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時戻り後の世界
43.自己嫌悪
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研究室の中、質問攻めに合うものの、それが意外に刺激もあり楽しい時間だった。
『サフィラ様。私から見て皇太子殿下は、貴方しか見えてません。今回信じてみてはどうですか? 』
ノエルの言葉がふと浮かんだ。研究も熱心で、本当に毒について調べている。サフィラに教わりたいと言うのも嘘ではなさそうで、意外な一面を見せられていた。
今回は、信じてみる……本当に? 帝国と王国で離れている期間は長い。特に冬ごもりになれば、行き来するのは難しくなる。
婚約解消をしないままなら、今年の避暑期間が、エリオスに会う最後の時だと思っていた。
それから、砦などの守りを確実に固めようなどと思っていたのに。エリオスが一年ここにいると言うのだ。王子の秘密の通路の鍵は、今期も同じ様に陛下から頂いた。ライナは経験済なので、避難通路を忘れていないと思う。もしも反帝国派から、エリオスを逃がす時は、ライナが連れて行ってくれるはずだ。
サフィラを選ぶ必要はない。選んだところで終わりしかないのだから。
目の前の現実から逃避しそうになっていたが、ガチャリという音に現実に戻された。
「あの。もう少し丁寧に、優しくすり潰して」
「こう?」
「力が入りすぎてます」
「じゃ、このくらい?」
「いえ……その」
繊細な作業は苦手なのだろうか?もどかし過ぎて、隣に寄り添う様にしてから、手を添え加減を伝えてみた。
(分かるかな?)
「サフィラは、いつも──教える時に、こんなに近くで触れるのか?」
「え?教える時ですか? 初めてです」
「初めて……」
「教えるのは初めてです。自分の研究ばかりなので。あっ、薬草茶の淹れ方はライナに教えましたけど」
「ライナ」
エリオス様の声が低く、少し怖い感じがした。
「エリオス様、何ですか?」
ライナは、全く動じていない。なら、大丈夫かも知れない。もしかして、触れたのがいけなかっただろうか?
「名前……まあいい。ロナだけは呼ばなくていいから」
「はいはい」
「エリオ……じゃなくて、ブルーム君?申し訳ありません。触られたくなかったですね」
途端に、エリオスの表情が焦っているように見えた。
「いや、触っていい。お、教えてもらわないと……わからないから助かる。サフィラに触られて嫌なことはない。ブルームじゃなくて、ロナと」
「エリ……」
「ロナ」
「──ロナ様」
「様はいらない。ロナと呼んで欲しい」
何か期待するような目で見てくるので、ライナに助けを求めると、ライナも楽しそうにこちらを見ている。
(呼び捨てしていい名前かも分からないのに!ああもう……)
「──ロナ」
「はい。サフィラ教授」
今までだって、こんな柔らかな笑顔なんて、なかったのに。
(──誤解してしまう)
ずるい……なぜかそう思ってしまう。エリオス様は手を止めたまま、その手に触れてと言われている気がする。無意識で触れていた時は、平気だったのにあえて触れてくれと、催促されると羞恥が芽生えてしまった。
「ブルーム。私が教えましょうか?私も薬草茶を淹れることが、出来るようになりましたので。手つきも良いと褒められましたが?」
ノエルが、エリオスの背後に立った。
「必要ない」
即答で断っている。
思わず吹き出して笑うと、ライナも呆れていた。
楽しい。ずっとこのままだったらいいのに。何事もなく過ぎて、あれは夢だったと誰か言ってくれたら。
ふうっと、静かにため息をついてエリオスをみる。
今だけ。ちょっとだけ、思い出をもらってもいいかも知れない。サフィラは、エリオスの隣に並ぶと、先程と同じように手を伸ばした。
春にエリオスがアカデミーに来てから、過ごす時間は、意外と気に入っている。こんな顔をするのかと少し新鮮で、また時折触れてくる優しい手に甘えたくなるような優しい時間。
前と違って、本当に優しい目で見てくれてる気がする。実験でそばにいるのも居心地がいい。
このまま、エリオスと婚姻……そんな考えが浮かんだ後に、あの時の言葉が頭を過ぎった。
『サフィラ殿下との婚約を破棄する通達文です。どうやら、ダンテ国のΩの王女と先に番になったようです。運命に会ったそうですよ』
思わず力が手に入り、ガチャンと器が音を立てた。
途端にどきどきと心臓が強く打ち始める。
やばいかも知れない。薬も多めに飲んでいたのに。
「ライナ……」
「サフィラ様、こちらに」
ノエルも頷いて、サフィラとエリオスの間に立っている。
エリオスの顔を見ることなく、研究室の隣の部屋へ移動をする。
「サフィ!」
扉を閉める前に名を呼ばれ、さらに苦しくなる。もう……フェロモンなんか、無くなってしまえば良いのに。さらに強めの抑制剤を飲みベッドに倒れ込む。ライナには、ノエルから教えてもらった魔導具を試しに作って渡している。
「ライナは、平気?」
「元々βだから心配ない。サフィラ様、念の為にこれを」
ライナの手から、ネックガードを受け取った。
───αならΩが途中で消えても、別の相手を選ぶことが出来る。
もしも……王女がエリオスの運命の人じゃないのなら。最期のわがままを聞いてもらって、噛んでくれないかな? そう思った後に、ひどい自己嫌悪に落ちていった。
『サフィラ様。私から見て皇太子殿下は、貴方しか見えてません。今回信じてみてはどうですか? 』
ノエルの言葉がふと浮かんだ。研究も熱心で、本当に毒について調べている。サフィラに教わりたいと言うのも嘘ではなさそうで、意外な一面を見せられていた。
今回は、信じてみる……本当に? 帝国と王国で離れている期間は長い。特に冬ごもりになれば、行き来するのは難しくなる。
婚約解消をしないままなら、今年の避暑期間が、エリオスに会う最後の時だと思っていた。
それから、砦などの守りを確実に固めようなどと思っていたのに。エリオスが一年ここにいると言うのだ。王子の秘密の通路の鍵は、今期も同じ様に陛下から頂いた。ライナは経験済なので、避難通路を忘れていないと思う。もしも反帝国派から、エリオスを逃がす時は、ライナが連れて行ってくれるはずだ。
サフィラを選ぶ必要はない。選んだところで終わりしかないのだから。
目の前の現実から逃避しそうになっていたが、ガチャリという音に現実に戻された。
「あの。もう少し丁寧に、優しくすり潰して」
「こう?」
「力が入りすぎてます」
「じゃ、このくらい?」
「いえ……その」
繊細な作業は苦手なのだろうか?もどかし過ぎて、隣に寄り添う様にしてから、手を添え加減を伝えてみた。
(分かるかな?)
「サフィラは、いつも──教える時に、こんなに近くで触れるのか?」
「え?教える時ですか? 初めてです」
「初めて……」
「教えるのは初めてです。自分の研究ばかりなので。あっ、薬草茶の淹れ方はライナに教えましたけど」
「ライナ」
エリオス様の声が低く、少し怖い感じがした。
「エリオス様、何ですか?」
ライナは、全く動じていない。なら、大丈夫かも知れない。もしかして、触れたのがいけなかっただろうか?
「名前……まあいい。ロナだけは呼ばなくていいから」
「はいはい」
「エリオ……じゃなくて、ブルーム君?申し訳ありません。触られたくなかったですね」
途端に、エリオスの表情が焦っているように見えた。
「いや、触っていい。お、教えてもらわないと……わからないから助かる。サフィラに触られて嫌なことはない。ブルームじゃなくて、ロナと」
「エリ……」
「ロナ」
「──ロナ様」
「様はいらない。ロナと呼んで欲しい」
何か期待するような目で見てくるので、ライナに助けを求めると、ライナも楽しそうにこちらを見ている。
(呼び捨てしていい名前かも分からないのに!ああもう……)
「──ロナ」
「はい。サフィラ教授」
今までだって、こんな柔らかな笑顔なんて、なかったのに。
(──誤解してしまう)
ずるい……なぜかそう思ってしまう。エリオス様は手を止めたまま、その手に触れてと言われている気がする。無意識で触れていた時は、平気だったのにあえて触れてくれと、催促されると羞恥が芽生えてしまった。
「ブルーム。私が教えましょうか?私も薬草茶を淹れることが、出来るようになりましたので。手つきも良いと褒められましたが?」
ノエルが、エリオスの背後に立った。
「必要ない」
即答で断っている。
思わず吹き出して笑うと、ライナも呆れていた。
楽しい。ずっとこのままだったらいいのに。何事もなく過ぎて、あれは夢だったと誰か言ってくれたら。
ふうっと、静かにため息をついてエリオスをみる。
今だけ。ちょっとだけ、思い出をもらってもいいかも知れない。サフィラは、エリオスの隣に並ぶと、先程と同じように手を伸ばした。
春にエリオスがアカデミーに来てから、過ごす時間は、意外と気に入っている。こんな顔をするのかと少し新鮮で、また時折触れてくる優しい手に甘えたくなるような優しい時間。
前と違って、本当に優しい目で見てくれてる気がする。実験でそばにいるのも居心地がいい。
このまま、エリオスと婚姻……そんな考えが浮かんだ後に、あの時の言葉が頭を過ぎった。
『サフィラ殿下との婚約を破棄する通達文です。どうやら、ダンテ国のΩの王女と先に番になったようです。運命に会ったそうですよ』
思わず力が手に入り、ガチャンと器が音を立てた。
途端にどきどきと心臓が強く打ち始める。
やばいかも知れない。薬も多めに飲んでいたのに。
「ライナ……」
「サフィラ様、こちらに」
ノエルも頷いて、サフィラとエリオスの間に立っている。
エリオスの顔を見ることなく、研究室の隣の部屋へ移動をする。
「サフィ!」
扉を閉める前に名を呼ばれ、さらに苦しくなる。もう……フェロモンなんか、無くなってしまえば良いのに。さらに強めの抑制剤を飲みベッドに倒れ込む。ライナには、ノエルから教えてもらった魔導具を試しに作って渡している。
「ライナは、平気?」
「元々βだから心配ない。サフィラ様、念の為にこれを」
ライナの手から、ネックガードを受け取った。
───αならΩが途中で消えても、別の相手を選ぶことが出来る。
もしも……王女がエリオスの運命の人じゃないのなら。最期のわがままを聞いてもらって、噛んでくれないかな? そう思った後に、ひどい自己嫌悪に落ちていった。
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