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【五ノ章】納涼祭
短編 クロトのメシ《前編》
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辺境貴族がやってくる定例報告会がある日、冒険者ギルドはいつもの酒乱騒ぎは鳴りを潜めて幾分か行儀が良くなる。元々が荒くれ共の魔窟という認識があるとはいえ、下手に悪い箇所を見せびらかして悪印象を抱かせたくないからだ。
しかも今回は、なんと娘を連れてくるというではないか。そんな通達があったら、なおさら教育に悪い部分の配慮を施さなくてはならない。
ギルド側にとって手痛い出費だが割高の依頼を掲示板に貼りつけ、あえてギルド内の冒険者数を減らす。
そして事前に“お貴族様のご息女の前で粗相をしたら……わかるね?”と脅しを込めた注意書きをこれでもかと貼り出して。
受付のギルド職員に依頼受注の際、口が酸っぱくなるほど口頭での注意を促した。
ここまでやって問題を起こすなら、それはもう冒険者たちの民度が最底辺まで落ちている事の証明でもあり、骨も肉も断ち切って諸共処分するしかない。
だが、その苦労の成果はちゃんと出ているらしい。
貴族の目につくなら少しでも良い恰好をしたい、と。下心百点満点の馬鹿は酒精の高い酒でなく、気取ったワインなどを飲んでいて。
どうせ場末の酒場みてぇな味噌っかすに気を向けるような貴族はいねぇよ、と。諦観を抱く者は普段通り、騒ぎ立てることなく歓談しながら暴食を繰り返していた。
比較的穏やかな雰囲気が漂うギルド内に、緩くてふわっと曖昧なメリッサの要求が響き渡るまでは。
ギルド中の視線が、料理長と対峙する彼女へ注がれる。
「あら、出来ないのかしら? 貴方ほどの腕前なら俗に言う“お任せ”という頼み方でも問題ないと、お父様に聞かされたのだけど」
「なんてことを……! いや、あの、ご希望に応えたいのは山々なんですが……」
挑発的かつ相手の心を宥めつかせるような物言いで、メリッサはカウンター越しに料理長と会話する。
「何か問題が? それと、言いにくいのであれば敬語でなくていいわ」
「あ、ありがとう。えーとだな……まず迷宮料理が食べたいって言ったな? 実際に材料はあるし作れはするが、見た目が悪くなりやすいってのは……」
「もちろん、知ってるわ。でも、憧れがあるのよ。お父様が美味しいと何度も口にした迷宮料理。お屋敷で食べているような格式ばった物でなく、荒々しくも豊かな風味で冒険者を支える……そんなグルメを私は求めていたの」
それに。
「気候不良による農作物の不作、野良の迷宮被害で引き起こされる食糧不足。一般的でないにしろ、迷宮料理の正しい調理法を確立し、レシピを広められたら……領民の飢饉に対する解決の目途が立つかもしれないもの」
「な、なるほど……単に食い意地が張ってるだけかと思ったが、立派な志を持ってるんだな。感心したよ」
「でも、今は興味が勝ってるわ。食べさせて」
「台無しだよ!」
瞳をキラッキラに輝かせたメリッサは、待女と護衛の手を借りてカウンターの椅子に座った。
心なしか脇に控える二人もソワソワと身体を揺らしている。メリッサと同じく興味津々なのだろう。迷宮を基本資源としているニルヴァーナや冒険者でもなければ迷宮料理に縁は無いのだから。
反面、料理長は出来るだけ顔色を変えず、分かった、と。厨房の奥に引っ込んだかと思えば頭を抱えて悩み始めた。
迷宮料理を提供するのは何も問題ない。材料もあるし、脳内で献立も構築済みだ。
しかし、迷宮料理はゲテモノになりやすい。焼肉、ステーキなどの単一ならともかく複数を組み合わせると見た目がとんでもないものになる。
続いて懸念すべきは食い合わせによる毒素の発生……なんて起こさせる訳が無いので、気にするだけ無駄ではあるが……。
「あの子の需要を満たしつつウケが良さそうで、広めても問題が無いような、見た目が映える迷宮料理ぃ……? 冒険者を相手にするならまだしも、女の子が相手だぞぉ……気をつけないとトラウマになるぜ」
棘の生えた触手に包まれた、握り拳ほどの大きさを持つ目玉の丸焼き。
植物タイプの魔物が落とす、ハエトリグサのような捕虫器を茹でたもの。
寄生虫な外見の魔物を高温の油で揚げて、塩をまぶして丸ごと頂く。
形容しがたい物だらけだが滋養強壮に効く上、味も絶品ではあるのだ。そもそも普通にオーク肉といった普通の豚肉っぽい物も存在している。
「でも、ウチの在庫はもう、どう調理したって見た目がエグくなる物しかない」
冷蔵の保存庫を開き、凄まじい見た目の魔物食材たちを流し見て、そっと閉じる。
他の厨房スタッフは冒険者たちの注文を受けて忙しく動いていて、手が空いているのは料理長のみ。
「ここは正直に残りモンで作るしかねぇのか……? 蝙蝠の翼とトカゲの尻尾とカエルの脚でオードブル……」
おぞましいラインナップを口にする料理長が決意を固めようとした、その時。
「こんにちわー、食材の買い出し終わりましたー。保存庫に置いちゃっていいですかー?」
「…………そうか! お前がいるじゃん!?」
「うぇ?」
厨房の裏口が開かれ、詰んだ木箱を抱えたクロトが現れた。
何を隠そう彼は時々、冒険者ギルドの厨房を手伝い、余り物で職員や厨房スタッフの賄いを作り出すスペシャリストなのだ。
しかも今回は、なんと娘を連れてくるというではないか。そんな通達があったら、なおさら教育に悪い部分の配慮を施さなくてはならない。
ギルド側にとって手痛い出費だが割高の依頼を掲示板に貼りつけ、あえてギルド内の冒険者数を減らす。
そして事前に“お貴族様のご息女の前で粗相をしたら……わかるね?”と脅しを込めた注意書きをこれでもかと貼り出して。
受付のギルド職員に依頼受注の際、口が酸っぱくなるほど口頭での注意を促した。
ここまでやって問題を起こすなら、それはもう冒険者たちの民度が最底辺まで落ちている事の証明でもあり、骨も肉も断ち切って諸共処分するしかない。
だが、その苦労の成果はちゃんと出ているらしい。
貴族の目につくなら少しでも良い恰好をしたい、と。下心百点満点の馬鹿は酒精の高い酒でなく、気取ったワインなどを飲んでいて。
どうせ場末の酒場みてぇな味噌っかすに気を向けるような貴族はいねぇよ、と。諦観を抱く者は普段通り、騒ぎ立てることなく歓談しながら暴食を繰り返していた。
比較的穏やかな雰囲気が漂うギルド内に、緩くてふわっと曖昧なメリッサの要求が響き渡るまでは。
ギルド中の視線が、料理長と対峙する彼女へ注がれる。
「あら、出来ないのかしら? 貴方ほどの腕前なら俗に言う“お任せ”という頼み方でも問題ないと、お父様に聞かされたのだけど」
「なんてことを……! いや、あの、ご希望に応えたいのは山々なんですが……」
挑発的かつ相手の心を宥めつかせるような物言いで、メリッサはカウンター越しに料理長と会話する。
「何か問題が? それと、言いにくいのであれば敬語でなくていいわ」
「あ、ありがとう。えーとだな……まず迷宮料理が食べたいって言ったな? 実際に材料はあるし作れはするが、見た目が悪くなりやすいってのは……」
「もちろん、知ってるわ。でも、憧れがあるのよ。お父様が美味しいと何度も口にした迷宮料理。お屋敷で食べているような格式ばった物でなく、荒々しくも豊かな風味で冒険者を支える……そんなグルメを私は求めていたの」
それに。
「気候不良による農作物の不作、野良の迷宮被害で引き起こされる食糧不足。一般的でないにしろ、迷宮料理の正しい調理法を確立し、レシピを広められたら……領民の飢饉に対する解決の目途が立つかもしれないもの」
「な、なるほど……単に食い意地が張ってるだけかと思ったが、立派な志を持ってるんだな。感心したよ」
「でも、今は興味が勝ってるわ。食べさせて」
「台無しだよ!」
瞳をキラッキラに輝かせたメリッサは、待女と護衛の手を借りてカウンターの椅子に座った。
心なしか脇に控える二人もソワソワと身体を揺らしている。メリッサと同じく興味津々なのだろう。迷宮を基本資源としているニルヴァーナや冒険者でもなければ迷宮料理に縁は無いのだから。
反面、料理長は出来るだけ顔色を変えず、分かった、と。厨房の奥に引っ込んだかと思えば頭を抱えて悩み始めた。
迷宮料理を提供するのは何も問題ない。材料もあるし、脳内で献立も構築済みだ。
しかし、迷宮料理はゲテモノになりやすい。焼肉、ステーキなどの単一ならともかく複数を組み合わせると見た目がとんでもないものになる。
続いて懸念すべきは食い合わせによる毒素の発生……なんて起こさせる訳が無いので、気にするだけ無駄ではあるが……。
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棘の生えた触手に包まれた、握り拳ほどの大きさを持つ目玉の丸焼き。
植物タイプの魔物が落とす、ハエトリグサのような捕虫器を茹でたもの。
寄生虫な外見の魔物を高温の油で揚げて、塩をまぶして丸ごと頂く。
形容しがたい物だらけだが滋養強壮に効く上、味も絶品ではあるのだ。そもそも普通にオーク肉といった普通の豚肉っぽい物も存在している。
「でも、ウチの在庫はもう、どう調理したって見た目がエグくなる物しかない」
冷蔵の保存庫を開き、凄まじい見た目の魔物食材たちを流し見て、そっと閉じる。
他の厨房スタッフは冒険者たちの注文を受けて忙しく動いていて、手が空いているのは料理長のみ。
「ここは正直に残りモンで作るしかねぇのか……? 蝙蝠の翼とトカゲの尻尾とカエルの脚でオードブル……」
おぞましいラインナップを口にする料理長が決意を固めようとした、その時。
「こんにちわー、食材の買い出し終わりましたー。保存庫に置いちゃっていいですかー?」
「…………そうか! お前がいるじゃん!?」
「うぇ?」
厨房の裏口が開かれ、詰んだ木箱を抱えたクロトが現れた。
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