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【五ノ章】納涼祭

短編 護国に捧ぐ金色の風《エピローグ》

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「──おい、クロ坊?」
「……あ。へっ?」

 身体を揺さぶられ、はっとして辺りを見渡せば、宴会の賑やかな喧騒が目に映る。
 急速に、ぼかした世界とくぐもった音が鮮明になっていく。

「おいおい、大丈夫かよ? ずいぶん静かだと思ったら寝てたぞ、お前」
「おあ、マジか……全然自覚なかった。起こしてくれてありがとうございます」

 エルノールさんの要請を受けて協力した違法武具の事件。その概要を思い出している内に眠ってしまったらしい。

「うーん、まさか寝落ちするなんて。身体はもう万全な気がするんですけど気疲れしてるんですかねぇ」
「そりゃあ学園最強と模擬戦して暴動事件の犯人から半殺しにされた挙句あげく、ドレッドノートと戦ってんだから疲れねぇ方がおかしいっての」
「何度も言われてるけど一日で経験するには過酷過ぎない? ……半日ちょっと休んだ程度で回復はしないか」
「お前が思っているよりも、心に疲労が溜まってるんだろ。早めに帰った方がいいんじゃねぇか?」
「そうねぇ。根を詰めて、気絶するように眠る夫の助言ですから、聞き入れた方が身の為かとぉ」
「治してもらったとはいえ病み上がりみたいな状態だしなぁ…………ん?」

 会話に割り込んできた、聞き慣れない女性の声に振り向く。
 俺とエルノールさんが座る椅子の間に、まったく気配を感じさせない柔和な見た目のエルフが突っ立っていた。
 ハイエルフであるシルフィ先生とは違いスレンダーな体格。自警団の制服に身を包み、金髪をハーフアップでまとめた美麗な人が微笑みを携え、貞淑な仕草で頬に左手を添える。その薬指には指輪が嵌められていた。
 というか、誰? ほんとに誰? 知らない人がいる……こわっ。

!? お前なんでここに!?」
「そんな大声を出さなくても聞こえてますよ、エルノール。最近の事態で重なった事務仕事を終えたので、私も宴会の席に顔を出すことにしたんです。羽目を外しすぎていないか気になりましたからねぇ」
「酒も出ねぇのに醜態なんざ晒すかよ。でも、書類仕事は助かったぜ……苦情やら陳情が山のように来てたからな。俺一人じゃ捌き切れなかった」
「その為に私が居るのですから、頼ってください」
「あの、すみません。話の腰を折るようで申し訳ないんですけど、どちら様ですか?」

 椅子の背もたれ越しに、エルノールさんを抱き締めるミスタリアと呼ばれた女性に問いかける。
 自警団の本部や支部で見かけたことはない。だけど、名前で呼び合うほどに親しい間柄である以上、予想はつくが……。

「ああ、申し遅れました。自警団団長エルノールの妻であり、を務めさせていただいております──ミスタリアです。事務作業に従事しており外出する機会が無いので、お目に掛かる事がありませんから知らないのも無理はないですねぇ」
「う、嘘だ……信じない、信じないぞ。荒っぽくてぶっきらぼうでマナーのなってない喫煙家が既婚者でこんな美人と甘々な生活を送ってるとか……俺を、騙そうとしてる……?」
「クソ失礼だな馬鹿野郎! 普段は舐められないように指輪を外してるだけで、こちとらしっかり家庭を持ってんだよ!」

 イチャつきながらも、エルノールさんは制服で隠していた指輪のネックレスを掲げる。
 質素だが、ミスタリアさんが着けている物と同じそれは、まぎれもなくエンゲージリングだった。

「へー、ほー、すげぇや……」
「なんだその間抜けな口ぶりは。そんなに意外か、俺が結婚してるのは」
「だって一度もそんな素振りを見せなかったじゃないですか。結構頻繁にお昼とか夕飯を食べに誘ってくれたりしてくれましたし、大抵は自警団の本部で缶詰めにされてたし」
「お互い多忙で時間が合わねぇんだよ。隙を見ては家に帰って一緒に過ごしたり、休日に出かけたりはしてる。……クロ坊並みに優秀な人材が増えれば、もうちっと仕事を団員に任せて一緒に居られるんだがな」
「はははっ、無理っすね。誤認逮捕の常習犯とかいますから、自分をかえりみて直す気が無いなら期待するだけ無駄ですよ」
「そこまでばっさり言い切るのもかわい……そうでもねぇな」
「こら、事実とはいえ口が過ぎましてよ、お二方──クロ坊?」

 柔らかい言い分だけどミスタリアさんも同じ意見なんだな。
 彼女も普段から部下である団員の尻拭いにどれだけ尽力しているかを考えると、苦労がしのばれる……って急に黙っちゃったな。

「……もしかして、貴方は……」
「ん? ……あ、そっか。てっきりエルノールさんから既に聞かされてるかと思ってました。初めまして、アカツキ・クロトです。臨時団員として自警団の依頼や要請を受ける事があるので、今後ともよろしくお願いします」

 立ち上がるスペースが無くて椅子に座りながらの挨拶になるが頭を下げる。
 これまでも事務を担当する団員と顔を合わせる事はあったが、ミスタリアさんとは一度も会ったことが無い。
 言葉通り、本当に事務関係の業務のみをこなしていて本部の一室に籠っているのだろう。思えば本部内を散策中に、異様な雰囲気を扉から漂わせる部屋が一つだけあった気がする。
 恐らくそこが、彼女の仕事場なのだ。……中から聞こえてきた呪詛のような言葉も、きっと彼女から発せられていたものに違いない。
 あんまり怒らせない方がいいかも、と顔を上げようとして。
 ミスタリアさんの白く細い手で両頬を掴まれ、強引に向き合わされた。

「にゃ、なに、を……」
「あらあらあら、まあまあまあ! 貴方がそうなのね!? よく見れば同じだわ、こんなところで出会うなんて夢のようね!」
「うぇ?」

 瞳を輝かせた彼女に訳の分からないまま顔をほぐされる。ちょっとおっとりしてて天然気味な感じはするが、距離の詰め方が早い。
 なんか、この世界に来たばかりの頃、学園長に弄られたのを思い出すな、これ。
 騒がしいやり取りが周囲にも聞こえてみたいだし、視線が集まってるのを感じる。

「あー、ミスタリア? 気持ちは十分理解できるが、落ち着け? そもそもクロ坊は」
「初めましてだなんて余所余所しい言い方をするから驚いてしまったけれど、貴方はこの街の大事な人よ。だって──」
『わーわーわー!!』

 何を口走ろうとしていたのかは分からないが、少なくとも傍に居たエルノールさん。
 レインちゃんと歓談していた親方、爆速で駆け寄ってきたフレン学園長、珍しく焦った様子を見せるシュメルさん。
 ニルヴァーナの重役であり古参勢による迅速な連携で、ミスタリアさんは女性陣に口を閉ざされ、肩や腕を掴まれて近くの天幕の裏へ連行されていく。
 男性陣もその後をついていき、ぽつんと一人、俺だけが取り残された。

「……え? 何が起きてんの?」

 唐突な新事実と展開についていけず、理解を放棄して。
 残された寂しさを解消するべく、エリック達の所へ向かった。
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