自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

短編 クロトのメシ《エピローグ》

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 偶然にも貴族へ料理を振る舞うというイベントに襲われた日から数日が経過。今日も今日とて子ども達の入学金を返済する為に働くのだ。
 冒険者ギルドの日雇いバイトと街中でこなせる依頼を掛け持ちして、性懲りもなく再び厨房スタッフとして料理を運んでいると。
 不意にエプロンを掴まれ、振り向けば。

「来たわよ、クロト」
「暇なの? お嬢」

 少し前に見た顔ぶれ待女と護衛を引き連れたメリッサがいた。今回も平民風の装いをしている。
 少し時間を貰えるかしら、と言われ料理長──先日の無茶ぶりに俺を巻き込んだのが支部長にバレて減給された──の許可を取って、空いているカウンター席に移動。
 待女と護衛は座らず、料理も飲み物も注文しない……本当に、話をしに来ただけのようだ。
 だったら時間を取らせる訳にもいかないし、早速本題に移ろう。

「それで、話ってのは?」
「迷宮料理のレシピ本の進捗について教えておこうと思ってね。お父様や知人の冒険者、ヴィヴラス領以外の辺境貴族による助力のおかげで、魔物食材の資料集めと迷宮料理の試作品を作っている最中なのよ。製本化するにはまだ足りないけれど……」
「なんか大事になってない? そこまで食料供給に切羽詰まってる感じ?」
「不測の事態を想定して備えるのは愚かな行いだと思う? ましてや辺境は安全と危険の狭間に置かれた綱渡りの立地……何が原因でひっくり返るか分からないのよ」
「うーん、一理ある。食べ物の恨みは根強く残るからなぁ……」

 それに人が食べるだけでなく家畜の飼料にまで影響が及ぶと考えれば、飢饉に陥った際の被害は広範囲かつ深刻なものになる。
 食用代替品を用意する、もしくは作れるならかなり抑制されるはずだ。他貴族が協力を惜しまないのは、そういう面にも目を向けたからだろう。

「聞いた話だと、困窮した地域ではおがくずを料理に混ぜて量をかさ増しして食べることもあるらしい。お嬢の活動は、そういった事態を解決することにも繋がるな」
「衣と住はともかく、食に関して妥協する気はないわ。……一〇年前の悲劇を、繰り返してはいけないの」
「一〇年前……お嬢が生まれたばかりの頃といえば……」
大神災おおかみのわざわいによる天変地異が各地で起きた年よ」

 カウンターに置いた手をぎゅっと握り締めて、メリッサは目を細めた。
 彼女が生まれた日は大神災の最中。生まれてすぐの彼女が当時の状況を覚えていた訳ではなく、物心ついた時に教えられ、凄惨な状況を知ったという。
 ヴィヴラス領を襲った被害……それこそが、食糧不足による飢饉。幼いながらにして聞かされ、調べた内容は酷いものであった。

 地震がもたらした地殻変動は田畑を荒し、新たな迷宮を掘り起こして。
 刺激を受けて活性化した迷宮から溢れ出てくる魔物の大量進出スタンピードが発生。
 ただ倒すだけならまだしも体液に毒性を持つ魔物が多く、討伐の際に散った毒血は土地を汚染。
 作物は枯れて、植えても育ちにくくなり、野生動物は死に、腐敗していった。

 土属性の魔法使い、錬金術師の協力もあって汚染を除去し中和して。
 今では最低限の食糧自給を可能としているが、当時は輸入に頼り切るしか手段は残されておらず財政難に。
 飢えに迫られ知識も無いまま魔物食材を口に入れ、悶え苦しみ亡くなった者も多い。
 立て続けに窮地へと落とされ、領民すら離れてしまう事態になった。

 しかし一〇年前の絶望に挫けず、身体と心を癒しながらも時は進んで。
 困難と危機を乗り越え、ヴィヴラス家の一人娘ということもあってたゆまぬ愛を一身に受けたメリッサは少女となった。
 育ててくれた親と共に歩んでくれた領民、領地を守るべく、貴族としての矜持を持ち合わせた気高き少女へ。

 魔物の勢力に負け、墓標となった人々を知った。
 痩せこけて、飢えたまま死んでいった者を知った。
 それでも生きる事を諦めず、生活の補助に動いてくれた領主を慕う人達がいるのだ。

 ならば、二度と大神災のような悲しみと苦しみに涙を流すことが無いように。
 ヴィヴラス領を苦しめた迷宮や魔物たちを今度はこちらが利用するのだ、と。

「──そうして、私は迷宮料理の存在をお父様から聞き出して、領地に活かす為に。まずは迷宮資源の活用に長けたニルヴァーナで情報収集しようと考えたのよ」
「ほほん? 深いところまでは知らなかったけどちゃんと意図があった訳ね。有意義だった?」
「もちろん。その甲斐もあって他の辺境貴族たちから協力の要請が舞い込んできたのよ。これからもっと力を入れて取り組んでいくわ…………そ、それで、なんだけど」
「ん?」

 意気揚々と語り出した威勢はどこにやったのか。もじもじと指を絡ませながら、意を決したようにポケットから何かを取り出す。
 女の子らしい華美なケースに包まれた平面体のそれは、とても見慣れた物──デバイスだった。

「これ……もしかして、お嬢のデバイスか。シリウスさんから許可が下りたんだ?」
「え、ええ。手紙よりも貴族間での情報共有が容易になるし、手間も無いでしょう? 今回の迷宮料理の活動をこなすに当たって、持っていた方が楽だろうって持たせてくれたの。もちろん、勝手に迷宮へ行かないように強く言い留められているけど」
「そりゃそうだよ。で、デバイスがどうかしたの?」
「っ……あ、貴方の通話先を、登録させてもらえないかしら? 先日の件で見事な迷宮料理を振る舞ってくれたし、今後も手伝って貰えないか提案したでしょう?」
「ああ……毎回ニルヴァーナに来て、こうして話をするのが難しくなる可能性があるし、通話口で相談できるなら越したことはないか」
「そういうことよ。貴方の発想は独特だけど話が分かるし、直接的な連絡手段があればとても助かるの。ちゃんと報酬も支払わせてもらうわ……ど、どうかしら?」

 口調とは裏腹にメリッサの仕草はしおらしい。
 恐らく家族間で通話先を交換しているのだろうけど、部外者とは初めてだから緊張しているのだろう。

「別に仕事だからとか、必ず成果を出さなくちゃいけないからとか。報酬や難しいことは考えずに、困ったら連絡するくらいでいいよ。それなら予定も合わせやすいし、通話に出られなかったらメッセージを残すでもいいし」
「じゃ、じゃあ……!」
「交換しようか。まだ慣れてないだろうから、俺の方で操作してもいいか?」
「よろしくお願いするわ!」

 嬉しそうに差し出してきたメリッサのデバイスを操作し、俺のデバイスの通話先を登録する。
 葛藤や迷い、恥ずかしさの割にあっという間に作業が終わって彼女は呆けていた。しかしデバイスを返すと、にへらっと頬を緩めたメリッサは大事そうにポケットへ仕舞った。

「ありがとう、クロト。……これからもよろしくね?」
「乗りかかった船だからね。頑張らせてもらうよ、お嬢」

 ◆◇◆◇◆

 後の世に。
 “誰でも安全に食べられる! 正確な魔物の調理方法”というレシピシリーズを独自に出版し、広めたことで。
 各領地の食料自給を改善したとして数多くの貴族から信頼を寄せられ、グランディア国王に表彰された女性は言葉を残した。

『私の考えを尊重し支えてくれた者達と、お調子者で生意気で頼りになる友人の力が無くては成し得なかったことです。ところで、皆様も魔物食材のオードブルを試してみませんか? 大丈夫です。初めは誰もが怯えるものだから、慣れたら何も感じなく……えっ? カエルの脚? 老人の指? さあ、何のことやらさっぱりですね……』

 すっとぼけながらも、未知なる食材を率先して恐れず口に入れる様から。
 “魔喰まぐい令嬢”と、敬慕や畏怖を示されるようになるのは未来のお話。
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