自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

文字の大きさ
上 下
149 / 249
【五ノ章】納涼祭

第一〇〇話 “ドレッドノート”

しおりを挟む
 空気を切り裂く音。
 結界に叩きつけられる瓦礫の音。
 錐揉きりもみする視界は定まらず、身体の奥が熱を持つ。

 たっぷり十数秒。身動きの取れないままエリック達は灯りの無い穴を落ちていく。
 《イグニート・ディバイン》によって身体を保護してはいるが、この落下速度で叩きつけられたらひとたまりもない。
 クッキーの入った箱を落として箱だけが無事だったとしても、中身が砕けてしまうように。

 冒険者としての知識と経験からもたらされる、走馬灯の如き刹那の間隙かんげきから現実を見て。
 訪れる悲惨な未来を回避するべく、エリックは《イグニート・ディバイン》のイメージを切り替える。

 針すら通さない強固で堅牢な盾から、柔らかくも分厚く破れることの無い水膜へと。
 弾き返すのではなく、受け止める。エリック達を包む覆う薄赤色の結界がぐにゃり、と変質した。

 厚みを増した不安定な泡と称すべきそれは、数瞬も経たず地面に叩きつけられる。柔軟な感触を押し付けられた三者はくぐもった声を漏らす。
 硬い地面へ着地した衝撃を吸収し、玉のように跳ね転がり、役目を終えた結界が消失した。

「っ……くそ、ひでー目に遭ったぜ。二人とも、無事か!?」
「は、はい!」
「なんとか、ね」

 投げ出された三人がそれぞれの状態を確認。
 突発的な事態ではあったがエリックは目論み通りに事が済み、安堵の息を落とす。しかし安心はできない、と彼らは瞬時に自覚する。

 湿り気のある空気。肌に纏わりつくような独特の重圧プレッシャー。無遠慮に向けられる何かの視線。
 すり鉢状の大広間。地上まで続く吹き抜けから覗く斜陽の光。流れ込んでくる外気の魔素マナに当てられ、煌々と輝く魔力結晶マナ・クリスタ

 ありとあらゆる全ての要素が、単なる地下空間ではないと物語っている。転がり落ちた地はまぎれもなく迷宮ダンジョンなのだ、と。
 それに。

 ──あの叫び声。並みの魔物モンスターが放つものじゃねぇ。

 緊張の糸を締めて、警戒度を引き上げるエリックの額から汗が垂れる。
 地面を陥没させるほどの威力を持つ、魔力の込められた咆哮ハウル
 建材を土塊つちくれに。
 土塊つちくれを土砂に。
 人体のみならず環境を容易く変化させてしまうような魔物が潜んでいる。その事実が呼吸をわずかに乱す。
 その変化に、気づかない迷宮主ではなかった。

『──』

 ズシンッ、と。
 重量のある音へ、自ずと三人は視線を向ける。そこにたたずむ巨大な輪郭を視界に入れた。
 徐々に近づいてくるは魔力結晶に照らされ、全貌を露わにする。

 全長一〇メートルはある四足獣。
 はち切れんばかりに紫紺の表皮を膨張させる、筋骨隆々の肢体。
 一踏みするごとに四肢の先に延びた鈍色の爪は岩石を切り裂く。
 不機嫌そうに獅子のようにしなやかな尾をぶらつかせ、それでも尚エリック達を視界にすら入れず。
 ただただ姿を見せるだけにとどまった迷宮主の頭部には、対を成す頑強な捻じれ角と血のように赤い眼球。
 そして、白磁の牙を垣間見せる口腔から肉塊を垂れ下げていた。
 ──肉塊は、無残にも食い散らかす直前のルーザーだった。

 誰かが記憶を呼び起こす。
 光の無い目と凄惨な姿だが、あれは確かに魔科の国グリモワールの──と。
 誰かが歯を食い縛った。
 もはや生存の余地は無い。だとしても、あんなむごい死に方なんて──と。
 誰かが武器を握り締めた。
 奴の視界に入っていないのは食事に夢中だからだ。それが終われば──と。

 誰もが息を呑む。気づけば、周りにいた魔物どもの気配はどこにもなかった。
 否、彼らの眼前に立つ迷宮主の威圧におそれ、気圧けおされ、正常な判断を失った矮小な命を自ら断たせたのだ。

 空を舞う灰の残滓が彼らの肌を撫でる。わずかに残った魔物すら、気配を悟られぬよう尻尾を巻いて去っていく。
 生まれながらにしての王であるとしても、通常の迷宮主ではありえない異常現象。
 当然だ。何せこの迷宮主は己の牙城である迷宮を広げ、を平伏し、己の糧とした正真正銘の怪物。

 生物としての圧倒的な格の違い。
 迷宮主の中でも特段に危険とされ、凶暴性と闘争本能の塊とも揶揄される魔物……ベヒーモス。
 その最上位種たる名を──“ドレッドノート”と。

 恐れを知らない絶対的暴君は咥えた餌を一息に口内へ。
 嫌に響く咀嚼音。肉が千切れ、骨が砕け、人が人でなくなる音。
 目を逸らしてはならない。耳を塞いではならない。背を向けてはならない。
 一度ひとたび隙を見せれば角が、牙が、爪が、一瞬で命を刈り取るだろう。それが分からないほど甘えた思考を彼らは備えていない。

『──』

 やがて食事を終えたドレッドノートは肉片混じりの衣類を吐き出し、静かに睥睨へいげいする。
 警戒を極限まで高めた彼らは即座に飛び退く。直後に、先ほどまで立っていた場所が前肢で踏み抜かれ、陥没。
 衝撃と爆音。直撃を受けた後の光景など、言うまでもなく想像できる。

「くそったれ! あの野郎、最期にとんでもねぇもん残しやがった!」

 何故と問いたい理由も、解明したい真相も山ほどあった。真犯人がルーザーであったとするなら尚更だ。
 しかし、その願いはもう叶わない。とにかく、今は生き残ることに集中しなくては。
 悪態を吐きながら、エリックは無刃の大剣《スクレップ》を構える。

「クロトの手伝いをするだけ、のはずだったのにな」
「すみません、まさかこのような事態になるとは……」
「君が謝る必要は無いよ。どの道、誘拐犯を捕まえてそれで解決になるとは思ってなかったし……」

 どことなく諦観が込められた声を落としながら、ルシアは自らの獲物であるナイフを抜いた。隣に並ぶカグヤも同じく、腰に佩いた“菊姫”の鯉口を切る。
 逃げ場など、どこにもないのだ。ならば、立ち向かうしかないだろう。
 臨戦態勢に入った三人を見下ろし、ドレッドノートは双眸を吊り上げた。

「──来るぞッ!!」

 あまりにも小さな影が三つ。
 あまりにも大きな影が一つ。
 対峙し、咆哮を轟かせて。
 全てを統べる王との戦いに身を投じるのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

処理中です...