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時戻り後の世界
33.ライナ・クロノスの過去
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サフィラが深く眠りについた頃、ライナが薬師を連れてサフィラの部屋の方にやって来た。
「ロスクーノ団長……いったい何が」
「サフィラ様の作った抑制剤が効いて、落ち着いたのか、よく寝ていますよ。念の為に、防御魔法の陣をこの部屋に足したのですが、よく入って来れましたね」
感心したように言われてライナは、あからさまに嫌な顔をする。王宮薬師は問題がないようだと一般的な抑制剤と内臓の負担を軽くする薬を置いた。
「私が持ち込んだ薬よりも、殿下の薬の方が効果が高いと思います。申し訳ありません」
気不味そうに彼は一礼して去っていった。
「団長は一体どうやってここに? 貴方は本当に、サフィラ様を傷付けたりしてませんよね?」
「心外だな。私にも護りたいものがある。もしかしたら、ライナ殿以上に護りたいだけかな」
「──挑発ですか?」
「さあ、どうかな? サフィラ様は、皇太子殿下と婚姻をしたくなさそうに見えるのに。ライナ殿は、一体どちらの味方をするのか気になってる」
ライナは、ふっと息を吐いた後に一瞬でノエルに詰め寄り壁際に追い込んだ。
「味方のふりをして、サフィラを裏切り傷付けたら殺す」
押さえ付けられ苦しいはずなのに、ノエルは微笑んだ。
「裏切らないよ。なんなら君みたいに契約魔法を使ってもいい。ただ残念だけど、抑制剤の限界みたいだ。一度戻る。サフィラ様に無茶すると本当に番にするよって言っておいて」
「だれが!」
ライナの手が緩んだ途端、一瞬でノエルが姿を消す。ライナは一人この場に立ち尽くした。
◇◇◇
「ノエル・ロスクーノ。過去にお前は、いなかっただろう?」
味方になってくれるのなら有難い。けれど、過去に辺境伯には、次男の存在はなかったはずだ。隠し子などのイレギュラーなのか? エリオスの為にもスノーリルの有力なαの貴族は過去の世界で把握していた。過去に戻ってきた際に時間軸に小さな異変が生じて、世界にズレがあるのだろうか?
「サフィラ様の魔力を帯びた血液。朱金の魔法陣は、戻った世界の人に少なからず影響を与えてしまったのかも知れない。いや、引き寄せられてしまうのか?」
(あれは、あの魔法は……いや、今優先するのはサフィラだけ)
無茶をし疲れ果てて眠りについたサフィラのそばに行く。ライナはβで、サフィラの偽装の番にもなれない。
(分かっている、ただのβだ)
βのくせに無駄にある魔力は血筋のせいだ。ライナは迫害されてきた魔女の一族の生き残りだった。一族は異端とされてαや貴族達にいい様にされてきた為に、αに対する信頼は地に落ちていた。
エリオスと魔の森付近で出会ったのは偶然だが、なぜか従者として望まれた。隠れて生きる身としては他にすることも何もない──退屈という理由でその手をとり、飽きたら出て行ってもいいと言われたので暇つぶしに従者となっただけ。子供のくせに妙なカリスマ性があり、αという存在を知ってみようと興味が湧いた。
毒でエリオスが倒れた時は、依頼の為に数日離れた時だった。まだ幼さの残る少年の周りには敵が多い。帝国の王宮医師の迅速な処置により一命を取り留めたが、完全な解毒には至らず、完治しなければ後継者になるのは厳しいと陛下に報告が行く。
簡単に不要と切り捨てられるのかと思ったが、意外にも皇帝はスノーリル王国にエリオスを預けた。
大陸一の研究機関を要するスノーリル王国。学問や研究を極めるための機関は、貴族だけではなく、優秀で勤勉な異民族の平民にも門戸を開き支援をした。
決して平和ボケはしていない。αの陛下の番で皇后であるΩは、王国最強の盾を考案した天才。陛下の庇護かαの独占欲か公式の場にはほとんど存在を見せることはない。優秀なαの双子の王子とスノーリルの宝石と称される美しい第三王子を産んだ。
幼年期からその才能を発揮した王子なら、エリオスを助ける可能性があるなど……馬鹿げていると思ったのだ。魔女でもないのに調剤を得意とする天才。ただの見た目の良いΩだろうと想像したのに。
薬草の種類の豊富さに驚く。手に入り難い毒草まで育てていた。スノーリルには希少な薬草があるとはいえ、温室内で育てるのは難しいはずだ。
(こんなものまで。本物だな)
大人の研究者達が罰を恐れ、治療を避けるのに。サフィラは、解毒薬の為にその毒を味見した。僅かに残っているものを感知できたとしても、合わなければ死ぬかも知れないのに。まして、その薬が効果がなかったとしたら……怖くはないのだろうか?
──ただ、助けたい。それだけで行動する。
全身が歓喜する。この子を護りたいと。
だから、全てをかけて忠誠を誓ったのだ。
「ロスクーノ団長……いったい何が」
「サフィラ様の作った抑制剤が効いて、落ち着いたのか、よく寝ていますよ。念の為に、防御魔法の陣をこの部屋に足したのですが、よく入って来れましたね」
感心したように言われてライナは、あからさまに嫌な顔をする。王宮薬師は問題がないようだと一般的な抑制剤と内臓の負担を軽くする薬を置いた。
「私が持ち込んだ薬よりも、殿下の薬の方が効果が高いと思います。申し訳ありません」
気不味そうに彼は一礼して去っていった。
「団長は一体どうやってここに? 貴方は本当に、サフィラ様を傷付けたりしてませんよね?」
「心外だな。私にも護りたいものがある。もしかしたら、ライナ殿以上に護りたいだけかな」
「──挑発ですか?」
「さあ、どうかな? サフィラ様は、皇太子殿下と婚姻をしたくなさそうに見えるのに。ライナ殿は、一体どちらの味方をするのか気になってる」
ライナは、ふっと息を吐いた後に一瞬でノエルに詰め寄り壁際に追い込んだ。
「味方のふりをして、サフィラを裏切り傷付けたら殺す」
押さえ付けられ苦しいはずなのに、ノエルは微笑んだ。
「裏切らないよ。なんなら君みたいに契約魔法を使ってもいい。ただ残念だけど、抑制剤の限界みたいだ。一度戻る。サフィラ様に無茶すると本当に番にするよって言っておいて」
「だれが!」
ライナの手が緩んだ途端、一瞬でノエルが姿を消す。ライナは一人この場に立ち尽くした。
◇◇◇
「ノエル・ロスクーノ。過去にお前は、いなかっただろう?」
味方になってくれるのなら有難い。けれど、過去に辺境伯には、次男の存在はなかったはずだ。隠し子などのイレギュラーなのか? エリオスの為にもスノーリルの有力なαの貴族は過去の世界で把握していた。過去に戻ってきた際に時間軸に小さな異変が生じて、世界にズレがあるのだろうか?
「サフィラ様の魔力を帯びた血液。朱金の魔法陣は、戻った世界の人に少なからず影響を与えてしまったのかも知れない。いや、引き寄せられてしまうのか?」
(あれは、あの魔法は……いや、今優先するのはサフィラだけ)
無茶をし疲れ果てて眠りについたサフィラのそばに行く。ライナはβで、サフィラの偽装の番にもなれない。
(分かっている、ただのβだ)
βのくせに無駄にある魔力は血筋のせいだ。ライナは迫害されてきた魔女の一族の生き残りだった。一族は異端とされてαや貴族達にいい様にされてきた為に、αに対する信頼は地に落ちていた。
エリオスと魔の森付近で出会ったのは偶然だが、なぜか従者として望まれた。隠れて生きる身としては他にすることも何もない──退屈という理由でその手をとり、飽きたら出て行ってもいいと言われたので暇つぶしに従者となっただけ。子供のくせに妙なカリスマ性があり、αという存在を知ってみようと興味が湧いた。
毒でエリオスが倒れた時は、依頼の為に数日離れた時だった。まだ幼さの残る少年の周りには敵が多い。帝国の王宮医師の迅速な処置により一命を取り留めたが、完全な解毒には至らず、完治しなければ後継者になるのは厳しいと陛下に報告が行く。
簡単に不要と切り捨てられるのかと思ったが、意外にも皇帝はスノーリル王国にエリオスを預けた。
大陸一の研究機関を要するスノーリル王国。学問や研究を極めるための機関は、貴族だけではなく、優秀で勤勉な異民族の平民にも門戸を開き支援をした。
決して平和ボケはしていない。αの陛下の番で皇后であるΩは、王国最強の盾を考案した天才。陛下の庇護かαの独占欲か公式の場にはほとんど存在を見せることはない。優秀なαの双子の王子とスノーリルの宝石と称される美しい第三王子を産んだ。
幼年期からその才能を発揮した王子なら、エリオスを助ける可能性があるなど……馬鹿げていると思ったのだ。魔女でもないのに調剤を得意とする天才。ただの見た目の良いΩだろうと想像したのに。
薬草の種類の豊富さに驚く。手に入り難い毒草まで育てていた。スノーリルには希少な薬草があるとはいえ、温室内で育てるのは難しいはずだ。
(こんなものまで。本物だな)
大人の研究者達が罰を恐れ、治療を避けるのに。サフィラは、解毒薬の為にその毒を味見した。僅かに残っているものを感知できたとしても、合わなければ死ぬかも知れないのに。まして、その薬が効果がなかったとしたら……怖くはないのだろうか?
──ただ、助けたい。それだけで行動する。
全身が歓喜する。この子を護りたいと。
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