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【五ノ章】納涼祭
短編 夜鳴き鳥の憂鬱《第八話》
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「くそッ! あの無能どもは一体なにをしているんだ……!?」
時刻は午後の三時を過ぎた頃、歓楽街の一画にて。
夏へ向かう季節の流れに抗うかのような格好をした男がいた。厚着で、フードを被り顔を隠した男の名はドラミル家の一人息子──ユースレス。
花園はおろか歓楽街全体を機能不全に陥れようとした張本人だ。額に青筋を浮かばせている様を見るに、心底苛立っているらしい。
当然だ。自身の迂遠なようで迂闊、油断と慢心に溢れた作戦の成功を疑っていないというのに、そんな様子が一切見られないからだ。
身を隠している裏路地から歓楽街を覗き込めば露出の多い女性、蕩けた表情の男性が闊歩している。
つまりは、いつもの歓楽街の光景が広がっていた。自身が引き入れた者たちによる被害が出ているようには思えない。
「どのタイミングで騒動を起こすかは任せていたが……遅い! あまりにも遅いっ! まさか寝過ごしているんじゃあないだろうな……?」
妻を娶れば、ユースレスがまともになるかもしれない。
そんなドラミル家当主の淡い期待を背負った彼は、当主が過去、懇意にしていた麗しの花園に渡りをつけられ送り出された。
意気揚々と店内に入り、見た目麗しく所作も美しい女性の数々に見惚れ、直接応対したシュメルに鼻の下を伸ばす。
そうしてユースレスは貴族である自分ならば何も不足は無い、と。自身の身分を誇示し、身分の保証やら身請け金の内容を明かした。
『平民の癖になかなかの美貌が勢揃い……コレならば、ドラミル家次期当主に相応しい! さあ、オーナー! 私に見合う最高の女性を選んでくれ!』
……貴族としてのデリカシーもマナーも、人としてのモラルの欠片も無い発言を口にしながら。
実のところ、シュメルはユースレスに対しある種の試験を課していた。それは彼が娶る嬢の人選、目利きである。
──クロトはまだ確信しておらず、所作や態度で薄々勘づいていた事だが。
花園の嬢が礼儀や作法に精通し、身請けの話が設けられる理由として最も大きな点が彼女達の出自にある。
全体の二割程度とはいえ、花園の嬢には諸事情により没落した貴族の令嬢が在籍しているのだ。家族に見捨てられた、政争に巻き込まれた、政略結婚をふいにされたなど理由は様々。
良いように使われ、喰われ、朽ちていく前に。
オーナーであるシュメルの意向により保護され、一般人として教育され、生きていく道を提示された。
その上で、居場所や行き場を無くした彼女らはシュメルへの義理を優先し花園に身を置く選択をしたのだ。
世間の清濁に身を置いていた彼女達が居るからこそ花園は独自の教育形態、人心掌握術、処世術を学ぶ事が可能であり、歓楽街の頂点に座す大きな要素の一つとなっている。
貴族でない一般の嬢も同様の教育を受けられる為、冒険者は当然、貴族や商会からの評判が高いのも頷けるというもの。
──そんな彼女らを、ユースレスを迎え入れた嬢を元貴族と思わず平民と称し、丁重に扱う気も無ければ下に見ている態度は到底許容できるものではない。
嬢は花園を思い、シュメルを思い、彼女もまた嬢を思い、花園を大切に思っている。
いわば家族同然の関係性を築いており、娘を送り出す側のシュメルにとって神経を苛立たせる行為であることに変わりはない。
ドラミル家当主の思惑とは裏腹にシュメルの怒りを買ったユースレスは、裏で情報を回していた歓楽街全ての娼館に来店拒否され、事実上の村八分となった。
『ゆ、許さん……! 許さんぞ売女どもめえッ!』
もっとも自身に非が無いと信じて疑わない、無駄に高いプライドを傷つけられたユースレスは激怒した。
もはや妻を娶る目的はとうに忘れてしまい、報復の為に動き出したのだ。
巷で有名との噂を耳にした強盗団──正直、使い勝手の良い傀儡がいればよかった──と接触を図り、策を講じた。
作戦の成功率を上げる為、こまめに密談する用途として持ち出してきたメダリオンの片割れと前金を譲渡。
普段から修練を怠っていた錬金術を用いて、禁制品である艶花の蜜を精製。これを強盗団に服用してもらい、嬢や店を性的にも暴力的にも破壊する目論見であった。
しかし悲しいかな。実際は何の効果も無く、ただ毒性のみが残った艶花の蜜は無様に証拠を残すのみで。
既に破綻した計画は妥当な末路を迎えたというのに、未だユースレスは作戦の成功を信じていた。
「マズい、マズいぞぉ……このままでは私と強盗団の関係がバレてしまう……!」
そして彼がここに居る理由は作戦の行く末を眺める為ではなく、持たせたメダリオンの片割れをどうにか回収できないか考えたが故の行動だった。
現時点で強盗団の身柄は自警団に確保され、メダリオンは押収されている。ユースレスの動きは時すでに遅く、その首には絞首刑の縄が掛けられているようなもの。
それでも希望を抱かずにいられないのが人だ。わずかな望みに賭けて、乾坤一擲の一手を狙っている。
『──』
だからこそ、背後から向けられている諜報の眼差しに気づくことはなった。
◆◇◆◇◆
「……ということで、ドラミル家のお馬鹿さんは監視を始めてから一時間が経過した今も歓楽街の裏路地に潜伏中。チンピラ集団が騒動を起こすと信じて待っているようね」
「哀れ過ぎて思考が止まりかけたんですけど、馬鹿なんですか?」
『馬鹿なんだよ』
耳に宛がったデバイスを下ろし、笑顔で言いのけるシュメルさんに本音が止まらず、賛同するような周囲の声に溜め息が出る。
てっきりもっと深刻で、とんでもない事態になることも考慮していたのに。作戦を練った本人が情けないほど頭が悪いとは。
「しかし、そんな諜報部隊のような人材が歓楽街にいるとは思わなかったです。シュメルさんが個人的に雇い入れてるんですか?」
「いいえ? 彼女達は今日が非番の嬢や従業員よ。歓楽街に不和をもたらす存在の匂いがした時、彼女達は動いてくれる。お馬鹿さんは花園はもちろん、他の店舗にとっても不利益となる敵だからね。ここ数日、警戒を強化するのは当然の判断よ」
「ああー……? じゃあなんとなく、またやらかしそうだなって考えてたんですね?」
「そう。だからこうして連絡を待っていたわけね。ああ、ちなみに同じような対応は他の店でもやってるから、何も特別なことじゃあないわ」
しれっと言ってるけど、歓楽街に居ても浮かない私兵部隊を備えているの怖過ぎますよ。指名手配犯がいる場所に、既に私服警官が待機してたような感じでしょ、これ。
「こうして目の前で見せられると、歓楽街の繋がりというか結束を実感するなぁ……」
「そういう形を取り続けてるから歓楽街として成立してるのよ」
「害あるモノを断ち、益となるモノを受け入れる。いつものこと」
ぼやくような独り言を聞かれ、答えた嬢の二人はどこから持ち出してきたのか縄や警棒、変装用の衣装を手に持っていた。
それを受け取った、副オーナー率いる男性従業員たちが更衣室に向かっていく。
「さて、それじゃあ改めて作戦を説明するわね。まず私たちはあくまで“お馬鹿さんが事件を企てた可能性がある”証拠を手に入れただけで、仮に身柄を捕らえたとしてもシラを切られる可能性がある」
「確実に、二度とふざけたマネが出来ないようにする為、確実なのは別件の現行犯で捕縛すること」
「犯行を起こした際に言い逃れが出来ない状況を生み出してしまえば、後は簡単だからね」
「きっと馬鹿息子は痺れを切らして花園に突撃してくる。自分は貴族で、ある程度の問題を起こしたところで不問にしてもらえると思っているから」
「故に、あえて花園を閉めて人がいない状態に見せかけて、強引に入り込んできた瞬間、身を潜めていた私達が登場して捕まえる。正当な理由も無く不法侵入してきたのだから、店を守る為にも当然の行動よね」
良い笑顔で語るシュメルさんから目を逸らす。
聞けば聞くほど清々しいほどにマッチポンプ。ロクでもない作戦だぁ……。
「──で、俺は何をすればいいんでしたっけ?」
「お馬鹿さんを副オーナー達が花園まで誘導するから、彼をどうにか懲らしめてほしいの。怖がらせるのも、脅すのも良し。変装用の衣装を渡すからそれに着替えて」
「まあ、ここまで来たら最後まで付き合うつもりでしたけど責任重大だなぁ。……一応、身元がバレる訳にはいかないので顔は隠してもいいですか?」
「いいけど、何で隠すの? 仮面とか無いわよ」
「大丈夫です。自前で用意できますから」
冒険者ギルドの制服を脱いで手渡されたフード付きのコートを羽織り、同じく渡された小振りのナイフで右の手の平を切る。
微かな冷感の後、灼けるような赤が肌を伝い、魔力を込めれば意志を持つように螺旋を描き出す。空に舞う血液を、思い浮かべたイメージ通りに形作っていく。
それは過去魔科の国にて、ネームレスを名乗る際に顔を隠す目的で創作した仮面。
派手さはなく、装飾も無く。ただ視界と呼吸を確保するだけの小さな穴が空いているだけの簡素な物。
名付けられた“ネームレス”に似合う、無表情を貼り付けた不気味な仮面を顔に取り付ける。
「へぇ、そんなことも出来るんだ」
「そういう魔法なので」
興味津々な様子で見つめてくるシュメルさんを手で押し退けてフードを被る。
……姿見に映る、体の線が見えない黒いコートに顔を隠す仮面、手を切ったため血が付着した小振りなナイフ。誰がどう見ても明らかに仄暗いグレーゾーンを生きてる人間の姿。
ヤバいな。完全に不審者な見た目してるぞ、これ。都市伝説の怪異とか現代化した妖怪の類だ。
「うわっ、何アレこっわ……」
「ナイフ持って物陰から覗き込んでたら間違いなく悲鳴を上げる自信があるわ」
「夜中じゃないだけマシかもしれない」
「散々な言われようだけど納得しかない。あっ、そうだ。脅すならもっと効果的に出来る手段があるので、馬鹿息子を誘導し終えたら俺に任せてもらってもいいですか? 頃合いを見て合図を出すので」
「ん~、面白そう。いいわよ、好きにやっちゃいなさい」
作戦首謀者によるゴーサインが出たので、決行時間まで話を詰めていくことに。
よーし、元演劇部の演技と演出で一生消えないトラウマを植え付けてやるぞー!
時刻は午後の三時を過ぎた頃、歓楽街の一画にて。
夏へ向かう季節の流れに抗うかのような格好をした男がいた。厚着で、フードを被り顔を隠した男の名はドラミル家の一人息子──ユースレス。
花園はおろか歓楽街全体を機能不全に陥れようとした張本人だ。額に青筋を浮かばせている様を見るに、心底苛立っているらしい。
当然だ。自身の迂遠なようで迂闊、油断と慢心に溢れた作戦の成功を疑っていないというのに、そんな様子が一切見られないからだ。
身を隠している裏路地から歓楽街を覗き込めば露出の多い女性、蕩けた表情の男性が闊歩している。
つまりは、いつもの歓楽街の光景が広がっていた。自身が引き入れた者たちによる被害が出ているようには思えない。
「どのタイミングで騒動を起こすかは任せていたが……遅い! あまりにも遅いっ! まさか寝過ごしているんじゃあないだろうな……?」
妻を娶れば、ユースレスがまともになるかもしれない。
そんなドラミル家当主の淡い期待を背負った彼は、当主が過去、懇意にしていた麗しの花園に渡りをつけられ送り出された。
意気揚々と店内に入り、見た目麗しく所作も美しい女性の数々に見惚れ、直接応対したシュメルに鼻の下を伸ばす。
そうしてユースレスは貴族である自分ならば何も不足は無い、と。自身の身分を誇示し、身分の保証やら身請け金の内容を明かした。
『平民の癖になかなかの美貌が勢揃い……コレならば、ドラミル家次期当主に相応しい! さあ、オーナー! 私に見合う最高の女性を選んでくれ!』
……貴族としてのデリカシーもマナーも、人としてのモラルの欠片も無い発言を口にしながら。
実のところ、シュメルはユースレスに対しある種の試験を課していた。それは彼が娶る嬢の人選、目利きである。
──クロトはまだ確信しておらず、所作や態度で薄々勘づいていた事だが。
花園の嬢が礼儀や作法に精通し、身請けの話が設けられる理由として最も大きな点が彼女達の出自にある。
全体の二割程度とはいえ、花園の嬢には諸事情により没落した貴族の令嬢が在籍しているのだ。家族に見捨てられた、政争に巻き込まれた、政略結婚をふいにされたなど理由は様々。
良いように使われ、喰われ、朽ちていく前に。
オーナーであるシュメルの意向により保護され、一般人として教育され、生きていく道を提示された。
その上で、居場所や行き場を無くした彼女らはシュメルへの義理を優先し花園に身を置く選択をしたのだ。
世間の清濁に身を置いていた彼女達が居るからこそ花園は独自の教育形態、人心掌握術、処世術を学ぶ事が可能であり、歓楽街の頂点に座す大きな要素の一つとなっている。
貴族でない一般の嬢も同様の教育を受けられる為、冒険者は当然、貴族や商会からの評判が高いのも頷けるというもの。
──そんな彼女らを、ユースレスを迎え入れた嬢を元貴族と思わず平民と称し、丁重に扱う気も無ければ下に見ている態度は到底許容できるものではない。
嬢は花園を思い、シュメルを思い、彼女もまた嬢を思い、花園を大切に思っている。
いわば家族同然の関係性を築いており、娘を送り出す側のシュメルにとって神経を苛立たせる行為であることに変わりはない。
ドラミル家当主の思惑とは裏腹にシュメルの怒りを買ったユースレスは、裏で情報を回していた歓楽街全ての娼館に来店拒否され、事実上の村八分となった。
『ゆ、許さん……! 許さんぞ売女どもめえッ!』
もっとも自身に非が無いと信じて疑わない、無駄に高いプライドを傷つけられたユースレスは激怒した。
もはや妻を娶る目的はとうに忘れてしまい、報復の為に動き出したのだ。
巷で有名との噂を耳にした強盗団──正直、使い勝手の良い傀儡がいればよかった──と接触を図り、策を講じた。
作戦の成功率を上げる為、こまめに密談する用途として持ち出してきたメダリオンの片割れと前金を譲渡。
普段から修練を怠っていた錬金術を用いて、禁制品である艶花の蜜を精製。これを強盗団に服用してもらい、嬢や店を性的にも暴力的にも破壊する目論見であった。
しかし悲しいかな。実際は何の効果も無く、ただ毒性のみが残った艶花の蜜は無様に証拠を残すのみで。
既に破綻した計画は妥当な末路を迎えたというのに、未だユースレスは作戦の成功を信じていた。
「マズい、マズいぞぉ……このままでは私と強盗団の関係がバレてしまう……!」
そして彼がここに居る理由は作戦の行く末を眺める為ではなく、持たせたメダリオンの片割れをどうにか回収できないか考えたが故の行動だった。
現時点で強盗団の身柄は自警団に確保され、メダリオンは押収されている。ユースレスの動きは時すでに遅く、その首には絞首刑の縄が掛けられているようなもの。
それでも希望を抱かずにいられないのが人だ。わずかな望みに賭けて、乾坤一擲の一手を狙っている。
『──』
だからこそ、背後から向けられている諜報の眼差しに気づくことはなった。
◆◇◆◇◆
「……ということで、ドラミル家のお馬鹿さんは監視を始めてから一時間が経過した今も歓楽街の裏路地に潜伏中。チンピラ集団が騒動を起こすと信じて待っているようね」
「哀れ過ぎて思考が止まりかけたんですけど、馬鹿なんですか?」
『馬鹿なんだよ』
耳に宛がったデバイスを下ろし、笑顔で言いのけるシュメルさんに本音が止まらず、賛同するような周囲の声に溜め息が出る。
てっきりもっと深刻で、とんでもない事態になることも考慮していたのに。作戦を練った本人が情けないほど頭が悪いとは。
「しかし、そんな諜報部隊のような人材が歓楽街にいるとは思わなかったです。シュメルさんが個人的に雇い入れてるんですか?」
「いいえ? 彼女達は今日が非番の嬢や従業員よ。歓楽街に不和をもたらす存在の匂いがした時、彼女達は動いてくれる。お馬鹿さんは花園はもちろん、他の店舗にとっても不利益となる敵だからね。ここ数日、警戒を強化するのは当然の判断よ」
「ああー……? じゃあなんとなく、またやらかしそうだなって考えてたんですね?」
「そう。だからこうして連絡を待っていたわけね。ああ、ちなみに同じような対応は他の店でもやってるから、何も特別なことじゃあないわ」
しれっと言ってるけど、歓楽街に居ても浮かない私兵部隊を備えているの怖過ぎますよ。指名手配犯がいる場所に、既に私服警官が待機してたような感じでしょ、これ。
「こうして目の前で見せられると、歓楽街の繋がりというか結束を実感するなぁ……」
「そういう形を取り続けてるから歓楽街として成立してるのよ」
「害あるモノを断ち、益となるモノを受け入れる。いつものこと」
ぼやくような独り言を聞かれ、答えた嬢の二人はどこから持ち出してきたのか縄や警棒、変装用の衣装を手に持っていた。
それを受け取った、副オーナー率いる男性従業員たちが更衣室に向かっていく。
「さて、それじゃあ改めて作戦を説明するわね。まず私たちはあくまで“お馬鹿さんが事件を企てた可能性がある”証拠を手に入れただけで、仮に身柄を捕らえたとしてもシラを切られる可能性がある」
「確実に、二度とふざけたマネが出来ないようにする為、確実なのは別件の現行犯で捕縛すること」
「犯行を起こした際に言い逃れが出来ない状況を生み出してしまえば、後は簡単だからね」
「きっと馬鹿息子は痺れを切らして花園に突撃してくる。自分は貴族で、ある程度の問題を起こしたところで不問にしてもらえると思っているから」
「故に、あえて花園を閉めて人がいない状態に見せかけて、強引に入り込んできた瞬間、身を潜めていた私達が登場して捕まえる。正当な理由も無く不法侵入してきたのだから、店を守る為にも当然の行動よね」
良い笑顔で語るシュメルさんから目を逸らす。
聞けば聞くほど清々しいほどにマッチポンプ。ロクでもない作戦だぁ……。
「──で、俺は何をすればいいんでしたっけ?」
「お馬鹿さんを副オーナー達が花園まで誘導するから、彼をどうにか懲らしめてほしいの。怖がらせるのも、脅すのも良し。変装用の衣装を渡すからそれに着替えて」
「まあ、ここまで来たら最後まで付き合うつもりでしたけど責任重大だなぁ。……一応、身元がバレる訳にはいかないので顔は隠してもいいですか?」
「いいけど、何で隠すの? 仮面とか無いわよ」
「大丈夫です。自前で用意できますから」
冒険者ギルドの制服を脱いで手渡されたフード付きのコートを羽織り、同じく渡された小振りのナイフで右の手の平を切る。
微かな冷感の後、灼けるような赤が肌を伝い、魔力を込めれば意志を持つように螺旋を描き出す。空に舞う血液を、思い浮かべたイメージ通りに形作っていく。
それは過去魔科の国にて、ネームレスを名乗る際に顔を隠す目的で創作した仮面。
派手さはなく、装飾も無く。ただ視界と呼吸を確保するだけの小さな穴が空いているだけの簡素な物。
名付けられた“ネームレス”に似合う、無表情を貼り付けた不気味な仮面を顔に取り付ける。
「へぇ、そんなことも出来るんだ」
「そういう魔法なので」
興味津々な様子で見つめてくるシュメルさんを手で押し退けてフードを被る。
……姿見に映る、体の線が見えない黒いコートに顔を隠す仮面、手を切ったため血が付着した小振りなナイフ。誰がどう見ても明らかに仄暗いグレーゾーンを生きてる人間の姿。
ヤバいな。完全に不審者な見た目してるぞ、これ。都市伝説の怪異とか現代化した妖怪の類だ。
「うわっ、何アレこっわ……」
「ナイフ持って物陰から覗き込んでたら間違いなく悲鳴を上げる自信があるわ」
「夜中じゃないだけマシかもしれない」
「散々な言われようだけど納得しかない。あっ、そうだ。脅すならもっと効果的に出来る手段があるので、馬鹿息子を誘導し終えたら俺に任せてもらってもいいですか? 頃合いを見て合図を出すので」
「ん~、面白そう。いいわよ、好きにやっちゃいなさい」
作戦首謀者によるゴーサインが出たので、決行時間まで話を詰めていくことに。
よーし、元演劇部の演技と演出で一生消えないトラウマを植え付けてやるぞー!
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