自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【六ノ章】取り戻した日常

第一三〇話 学園長、怒りの呼び出し

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「──これにて期末筆記試験は終了となります。皆さん、大変お疲れさまでした!」
『終わったぁ~!』
『終わったぁ……』

 筆記の全教科で監督を務めていたシルフィ先生が、集めた試験用紙を整えながら終了を宣言すると、脱力した声が教室中に溢れ返る。
 日頃から勉学に勤しみ、余裕を持って試験に挑んで胸を張る者。
 対策用紙を指標にして、徹夜で取り組み疲弊して机に倒れ込む者。
 各々が自分に出来るだけの実力を発揮し、手応えを感じているが故の反応だった。
 かくいう俺も中間より自信がたっぷりある……なんなら空いてた時間で、新しい錬金術のレシピを考えてたくらいだ。
 鍛冶にも活用できる新素材の錬成……ふふっ、ワクワクしてきたな。

「自己採点で四六〇点以上、ってところだな。クロトはどうだ?」

 思えば万能石鹸も中間の時に考案してたっけ、と。
 手帳にレシピを書き記していたらエリックが声を掛けてきた。

「エリックよりちょっと下くらいじゃないかな。でも中間と比べて公用語が綺麗に書けたから、点数上がるかも?」
「前に見た答案用紙、書き間違いの指摘があって減点されてたしな。でもまあ、赤点じゃない確証があるだけマシだな」
「先生から対策用紙とか貰っておいて情けない姿は見せられないよ。……あそこで死にそうな顔してるセリスは別だけど」

 そう言って視線を向ければ、今にもドロドロ溶けてしまいそうな表情を浮かべるセリスが頭を左右に揺らしていた。
 あまりに異様な姿に、周囲のクラスメイトも若干引いている。

「勉強会や自習もやったのに、不安過ぎて昨日から寝ずに勉強してたらしいな。あの状態は自業自得だろ」
「むしろ最悪のコンディションでよく乗り切ったね。寝落ちでもしたら悲惨だったよ」
「アイツだけ補習の可能性があったな……でも、きちんと解いてたみたいだし大丈夫だろ。後の懸念材料は」
「筆記が終わって浮足立つ気持ちは分かりますが、気を緩めてはいけませんよ。──早速ですが、ただ今より実技試験の内容を発表させていただきます!」
「「出たよ……」」

 シルフィ先生の手により“実技内容くじ引き箱”と書かれた、ファンシーな装飾で施された木箱が教壇に置かれる。
 迷宮を泊まり込みで攻略した経験が脳裏をよぎり、思わず漏れ出た本音がエリックと被った。
 同じ感想を抱いた人は他にもいるようで、何人かは露骨に嫌そうな顔をしている。

「そ、そんな目で見ないでください。ちゃんと中身は精査して中間試験よりも難易度は下がって……いる、はずですから」
『歯切れ悪ぅ……』
「本当に大丈夫ですっ! それでは行きますよ──」










 ……ピーンポーン、パーンポーン。
 先生がくじ引き箱に手を入れて、紙の擦れる音をさえぎって。
 どこからともなく響いた構内放送の音に、全員が視線を天井に向けた。

『あー……高等部二年七組アカツキ・クロト君。至急、学園長室に来なさい。大事な話があります』

 既視感を抱く呼び出しの流れに周囲がざわつく。

「えぇ、何ぃ? 怒られるの、俺? 問題なんて起こしてないよ、多分」
「本当にそう思ってるならせめて言い切ってくれよ」
「ぐぬぬっ」

 デールのごもっともなツッコミに同意した全員の頷きを見て押し黙る。
 いやでも、本当に何もしてないぞ? 少なくともここ数日はずっと勉強していた。
 学園の敷地外に出たのはシュメルさんに連れられて再開発区画に行った時と、図書館での勉強会に食材の買い出しぐらいだ。
 それ以外の問題行為に心当たりは……無いな。うん、マジで無い。

『クロトく~ん? 筆記試験は終わったんだからさっさと来てちょうだ~い? 私が冷静でいられる内に早く来ないと大変なことになるわよ~?』
「なんなんだアイツうっとおしいな! わかったよ、すぐ行くから静かにしなさいよ!」

 苛立ちを隠さない学園長の放送に叫び返す。
 くじ引き箱に手を入れたままの先生に了承を得てから、教室を飛び出そうとして。

『あとセリスも連れてきなさい。彼女にとっても関係のある話だから』
『はい?』
「……あぇ?」

 ぷつりと切れた最後の言葉。教室を出る最初の一歩でつまづきかけて。
 当然の困惑が勝り首を傾げたアカツキ荘の面子と、間抜けな表情のままでいるセリスの呆けた声が重なった。

 ◆◇◆◇◆

「由々しき事態だわ」

 筆記試験を終えて極限状態なセリスを肩に担いで学園長室に向かい、彼女を応接用のソファーに座らせていると。
 書類の山が並ぶ執務机の上で手を組みながら、深刻そうに眉を寄せた学園長は開口一番にそう言った。

「それはこっちのセリフなんだけど。構内放送で呼び出すのはいいとして、あんな言い方するなんてなに考えてんのさ?」
「性急すぎたのは確かに謝るわ。でも、本当に大切なことなの。だから出来れば彼女を正気に戻してほしいのだけれど」
「しょうがないなぁ……」

 未だに顔色が悪いセリスの肩を叩いて視線を合わせる。
 眠たげな眼に濃い隈……ここ数日で随分と疲労が溜まってしまったようだ。元々頭脳労働は苦手なようだし、仕方ないのだろうが。
 だからと言って、容赦する必要はない。話が進まないからな。

「セリス、上を向いて」
「うえ」
「そのまま大きく口を開いて」
「うがっ」
「はい、ポーション投入」
「ごぼぼぼぼぼぼッ!?」
「意識が朦朧としてる相手にそれやるの、新手の拷問じゃないかしら」

 本来の用途とは異なる配合のポーション──別名“命の前借り”とでも呼ぼうか。
 効果は日本で偶に飲んでいた栄養ドリンクにスポドリ、エナドリを自己流にアレンジして効能を激増させ、即効性を持たせた物。
 もっとも危険性や依存性のある薬草を使っている訳ではなく、ただ成分構成を弄っただけ。単純に目が覚めるほど元気が湧いてくるだけだ。一時間ほど走り回っても息切れしないくらい。
 ただ、服用し続けると耐えがたい腹痛に見舞われるので注意は必要である。

 そんな、フラスコ瓶の中で波打っていた“命の前借り”を無防備に開けていた大口へ注いだ。
 ごっきゅごっきゅと盛大な喉越のどごしを鳴らす様を見下ろし、学園長に投げかけられた言葉を無視して注ぎ終える。
 するとセリスは口元を制服の袖で拭ってから掴み掛かってきた。気持ちは分かる。

「てんめっ、いきなり何しやがる!?」
「いや、頬を叩いて起こすのは良くないから、目が覚めるような体験をしてもらおうかと思って」
「溺れたかと思ったわ!? もうちょい常識的な手段で起こせよ!」
「刺激的な経験になってよかったね」
他人事ひとごとぉ!?」
「無事正気に戻ったようで何よりだわ。ちなみにそのポーション、余りはまだあるの? 私も欲しいわ」
「あるよ。最後の一本どうぞ」
「えっ何これ? アタシがおかしいのかい?」

 目に見えて顔色が良くなったセリスから視線を外し、学園長に“命の前借り”を投げ渡す。
 豪快に飲み干していく様子を眺めて十数秒が経過。光を放ちそうなほど表情が明るくなった彼女に手招きされ、執務机の前へセリスと共に立つ。
 ……手荒なマネをしたのは謝るから、脇腹を突かないでほしい。

「状況が落ち着いたようだから、呼び出した理由を説明……する前に。まず大前提として聞いておきたいのだけど、自分の冒険者ランクは覚えてる?」
「え、なんだっけ……気にした事ないな」
「アタシも」
「もっと興味を持って? 現時点でクロト君はDランクで、セリスはEランクなのよ」
「「はあ……」」

 学園長はつとめて険しい表情を貼り付けて、会話を切り出したがいまいちピンとこない。セリスも同じ感覚らしい。
 正直なところ、冒険者ランクが原因で困窮する事態に陥った事が無いので関心が薄いのだ。

 ランクが上がると報奨金額や素材買い取りの税率が軽減される待遇緩和に合わせて、高難易度かつ指定の依頼を回してもらえるようになる……程度の認識しかない。
 そもそも今まで低賃金で地味で拘束時間が長く、報酬がランクで左右されない──いわゆる、塩漬け依頼。冒険者が揶揄やゆして毛嫌いする依頼だが、数をこなせばかなりの金額になる物しか受けていないのだ。

 加えて“麗しの花園”で非公式に稼いでいた万能石鹸の利益もあって、気にかけたことなど微塵も無かった。
 ……俺にだけ用があるなら特待生関連の話だと思うんだけど。セリスを連れて来させたのは冒険者ランクが関係しているからか?

「えーと、その冒険者ランクがどうかしたのかい?」
「……学園は生徒を人材としても冒険者としても育成させる役割があって、当然一人前と呼ばれるぐらいには育て上げなきゃいけないの」

 小、中、高で一貫してる専門学校みたいなものだからな。
 卒業までには一定の教養に礼儀をつちかって、どこでもやっていけるようなバイタリティを持たせないといけないだろうし。

「それがギルドと共に協議して課した。中等部から高等部に上がる生徒は皆、Cランク昇格試験をクリアしているわ。振り落とされた者も一定期間の猶予がある高等部一年一学期の間に、昇格を果たして進級してる……ここで問題です。現在の貴方達のランクはいくつでしょうか?」
「「…………」」
「嫌な予感を察して無言にならないで?」
「えっ、まさかとは思うけど……もしかして俺達、相当ヤバい立場にいるってこと?」
「高等部二年なのに低ランク冒険者のままでいるのは外聞的に見てもだいぶヤバいわね。あと二週間ちょっとで長期休暇に入るけど、その前にランクを上げないと──二人とも停学か退学になる恐れがあるわ」
「うぇえ!? そんな重要な話、なんでもっと早く教えてくれなかったんだい!?」

 ようやく理解が追いついたのか、とんでもない二択を提示されたセリスが叫ぶ。

「基本的にランクを上げるのにデメリットなんてないから、大抵の生徒は自主的に昇格試験を受けるのよ。昇格に必要な冒険者としての実績やギルドへの貢献度は、在学中の課題や依頼を熟していれば自然と解決してる。試験自体は月一で実施してて、飛び級でランクを上げることだって出来る」

 だから。

「二人とも早々に受けているものだと思っていたわ……シュメルとの共同提携の概要を、ギルド側に通達するまで知らなかった。毎日のように顔を合わせてるのに、確認しなかった私の落ち度でもあるわね」

 学園長は悩ましげに首を傾げて、手元の書類へ視線を落とす。

「アカツキ荘というクランはクロト君をおさとして構成されたギルドの一組織に分類される。少数メンバーではあるものの籍を置くエリック、カグヤの両名はAランク冒険者だから多少の無茶は押し通せるわ。でも、長たる君が迷宮や魔物に関連する依頼を受注しておらずランクを上げないままでいる……周りに示しが付かないその状態を、嫌う上役の連中がいるのよ」
「ははーん、読めたぞ? さては遊び気分の学生で構成されて、しかも弱小な奴がトップを張ってるクランが提携を結ぶなんて片腹痛いわ! とか言われたんでしょ?」
「全くもって腹立たしいことにその通りよ。おまけに提携先が歓楽街かつシュメルの所で、先刻の納涼祭で起きた騒動も尾を引いているから認可を取るのが難航しているわ」

 要約すると俺の冒険者ランクが低すぎるせいで舐められてるし、シュメルさんとの共同事業も頓挫。
 おまけにセリスと合わせて学生生活の終焉にリーチが掛かってる状態なのか。……あれ? 詰んでるのでは?

「とにかく、どうにかしてランクを上げないと何もかも夢物語になっちゃうのか。これは確かに、俺だけの問題じゃないな……セリスまで呼び出したのも納得だ」
「じゃ、じゃあ急いで昇格試験とやらを受けなきゃマズいんじゃないのかい? さすがに嫌だぞ! こんなにお膳立てされておいて全部無駄にするようなマネは!」
「貴女の意気込みは大事だけど、事はそう上手く運ばないわ」

 学園長はため息混じりにぼやくと、先程まで視線を落としていた書類をこちらに差し出してくる。
 受け取ってセリスと一緒に覗き込むと、それはこれまで受けて完遂してきた依頼の履歴だった。セリスの部分は迷宮関連の物が多く、俺の欄には塩漬け依頼がびっしりと載っている。
 羅列された文字の一番下には、今月の中旬ごろに実施される昇格試験の日付が記載されていた。

「……試験まで後一週間しか無いけど?」
「大丈夫、あくまで昇格申請の受付期限ってだけだから問題じゃないわ」
「その日までに申請が間に合えばいいって訳か。となると、他になんかやらなきゃなんないのかい?」
「依頼のノルマや貢献度に関しては二人とも申し分ない。Cランクの昇格に必要な筆記と実技は免除できるくらいだわ。でも、どちらも実績として必須の依頼を熟していない」
「「必須の依頼……?」」
「護衛依頼よ。長期でも短期でも構わないのだけど、何か一つでも完遂してもらわないといけない」
「あー、地方へ行商しに行く商隊とか、非戦闘クラスの冒険者が採取に行く時のやつ? 冒険者ギルドで見かけた気がする……かもしれねぇな?」
「馴染みが無さ過ぎてふわっふわした解釈ね……大体合ってるけど」

 自信が無いセリスの言葉に苦笑が生まれる。

「さて、ここまで言えばおのずと理解したんじゃないかしら?」
「皆まで言われなくてもね……今月の特待生依頼として、俺とセリスのランク昇格を同時に行うってところか」
「その為に申請の受付日まで護衛依頼を完了する、と。学園長の言い分を信じるに筆記だとか実技は無いんだろ? だいぶ楽勝なんじゃねぇの?」
「そんな都合よく短期で終わる依頼があると思っていて?」
「えっ、無いの?」
「護衛依頼は拘束時間や道具の損耗を考慮して高額報酬になりやすい。求められる冒険者の質を精査する時間が必要だし、高ランクの冒険者に斡旋あっせんされる機会も多い……つまり、一般的な依頼ではないし競争率がとてつもなく高い」
「最悪、自分で探さなくちゃいけないかもしれないってことか……厳しいな」

 心当たりはまるで無いが、俺は冒険者ギルドの上役とやらに嫌われているらしいし、依頼を回してもらえるとは考えにくい。納涼祭で大々的に仲間として見られたセリスも同様のはずだ。
 もしそうなかった場合、本当に個人の伝手つてに頼るしかなくなる。

「難しい事態ではあるけど、悪いことばかりじゃないわよ。進級に関わる大事な事柄でもあるから、今回は特別に二人だけの実技試験として取り組んでもらうわ」
「ほほん? クロトの特待生依頼とランク昇格に期末試験を全部ひっくるめて解決できちまう訳かい」
「なんてお得な三セットだ……! しかも今なら全部タダで……!?」
「どれだけ気前の良い商売をしてる店でもやらないわよ、そんなの」

 知らなかったとはいえ、自身の非が招いた事態を面白がるな、と。
 言わんばかりに呆れたような口ぶりと目を細めて睨まれ、視線を逸らす。

「まったく……私の方でも昇給申請日までに護衛依頼を出してもらえないか、方々に掛け合ってみるわ。──今回の課題は絶対に失敗してはダメよ。学生冒険者としても、今後活動していく為に提携を推してくれたシュメルの為にも全力で取り組むように。いいわね?」
「「はいっ!」」
「返事が元気で大変よろしい……それじゃ、教室に戻りなさい。追って連絡はするから、ひとまず筆記試験で疲れた身体を休めておきなさい」
「「あざーっす!!」」

 用件を伝え終えた学園長に頭を下げてから。
 二人そろって部屋を出て、七組の教室へ向けて歩く。

「いやぁ、大変なことになっちまったなぁ。冒険者ランクなんて毛ほども気にかけたことなかったから放置してたのに、まさかあんな制度があるとは」
「迷宮関連の依頼で掛かる税率は、受注した個人か組んだパーティの中で一番ランクが高い人に合わせてたはず。依頼を受ける時って、ほとんどエリック達と組んでたでしょ?」
「高ランク冒険者の二人と一緒だったから報酬金が高かったのかぁ……気づかん訳だ」
「無知な冒険者からの搾取を目的に、ギルドが暗黙の了解として敷いたルールを掻いくぐる裏技みたいな方法だよ」
「一人のまま依頼を受けに行くな、と何度も忠告された理由がようやくわかったよ。……こうならない為にも、昇格試験は絶対に合格しないとな!」

 横目で見ると、セリスが両拳を握ってやる気を漲らせていた。
 巡ってきた幸運によって今、ここにいると強い実感を抱いているのだと。エリックから勉強漬けの地獄を送っている最中、彼女がうわ言のように口にしていたのを思い出す。

 個人としても、アカツキ荘としても。新たな段階へ踏み出そうとしている手前で足踏みをしている場合じゃないのは俺も同じだ。
 魔剣に関する情報収集も並行して取り組んでいくのだから、誰も文句が言えないくらいの結果を残してやらねば!

 実技試験の内容が発表され一喜一憂の雰囲気が漂う七組の教室で、学園長に告げられた問題と課題、解決策をエリック達に話す。
 事態を把握した先生やカグヤに激励を貰う中、エリックは何か気がかりなのか黙り込んでいた。

「どうしたのエリック? そんな神妙な顔して」
「いや、俺達もランク昇格の重要性を忘れちまってたし、今すぐにでもやらなきゃいけないのは分かる。だが……










 ニルヴァーナ郊外の知識にとぼしくて馴染みの無い、二人で護衛依頼をやるってのが不安しか感じねぇんだよ。大丈夫なのか?」
「「……」」

 言われてみれば、確かに……?
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