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時戻り後の世界
38.もう一人の時戻り②
しおりを挟むスノーリル王国の陛下と皇后の遺体は丁寧に棺に納められ、さらに腐敗しないように魔法がかけられていた。
腐敗防止の魔法をほどこしたのなら、反逆者の中にも、ほんの少しは忠義があったのだろう。
この国の王の尊厳を踏みにじる行為がなかったことは、行方不明のサフィラたちにとっても朗報かも知れない。
「サフィラ……一体どこにいるんだ」
内通者が誰かは分からないが、反逆者と繋がり王国を裏切ったのだ。許せるものではなかった。
冬ごもりとは思えないような澄み切った青空が広がり、雪の欠片が微かに舞い散る。
吹雪が治まっているこの機会を逃すわけにはいかず、王国に軍を同行させここまで来た。情報がもれたのか、天候回復のせいか、すでに主犯のメンバーはいないらしい。
凄惨な現場を目の当たりにして、言葉を失う。
騎士たちの死体や、負傷している者が倒れている状態で、何が起きたのか把握も出来ていない者が多い。宰相は病死のようだと、ベットの上で息を引き取っていた。
記憶も操作されたのか、幻影でも見せられたのか、両陛下崩御の事実を受け入れずにいる。
『覚えていないのです』
皆口々にそんな話をする。いなくなった者たちは殺されたのか反逆者の仲間かどうかも、アレクたちがいない状況では、エリオスには判断がつかなかった。
(あの書類も反逆者の仕業だったとしたら?)
探索をしていた魔法師からの報告を受け、エリオスは魔の森で魔力の乱れがある場所へと向かう。
そこで見たものは、金の光と朱金の魔法陣。その中心に近い場所には、見覚えのある護り刀が落ちていた。
アベリアブルーの輝石と王家の印まで刻まれている刀だった。
ただ持ち手には血の痕があり、この魔法陣の儀式に使用したようにしか見えない。
この状況の意味することを認められずにいる。
むこうを見れば大きな木の根元に、ローブに包まれた何かがあった。急ぎ確認する為に、ローブを剥がすと魔法痕が胸の所にある。この魔法で肺を焼かれれば、呼吸が一瞬で止まってしまう。
帝国の魔法痕……誰に処刑されたんだ?何が起こっている?
魔法陣の主なのか、別の者なのか?
ただここには、処刑された男。死んでしまった誰か二人分の墓あるだけで。魔法陣の主らしい人物はいない。
そして、生贄にされた者の……残された懐かしい魔力。認めるしかなかった。
「間に合わなくて、すまない……」
人前で泣くなど、ありえない。それでも護り刀を握り締めると、涙がどうしようもなくあふれてきた。
──どうか生きていて。
エリオスは、祈り願い続ける。
「アレク殿下。レオン殿下。必ず、犯人を見つけて責任を取らせます。必ず報いを受けさせます。なので、どうか……サフィラを守っていて下さい」
サフィラの遺体は見つからない。どこかでライナと隠れているかもしれない。
きっと生きている。そう思いたかった。
あの日から、三年の月日が経った。
サフィラが戻った時、困らないように。スノーリル王国を帝国の統治下に置き、隣国を牽制しながら王国の体制を守りつづける。アカデミーには魔法陣の研究の協力をしてもらっていた。
すべては、朱金の魔法陣のことを調べるため。
──ようやく糸口が見えてきた。
「古の魔法のようです。別世界で、生まれ変わる為の魔法陣かも知れません」
「生まれ変わりを願うとは思えない」
「それだけ、過酷な状況下だったのだと思います。血の海でしたから。再生・命運……この二つは古代語のようです。他は読みとれません。アレク殿下たちの墓を作ったのがサフィラ殿下なら、自ら命をたったのだと思います」
(そんなはずはない……)
この魔法陣のことをもっと調べれば、何かが分かるかもしれない。サフィラが得意だった古代語を学び、魔法書も調べ尽くした。
魔法師ではなく、古代魔法を得意とする魔女の存在を知り、ようやく一人の魔女に出会う。
生涯独身を貫き、さらに数十年がたった……ようやく魔女との約束を果たせた。
深緑の長い髪、金色の双眸が美い年齢不詳の男だった。
「──本当にしつこい人だ」
「時間がかかったが、あきらめることは出来なかった」
「──だが、我々の仲間を探し保護してくれたこと感謝している。それに……あれもちゃんと集めたのか。たった一人で」
「それで俺の願いが叶うなら構わない。約束は果たした。最期の望みを叶えて欲しい」
「代償がつきものなんだけど……敬意を払いたい。貴方が費やした時間をもらうよ。だから、記憶が曖昧になるのは、許して欲しい」
魔法陣が描かれていく。
あの美しい金色の優しい光の陣に、サフィラの笑顔を思い出した。
「──サフィラ。もう一度、あの時の君に逢いたい」
金色の双眸が優しく笑うのが見えた後、エリオスは静かに目を閉じた。
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