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【五ノ章】納涼祭

短編 夜鳴き鳥の憂鬱《第四話》

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 ならず者、もといチンピラ集団鎮圧後。
 よくよく顔を確認したら自警団本部に貼り出されていた指名手配犯と同一だった。小さな物から大きな物まで、ありとあらゆる罪状をそこらかしこでやらかしている馬鹿どもだった。

 あくまで自警団内部で周知されていた物であり、まだ公表はしていなかったはずなので花園の関係者が知らずに接客対応したのも無理はない。
 ちなみに指名手配犯なので身柄を捕らえれば当然、報奨金は支払われる。だが、捕縛したのが俺である事で目立つようなマネはしたくない。
 変なやっかみを受けないとは限らないからな。内ゲバは勘弁してくれ。

 花園としても自警団の聴取やら調査で時間を取られたくない、などの意見が多く見られた。だから大人しくニルヴァーナの治安維持に尽力していただこう、という結論に。
 例によって自警団が捕縛できるようチンピラ集団に発煙筒を取り付け、拘束してゴミ捨て場に廃棄。

 花園付近は自警団の巡回路が近いので、容易に発見されることを期待する。というか、確実に連行される。対人を相手にした自警団の嗅覚は尋常ではないからな。
 牢屋にぶち込まれるのは確定しているし、今後一切、奴らが日の目を見る機会は永遠に来ないだろう。──南方の国では、鉱山で働く人員を大募集してるみたいですよ?

 それではいざ帰ろう、とその場を後にしようと思ったが、最小限とはいえチンピラ集団による被害が出ていた事を思い出した。
 幸い、花園の施設としての損壊はごく小規模で経営に問題は無いようで。反面、人的被害は見ただけでもそれなりに出ていた。

 再起不能とまではいかないものの男性従業員はボコボコにされていたし、女性陣は手荒に扱われて心身ともに疲弊。
 特に商売道具と言い換えても過言ではない肉体を痛めつけられたのは耐え難い苦痛のはずだ。もう少しぶん殴っておけばよかったな。チンピラ集団……。

『──で、素知らぬフリをして見捨てることも出来ず、負傷者全員を診て回っている、と。底抜けにお人好しだな、適合者は』
『やかましいっ。俺だってやらなくていいならやらないっての。……花園に回復魔法が使える人はいないみたいだし、このまま放置して医者に掛かっても手遅れで、綺麗に治らないなんて羽目になったら心が折れるでしょ』

 麗しの花園、一階のエントランス。
 事情を説明して──意外にも快く受け入れてもらえた──チンピラ集団による負傷者を集め、花園にある救急箱やポーション、血液魔法を行使。
 状態の酷い負傷者から治療を開始して一時間が経過した。

「……よし。これで治療は終わりです。鏡で確認してみてください」
「は、はい。……うそ、あんなに腫れてた顔が綺麗さっぱり……!」

 最後の一人を治療し終え、治療済みの女性陣に囲まれ感動している様子を眺めながら、医療品を救急箱に詰め直して片付ける。
 ようやく、一息つけるぞ……ポーションがぶ飲みしながら絶えず魔法を使うのはしんどいな。

「すまねぇな。花園の騒ぎに巻き込んじまった上に、治療までしてもらうなんて……迷惑を掛けちまった」
「お気になさらず、あのまま立ち去るのは人の心が無さ過ぎるので。一応、ギルドの方に配達先から帰るのが遅れるとは連絡しておいたので、俺は問題無いのですが……そちらは大丈夫ですか?」
「経営自体は出来るが、何人かの嬢は休みを取らせるつもりだ。こんな事があったってのに働かせんのは酷だろ。あと、一番の懸念事項は……オーナーに詳細を伝えなくちゃあならねぇってところか。頭がいてぇ……」

 救急箱を受け取った従業員がこめかみを押さえる。

「気まぐれ、気難しい人、という評価は耳にしていますが……身内の目線から見てもそうなんですか?」
「俺ぁ副オーナーの立場もあって悪いように言いてぇ訳じゃないが、大事な会談や商談の時はともかく店の管理は基本的に従業員に任せきりだ。大体は花園最上階の部屋に籠って出てこねぇ……かと思えば、いきなり店の内装を変えたり、どっかから新人の嬢を連れてくる。突拍子の無い、なに考えてるか分からない言動が多いんだ」
「花園を歓楽街トップの店として維持し続ける経営者、支配人の感性と能力はあっても、掴みどころが無いから苦手、って感じですか?」
「まあ、うん……」

 地味に副オーナーであると判明した彼は、虫の居所が悪そうに頷く。
 そもそも下の階でチンピラ集団の騒ぎがあったのに、何の反応も無い辺り彼の証言は的を得ているのだろう。
 トラブルに慣れ切った感じも相まって副オーナーが苦労人に思える。気苦労の絶えない職場で働いているなぁ。

『しかし、オーナーとやらに対する恨み節や怒りが一つも出てこないのだな』
『なんだかんだ部下との信頼関係は築いてるんでしょ。そうでないと全面的に店を任せたりなんてできないし』

 それに、あんなことが起きた後だというのに全員が大変だったね、ぐらいの感覚で流していた。即座に治療を施したのも影響しているのだろうけど、軽すぎない?
 きっと程度の違いはあれど荒くれ者によるトラブルは花園、ひいては歓楽街において日常茶飯事なんだ。だから、そのくらいの気持ちで済んでいる。
 俺が深刻に考えているだけでここに居る全員、立ち直る心が強いのかもしれない。

「とはいえ、オーナーさんに伝えておかないとマズい気がするし……彼に言伝ことづてを頼むか」

 明らかに異常な状態のチンピラ集団。肉付きはともかく、病的なまでに青白い肌に浮き出た血管、深いくま
 ……俺の杞憂であれば問題ないのだが、もし裏付ける証拠が出れば……至急、対策を取らなくてはならない。
 チンピラ集団による被害報告をまとめている副オーナーさんに声を掛けるべく、立ち上がろうとして。










「──私が、どうかした?」

 独り言を遮られ、背後から胸を抱くようにひんやりとした白い手が回されて。
 耳元に吹きかけられた吐息混じりの声に心臓が跳ねる。喉奥が締まり、身体が強張こわばった。
 一瞬で汗が噴き出す。自然と膝が折れた為、緩い拘束から転がり抜けた。

「ばっ、だ、びっく……りした」
「ふふふっ。そんなに驚くことかしら?」

 大理石の床に尻餅をついた体勢で、柔らかく包み込むような笑みを浮かべ、こちらを見つめる女性と目が合った。
 健康的な白さの肌を際立たせる、夜空の如きドレス。
 燃え上がるような赤い長髪に、恐ろしいほど整った美貌。
 正しく妖艶という表現が似合う彼女は、銀細工の耳飾りを指先で鳴らしてから手を叩く。エントランスにいる全員の視線を集め、場が沸き立つ。

「お、オーナー!? 起きてたんですね!?」
「ええ。少し騒がしい音を聞いて、目が覚めてしまったの。見たところ……何か、問題が発生したみたいね?」

 穏やかな口調で従業員たちを労わるように語りかける彼女は、ああ、と目を見開いてこちらに向き直る。

「ごめんなさいね、初対面なのに自己紹介がまだだったわ」
「え、えっと、貴女が花園の……?」

 女性はドレスをひるがえし、うやうやしく頭を下げて。

「申し遅れました、“麗しの花園”のオーナーを務めております──シュメル、と。どうか心置きなくお呼びください」

 ダンスの誘いに応える淑女を想起させる、綺麗な所作で。
 花園のオーナー、シュメルさんは自らの身分を明かした。
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