にカバンに入れていた。場所を確認しようと手紙を手にした時、真っ白の何かが飛び出して来た。
「嘘」
手から落ちた手紙は、白い物体が手で押さえていた。厳密にいえば手ではなく前足だ。
「猫? ちょっとそのまま、そのまま動かない……で」
脅かさないように小声で優しく、いわゆる猫なで声でささやいた。風も吹いてる。さらに飛ばされたら最悪だ。
そろりそろり、寧々子は近寄る。ぽっちゃりした白猫の太ももには黒い模様が一つ見えた。
「えっ、ハートの模様? やん、可愛い」
つい、声が大きめに出てしまった。
猫が手紙を銜えて、走り出した。
「う、嘘。こらっ!待ってよ」
よく考えたら、おかしい。
動物だから手紙が分かるの?もしかして……妖じゃないよね?路地をあちこち探しながら追いかける。
どれだけ探しただろう。同じ所も巡っている。ハァハァ、息を切らしていると古びた階段があった。鳥居もある。
「こんな所に神社あったっけ?」
ああ、あったかもしれない。でも、初詣とかは地元で一番大きな所へ行くから。小さな所は行ってない。
鴉……間?鴉間神社?階段を登った先の鳥居にそう書いてある。
猫が、ちらりと顔をだした。手紙も銜えたままだ。目が合ったと思ったら逃げだした。
「階段勘弁してよぉ」
ヒィヒィ言いながらヨロヨロと階段を登ると、掃除の行き届いた境内に爽やかな風が吹いた。
「はぁ。涼しい。めちゃ綺麗な神社だ。手水舎に花?わっ綺麗」
色とりどりの切り花が、水の上に浮かんでいる。ああ、手紙の回収の前に神社にご挨拶した方がいいよね。手水舎の柄杓で手を洗い、本殿に挨拶へ向かう。
「黒須寧々子と申します。お願いします。どうか大切な手紙を返してもらえますように」
後ろの方に誰かの気配がする。振り返った先に黒髪の優しそうな紫の袴の人が、猫を抱いて立っていた。
「お嬢さん、大福が何か悪戯しましたか?」
「──大福?」
「この猫の名前です」
「そ、その猫が手紙を……」
手紙なんて、きっと見えない。
「あ、いえ……」
「手紙? なんて持ってなかった……あっ。ちょっと待ってて」
社務所の方に行ってしまった。
境内のどこかに落としてるかもしれない。キョロキョロしていると、先程の神主さんらしい人と、金髪の青い目の人が現れた。
「ヤンキー?」
「は?」
ぶっと、神主さんが吹き出す。
「遅い反抗期……で。違うか、大学行って羽目を外している感じかな?でも似合っててかわいいでしょ?」
「兄貴、用事じゃないなら戻る」
「ごめん。ごめん。璃桜なら、見えてるでしょ。この子の捜し物」
璃桜と呼ばれた彼の手には、手紙が握られていた。
これが、腹黒鴉の璃桜さんとの出会いだった。
その奥にある立派な佇まいの古民家は、昔の趣を残しながら手入れをされていた。内装はモデルルーム並の近代的な作りになっているので、生活に不便さはない。
ただ一つ昔から変わらないのは、黒い招き猫が鎮座した小さな祠が庭にある事だ。招き猫の前にある小箱は、賽銭を入れる物ではない。
その中に手紙が届くのだ。
それは亡くなった人の伝えきれなかった想いが書かれた手紙。そして、その手紙を届けるのが黒須家の手紙屋の仕事だ。全国各地でひっそりと受け継がれているらしいが、まだ同業者には会った事がない。
祖母縁が今でも届けてはいるが、孫の寧々子が継承するためにその仕事を教わり始めたのだ。
そう寧々子は、まだ見習いだ。
手紙は、通常関係する人にしか見えない。極々一部の人しか読む事が出来ないのだ。他人がもし見えるとするならば、霊的な才能に特化してる人。霊媒師を名乗る者の、ほとんどが見る事も出来ない偽物らしい。そんな事を縁さんは言っていた。
だから、紛失したとしても簡単に誰かに拾われる事はない。警察になんて届かない。誰かに見られる事なんてないのだ。
「ただ紛失なんてしたら、化けて出て来て呪われるかもね。ふふふ」
と笑った縁さんの顔は笑っていなかった事に、寧々子は正直ビビっている。
だから大切にカバンに入れていた。場所を確認しようと手紙を手にした時、真っ白の何かが飛び出して来た。
「嘘」
手から落ちた手紙は、白い物体が手で押さえていた。厳密にいえば手ではなく前足だ。
「猫? ちょっとそのまま、そのまま動かない……で」
脅かさないように小声で優しく、いわゆる猫なで声でささやいた。風も吹いてる。さらに飛ばされたら最悪だ。
そろりそろり、寧々子は近寄る。ぽっちゃりした白猫の太ももには黒い模様が一つ見えた。
「えっ、ハートの模様? やん、可愛い」
つい、声が大きめに出てしまった。
猫が手紙を銜えて、走り出した。
「う、嘘。こらっ!待ってよ」
よく考えたら、おかしい。
動物だから手紙が分かるの?もしかして……妖じゃないよね?路地をあちこち探しながら追いかける。
どれだけ探しただろう。同じ所も巡っている。ハァハァ、息を切らしていると古びた階段があった。鳥居もある。
「こんな所に神社あったっけ?」
ああ、あったかもしれない。でも、初詣とかは地元で一番大きな所へ行くから。小さな所は行ってない。
鴉……間?鴉間神社?階段を登った先の鳥居にそう書いてある。
猫が、ちらりと顔をだした。手紙も銜えたままだ。目が合ったと思ったら逃げだした。
「階段勘弁してよぉ」
ヒィヒィ言いながらヨロヨロと階段を登ると、掃除の行き届いた境内に爽やかな風が吹いた。
「はぁ。涼しい。めちゃ綺麗な神社だ。手水舎に花?わっ綺麗」
色とりどりの切り花が、水の上に浮かんでいる。ああ、手紙の回収の前に神社にご挨拶した方がいいよね。手水舎の柄杓で手を洗い、本殿に挨拶へ向かう。
「黒須寧々子と申します。お願いします。どうか大切な手紙を返してもらえますように」
後ろの方に誰かの気配がする。振り返った先に黒髪の優しそうな紫の袴の人が、猫を抱いて立っていた。
「お嬢さん、大福が何か悪戯しましたか?」
「──大福?」
「この猫の名前です」
「そ、その猫が手紙を……」
手紙なんて、きっと見えない。
「あ、いえ……」
「手紙? なんて持ってなかった……あっ。ちょっと待ってて」
社務所の方に行ってしまった。
境内のどこかに落としてるかもしれない。キョロキョロしていると、先程の神主さんらしい人と、金髪の青い目の人が現れた。
「ヤンキー?」
「は?」
ぶっと、神主さんが吹き出す。
「遅い反抗期……で。違うか、大学行って羽目を外している感じかな?でも似合っててかわいいでしょ?」
「兄貴、用事じゃないなら戻る」
「ごめん。ごめん。璃桜なら、見えてるでしょ。この子の捜し物」
璃桜と呼ばれた彼の手には、手紙が握られていた。
これが、腹黒鴉の璃桜さんとの出会いだった。
30
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる