自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【六ノ章】取り戻した日常

第一二六話 図書館司書の本気

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「……お疲れさまです。隣、失礼しても?」

 トイレ休憩などを挟みつつ勉強会を続けていると、弁当箱をかかげながらリードがやってきた。

「お疲れ。もしかして昼休憩? もうそんな時間?」
「……そうですよ。この辺りに時計がないとはいえ、お昼の鐘に気づかないほど熱中して取り組んでいたんですね」
「マジかよ。んもー、クタクタだぜぇ……腹も減ったし、メシにしようや。リードもそのつもりで来たんだろ?」
「……はい」
「んじゃ、勉強道具は一旦仕舞うか」

 背を伸ばし、疲労を絞り出すセリスを横目で見ながら。
 細く息を吐き、提案するエリックに賛成しテーブルを片付け、ユキが運んでくれていた人数分の弁当箱を並べる。

「……頭脳労働には甘い物も必要だと思いまして、お菓子の類も持ってきました。食後に食べましょう」
「何から何まですみません……助かります」
「……いいんですよ、カグヤさん。どうせ給湯室に隠されていたお菓子ですから。バレるような場所に置いといた職員が悪く、そして私の懐が痛い訳ではありません」
「ちょいちょい思うんだけどリードってだいぶやんちゃだよね」
「……それに、納涼祭での詳細を聞くのも長くなりそうですし。つまむ物としては上等でしょう」

 セリスの隣に座って、じろりと睨んでくるリードから目を逸らす。
 くそぅ、忘れてなかったか……

「どうします、クロトさん。さすがに魔剣についての情報は明かせませんよ」
「その辺りは上手く誤魔化すしかないね。そもそもはたから見れば何をされたかなんて分からないし……納得してもらえるように話してみるよ」
「詰まった時は補助しますね」
「ありがとう」

 ユキが読んでいた図鑑に興味を示したリードを脇目に、カグヤと顔を見合わせてコソコソ話。
 察したのか対面のエリックとセリスも頷き、謎に緊張感のある昼食が始まった。

 ◆◇◆◇◆

「……納涼祭の初日にいきなり通話を掛けてきて勝手に切りましたね? 私の大切な読書時間を浪費させてまで、何がしたかったんです?」
「女装メイド喫茶の為にも声を変えなくちゃいけなくて、同級生のだとバレるかもしれないからリードの声を真似したかったんです」
「何やってるんですか、クロトさん……」
「……いきなり告白まがいな口ぶりで切り出して、気でも触れたかと思えば、そういうことですか。ちゃんと理由を話してくれたらよかったのに」
「正直に言うと開店間近で焦ってました。ごめんなさい……」

「……まあ、そこは重要ではないので構いません。スイーツもお土産のお菓子も絶品でしたから、許しましょう」
「ありがとうございます!」
「ですが、その後に起きた暴動事件に関しては不可解な部分が多い印象を受けました。突如として仕組まれた生徒会長との模擬戦も……説明、してくれますね?」
「はいぃ……」
「中間試験の時も感じたが、なんなんだろうな。この、リードの有無を言わせない圧の掛け方は」
「おかげで成績は上がったがねぇ」

 ◆◇◆◇◆

「──なるほど。大体わかりました」
「わかっちゃうの?」

 当事者である俺達の話と公表されている事件の概要を、自分の中で組み立てたのだろう。
 リードは食べ終わった弁当箱を片付け、間髪入れずにクッキーやスコーンが入った籠をテーブルに置いて。
 その中の一つを口の中に放り、咀嚼し、呑み込んで。ズレた眼鏡を定位置に戻してから、彼女は指を立てた。

「……まず初めに、私は怒っている訳ではありません。あくまで事件の渦中にいた貴方が、命を失いかけるほどの重傷を負ったという風の噂を聞き、何故そうなったかを改めて確認したかっただけです」
「ああ、単純に心配してくれてたんだ?」
「ええ。お見舞いに行こうと思いましたが、再開発区画からの地震によって図書館もかなり痛手を負いまして……離れられずにいました。ですので、こうして顔を合わせることが出来て良かったです」
「色んな人達のおかげで、ご覧の通り元気たっぷりだよ」

 両腕を上げて、力こぶを見せるようにポーズする。
 リードはわずかに頬を緩め、次いで指を二本立てた。

「……犯人が犯行に及んだ動機がクロトさんへの復讐である事は理解しました。しかしニルヴァーナの水面下で起きていた事象の発端には、まだ謎がありそうですね」
「というと?」
「犯人が以前に所属していたという企業の知識があれば、違法薬物の散布は容易く可能でしょう。潜伏先として、危険地帯である再開発区画を選んだのも納得はできます」

 ですが。

「いかに身を隠すのに最適だとして、長期的に滞在するのは不可能です。攻略されていない迷宮とドレッドノートなる魔物が眠っていたことを考慮しても、魔物除けの結界などを行使したところで次第に慣れていくのが基本。仮に《テイマー》のクラスを得ていたとしても、魔物による絶え間ない怒涛の勢いを防ぐほどの力はありません。討伐し続ける? それこそすり潰されて終わりです」

 リードは自分の考えを並べていきながら、三本目の指を立てた。

「つまり何らかの外的要因が作用していた、と思わざるを得ません。常識的ではない、超常的なナニカ……興味が尽きませんね」
「なるほどなぁ。リードぐらい察しがいい人なら、そう考えるのか」
「……実際、どうなんです? 犯人と対峙し、戦った貴方は何か知りませんか?」

 神妙な言い回しの割に、もぐもぐとスコーンを頬張るリードに見つめられ、考える。
 読書好きということもあってか、彼女に知りたがりな部分があるのは分かっていたが、これほどとは。
 それだけ今回の事件に関心を持っているのか、はたまた知人である俺が渦中の一員であるため心配しているのか。……どっちもだろうなぁ。

 確かに俺達は答えを知っているし、騒動の原因であるリブラスを所持している。だが、馬鹿正直に打ち明けていい話じゃない。かといって安易な答えでは更なる追及が待ち受けているだろう。
 リードからは見えない位置でカグヤが脇腹をつついてきた。手助けが欲しいかの確認だ。問題ない、と手で制しておく。
 さて、この場での正解は──うん、こうかな。

「知ってるし、見たけど……ドレッドノートに本人ごと喰われたからな。詳しいところは何も分からないんだ」
「……え、喰われ……?」
「そうなんだよ。だいぶ衝撃的な事実だから“逃亡を図った際にドレッドノートの奇襲を受けてバラバラになって死亡”と発表されてるが、本当は目の前で捕食されたんだ」

 俺は見てないけど。

「食事の後に言うべきではありませんが……あれは、かなり凄惨な光景でした」
「同感だ。冒険者に死亡リスクが付いて回るのは当たり前だが、あんな死に方は勘弁してほしいぜ」
「アタシはクロトの怪我を治してたから後で聞いたねぇ」
「よくわかんない!」

 呆気に取られているリードへ続々とカグヤ達の援護が飛ぶ。
 よしよし、いい感じに誤魔化せてるな……待てよ? どうせなら、こっちの事情を手伝ってもらおうか。

「だいぶボロボロな状態で意識も朦朧としてたから、記憶が曖昧あいまいで……魔導銃の他に、何かを持ってたとは思う。自警団の方で調査はしてくれてるはずだけど、実物が無いから進展は期待しない方がいいかも」
「……なるほど。大型魔物モンスターの消化速度を考えれば欠片すら残らないでしょうし、仕方ありませんね」
「興味津々で聞いてくれたのにごめんね。でも、俺達も気にはなってるんだ。自警団の見解では、ニルヴァーナの魔力障壁の点検日ぐらいから犯人は潜伏していた可能性が高いって。そこまで存在感や気配を消せて事件発生日まで潜んでいたなんて、並の道具じゃ出来っこない」

 恐らく。

「アーティファクトみたいな遺物か、伝説とか幻とか。そういう逸話のあるアイテムを持ってたんじゃないかな。犯人の実家が貴族で金持ちな点を考えてみると、あながち見当違いとも思えないんだよ」
「……ふむ、一理ありますね。そうなると……」

 おもむろに、リードは胸ポケットから手帳を取り出してパラパラとページをめくり始めた。
 相当攻めた言い訳で、カグヤ達が固唾を呑んで見守っているが心配いらない。
 彼女は俺達に無い知識量と記憶力から答えに近づく推理力を持っている。加えて、将来出版したい絵本を描く為にと、貪欲に様々なネタを図書館から仕入れているのだ。
 その方向性をちょっとだけ変えてやれば……

「もしも犯人が身体を透明化させる霊薬や装身具の類を所持していたとしても、それは完璧ではなく何かしらの欠点が付いていたはずです」
「だったら極論になるけど、出会いがしらに目眩ましして身を隠し、透明になってから首を切るとかでもよくない?」
「……やろうとしても貴方は防ぎそうですが、初手で再起不能寸前まで追い込むことは可能でしょう」

 でも。

「そうはしなかった、出来なかったのならば根本的に作用する部分が違うのかもしれません。視覚ではなく認識を変える……以前、何かの文献で読んだ覚えがあります」

 ありました、と。
 リードは手帳をテーブルに置いて、びっしりとしたためられた文字の羅列を指差した。

「これは昔に滅亡した南方の国家より流れてきた歴史書に記されていた一文です。要約すると、闘争にまみれた土地を平定した初代国王は、臣民の意志を宝剣によって統一し争いを無くした、と」
「つまりは、そういう能力を保有している宝剣に類似した物を犯人は持っていた、と?」
「……正直なところ、ほとんどこじつけに近しい言い分なので、信憑性は薄いです」

 いや、申し訳なさそうに言ってるけどバチバチに合ってると思いますよ。
 なんなら魔剣の存在に辿り着きそうで、ユキを除いたアカツキ荘メンバー全員冷や汗かいてます。やっぱやばいよコイツ。
 ……だがしかし、ここで終わる訳にはいかないのだ。これはあくまでジャブ打ち、ストレートがまだ控えてるぜ!

「あんまり詳しくないんだけどさ、こういういわく付きの武具とかって今も残ってるのかな?」
「……ニルヴァーナはともかく、三大国家ならばあるいは。記憶違いでなければ年単位で宝物庫を解放し、観賞展覧会を開いていたと思います。機密保持の為、外観の全体像はともかく内部の写真撮影は禁止されていますが、大々的に雑誌や新聞に名称や紹介文が載っていたかと」
「でっかい国はやることも規模がデカいなぁ。でも、そういうたぐいの所にこそ逸話の武具とかあるんだろうな。観賞展覧会に関する資料って図書館にある? 読んでみたいんだけど」
「……もしかしたら、宝剣そのものの情報が書いてあるかもしれませんね。分かりました、探して持ってきますよ。昼休憩もそろそろ終わりですから」

 リードがそう言うと、遠くの方で鐘の音が響いた。

「うわ、マジか! 時間取らせてごめん!」
「……ちょうど良い息抜きになりましたし、構いません。……午後から蔵書整理でこちらの区画を任されたので、その時に観賞展覧会に関する資料を持ってきます」
「助かるよ。歴史の勉強にも活用できそうだからね」
「そーいや対策用紙に宝物庫がどうのこうのっていう問題があったなぁ」
「……なら、尚更必要ですね。では勉強会、頑張ってください。失礼します」

 弁当箱とお菓子の入った籠──ほとんどリードが食べてた──を持って立ち上がり、一礼して去っていく。
 俺の状態と納涼祭での出来事を知れて機嫌が良いのか。
 尻尾を右へ左へと揺らしながら離れていく背中を見送り……皆と顔を見合わせてテーブルに突っ伏した。

「あ、アイツ頭の回転早すぎんだろ……めちゃくちゃ緊張したわ」
「話の主導権を握ってたのがお前じゃなけりゃボロが出てたかもな」
「つーか、全然カバーできなくて不甲斐ねぇわ。悪いね、クロト」
「私もです。お役に立てず申し訳ない……」
「そんなことないよ。むしろ推測と憶測だけで結論が出せそうなリードがヤバい。……いっそ打ち明けた方が早いとも思ったけど」
「俺らですら手探り状態で次の一手を考えてんのに、無闇に人手を増やすのは悪手だぜ」
「だよねぇ……ごめんね、ユキ。つまんない話で退屈だったでしょ?」
「大丈夫! にぃに達ががんばってるのに、ユキがわがまま言っちゃダメだもん!」
「「「「なんて良い子なの……」」」」

 アカツキ荘きっての癒し枠であるユキの健気な言葉に視界が潤む。わしゃわしゃと頭を撫で回してあげよう。

「それにしても展覧観賞会ですか。日輪の国アマテラスの実家にいた頃や長期休暇の際に帰省してはいますが、そんな話は聞いたことがありませんね」
「一般人向けじゃなくて貴族とか名家とか、上流階級だけが参加できる催しなのかもしれないよ」
「エリックから聞いた気がするけど、カグヤって結構なお嬢様とかじゃなかったかい?」
「そこそこの家格であると自負はしていますが、記憶にありませんね。もしくは私に伝えず父だけが招待に応じて向かった……?」
「ありえそうだね。そもそも展覧会を開く理由って“自国にはこれだけの資産があり、いざとなれば放出して国を守ります”みたいな意味があると思うんだ。仮に購入権利も手に入れられるとしたら、国と貴族の関係性が密接になり更なる忠誠を……とか」
「あー、金持ち特有の会合じみてる可能性があんのか。腹の探り合いでドロドロしてそうだし、年頃の女の子を連れていくには酷な場所かもな」
「知らずの内に守られていたのでしょうか……」

 ひとまず状況が落ち着いたので。
 リードが戻ってくるまでの間、勉強会を再開する。
 とはいえ、対策用紙も終わっちゃったからな……公用語の書き方、練習しとくか。
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