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【五ノ章】納涼祭
第九十話 珍客来訪《後編》
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「し、失礼します。ご注文は、いかがなさい、ますか?」
優雅に後ろをついて歩くシュメルさんをテーブルに座らせると、いち早く再起動したノエルがおどおどしながら注文を取りに来た。俺と戦ってる時ですら見たことがない表情だ。
「そうね……オススメと聞いていたからコーヒーを二つ。あとは軽くつまめる物、クッキーとスコーンにしようかしら」
「はい! わかりました、ただちにお持ちしますね!」
「そんなに急がなくていいわ。落ち着いて、丁寧に……ね?」
「ひゅ……」
細い指を自らの口に立てウィンクされたことで、喉奥から息を止められたような掠れた声が漏れる。硬直したノエルを見かねて、肩を掴んで厨房の方へ連れていく。
所作の一つ一つに見惚れる要素があって、真面目に受け取ると男女関係なく彼女のようになってしまう。出会った当初の俺も、シルフィ先生や学園長で美人慣れしてなかったら危なかった。
シュメルさん自身が己の持つ武器を理解しているからこその振る舞いであり、半ば無意識にごく自然な素振りに織り込んでいる──正に魔性の色気と言わざるを得ない。表に出ない理由の大半もそこにある。
そんな彼女がなぜ人目をはばからずメイド喫茶に訪れたのか。
口コミや噂で人気が広まった二日目というタイミングで現れたのか。どうにかして聞き出さねばならない。
……あとさっきから奇異と興味、嫉妬など諸々の感情が混ざった視線が全身に刺さって居心地が悪い。早急に、それとなくシュメルさんとの関係性を周知せねば怨嗟の声で圧死する。
今後の生活における平穏と安寧を得る為に、キリキリと嫌な音を立てるお腹に力を込めて頼まれたメニューを運ぶ。
シュメルさんの前に品物を置き、脇に控えて会話を切り出そうとしたら執事服の裾を引っ張られた。
何を、と声に出すよりも早く。シュメルさんはコーヒーを一つ、反対側の席の前に置き直して、無言のまま座るように促した。
この人、元々俺を座らせるつもりで二つも頼んだのか。いや、あの……一応、裏方とはいえスタッフでして……。
しかし有無を言わせない笑みと周囲の視線に耐え切れず、大人しく椅子を引いて座る。彼女は満足したように大きく頷いて、コーヒーカップを口元に運んだ。
「……うん、美味しいわ。やっぱり坊やの淹れたコーヒーが一番ね。それにサイドメニューも中々充実している……学生の出し物とは思えない出来栄えね?」
「そりゃあ七組全員が本気で取り組んでますから、一つ一つのクオリティも上がりますよ」
「衣装も上手く着こなせているようだし、参考資料を提供した甲斐があったわ」
「メイク道具も融通してもらって助かりました。おかげで皆、可愛く美しく仕上げられるようになりましたから」
「そこよ。私、驚いちゃったわ。遠目から見たら女装してる子なんてわからないし……特に女の子、ちょっと指導すれば私の店でも通用するレベルよ。……欲しいわね、引き抜いていい?」
「勘弁してください、まだ学生なんです」
「ふふっ、冗談よ」
クッキーを口に含み、柔和な笑みを浮かべるシュメルさんの言葉に本気の意志が滲んでいた。
本当にご遠慮ください、お願いします……っていうか、わざわざぼかしてるのにこの人の言動で察知されそうなんだけど!?
いかん、会話の生殺与奪の権──もとい主導権を握らせたら何を言い出すか分からない。俺が舵を取らねば。
「でも、珍しいですね? シュメルさんってあんまり表に出ようとしないので驚きましたよ。今日来店した理由はあれですか、メイド喫茶の実態調査とか視察みたいな……」
「そんな小難しいことは考えてないわ。坊やが関与した出し物なら失敗することは無いと踏んでいたからね。……しいて言うなら興味が二割、イタズラが四割、久しぶりに坊やの顔を見に来たのが四割ってところかしら」
「まあ、そんなところだろうとは思いましたよ……冒険者ギルドの依頼でしか顔を会わせる機会がないですからね、お互いに」
経営者としての手腕は間違いないのにノリと勢いで突き進む学園長と同類みたいな人だからなぁ。
「それに」
妙に苦く感じるコーヒーを流し込むと、シュメルさんはいきなり手を掴んできた。
普段ならドキドキするのにその衝撃で体の芯に痺れが奔る。別の意味でドキドキしてきためちゃくちゃいてぇ。
「聞いたわよ。意地の悪い連中に嵌められて生徒会長と戦ったんでしょう? お祭りの日なのに無粋なマネをするものね。……具合も良くないって話だったから、こうして様子を見に来たのだけど、だいぶツラそうね?」
「正直、こんな風に触られれるだけで激痛です。離してくださ……ちょっと、ニギニギしないでくださいマジで痛いんですってつねらないだだだだっ!」
「大変だったのよ? 坊やが怪我をしたって話が流れてきて、店の子たちがみんな大騒ぎ。誰か見舞いに行くかで言い争って収拾が着きそうになかったから、騒動を尻目に店を抜け出してきたのよ。多少の役得はあってもいい……そう思わない?」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ……」
下手に暴れられず答えることもできず、面白がるシュメルさんの手が止まらない。
「でも、こんな事になるなら──そろそろ潮時ね」
「なんか言いましたぁ!?」
「何も。……手遊びはこの辺にしましょう。別に痛めつけたいわけではないもの」
「言ってる割に楽しんでましたよね? ニヤニヤしてましたよね?」
「…………そんなこと言われたら、もっとイジメたくなるじゃない」
「少しは加虐趣味な部分を隠してくれませんかね……!」
目を細め、ぺろりと小さく舌を出したシュメルさんに小声で抗議する。
冒険者と密接に関わってて異常があれば影響が出やすい分野だし、歓楽街の重鎮として迂闊なマネはできない。
……にもかかわらず、イタズラ好きで攻められるより攻める方が好き。気まぐれで突拍子もない言動が多い。
日々の生活を感覚で生きているようでいて、肝心なところで釘を刺す有能さを見せる女。
花園のスタッフは慣れ切ったのか軽く流しているが、彼女と関わった、もしくは付き合いの長い顧客から向けられる評価は大体こんなものだ。無能な働き者ならぬ有能な怠け者である。
「そういえば、店で話した商談を覚えてるかしら?」
「いつもの事ですけど急に話題を変えますね。……一応、伝えた通り数は揃えて用意はしてます。ただ、今の状況だと受け渡しは難しいので納涼祭後になりますが、それでよければ」
「ええ、問題ないわ。こちらも少々込み入っていて、上手く時間を合わせるのが厳しいから。なにせ滅多にやらない試みだから慎重になっちゃうのよ」
「んー……? ああ、アレですか? 良い考えがあるってデバイスで返信してくれましたよね。もしかして新しい事業の展開を?」
「近からず遠からず、かしら。今は申請に手間取っているけれど、坊やにとっても悪い話ではないはずよ。詳細は決定が下りてから説明するわね」
喋り疲れたのかクッキーを口に含み、顔を綻ばせる彼女を見やり思考する。
俺はあくまで商品を卸してるだけで販売方法は任せっきりだ。それでもばっちり報酬が支払われているので、かなり利益は発生していると思っていたが……花園の売り上げが既にとんでもないのに今より手広く活動してどうするんだろう? 他の地区に第二の花園でも増やすのかな? でも原則、歓楽街から離れた土地にそういうお店を開くのって禁止されてたはず……ああ、だから新しい試みってこと? 商会は利用者が多いから説き伏せるのは簡単だろうけど自警団の説得は難しそうだなぁ、エルノールさんはともかく頭の硬い団員が結構所属してるイメージがあるし一筋縄ではいかないと思うが…………シュメルさんならどうにかするだろ。考えるのやーめたっ!
とにかくこれまでの会話でシュメルさんとの関係性はなんとなく周知できたはずだ。
ありがたいことに彼女も花園に繋がる直接的な表現は控え始めてる……いや、単に面白がっていかがわしい言い回しをしてるだけか。
でも、ギルドを通して知り合いになった商会長の娘とか、なんかこう、いい感じの解釈をしてくれると信じたい。信じさせてっ!
熱を持った頭を左右に振って冷やし、ぬるくなったコーヒーを飲み干す。
「──さて、坊やともお話しできたことだし、いい頃合いね。お暇させてもらうわ」
「あれ、まだそんなに時間は経ってませんけど、もう行くんですか?」
「実は学園にも用事があってね。人を待たせてる間に坊やの様子を見に来たから、そろそろ迎えが……」
皿に乗った最後のお菓子をつまみ、シュメルさんはおもむろに廊下の方へ目を向ける。すると、どこからともなく地響きのような音が鳴り響き、それは徐々に大きくなっていく。
なんだなんだ、と不安の声を遮るように教室の扉が開かれ、飛び込んできたのは……。
「こらぁシュメルゥ! 自分から集合場所を指定しておきながらほっつき歩いてんじゃないわよっ! 学園中を走り回らせるなぁ!」
汗だくな学園長だった。気絶してから顔を会わせてなかったが心なしか模擬戦の時より顔色が良くて安心。
……待てよ。シュメルさんが学園長と知り合いなのは立場的に理解できるが、この人、待ち合わせをすっぽかしてメイド喫茶に来たの?
「ね? 迎えが来たでしょ?」
「ね? じゃないですよ。暢気にティータイムしてる場合じゃないのでは? ほら、早く来いって手招きしてますよ」
「大丈夫、すぐに向かうわ。でもその前に……」
「なん、もごっ」
見送ろうと立ち上がった瞬間、口にお菓子をねじ込まれた。イタズラはもうしないだろうと思って油断してた……っ。
吹き出しそうになったのをなんとか堪えていると、メル硬貨をテーブルに置きながら耳元に顔を近づけてくる。
「張り切って頑張るのもいいけど、あまり無茶をし過ぎないようにね。坊やに何かあれば多くの人が悲しむわ。もちろん私も」
「んぐぐっ」
「けれど、どんな状況でも足掻き続ける姿に焦がれ、惹かれる者もいる……そこが坊やの魅力よね。──静かに花開く時を待つ者もいれば、見つけてもらう為に花開く者もいる。……坊やはどちらかしら」
言いたい事だけ言って、シュメルさんは怒り心頭な学園長と共にメイド喫茶を後にした。
「っ、はあ……あの人はまーた意味深なことを言いなさる」
口の中の水分をごっそりと奪われて時間が掛かったが、ようやく吞み込めた。
シュメルさんが最後に残した言葉の真意は分からないが、学園長も関与しているようだし、少なくとも悪いようにはならない。そんな予感がした。
……でもさ? だからって密着しなくてもいいでしょ。凄まじい視線に串刺しにされてるこっちの身にもなってくださいよ! 一手、言葉を間違えれば尋問どころか拷問されそうな空気なんですけど!?
特にノエル! お前さっきから仕事もせずに調理場から覗き込んでるの知ってるからな! 働けよ! ……いや、人のこと言えないけどさぁ!
──その後、盗み聞きされていた会話の内容と合わせた説明で窮地を脱することに成功。
なぜか“ボクもあんな素敵なレディに……”なんて世迷言を抜かすノエルを鼻で笑い、一悶着あったが。
なんとかメイド喫茶としての空気を取り戻したのだった。
◆◇◆◇◆
「まったくアンタは目を離したらすぐいなくなって……よりにもよってクロトくんの所に行ってたなんて。ただでさえ面倒な来賓どものせいで気を揉んでるのに、今以上に混乱させないでよ」
「ごめんなさいね、祭りの陽気に当てられてうかれちゃってたみたい。でも面白かったわよ? 私の事情を考慮して必死に言葉を選んで話す坊やは」
「顔を歪ませて冷や汗を流してる姿が目に浮かぶわ……ともかく、他の面子も集めてるからさっさと作戦を練るわよ」
「分かってるわ。……彼との関係を維持するには貴女の力が必要不可欠。その為にも、筋を通しておくべき相手にはきちんと説明して、協力を取り付けないと」
「私も大概だけどアンタも十分腹黒よね。いや、ギリギリ黒寄りの灰色って感じかしら。下手を打てば一瞬で崩れそうだけど……気づいていて問い詰めなかった私にも非があるか」
「それだけのリスクを背負う価値が坊やにあるのは貴女が……いや、私たちが一番よく理解しているはずよ。そうでなくとも、今を生きる若者の背を押したくなるのは年長者の性よね。……お節介すぎるかしら?」
「私も似たようなことやってるからお互い様ね。さて、それじゃあ──悪巧みを始めましょうか」
優雅に後ろをついて歩くシュメルさんをテーブルに座らせると、いち早く再起動したノエルがおどおどしながら注文を取りに来た。俺と戦ってる時ですら見たことがない表情だ。
「そうね……オススメと聞いていたからコーヒーを二つ。あとは軽くつまめる物、クッキーとスコーンにしようかしら」
「はい! わかりました、ただちにお持ちしますね!」
「そんなに急がなくていいわ。落ち着いて、丁寧に……ね?」
「ひゅ……」
細い指を自らの口に立てウィンクされたことで、喉奥から息を止められたような掠れた声が漏れる。硬直したノエルを見かねて、肩を掴んで厨房の方へ連れていく。
所作の一つ一つに見惚れる要素があって、真面目に受け取ると男女関係なく彼女のようになってしまう。出会った当初の俺も、シルフィ先生や学園長で美人慣れしてなかったら危なかった。
シュメルさん自身が己の持つ武器を理解しているからこその振る舞いであり、半ば無意識にごく自然な素振りに織り込んでいる──正に魔性の色気と言わざるを得ない。表に出ない理由の大半もそこにある。
そんな彼女がなぜ人目をはばからずメイド喫茶に訪れたのか。
口コミや噂で人気が広まった二日目というタイミングで現れたのか。どうにかして聞き出さねばならない。
……あとさっきから奇異と興味、嫉妬など諸々の感情が混ざった視線が全身に刺さって居心地が悪い。早急に、それとなくシュメルさんとの関係性を周知せねば怨嗟の声で圧死する。
今後の生活における平穏と安寧を得る為に、キリキリと嫌な音を立てるお腹に力を込めて頼まれたメニューを運ぶ。
シュメルさんの前に品物を置き、脇に控えて会話を切り出そうとしたら執事服の裾を引っ張られた。
何を、と声に出すよりも早く。シュメルさんはコーヒーを一つ、反対側の席の前に置き直して、無言のまま座るように促した。
この人、元々俺を座らせるつもりで二つも頼んだのか。いや、あの……一応、裏方とはいえスタッフでして……。
しかし有無を言わせない笑みと周囲の視線に耐え切れず、大人しく椅子を引いて座る。彼女は満足したように大きく頷いて、コーヒーカップを口元に運んだ。
「……うん、美味しいわ。やっぱり坊やの淹れたコーヒーが一番ね。それにサイドメニューも中々充実している……学生の出し物とは思えない出来栄えね?」
「そりゃあ七組全員が本気で取り組んでますから、一つ一つのクオリティも上がりますよ」
「衣装も上手く着こなせているようだし、参考資料を提供した甲斐があったわ」
「メイク道具も融通してもらって助かりました。おかげで皆、可愛く美しく仕上げられるようになりましたから」
「そこよ。私、驚いちゃったわ。遠目から見たら女装してる子なんてわからないし……特に女の子、ちょっと指導すれば私の店でも通用するレベルよ。……欲しいわね、引き抜いていい?」
「勘弁してください、まだ学生なんです」
「ふふっ、冗談よ」
クッキーを口に含み、柔和な笑みを浮かべるシュメルさんの言葉に本気の意志が滲んでいた。
本当にご遠慮ください、お願いします……っていうか、わざわざぼかしてるのにこの人の言動で察知されそうなんだけど!?
いかん、会話の生殺与奪の権──もとい主導権を握らせたら何を言い出すか分からない。俺が舵を取らねば。
「でも、珍しいですね? シュメルさんってあんまり表に出ようとしないので驚きましたよ。今日来店した理由はあれですか、メイド喫茶の実態調査とか視察みたいな……」
「そんな小難しいことは考えてないわ。坊やが関与した出し物なら失敗することは無いと踏んでいたからね。……しいて言うなら興味が二割、イタズラが四割、久しぶりに坊やの顔を見に来たのが四割ってところかしら」
「まあ、そんなところだろうとは思いましたよ……冒険者ギルドの依頼でしか顔を会わせる機会がないですからね、お互いに」
経営者としての手腕は間違いないのにノリと勢いで突き進む学園長と同類みたいな人だからなぁ。
「それに」
妙に苦く感じるコーヒーを流し込むと、シュメルさんはいきなり手を掴んできた。
普段ならドキドキするのにその衝撃で体の芯に痺れが奔る。別の意味でドキドキしてきためちゃくちゃいてぇ。
「聞いたわよ。意地の悪い連中に嵌められて生徒会長と戦ったんでしょう? お祭りの日なのに無粋なマネをするものね。……具合も良くないって話だったから、こうして様子を見に来たのだけど、だいぶツラそうね?」
「正直、こんな風に触られれるだけで激痛です。離してくださ……ちょっと、ニギニギしないでくださいマジで痛いんですってつねらないだだだだっ!」
「大変だったのよ? 坊やが怪我をしたって話が流れてきて、店の子たちがみんな大騒ぎ。誰か見舞いに行くかで言い争って収拾が着きそうになかったから、騒動を尻目に店を抜け出してきたのよ。多少の役得はあってもいい……そう思わない?」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ……」
下手に暴れられず答えることもできず、面白がるシュメルさんの手が止まらない。
「でも、こんな事になるなら──そろそろ潮時ね」
「なんか言いましたぁ!?」
「何も。……手遊びはこの辺にしましょう。別に痛めつけたいわけではないもの」
「言ってる割に楽しんでましたよね? ニヤニヤしてましたよね?」
「…………そんなこと言われたら、もっとイジメたくなるじゃない」
「少しは加虐趣味な部分を隠してくれませんかね……!」
目を細め、ぺろりと小さく舌を出したシュメルさんに小声で抗議する。
冒険者と密接に関わってて異常があれば影響が出やすい分野だし、歓楽街の重鎮として迂闊なマネはできない。
……にもかかわらず、イタズラ好きで攻められるより攻める方が好き。気まぐれで突拍子もない言動が多い。
日々の生活を感覚で生きているようでいて、肝心なところで釘を刺す有能さを見せる女。
花園のスタッフは慣れ切ったのか軽く流しているが、彼女と関わった、もしくは付き合いの長い顧客から向けられる評価は大体こんなものだ。無能な働き者ならぬ有能な怠け者である。
「そういえば、店で話した商談を覚えてるかしら?」
「いつもの事ですけど急に話題を変えますね。……一応、伝えた通り数は揃えて用意はしてます。ただ、今の状況だと受け渡しは難しいので納涼祭後になりますが、それでよければ」
「ええ、問題ないわ。こちらも少々込み入っていて、上手く時間を合わせるのが厳しいから。なにせ滅多にやらない試みだから慎重になっちゃうのよ」
「んー……? ああ、アレですか? 良い考えがあるってデバイスで返信してくれましたよね。もしかして新しい事業の展開を?」
「近からず遠からず、かしら。今は申請に手間取っているけれど、坊やにとっても悪い話ではないはずよ。詳細は決定が下りてから説明するわね」
喋り疲れたのかクッキーを口に含み、顔を綻ばせる彼女を見やり思考する。
俺はあくまで商品を卸してるだけで販売方法は任せっきりだ。それでもばっちり報酬が支払われているので、かなり利益は発生していると思っていたが……花園の売り上げが既にとんでもないのに今より手広く活動してどうするんだろう? 他の地区に第二の花園でも増やすのかな? でも原則、歓楽街から離れた土地にそういうお店を開くのって禁止されてたはず……ああ、だから新しい試みってこと? 商会は利用者が多いから説き伏せるのは簡単だろうけど自警団の説得は難しそうだなぁ、エルノールさんはともかく頭の硬い団員が結構所属してるイメージがあるし一筋縄ではいかないと思うが…………シュメルさんならどうにかするだろ。考えるのやーめたっ!
とにかくこれまでの会話でシュメルさんとの関係性はなんとなく周知できたはずだ。
ありがたいことに彼女も花園に繋がる直接的な表現は控え始めてる……いや、単に面白がっていかがわしい言い回しをしてるだけか。
でも、ギルドを通して知り合いになった商会長の娘とか、なんかこう、いい感じの解釈をしてくれると信じたい。信じさせてっ!
熱を持った頭を左右に振って冷やし、ぬるくなったコーヒーを飲み干す。
「──さて、坊やともお話しできたことだし、いい頃合いね。お暇させてもらうわ」
「あれ、まだそんなに時間は経ってませんけど、もう行くんですか?」
「実は学園にも用事があってね。人を待たせてる間に坊やの様子を見に来たから、そろそろ迎えが……」
皿に乗った最後のお菓子をつまみ、シュメルさんはおもむろに廊下の方へ目を向ける。すると、どこからともなく地響きのような音が鳴り響き、それは徐々に大きくなっていく。
なんだなんだ、と不安の声を遮るように教室の扉が開かれ、飛び込んできたのは……。
「こらぁシュメルゥ! 自分から集合場所を指定しておきながらほっつき歩いてんじゃないわよっ! 学園中を走り回らせるなぁ!」
汗だくな学園長だった。気絶してから顔を会わせてなかったが心なしか模擬戦の時より顔色が良くて安心。
……待てよ。シュメルさんが学園長と知り合いなのは立場的に理解できるが、この人、待ち合わせをすっぽかしてメイド喫茶に来たの?
「ね? 迎えが来たでしょ?」
「ね? じゃないですよ。暢気にティータイムしてる場合じゃないのでは? ほら、早く来いって手招きしてますよ」
「大丈夫、すぐに向かうわ。でもその前に……」
「なん、もごっ」
見送ろうと立ち上がった瞬間、口にお菓子をねじ込まれた。イタズラはもうしないだろうと思って油断してた……っ。
吹き出しそうになったのをなんとか堪えていると、メル硬貨をテーブルに置きながら耳元に顔を近づけてくる。
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言いたい事だけ言って、シュメルさんは怒り心頭な学園長と共にメイド喫茶を後にした。
「っ、はあ……あの人はまーた意味深なことを言いなさる」
口の中の水分をごっそりと奪われて時間が掛かったが、ようやく吞み込めた。
シュメルさんが最後に残した言葉の真意は分からないが、学園長も関与しているようだし、少なくとも悪いようにはならない。そんな予感がした。
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──その後、盗み聞きされていた会話の内容と合わせた説明で窮地を脱することに成功。
なぜか“ボクもあんな素敵なレディに……”なんて世迷言を抜かすノエルを鼻で笑い、一悶着あったが。
なんとかメイド喫茶としての空気を取り戻したのだった。
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「まったくアンタは目を離したらすぐいなくなって……よりにもよってクロトくんの所に行ってたなんて。ただでさえ面倒な来賓どものせいで気を揉んでるのに、今以上に混乱させないでよ」
「ごめんなさいね、祭りの陽気に当てられてうかれちゃってたみたい。でも面白かったわよ? 私の事情を考慮して必死に言葉を選んで話す坊やは」
「顔を歪ませて冷や汗を流してる姿が目に浮かぶわ……ともかく、他の面子も集めてるからさっさと作戦を練るわよ」
「分かってるわ。……彼との関係を維持するには貴女の力が必要不可欠。その為にも、筋を通しておくべき相手にはきちんと説明して、協力を取り付けないと」
「私も大概だけどアンタも十分腹黒よね。いや、ギリギリ黒寄りの灰色って感じかしら。下手を打てば一瞬で崩れそうだけど……気づいていて問い詰めなかった私にも非があるか」
「それだけのリスクを背負う価値が坊やにあるのは貴女が……いや、私たちが一番よく理解しているはずよ。そうでなくとも、今を生きる若者の背を押したくなるのは年長者の性よね。……お節介すぎるかしら?」
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だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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