自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【六ノ章】取り戻した日常

第一三二話 御旗の槍斧、砕刃の角刀《前編》

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「そういえば迷宮主の素材で思い出したけど、ドレッドノートが残した素材ってどこにやったの?」

 アカツキ荘への帰路の途中。
 セリスに用意してほしい槍の要望を手帳にまとめ、ふと気になったことを聞いてみた。
 大柄な体躯に見合う灰の山に埋もれていた紫紺の硬皮と二対の捻じれ角。
 カグヤの剣閃すら弾く、柔軟でありながら鋼の如き堅固な皮は、きっと防具として最高の性能を誇るだろう。
 体内の魔力循環を一身に受け変質し、硬質化した角は適切に処理すれば、いかなる武具にも転用できる。
 迷宮の王とも呼ばれるほど強大なドレッドノートの力。鍛冶に精通した者なら何が何でも手に入れたいと切望する素材だ。
 記憶違いでなければ、証拠品になるかもしれないとエリックが持ち帰ってくれていたと思うのだが……

「一応、どっちも自警団に証拠として提出した後に返してもらったぜ。硬皮と捻じれ角を一本な」
「あれ、一本だけ? 二本落ちてなかったっけ?」
「なんでも親方さんの方で捻じれ角を貰いたいと、エルノールさんに交渉したそうで。詳しい内容はクロトさんのデバイスにメッセージを残しておく、と」

 いつの間にそんな話が……というか、メッセージだって?
 カグヤに言われて昏睡から目覚めて以降、片手間にしか確認していなかったデバイスの通知を確認する。
 知り合いからの見舞いや気遣う言葉へ返信した文が並ぶ中に“大事な用件”と、紛れ込んでいた親方からのメッセージを発見。

「あった……“此度の騒動鎮圧に動いたお主の功績に、師として応えたいと考え、かの迷宮主の素材を一部もらい受けた。進捗は追って通達する故、待っておれ”……流れ作業で返信してたせいで見逃してた」
「お前、その話の流れをぶった切って“ご心配かけてすみません。お気遣いありがとうございます”って返したのか。しかも全員に」
「わけ分からん切り返しで困ってんじゃあないのかい、親方さん」
「だから既読が付いていないのでしょうか……」
「どうだろ? 親方は鍛冶に集中して、食事と睡眠以外を忘れる時があるからなぁ」

 俺のデバイスを覗き込む皆の反応を聞きつつ、アカツキ荘に到着。
 先に武器の調整をしてこい、と背中を押されてセリスと共に地下工房へ。鍵を開けて中に入れば冷えた空気に混じる煤と薬品、鍛冶と錬金術の匂いが肺に充満する。

「ある程度の要望は聞いたけど、実際に在庫を見てもらって気に入った物があれば選んでくれ。予備も用意しないといけない以上、一から作るより元々ある物を調整した方が手っ取り早いからな」

 結晶灯の明かりを点けて、換気用の天井窓を開く。
 消費した“命の前借り”を薬品棚から制服に補充しながら。
 壁掛けに取り付けられた長柄の武器を眺めつつ、適当な木箱に腰を下ろしたセリスに問いかける。

「ハルバード、バルディッシュ、ランス、パイク……うーむ、迷うなぁ。納涼祭の時に痛感したが、突く動作より払う方が複数の魔物を相手にしやすいんだ」
「一撃で倒せるならまだしも、殺し切れずに肉や骨のせいで抜けず、次の行動に繋げられないから?」
「そうそう、蹴ったり殴ればいいとはいえ隙が出来ちまうんだよ。だからブン回すだけでいい《カルキヌス》は最高に使いやすかった。……まさか部屋に置いてて、目が覚めたら粉々になってるとは」
「恐怖体験だな……」

 もし朱鉄あかがねの魔導剣が同じ目に遭ってたら、三日くらい部屋に引きこもるかもしれない。
 幸い、リミッターを解除した限界駆動のシフトドライブを放っても、魔導剣に一切の損傷は見受けられなかった。さすがは朱鉄あかがねだ。
 いつも通りのメイン武器として持っていくのは確定事項として、俺も予備の武具を選ばなくては。

「遠距離の為に弓かボウガン。力任せで壊す時に斧かハンマー。矢は作って保管してあるのが一〇〇本ぐらいあるし、増やさなくてもいいかな」

 耐久性と弾性を両立させる為、様々な素材を使用した複合弓ふくごうきゅう
 必要に応じて柄を伸縮させて投擲も可能な大振りのトマホーク。後は爆薬と組み合わせて使えるようにアタッチメントを用意すればいいか。
 武具を保管している大型の木箱からそれらを用意しつつ、最後に一押し、と壁に立て掛けた異様な一品に目を向ける。

「やべーつえー敵が現れた有事の際にトンデモ武装……は、やめておくか。自爆する可能性が高い」
「魔導剣で火力は十分足りるしなぁ」

 個人携行が可能な全てを焼き尽くす暴力オーバードウェポン
 多重加速式螺旋突撃槍──ペネトレイターから視線を外す。
 普段使いではなく使い捨ての武装ではあるが、投擲時に炸薬が破裂し速度が上昇。
 しかも射出した方向へ闇属性の魔法陣を展開することで、重量増加に重力加速が加わり、槍自体の強度によってどんなに分厚い装甲だろうと突き刺さる。

 その衝撃を感知して穂先のドリルが高速回転し、柄に仕込んだ推進剤を消費して突き進む。
 敵の内部を食い破り、ズタズタに引き裂き、途中で停止して最後に大爆発という対大型魔物特攻武装なのだ。
 危険過ぎて誰にも使わせられない一品……まあ、早々にドレッドノートみたいな魔物と戦うとは限らないからな。

「アタシはぶきっちょだからクロトみてぇに色々な武器は使えないし、近・中・遠が一本で完結してる槍が性にあってるよ」
「近・中はともかく遠の要素どこだよ」
「ぶん投げる。ああでも回収すんのが手間になっちまうねぇ。そういう時は、魔法で代用するとし…………んん?」

 ハルバードを手に取り、掲げていたセリスが首を傾げる。

「どうかした?」
「なあ、この武器の柄になんか小さい穴が空いてんだけど、こりゃいったいなんだ? 不良品なのかい?」
「……ああ! そうだ、忘れてた! それね、セリスの為に考えてたことがあって、その為に空けてたんだった」
「アタシに?」

 困惑しているセリスを尻目に、近くの木箱を開けて中身を取り出す。
 見せびらかすように広げたのは、厚手の毛布に近しい代物。しかし、ただの布ではない。
 素材屋で破格の値段で売っていたミスリル鉱石のクズ石を購入し、自作した魔力糸を用いて構成されているのだ。
 手触りの良い純白な布地の表と裏には剣や盾、花にも見えるきめ細かな刺繍のルーン文字が施してある。結晶灯の光を受けて光沢を放つ布は、豪奢な額縁に飾られた絵画にも見紛うだろう。
 これは厳選した素材と錬金術に付与術。
 ありとあらゆる要素を結集し、完成させた至極の一枚。

「──いやみず御旗みはた。セリスの《ヒーラー》としての特性を最大限に活かし、攻撃にも転用できる優れモノだ。ここにある長柄の武器に穴が空いてるのは取り付ける為さ」
「旗を武器にするってのかい? そいつぁなんというか、豪快っつーか……」
「広げた状態で《ヒーラー》のスキルを使えば広範囲かつ認識してる相手だけ回復させられるよ。近距離でしか効果の無かったスキルが、どんな場所にいても誰にでも使えるようになります。元々範囲のあるスキルも射程が延長されるね」
「おっ……?」
「さらに魔法を使うと旗を通して威力が増加。単発系は自動追尾に、範囲指定系はもっと強力に。伝導率がすこぶる高いから魔力を込めて、お望みの通りぶん回せば水属性のシフトドライブみたいなカッコいい技も使えるよ」
「おっおっ……」
「邪魔になる時は丸めておけるし、その状態だと周囲の魔素マナを吸収して武器ごと硬質化するので耐久性と剛性もバッチリ! 突き刺しても振り回しても貴女の理想を叶える最高の武器が、今ならなんとお値段はタダ! さあ、どうする!?」
「買ったぁ!!」
「毎度ありぃ!」

 性能を説明していく度に目を輝かせるセリスがハルバードを差し出してきた。
 受け取り、てきぱきといやしの御旗みはたを取り付けたら……セリス専用装備、御旗みはた槍斧そうふの完成だ!

「うっひょお! かっちょいい! 馴染むっ、実に馴染むぞぉ!」
「メイド服を作る片手間に錬金術で作ってた物だけど、喜んでいただけたようで何よりだ。ちなみに、柄の真ん中辺りを捻ると取り外せるから、リーチを短くして狭い場所でも問題なく戦えるぞ」
「なんという機能性の塊……!」

 槍斧を持ち上げて小躍りしている様子を一瞥し、自分用の武器を布袋に詰めて。
 後は矢筒を用意して、と工房内をせわしく歩き回る。すると扉を叩く音が響き、返事をしたら開かれた。
 入ってきたのはエリックで、部族の踊りの如く跳ねているセリスを無視してこちらに近づいてくる。

「準備中なのにわりぃな、クロト」
「気にしないでいいよ。それで、どうかしたの?」
「いや、いま親方がアカツキ荘に来てるんだが、デバイスに連絡しても反応が返ってこねぇって言うから見に来たんだ」
「えっ」

 親方が来てる? というかデバイスに連絡?
 既視感を覚えるやり取りに急かされ、ポケットからデバイスを取り出す。

「あった……“お主へのが完成した。筆記試験は午前で終わりであろうから、午後にアカツキ荘へ向かう。待っておれ”……既読無視しちゃってたわ」
「お前、今度から通知にちゃんと気づくようになった方がいいぞ」
「工房の中でめちゃくちゃ騒いでたから分からなかったよ……」
「全く……カグヤがリビングで対応してくれてんだ。待たせてんだから、さっさと行くぞ」
「了解。セリスは?」
「放っておけ」

 冷たく言い放ち、不思議な踊りを続けている彼女を工房に置いて。
 俺とエリックはアカツキ荘のリビングへ向かった。
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