自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第九十八話 闘う者達《前編》

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 冒険者学園から少し離れた居住区で。
 アカツキ荘の面々は凶暴化した住民で溢れ返る路地を進んでいた。

「っ、エリック! クロトから連絡が来た!」
「マジか! 場所は……再開発区画だァ? とんでもねぇ場所に連れてかれてんなアイツら!」

 二人の声を聞き流しながらカグヤは暴徒となった住民を無力化し、クロトが工房内に保管していた鎮静爆薬を一つ、火を点けて上空へ放り投げる。
 音を立てて弾けた爆薬は風に乗って広がり、辺りへ散布された。
 荒い呼吸を繰り返す住民は次第に落ち着きを取り戻し、血走った目が元に戻る。

「この辺りはこれで問題ないと思います。それより再開発区画でしたか? クロトさんを待たせると一人で助けに行きそうですし、早く向かいま──」

 どこから嗅ぎつけてきたのか。言い終えるよりも早く、路地から暴徒の集団が現れる。
 身に着けた衣服、装備、武器の類から冒険者だと判断し、がらにも無くカグヤの口から深いため息がこぼれた。
 身をかがんだかと思えば矢の如く跳び出したカグヤは腰に佩いた刀──“菊姫きくひめ”のつかに手を掛ける。

「シノノメ流舞踊剣術外伝──《あざみ》」

 すうっと息を吸い、影に潜行。
 呼吸の隙間、意識の途切れを縫って音も無く集団の背後に回ったカグヤは、抜刀した漆黒を纏う刀身をひるがえし、

──《紅要べにかなめ》」

 
 初伝である《楓》を発展させたくれないの斬撃は集団の脚を払い、返す刃で放つ二撃目が、

「混成接続・二拍──《雪月花せつげっか》」

 軌道を変え、季節外れの冷気をともなって振り下ろされた。
 輝きが地面を走り、耳朶じだに響くみた逆さ氷柱つららが集団の手足を拘束し、氷の彫像として縛りつける。
 ふぅーっ、と。肌を撫でる冷気に首を竦めてカグヤは“菊姫”を納刀した。

 カグヤが使う剣術の原型は花の型といい、日輪の国アマテラスにおいて奉納演武である神楽舞の一種。祀られる神にその年の豊穣と感謝、次年の繁栄を願う為に送るものだ。
 呼吸による魔素の供給で身体能力を強化し肉体への負担を軽減。その上で魔素を刀身に流入させる事で様々な効果を発揮する。

 闇属性であれば《薊》のように。
 火属性であれば《紅要》のように。
 水属性であれば《雪月花》のように。
 見た目にも鮮やかで流麗な舞を延々と繰り返すのだ。

 ──つまり舞踊剣術も同じく、途切れること無く技を繰り出す事が可能なのでは?

 クロトの前で花の型を披露した際につぶやかれた素朴な疑問から天啓を得た。
 舞踊から武術へ転化し行使しているとはいえ、シノノメ流が持つ元々の性質は舞い踊ること。
 第三者の目線による指導。そして自身の感覚を頼りに、スキルの硬直が発生するまでの間に再びスキルを発動させて連撃を放つ。
 今までカグヤ自身も気づかなかった新たな境地。
 シノノメ流という自由度の高い流派スキルだからこそ成せる唯一無二の技術。
 それが混成接続──本来の神楽舞としての機能に近づいた新たな力だ。

「おおっ、すげぇ。日に日に強くなってんなぁ……」
「手間取っている場合ではないというのに……先を急ぎましょう」
「そうだね。クロトも待ってるだろうし」

 カグヤによる暴徒集団の鎮圧を見届け、エリック達は走り出した。

 ◆◇◆◇◆

 再開発区画を駆け巡る人影が背中を合わせた。ルシアとシオンだ。
 先行組を探すかたわら既に何十体もの魔物モンスターを灰に変えた二人は、ユニークと小型迷宮主を引き連れて合流。
 単独で相手取るには厳しい魔物でも、連携して対応すれば問題ないと判断しての行動だった。
 だが。

「数が多い……!」
「ったく、よくもまあこんな爆弾を抱えて機能してんな、この国は!」

 質はさほど高くはないがとにかく量が多い。
 管理下に置かれていない、もしくは封印処理されていない迷宮ダンジョンからはずっと魔物が溢れ出てくる。
 己の飢餓に従い、格下を捕食し、共食いを経て力を得たユニーク。
 生れ落ちた時から、迷宮ダンジョンという縄張りの頂点に君臨する迷宮主。
 野性的な闘争本能と生存能力。並の魔物を凌駕する練度を身につけた奴らはただ一点、再開発区画に紛れ込んだ極上の餌を求めて殺到する。

「こんな所で手間取ってる場合じゃないのに……」

 魔物の首に突き立てた大振りのナイフを引き抜き、血を払いながら。ルシアの脳裏によぎるのはクロトの姿。
 先ほど耳にした穏やかな声音とは裏腹に、刃物のような冷めた雰囲気を纏う彼に気圧けおされた。

 ──元から不思議な人だとは思っていた。
 敵でありながら味方のような、お互いの立場を理解していながら寄り添おうとする。
 本当に、複雑な感情を抱かせてくる……そんな人だ。それはきっと他者を尊重する心の表われだと、ルシアは考えている。
 自分の事なんて二の次で、誰かを大切に想っているからこその言動なのだ、と。

 ──でも、あの姿は、とても。
 善性や優しさとはかけ離れた冷徹な目は、いざとなれば殺人すらいとわない覚悟を感じさせた。
 身近な人に危険が及んだともなればそうなってもおかしくはない。ルシアも似通った経験があるから理解できる。
 だとしても、怒りに呑まれているようには見えなかった。つとめて冷静になろうとしていただけかもしれないが。

 ──むしろアレは、
 何に? いや、何を? それを察するにはクロトの事を知らない。
 ルシアの悩みに対して真摯に考え、滲み出た心のもやを、少しでも晴らしてくれた恩人の心情を知らないのだ。
 こちらの事情を笠に着て、いいように利用し迷惑を掛け続けていながら……厚かましいにも程がある。
 カラミティの側でありながらこんな風に考えるのもおかしな話だが、そんな自分が居ることに、なんだか無性に腹が立つ。

「つーか、こんだけ暴れてんのに気づかねェのかあの野郎!? ドコほっつき回ってんだ!」

 だから、出来る最善を成そう。
 今こそ、目を背けたい自身の一部と向き合う時だ。

「シオン」
「ァアッ!? ンだよ、さっきまで黙ってたくせに」
使。離れておいて」

 数秒にも満たない受け答え。しかしルシアが伝えた言葉の意味を理解できないシオンではない。
 一瞬だけルシアの方へ意識を向けた直後、片方の魔剣を遠くへ放り投げた。魔剣の異能を使って姿を消した事を確認し、彼女は眼帯に手を掛ける。
 視界をさえぎる──物理的に遮っていても透過する琥珀の瞳が晒された。

 魅惑の魔眼バロール・アイ。規則正しい紋様が描かれた、宝石のような瞳。彼女にとっては、忌々しい記憶を持つ罪の形。
 呼吸が乱れる、鼓動が速まる。
 恐れはある、不安もある。
 だけど、逃げないと決めたから。
 ルシアの決意に呼応するように、虹彩が仄かに光を放つ。

『ガァアアアアアアッ!』

 立ち止まり、集中していたルシアの下へ。雄叫おたけびを上げた人身牛頭のユニーク魔物モンスター、ミノタウロスどもが押し寄せる。
 大口を開いて剥き出しになった牙を突き立てるべく、見下ろすような形になった奴らに対して。
 ルシアは静かに顔を上げ、目線を合わせ──

「“止まれ”」
『──ッ』

 たった一言。
 あまりにも小さく、僅かな物音で掻き消されそうな静止の一声。それだけでミノタウロスの動きに変化が生まれた。
 剥き出しになった敵意をどこへ置き去ったのか。先頭に立つ一体がピタリと動きを止めて、項垂うなだれて従うような姿勢を取った。その目はどこかうつろで焦点がズレている。

 人であれば問答無用に魅了させる魔眼。しかし魔物であれば結果は変化し、意識が掌握される。
 抗うすべを持たないミノタウロスは突如として現れた上位者の命令に従うしかない。
 姿勢が低くなり嫌でも視認せざるを得なくなった後続のミノタウロスも、次々と支配下に置かれていく。

 王にひざまずく騎士のように。ただ一人の下に、個から群と成った彼らは忠実に、愚直なまでに付き従う。
 狂騒の空間に生まれた静寂を破ったのは一体の魔物。
 グレイウルフと呼ばれる四足獣の魔物は脚力を活かし、ルシア目掛けて飛び掛かってきた。
 ユニークでもない魔物程度にやられる彼女ではないが、手は下さない。

「“薙ぎ払え”」
『──ガァ!』

 代わりに騎士が、強靭なる四肢から繰り出す一撃で王を守る。グレイウルフの顎が粉砕され灰へ帰した。
 彼らは己の行為に疑問を抱かない。ただ主の命を遂行するのみ。そこから始まるのは騎士たちによる蹂躙劇だ。
 一斉に散らばったミノタウロスはユニーク魔物モンスター相応ふさわしい力を発揮し、他の魔物を駆逐し尽くしていく。
 鮮血を、灰を敷き詰めて迷宮主でさえもすり潰していく様は、まるで地獄の行進だ。

「……背負って考え続けるのが大切、か」

 その光景を生み出した当の本人は眼帯を付け直し、再び駆け出す。
 ルシアにとって魔眼は忌み嫌うものだ。これまでの経験から好感情を抱いた覚えなど一切ない。
 けれど、こうする事で助けられる人がいるのだとしたら。
 どれだけ小さくても一歩ずつ前へ進めるように。
 ほんの少しだけでも、この眼を受け入れるかもしれない。

「難しいな……でも、探してみるよ」

 呼吸は落ち着き、鼓動は元に戻る。
 恐れは薄れ、不安はしぼんでいった。

「これまでと向き合う、私なりのやり方を」

 だから、と。
 ルシアはナイフを強く握り締めて。

「君も守りたいモノの為に、頑張って」

 どこかで闘い続けるクロトの姿を想いながら。
 ミノタウロスの従僕を引き連れて、魔物の群れへと斬り込んだ。
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