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第3章
4.王子の気持ち。
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side セドリック第2王子
いつも通り、寝ぼけたふりをしてレイリアを抱きしめようと思っていた。
細身のレイリアをすっぽりと抱きしめると、落ち着く匂いがする。使用している石鹸の香りなのか、洗濯に使用されている洗剤の香りなのか?
香水を使っているとは聞いた事はない。
俺にとっての安定剤のような存在。
それが当たり前の日常だった。
そんな、レイリアが師弟関係をカーマイン宰相閣下──叔父上と結ぶらしい事、授業後に今日こちらに来る可能性がある事が分かった。
聞きつけた兄上やキース、レオンにエースもいた。
多分、上級魔法師でサフィア様の弟子であった宰相閣下に魔法を習いたいから同じく弟子にして欲しいと言った話だろう。特に兄上とキースは本気だろう。
だが、あっという間に転移でレイリアを連れて行かれて、声を交わす事さえ出来なかった。
呆然とする兄上達をよそに、レオンは冷静に対応する。
「俺が、レイリアの代わりにセドリック様をこの後護衛をします。王宮へは、もう戻られますか?」
レオンは、この行動を予測していたんだろう。
ずっと、弟子を取らなかった叔父上。レイリアの産みの親のサフィア様は恩恵による母親だ。
本来、正統な魔法後継はレイリアとレオンだ。侯爵からの指導をレオンは受けているが…レイリアには一般的な魔法だけらしい。それでも、優秀であることは間違いない。志もレベルも高いだけだ。
サフィア様の弟子だった叔父上から指導を受けるのは、当たり前なんだ。それでもエースが、宰相閣下の狙いはレイリアだとそんな話を聞いていたせいで僅かな不安が残る。
そして昨日は、王宮に戻って来なかった。
叔父上が手を出す筈がない。
だがいきなり、帰さない事が起きるのか?
師弟関係とは、こう言うものなのか?
レオンに牽制されても、兄弟だから不安は無かった。
奪われる訳がない。同性と婚姻は出来るが、血族での婚姻は従兄弟までだ。
それに、レイリアが向けるレオンへの気持ちも兄でしかない。
仲の良い兄弟。サフィア様を亡くしたせいで、より弟を溺愛しているそれだけだ。
だが…。
ずっと、独身を貫き弟子も取らず、どんな令嬢にも令息にも見向きもしなかったのに。
何より大人の余裕がある。文句なしの相手だ。
レイリアが、帰ってきたと影からの連絡が入る。そして今朝は、いつも通り起こしにやって来た。
だから、触れたいと思ったのに。
微妙に距離がある。
少し強引に引き寄せようとしたのが、思わぬ抵抗を受ける。
バランスを崩して、ベッドでは無い方に倒れていく。レイリアの頭と背中を守るようにした為に体重を逃し切れず、床と俺に挟まれる形になった。
苦しそうに咳き込むのに、俺を優先しようとする。
「手を、見せて。折れたら大変だから。」
お前の方が痛いに決まっている。
「そんなに、柔じゃ無い。」
床に座り込んだまま、俺の腕を伸ばしたり触ったりしてくる手は優しい。
「指、とかは?アザとか…本当に大丈夫ですか?」
「レイリアこそ、咳が酷かっただろ?悪い、頭を守るしか出来なかった。お前こそ、胸とか背中は大丈夫か?ごめん。」
ちょっと驚いた顔をして、すぐに優しい顔になった。俺の好きなレイリアの笑顔だ。
「──他の、人にもそんな風に話したら良いと思いますよ?
この先の未来に…アルバート殿下を支えて、補佐につきますよね?外交とか任されるでしょうから。まずは、クラスの人達から慣れていきましょう。」
なんで、そんな話をするんだ?
確かに、逃げていては駄目なのは理解している。
分かってはいるんだ。
「──ああ。そうだな。」
「先に着替えてしまいましょう。」
床から立ち上がったレイリアを見つめてしまう。
「レイリア。口調が違うな。何かあったのか?」
手を差し出され自分より華奢な手を掴む。引き起こされると距離が近くなるのにすぐに、手を離されてさらに、一歩後退してしまう。
意識的に距離を置かれた。
叔父上の唯一の弟子になる為に相応しくありたいと言う。
ヴァーミリオン侯爵家の人間として恥じる事なく上級魔法師を目指したい。と真っ直ぐに見つめられて意思表示をされてしまった。
揺るが無い決意の表明。
「そうか。」
そんな、短い言葉でしか返せない。
「───ハリス師匠は、サフィア・ヴァーミリオンの弟子です。ハリス師匠の側にいられることは、ある意味…運命のような気がします。」
「レイリアの運命が叔父上?」
そんな訳…ないだろう?
ずっと、一緒だったのは、俺の筈だ。
『母様の唯一の弟子なんです。』
知っている。
サフィア様の能力は、未来視と過去視だ──時読みなのだろう?
サフィア様の生きた証の魔法を教える事が出来るのは、ヴァーミリオン侯爵でも、レオンでもなく、叔父上だけ。
それを、レイリアは運命だと言うのか?
俺もレイリアの父親に教えを乞う事にした事。
レイリアが危険に晒されると不安になる事。
お前を失うかも知れないと思うと、コントロールが効かない事。
なるべく正直に伝える。
その事を伝えながら、自分がどれだけレイリアを失いたくないと、思っているのかを実感する。
考えただけで胸が締め付けられる程の焦燥感に襲われるんだ。
『流行り病の時に死にかけたから。幼馴染を失いかけた不安が残っているのですよ。』
違う。
引き剥がされる程の痛みだった。
『学園にいる間に大切な方や側近になり得る方を見つけてください。』
誰より大切なのは、レイリアだけだ。
何も、言い返せない。何で伝わらない?
叔父上を選ぶのか?
それは俺が子供だから?
昔も今もどうして離れて行こうとするんだ?
次は、逃がさないそう言ったはずだ。
───俺の中の誰かが叫ぶ。
いつも通り、寝ぼけたふりをしてレイリアを抱きしめようと思っていた。
細身のレイリアをすっぽりと抱きしめると、落ち着く匂いがする。使用している石鹸の香りなのか、洗濯に使用されている洗剤の香りなのか?
香水を使っているとは聞いた事はない。
俺にとっての安定剤のような存在。
それが当たり前の日常だった。
そんな、レイリアが師弟関係をカーマイン宰相閣下──叔父上と結ぶらしい事、授業後に今日こちらに来る可能性がある事が分かった。
聞きつけた兄上やキース、レオンにエースもいた。
多分、上級魔法師でサフィア様の弟子であった宰相閣下に魔法を習いたいから同じく弟子にして欲しいと言った話だろう。特に兄上とキースは本気だろう。
だが、あっという間に転移でレイリアを連れて行かれて、声を交わす事さえ出来なかった。
呆然とする兄上達をよそに、レオンは冷静に対応する。
「俺が、レイリアの代わりにセドリック様をこの後護衛をします。王宮へは、もう戻られますか?」
レオンは、この行動を予測していたんだろう。
ずっと、弟子を取らなかった叔父上。レイリアの産みの親のサフィア様は恩恵による母親だ。
本来、正統な魔法後継はレイリアとレオンだ。侯爵からの指導をレオンは受けているが…レイリアには一般的な魔法だけらしい。それでも、優秀であることは間違いない。志もレベルも高いだけだ。
サフィア様の弟子だった叔父上から指導を受けるのは、当たり前なんだ。それでもエースが、宰相閣下の狙いはレイリアだとそんな話を聞いていたせいで僅かな不安が残る。
そして昨日は、王宮に戻って来なかった。
叔父上が手を出す筈がない。
だがいきなり、帰さない事が起きるのか?
師弟関係とは、こう言うものなのか?
レオンに牽制されても、兄弟だから不安は無かった。
奪われる訳がない。同性と婚姻は出来るが、血族での婚姻は従兄弟までだ。
それに、レイリアが向けるレオンへの気持ちも兄でしかない。
仲の良い兄弟。サフィア様を亡くしたせいで、より弟を溺愛しているそれだけだ。
だが…。
ずっと、独身を貫き弟子も取らず、どんな令嬢にも令息にも見向きもしなかったのに。
何より大人の余裕がある。文句なしの相手だ。
レイリアが、帰ってきたと影からの連絡が入る。そして今朝は、いつも通り起こしにやって来た。
だから、触れたいと思ったのに。
微妙に距離がある。
少し強引に引き寄せようとしたのが、思わぬ抵抗を受ける。
バランスを崩して、ベッドでは無い方に倒れていく。レイリアの頭と背中を守るようにした為に体重を逃し切れず、床と俺に挟まれる形になった。
苦しそうに咳き込むのに、俺を優先しようとする。
「手を、見せて。折れたら大変だから。」
お前の方が痛いに決まっている。
「そんなに、柔じゃ無い。」
床に座り込んだまま、俺の腕を伸ばしたり触ったりしてくる手は優しい。
「指、とかは?アザとか…本当に大丈夫ですか?」
「レイリアこそ、咳が酷かっただろ?悪い、頭を守るしか出来なかった。お前こそ、胸とか背中は大丈夫か?ごめん。」
ちょっと驚いた顔をして、すぐに優しい顔になった。俺の好きなレイリアの笑顔だ。
「──他の、人にもそんな風に話したら良いと思いますよ?
この先の未来に…アルバート殿下を支えて、補佐につきますよね?外交とか任されるでしょうから。まずは、クラスの人達から慣れていきましょう。」
なんで、そんな話をするんだ?
確かに、逃げていては駄目なのは理解している。
分かってはいるんだ。
「──ああ。そうだな。」
「先に着替えてしまいましょう。」
床から立ち上がったレイリアを見つめてしまう。
「レイリア。口調が違うな。何かあったのか?」
手を差し出され自分より華奢な手を掴む。引き起こされると距離が近くなるのにすぐに、手を離されてさらに、一歩後退してしまう。
意識的に距離を置かれた。
叔父上の唯一の弟子になる為に相応しくありたいと言う。
ヴァーミリオン侯爵家の人間として恥じる事なく上級魔法師を目指したい。と真っ直ぐに見つめられて意思表示をされてしまった。
揺るが無い決意の表明。
「そうか。」
そんな、短い言葉でしか返せない。
「───ハリス師匠は、サフィア・ヴァーミリオンの弟子です。ハリス師匠の側にいられることは、ある意味…運命のような気がします。」
「レイリアの運命が叔父上?」
そんな訳…ないだろう?
ずっと、一緒だったのは、俺の筈だ。
『母様の唯一の弟子なんです。』
知っている。
サフィア様の能力は、未来視と過去視だ──時読みなのだろう?
サフィア様の生きた証の魔法を教える事が出来るのは、ヴァーミリオン侯爵でも、レオンでもなく、叔父上だけ。
それを、レイリアは運命だと言うのか?
俺もレイリアの父親に教えを乞う事にした事。
レイリアが危険に晒されると不安になる事。
お前を失うかも知れないと思うと、コントロールが効かない事。
なるべく正直に伝える。
その事を伝えながら、自分がどれだけレイリアを失いたくないと、思っているのかを実感する。
考えただけで胸が締め付けられる程の焦燥感に襲われるんだ。
『流行り病の時に死にかけたから。幼馴染を失いかけた不安が残っているのですよ。』
違う。
引き剥がされる程の痛みだった。
『学園にいる間に大切な方や側近になり得る方を見つけてください。』
誰より大切なのは、レイリアだけだ。
何も、言い返せない。何で伝わらない?
叔父上を選ぶのか?
それは俺が子供だから?
昔も今もどうして離れて行こうとするんだ?
次は、逃がさないそう言ったはずだ。
───俺の中の誰かが叫ぶ。
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