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【五ノ章】納涼祭
第八十九話 埋め合わせ
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「クロトさん、今日は外出禁止でお願いします、と言っても難しいでしょうから……そうですね、激しい動きを必要とする作業は避けてください」
「はぇ?」
気を失ってすぐに、爆速で救護にやってきたシルフィ先生。
あまりの早さに驚いたものの、協力を乞われて俺を担いだノエル。
迅速な働きによって保健室に運ばれ、色々と治療を受けて目を覚まし、真っ先に告げられた言葉に呆けた声が漏れた。
若干、怒りの混じったオーラを纏う彼女の背後では、体の各所に軽く湿布を貼った程度で放置されたノエルが、何とも言えない苦々しい表情を浮かべ目を逸らしている。
厳重に包帯で固定されている足を擦りながら、眉間に皺を寄せる先生に問う。
「えーと……? 確かに模擬戦とは思えないダメージは蓄積してましたけど、ポーションで回復してたし、そこまで怒られるほどではないというか……」
「体の複数個所に打撲と裂傷、切り傷についてはまだ許容できます。骨にヒビが入っている部分もありましたが、魔法で治療可能な範疇でしたから問題なし……いえ、大問題ではありますが、今さら何を言っても手遅れなのでひとまず置いておきましょう」
ですが。
「魔力強化による自傷──全身の筋肉、骨、血管、神経、細胞に至るまで疑似的な魔力回路として強化するなどというふざけた行為によって、クロトさんの体は今、小さな刺激で千切れてもおかしくありません。正直な話、下手に動いて悪化するくらいならベッドに一週間は拘束したいところですが……」
「わ、わァ……」
自分の体の事とは思えない状態を羅列され、思わず声が裏返ってしまった。
しかし先生の言う通りでもある。目覚めてからずっと全身にノコギリかチェーンソーを押し付けられ、切り刻まれているような痛みに苛まれていた。というか痛すぎて目が覚めてしまったのだ。
それが外からだけでなく内側からもとなれば、異常に思うのも無理はない。なんならレオ達ですら模擬戦が終わったというのに、迂闊に痛覚を接続しないように出てこない為、壮絶な痛みが生じているのだろう。
ちなみに俺は今、涙を浮かべないように頑張って耐えている。死ぬほどツラいが、まだ耐えられる。
「あの、なんでそんなに重症なんです?」
「……彼は魔力に対する抵抗が極めて低い体質な為、普段の魔力操作ですら暴走する恐れがあります。十本勝負の最後、暴走寸前の魔力がもたらす爆発的な出力を体の内部で循環させた結果、このような状態に陥ってしまった……ということです」
「ひえっ……」
手で口を押さえながらノエルは顔を青くしている。魔力が暴走したら文字通り爆発する世界だから、そんなものを体内で抑え込んだとか言われたらそりゃビビるよね。
でも先生のおかげでよくわかった。俺は今、ゲームで例えるなら凶悪なスリップダメージを受けた挙句、HPの最大値が激減している状態になってる訳だ。もしくは“食いしばり”で耐えてるような感じか。
そういうのが数値で確認できるテレビゲームとかならまだしも現実でそんなマネしたら、気づかぬ内にポックリ逝ってもおかしくない。
……もしかして俺って、自分が思ってる以上に危険なのでは? だから、先生はめちゃくちゃ怒ってる?
「血液魔法──特殊な系統でありながらも、その本質は肉体と密接に関わる癒しの力です。私だけでも大体の処置は出来ましたが、わずかな時間で完全治癒が可能な血液魔法でなければ、もっと悲惨な目に遭っていたかもしれません。とはいえ、今は普段使いしている魔法の行使すら血管破裂の危険性があるので、じっくりと時間を掛けて傷を癒してください」
「うーん、聞けば聞くほどギリギリでボロボロ過ぎる。……俺がやってたのってほんとに模擬戦? 世界の命運を賭けるレベルの戦いでもしてた?」
「世界の命運はともかく意地は貫き通してたよ?」
「暢気なことを言っていますが、貴女も大概ですよ。クロトさんのようにポーションで適度に回復していれば上位スキルを使った反動を抑えられたというのに……」
上位スキルの反動? そういえば授業で習ったな。
《アクセラレート》のような肉体に作用するスキルは著しく体力を消耗し、上位スキルに至っては筋肉や骨を損傷する他、極端に熱を持つ痛みが生じるとか。対策として基礎的な体力づくりやスキルの負荷に耐える精神鍛錬を行うのが良いって話だったな。
それでもダメなら素直にポーションに頼りましょう、なんて授業の終わり間際に言われて吹き出した記憶がある。
「あはは……あの時は夢中で、そこまで頭が回らなかったんですよ。魔物相手ならともかく対人戦なんて久しぶりだったから、つい気合いが入っちゃって……」
「まあ、いいんじゃない? 俺みたいに一挙手一投足が命に関わるほどでなければ早く治るだろうし。あっ、ポーション余ってるけど飲む? すっごい効くよ?」
「先生の話を聞く限り、むしろ君が飲むべきじゃないの……? ああ、いや、貰えるなら貰うけど」
小首を傾げるノエルに、畳んで置いてあった制服から小瓶を取って手渡す。
……こんな些細な動作ですらマジで痛ぇ……歩くだけならなんとかなるけど接客は無理だな、これは。メイドになりきれる自信がない。
ならばさっさと魔法で治してしまえばいい……とはいかない。急激な回復は返って体を損傷させてしまう恐れがあり、現状の俺が取るべきでない手段だとはっきりわかる。
そもそもこうして素面でいるのもキツイ。ポーションでの即時回復もダメだし、徐々にゆっくり、じっくりとだな……あっれ、もしかして俺、詰んでない?
ポーションを飲み干して目をパチクリと瞬かせるノエルを尻目に、診断書をまとめる先生に症状を伝えた。
「──ふむ、我慢強い貴方がそこまで言うとは。この際、シフトから外してもらうのは……?」
「そうしたいんですけど、どうもスイーツよりもコーヒーの評判が良くて、それ目当てで訪れてくれるお客さんが多いみたいで。だから模擬戦が終わった後は厨房に籠って、ずっとコーヒーを淹れてようかなって考えてましたが……」
「接客も兼ねて対応していたのに人員が不足してしまう、という訳ですね?」
「皆が納涼祭を楽しめるようにシフト通りにはしておきたいんですが……どうしましょうか?」
生徒主体の出し物といえど、不測の事態が起きれば教師に相談しなくてはならない。
今日だって本当は朝から昼までのシフトだったのに、模擬戦のせいで計画が狂ってしまった。模擬戦が終わった後でエリックが代わりに出てくれたからどうにかなったが、出来れば昼からのシフトに大きな変更は入れたくない。
どうしたものか、と。二人で頭を悩ませ、実行委員のデールにも連絡しようとデバイスを取り出して。
「あのー……」
遠慮しがちに手を挙げて、ノエルが注目を集めた。
「お二人ともお困りのご様子ですし、ちょおっとアッシの提案を聞いてくんなせぇ」
「敬語だったり三下口調だったり忙しいな……どうした? もしかしてポーションの効果が良くなかった?」
「いやいや、それはもうバッチリ! 体のダルさも熱も痛みもぜーんぶ無くなったよ! なんか違法な調合素材でも入れてるのかってくらい強力だったよ!」
「人を危ない薬師みたいに言うのやめて?」
「それで、提案とはなんでしょう?」
腕を勢いよく回して体の好調っぷりを見せつけてくるノエルに、続きを促すように先生は声を掛けた。
すると先ほどの調子の良さをどこへ置いてきたのか、肩を竦めてしおらしく。
「いやぁ、そのぉ……キミがそうなったのはボクのせいでもあるからさ、何か埋め合わせとかした方がいいかなぁって思いまして」
「ほう? ずいぶんと殊勝な心掛けじゃあないか。正直な話、俺だってこんな状態になってるの納得してないからね。おかしいよ? これだけボロボロなのに一矢報いることすらできてないの」
「そこはほら、実力差があったということで……とにかく!」
身も蓋も無い言い分を自ら切り捨て、立ち上がり。
「謝罪の念も兼ねて、キミが動けない分はボクが手を貸すよ! 午後からは何も予定が入ってないから暇だし、お手伝い程度なら出来ると思う」
「……他の出店とか回らなくていいの? ノエルだって楽しみたいでしょ? そこまでしなくても……」
「いやいやいや! さすがにキミの状態を聞いて、じゃあさようならなんて人の心が無いマネはしないよ。何よりボクが納得できない。……お互い巻き込まれた者同士として、手を取り合うべきじゃないかな?」
「うーん、でもなぁ……」
「私は良い案だと思いますよ? クロトさんに無理をさせない為にも協力者は必要不可欠ですし、彼女ならメイドに適応するのも早いかと」
「むぅ……我ら七組の担任である貴女がそう言うのであれば、検討の余地はあるか……」
「ちなみにノエルさん、料理は作れますか?」
「担任や同級生、生徒会のみんなから“調理器具と食材の置いてある場所に二度と踏み入るな”と評判です!」
「なるほど、メシマズ。うーん、じゃあ接客ぐらいなら問題は無い、のかな……?」
どこにそこまでの自信があってドヤ顔を浮かべているのか疑問に思うが、ノエルの厚意を無下にする訳にはいかない。人手はいくらあってもいいからな。
メイド服は余ってるのがいくつかあるし、ノエルなら少し教えるだけでメイドとしての動きをマスターするのは容易いはずだ。
そして料理の腕に関しては……程度は分からないがセリスと同じく調理場を出禁にすればいいし、ホールスタッフとして集中してもらえば大した障害にはならないだろう。
あと少し下世話だが、学園最強がメイドをやっているという状況に惹かれて集客力が増すかもしれない。
幸いにも模擬戦の影響で学園内外問わず、彼女の存在を知る人が増えた。凛々しく雄々しい戦う姿と違い、瀟洒なメイド服に身を包むギャップのある姿を見せれば、昨日よりも繁盛する可能性がある。
僥倖……! 乗るしかない、このビッグウェーブに……!
「……一瞬、邪な感情が垣間見えた気がしますが……」
おっと先生、それ以上はいけない。
「商機のチャンスを逃してはならない、か。……わかった、ノエル自身がそうしたいっていうのなら止めはしないよ」
「っ! ありがとう、クロトくん!」
ぱあっと、花が咲くような笑顔を浮かべて手を取ってきた。うんうん、見た目だけならほんとに美少女、意外に手も柔らかい──なんて腑抜けた思考に鞭を打つように。
途端に体中を駆け巡る激痛に、この世のモノとは思えない叫びが喉奥から迸る。
ベッドの上で体を丸めて悶える俺を、ノエルが慌てた様子で介抱する様を見て、先生の呆れた声が耳を打つ。
閃光の如き天国と地獄を味わいつつ、正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「はぇ?」
気を失ってすぐに、爆速で救護にやってきたシルフィ先生。
あまりの早さに驚いたものの、協力を乞われて俺を担いだノエル。
迅速な働きによって保健室に運ばれ、色々と治療を受けて目を覚まし、真っ先に告げられた言葉に呆けた声が漏れた。
若干、怒りの混じったオーラを纏う彼女の背後では、体の各所に軽く湿布を貼った程度で放置されたノエルが、何とも言えない苦々しい表情を浮かべ目を逸らしている。
厳重に包帯で固定されている足を擦りながら、眉間に皺を寄せる先生に問う。
「えーと……? 確かに模擬戦とは思えないダメージは蓄積してましたけど、ポーションで回復してたし、そこまで怒られるほどではないというか……」
「体の複数個所に打撲と裂傷、切り傷についてはまだ許容できます。骨にヒビが入っている部分もありましたが、魔法で治療可能な範疇でしたから問題なし……いえ、大問題ではありますが、今さら何を言っても手遅れなのでひとまず置いておきましょう」
ですが。
「魔力強化による自傷──全身の筋肉、骨、血管、神経、細胞に至るまで疑似的な魔力回路として強化するなどというふざけた行為によって、クロトさんの体は今、小さな刺激で千切れてもおかしくありません。正直な話、下手に動いて悪化するくらいならベッドに一週間は拘束したいところですが……」
「わ、わァ……」
自分の体の事とは思えない状態を羅列され、思わず声が裏返ってしまった。
しかし先生の言う通りでもある。目覚めてからずっと全身にノコギリかチェーンソーを押し付けられ、切り刻まれているような痛みに苛まれていた。というか痛すぎて目が覚めてしまったのだ。
それが外からだけでなく内側からもとなれば、異常に思うのも無理はない。なんならレオ達ですら模擬戦が終わったというのに、迂闊に痛覚を接続しないように出てこない為、壮絶な痛みが生じているのだろう。
ちなみに俺は今、涙を浮かべないように頑張って耐えている。死ぬほどツラいが、まだ耐えられる。
「あの、なんでそんなに重症なんです?」
「……彼は魔力に対する抵抗が極めて低い体質な為、普段の魔力操作ですら暴走する恐れがあります。十本勝負の最後、暴走寸前の魔力がもたらす爆発的な出力を体の内部で循環させた結果、このような状態に陥ってしまった……ということです」
「ひえっ……」
手で口を押さえながらノエルは顔を青くしている。魔力が暴走したら文字通り爆発する世界だから、そんなものを体内で抑え込んだとか言われたらそりゃビビるよね。
でも先生のおかげでよくわかった。俺は今、ゲームで例えるなら凶悪なスリップダメージを受けた挙句、HPの最大値が激減している状態になってる訳だ。もしくは“食いしばり”で耐えてるような感じか。
そういうのが数値で確認できるテレビゲームとかならまだしも現実でそんなマネしたら、気づかぬ内にポックリ逝ってもおかしくない。
……もしかして俺って、自分が思ってる以上に危険なのでは? だから、先生はめちゃくちゃ怒ってる?
「血液魔法──特殊な系統でありながらも、その本質は肉体と密接に関わる癒しの力です。私だけでも大体の処置は出来ましたが、わずかな時間で完全治癒が可能な血液魔法でなければ、もっと悲惨な目に遭っていたかもしれません。とはいえ、今は普段使いしている魔法の行使すら血管破裂の危険性があるので、じっくりと時間を掛けて傷を癒してください」
「うーん、聞けば聞くほどギリギリでボロボロ過ぎる。……俺がやってたのってほんとに模擬戦? 世界の命運を賭けるレベルの戦いでもしてた?」
「世界の命運はともかく意地は貫き通してたよ?」
「暢気なことを言っていますが、貴女も大概ですよ。クロトさんのようにポーションで適度に回復していれば上位スキルを使った反動を抑えられたというのに……」
上位スキルの反動? そういえば授業で習ったな。
《アクセラレート》のような肉体に作用するスキルは著しく体力を消耗し、上位スキルに至っては筋肉や骨を損傷する他、極端に熱を持つ痛みが生じるとか。対策として基礎的な体力づくりやスキルの負荷に耐える精神鍛錬を行うのが良いって話だったな。
それでもダメなら素直にポーションに頼りましょう、なんて授業の終わり間際に言われて吹き出した記憶がある。
「あはは……あの時は夢中で、そこまで頭が回らなかったんですよ。魔物相手ならともかく対人戦なんて久しぶりだったから、つい気合いが入っちゃって……」
「まあ、いいんじゃない? 俺みたいに一挙手一投足が命に関わるほどでなければ早く治るだろうし。あっ、ポーション余ってるけど飲む? すっごい効くよ?」
「先生の話を聞く限り、むしろ君が飲むべきじゃないの……? ああ、いや、貰えるなら貰うけど」
小首を傾げるノエルに、畳んで置いてあった制服から小瓶を取って手渡す。
……こんな些細な動作ですらマジで痛ぇ……歩くだけならなんとかなるけど接客は無理だな、これは。メイドになりきれる自信がない。
ならばさっさと魔法で治してしまえばいい……とはいかない。急激な回復は返って体を損傷させてしまう恐れがあり、現状の俺が取るべきでない手段だとはっきりわかる。
そもそもこうして素面でいるのもキツイ。ポーションでの即時回復もダメだし、徐々にゆっくり、じっくりとだな……あっれ、もしかして俺、詰んでない?
ポーションを飲み干して目をパチクリと瞬かせるノエルを尻目に、診断書をまとめる先生に症状を伝えた。
「──ふむ、我慢強い貴方がそこまで言うとは。この際、シフトから外してもらうのは……?」
「そうしたいんですけど、どうもスイーツよりもコーヒーの評判が良くて、それ目当てで訪れてくれるお客さんが多いみたいで。だから模擬戦が終わった後は厨房に籠って、ずっとコーヒーを淹れてようかなって考えてましたが……」
「接客も兼ねて対応していたのに人員が不足してしまう、という訳ですね?」
「皆が納涼祭を楽しめるようにシフト通りにはしておきたいんですが……どうしましょうか?」
生徒主体の出し物といえど、不測の事態が起きれば教師に相談しなくてはならない。
今日だって本当は朝から昼までのシフトだったのに、模擬戦のせいで計画が狂ってしまった。模擬戦が終わった後でエリックが代わりに出てくれたからどうにかなったが、出来れば昼からのシフトに大きな変更は入れたくない。
どうしたものか、と。二人で頭を悩ませ、実行委員のデールにも連絡しようとデバイスを取り出して。
「あのー……」
遠慮しがちに手を挙げて、ノエルが注目を集めた。
「お二人ともお困りのご様子ですし、ちょおっとアッシの提案を聞いてくんなせぇ」
「敬語だったり三下口調だったり忙しいな……どうした? もしかしてポーションの効果が良くなかった?」
「いやいや、それはもうバッチリ! 体のダルさも熱も痛みもぜーんぶ無くなったよ! なんか違法な調合素材でも入れてるのかってくらい強力だったよ!」
「人を危ない薬師みたいに言うのやめて?」
「それで、提案とはなんでしょう?」
腕を勢いよく回して体の好調っぷりを見せつけてくるノエルに、続きを促すように先生は声を掛けた。
すると先ほどの調子の良さをどこへ置いてきたのか、肩を竦めてしおらしく。
「いやぁ、そのぉ……キミがそうなったのはボクのせいでもあるからさ、何か埋め合わせとかした方がいいかなぁって思いまして」
「ほう? ずいぶんと殊勝な心掛けじゃあないか。正直な話、俺だってこんな状態になってるの納得してないからね。おかしいよ? これだけボロボロなのに一矢報いることすらできてないの」
「そこはほら、実力差があったということで……とにかく!」
身も蓋も無い言い分を自ら切り捨て、立ち上がり。
「謝罪の念も兼ねて、キミが動けない分はボクが手を貸すよ! 午後からは何も予定が入ってないから暇だし、お手伝い程度なら出来ると思う」
「……他の出店とか回らなくていいの? ノエルだって楽しみたいでしょ? そこまでしなくても……」
「いやいやいや! さすがにキミの状態を聞いて、じゃあさようならなんて人の心が無いマネはしないよ。何よりボクが納得できない。……お互い巻き込まれた者同士として、手を取り合うべきじゃないかな?」
「うーん、でもなぁ……」
「私は良い案だと思いますよ? クロトさんに無理をさせない為にも協力者は必要不可欠ですし、彼女ならメイドに適応するのも早いかと」
「むぅ……我ら七組の担任である貴女がそう言うのであれば、検討の余地はあるか……」
「ちなみにノエルさん、料理は作れますか?」
「担任や同級生、生徒会のみんなから“調理器具と食材の置いてある場所に二度と踏み入るな”と評判です!」
「なるほど、メシマズ。うーん、じゃあ接客ぐらいなら問題は無い、のかな……?」
どこにそこまでの自信があってドヤ顔を浮かべているのか疑問に思うが、ノエルの厚意を無下にする訳にはいかない。人手はいくらあってもいいからな。
メイド服は余ってるのがいくつかあるし、ノエルなら少し教えるだけでメイドとしての動きをマスターするのは容易いはずだ。
そして料理の腕に関しては……程度は分からないがセリスと同じく調理場を出禁にすればいいし、ホールスタッフとして集中してもらえば大した障害にはならないだろう。
あと少し下世話だが、学園最強がメイドをやっているという状況に惹かれて集客力が増すかもしれない。
幸いにも模擬戦の影響で学園内外問わず、彼女の存在を知る人が増えた。凛々しく雄々しい戦う姿と違い、瀟洒なメイド服に身を包むギャップのある姿を見せれば、昨日よりも繁盛する可能性がある。
僥倖……! 乗るしかない、このビッグウェーブに……!
「……一瞬、邪な感情が垣間見えた気がしますが……」
おっと先生、それ以上はいけない。
「商機のチャンスを逃してはならない、か。……わかった、ノエル自身がそうしたいっていうのなら止めはしないよ」
「っ! ありがとう、クロトくん!」
ぱあっと、花が咲くような笑顔を浮かべて手を取ってきた。うんうん、見た目だけならほんとに美少女、意外に手も柔らかい──なんて腑抜けた思考に鞭を打つように。
途端に体中を駆け巡る激痛に、この世のモノとは思えない叫びが喉奥から迸る。
ベッドの上で体を丸めて悶える俺を、ノエルが慌てた様子で介抱する様を見て、先生の呆れた声が耳を打つ。
閃光の如き天国と地獄を味わいつつ、正午を告げる鐘の音が鳴り響いた。
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