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1.現実

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   弟の部屋には、弟の存在を示す物が何一つ無くなっていた。物置のようになっている部屋。
   なんの冗談かと両親に詰め寄っても夢を見たのかと、ため息混じりなだめられた。

「どうして、弟がいないって言うんだよ!結は、いたじゃん」

   父も母も、嘘をつくような人じゃないのは自分が一番分かっていた。俺がおかしいんだろうか?こんな手の混んだイタズラをするとも思えない。

「──琥珀。どうしちゃったの?結って名前……」
「本当にどうしたんだ? ずっと一人っ子だぞ? 戸籍みたら納得するか? あ、住民票ならあったな」

 そう言って、ダイニングテーブルから離れた所にある引き出しから、父さんが何かを探し始めた。

「あったあった。ほら、住民票」
 差し出された、一枚の紙。受験やら色々あったから余分に取ってたやつだよと、父さんに渡された。

「本当に? どうして……何が起きてんの?」
「いやいや、琥珀。夢を見たにしても、証明書見ても納得出来ないのか? よっぽどリアルな夢の世界だったんだなぁ」

 母親の方に視線を送る。何やら考えている姿に、違和感を覚え質問をした。

「母さん……何か言いたそうだけど、なんなの? ねぇ、俺がおかしいの?」
「あのね。お母さんはね……もう一人、妊娠したのは確かよ。貴方の生まれた後に。でも、育たなかったのよ。そのとき名前を付けてて、結って呼びかけてたわ。その記憶のせいかしら? でも十八年位前の話だから……どうして今頃そんなことになってるのかしら?」

 結が、生まれてない? そんな馬鹿な話がある訳ない。俺は、結がいなくなる前の状況を必死に思い出そうとした。昨日覚えていた事が、少しづつ薄くなっているような気がした。

 記憶消去──そんな言葉が頭をよぎった。

  昨日、大学で友人に弟を探してる話をした。あのモデルみたいな弟なら、目立つからすぐ見つかるんじゃないか? とか受験勉強の疲れで女の子と遊んでるんじゃないか? そんな話をしたのに……今朝、まだ見つからないって話したら、お前に弟はいないかったじゃんって言われたんだ。

 やばい。このままじゃ……俺も結を忘れてしまうのかもしれない。

 いやだ。
 俺は、絶対に忘れない。だって、結は特別なんだ。俺の事大好きって……昔は俺の方が大きかったから、可愛いくてずっと大切だったんだ。ストーカーにあったり、大変な思いもいっぱいしていた。だから、必死に笑わかそうってしてきたんだ。
  何よりも大切な弟なんだ。
   いなくなってもう三日目だ。一週間もしたら、自分も忘れてしまいそうで怖くなった。両親さえも忘れている。リビングから思わず、自分の部屋に閉じこもった。

   こんな事になる前に何かなかったか? 思い出すんだと言い聞かせる。いつもと違ったことがなかったのか、ベッドに横になりながら焦る気持ちを抑えた。
結のいつもと違った行動……。

「──来瀬らいぜ古書店だ」

  なんで、忘れてたんだろう。不思議な古書店だった。普段前を横切っても素通りをしてしまうような、存在が薄い本屋だ。

 だけど、どうしても欲しい本がある時は視界に入って来るんだ。たしか……?

「面白い本屋を見つけだんだ。欲しい本が、現金じゃないと買えなくて明日行ってくるよ」

  そうだ、あの後だ。リュックに財布にスマホ、PCは邪魔だからタブレットを入れた。何となくだけど、下着にパーカーを詰め込む。夜食で常備してあるスティックバーとペットボトルの水も詰め込んだ。

「夜逃げみたいだな、なんか戻って来れないような気がする」
 首軽く振って、リュックを担いだ。

「出来れば戻ってきたいけど、どうなるか分からない。でも行くしかない。ごめんね、父さん。母さん」
 そう言って、部屋を飛び出した。




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