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プロローグ
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黒須家には、代々引き継がれている家業がある。代々と言うようにずっとこの地区に居を構えているので、少し森のようなった庭はこの地域では有名だった。
その奥にある立派な佇まいの古民家は、昔の趣を残しながら手入れをされていた。内装はモデルルーム並の近代的な作りになっているので、生活に不便さはない。
ただ一つ昔から変わらないのは、黒い招き猫が鎮座した小さな祠が庭にある事だ。招き猫の前にある小箱は、賽銭を入れる物ではない。
その中に手紙が届くのだ。
それは亡くなった人の伝えきれなかった想いが書かれた手紙。そして、その手紙を届けるのが黒須家の手紙屋の仕事だ。全国各地でひっそりと受け継がれているらしいが、まだ同業者には会った事がない。
祖母縁が今でも届けてはいるが、孫の寧々子が継承するためにその仕事を教わり始めたのだ。
そう寧々子は、まだ見習いだ。
手紙は、通常関係する人にしか見えない。極々一部の人しか読む事が出来ないのだ。他人がもし見えるとするならば、霊的な才能に特化してる人。霊媒師を名乗る者の、ほとんどが見る事も出来ない偽物らしい。そんな事を縁さんは言っていた。
だから、紛失したとしても簡単に誰かに拾われる事はない。警察になんて届かない。誰かに見られる事なんてないのだ。
「ただ紛失なんてしたら、化けて出て来て呪われるかもね。ふふふ」
と笑った縁さんの顔は笑っていなかった事に、寧々子は正直ビビっている。
だから大切にカバンに入れていた。場所を確認しようと手紙を手にした時、真っ白の何かが飛び出して来た。
「嘘」
手から落ちた手紙は、白い物体が手で押さえていた。厳密にいえば手ではなく前足だ。
「猫? ちょっとそのまま、そのまま動かない……で」
脅かさないように小声で優しく、いわゆる猫なで声でささやいた。風も吹いてる。さらに飛ばされたら最悪だ。
そろりそろり、寧々子は近寄る。ぽっちゃりした白猫の太ももには黒い模様が一つ見えた。
「えっ、ハートの模様? やん、可愛い」
つい、声が大きめに出てしまった。
猫が手紙を銜えて、走り出した。
「う、嘘。こらっ!待ってよ」
よく考えたら、おかしい。
動物だから手紙が分かるの?もしかして……妖じゃないよね?路地をあちこち探しながら追いかける。
どれだけ探しただろう。同じ所も巡っている。ハァハァ、息を切らしていると古びた階段があった。鳥居もある。
「こんな所に神社あったっけ?」
ああ、あったかもしれない。でも、初詣とかは地元で一番大きな所へ行くから。小さな所は行ってない。
鴉……間?鴉間神社?階段を登った先の鳥居にそう書いてある。
猫が、ちらりと顔をだした。手紙も銜えたままだ。目が合ったと思ったら逃げだした。
「階段勘弁してよぉ」
ヒィヒィ言いながらヨロヨロと階段を登ると、掃除の行き届いた境内に爽やかな風が吹いた。
「はぁ。涼しい。めちゃ綺麗な神社だ。手水舎に花?わっ綺麗」
色とりどりの切り花が、水の上に浮かんでいる。ああ、手紙の回収の前に神社にご挨拶した方がいいよね。手水舎の柄杓で手を洗い、本殿に挨拶へ向かう。
「黒須寧々子と申します。お願いします。どうか大切な手紙を返してもらえますように」
後ろの方に誰かの気配がする。振り返った先に黒髪の優しそうな紫の袴の人が、猫を抱いて立っていた。
「お嬢さん、大福が何か悪戯しましたか?」
「──大福?」
「この猫の名前です」
「そ、その猫が手紙を……」
手紙なんて、きっと見えない。
「あ、いえ……」
「手紙? なんて持ってなかった……あっ。ちょっと待ってて」
社務所の方に行ってしまった。
境内のどこかに落としてるかもしれない。キョロキョロしていると、先程の神主さんらしい人と、金髪の青い目の人が現れた。
「ヤンキー?」
「は?」
ぶっと、神主さんが吹き出す。
「遅い反抗期……で。違うか、大学行って羽目を外している感じかな?でも似合っててかわいいでしょ?」
「兄貴、用事じゃないなら戻る」
「ごめん。ごめん。璃桜なら、見えてるでしょ。この子の捜し物」
璃桜と呼ばれた彼の手には、手紙が握られていた。
これが、腹黒鴉の璃桜さんとの出会いだった。
その奥にある立派な佇まいの古民家は、昔の趣を残しながら手入れをされていた。内装はモデルルーム並の近代的な作りになっているので、生活に不便さはない。
ただ一つ昔から変わらないのは、黒い招き猫が鎮座した小さな祠が庭にある事だ。招き猫の前にある小箱は、賽銭を入れる物ではない。
その中に手紙が届くのだ。
それは亡くなった人の伝えきれなかった想いが書かれた手紙。そして、その手紙を届けるのが黒須家の手紙屋の仕事だ。全国各地でひっそりと受け継がれているらしいが、まだ同業者には会った事がない。
祖母縁が今でも届けてはいるが、孫の寧々子が継承するためにその仕事を教わり始めたのだ。
そう寧々子は、まだ見習いだ。
手紙は、通常関係する人にしか見えない。極々一部の人しか読む事が出来ないのだ。他人がもし見えるとするならば、霊的な才能に特化してる人。霊媒師を名乗る者の、ほとんどが見る事も出来ない偽物らしい。そんな事を縁さんは言っていた。
だから、紛失したとしても簡単に誰かに拾われる事はない。警察になんて届かない。誰かに見られる事なんてないのだ。
「ただ紛失なんてしたら、化けて出て来て呪われるかもね。ふふふ」
と笑った縁さんの顔は笑っていなかった事に、寧々子は正直ビビっている。
だから大切にカバンに入れていた。場所を確認しようと手紙を手にした時、真っ白の何かが飛び出して来た。
「嘘」
手から落ちた手紙は、白い物体が手で押さえていた。厳密にいえば手ではなく前足だ。
「猫? ちょっとそのまま、そのまま動かない……で」
脅かさないように小声で優しく、いわゆる猫なで声でささやいた。風も吹いてる。さらに飛ばされたら最悪だ。
そろりそろり、寧々子は近寄る。ぽっちゃりした白猫の太ももには黒い模様が一つ見えた。
「えっ、ハートの模様? やん、可愛い」
つい、声が大きめに出てしまった。
猫が手紙を銜えて、走り出した。
「う、嘘。こらっ!待ってよ」
よく考えたら、おかしい。
動物だから手紙が分かるの?もしかして……妖じゃないよね?路地をあちこち探しながら追いかける。
どれだけ探しただろう。同じ所も巡っている。ハァハァ、息を切らしていると古びた階段があった。鳥居もある。
「こんな所に神社あったっけ?」
ああ、あったかもしれない。でも、初詣とかは地元で一番大きな所へ行くから。小さな所は行ってない。
鴉……間?鴉間神社?階段を登った先の鳥居にそう書いてある。
猫が、ちらりと顔をだした。手紙も銜えたままだ。目が合ったと思ったら逃げだした。
「階段勘弁してよぉ」
ヒィヒィ言いながらヨロヨロと階段を登ると、掃除の行き届いた境内に爽やかな風が吹いた。
「はぁ。涼しい。めちゃ綺麗な神社だ。手水舎に花?わっ綺麗」
色とりどりの切り花が、水の上に浮かんでいる。ああ、手紙の回収の前に神社にご挨拶した方がいいよね。手水舎の柄杓で手を洗い、本殿に挨拶へ向かう。
「黒須寧々子と申します。お願いします。どうか大切な手紙を返してもらえますように」
後ろの方に誰かの気配がする。振り返った先に黒髪の優しそうな紫の袴の人が、猫を抱いて立っていた。
「お嬢さん、大福が何か悪戯しましたか?」
「──大福?」
「この猫の名前です」
「そ、その猫が手紙を……」
手紙なんて、きっと見えない。
「あ、いえ……」
「手紙? なんて持ってなかった……あっ。ちょっと待ってて」
社務所の方に行ってしまった。
境内のどこかに落としてるかもしれない。キョロキョロしていると、先程の神主さんらしい人と、金髪の青い目の人が現れた。
「ヤンキー?」
「は?」
ぶっと、神主さんが吹き出す。
「遅い反抗期……で。違うか、大学行って羽目を外している感じかな?でも似合っててかわいいでしょ?」
「兄貴、用事じゃないなら戻る」
「ごめん。ごめん。璃桜なら、見えてるでしょ。この子の捜し物」
璃桜と呼ばれた彼の手には、手紙が握られていた。
これが、腹黒鴉の璃桜さんとの出会いだった。
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