自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第八十七話 学園最強《前編》

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『悪いけど明日、生徒会長と戦って!』
『…………はっ?』

 昨日、学園長から唐突に告げられた死刑宣告に近しい言葉。
 何がどうしてそうなった? 困惑を頭の隅に置いて問えば、どうやら一部の来賓から特待生の存在意義を問われたらしい。

 曰く、学園長の気まぐれで編入させられた謎の多い男。
 曰く、実力がある訳でもなく冒険者ランクも低い生徒。
 曰く、そんな奴にわざわざ入れ込むだけの価値があるのか、と。

 元々学園長が掲げる教育・経営方針に難癖を付けたがる連中の発言で、どうも権力に物を言わせて個人の生徒に肩入れしていると思われているそうだ。
 ……実際、そう捉えられても言い返せないほど俺たちと学園長の繋がりは強い。いくつも便宜上の理由を重ねてきたが、そろそろ誤魔化しが効かなくなってきたのかもしれない。

 最近、学生としてはともかく冒険者として迷宮に挑戦するでもなく魔物の討伐も行わず、街中で済ませられる依頼ばかりこなしていた。
 特待生という立場を考慮しても冒険者らしい実績の無い俺が学園長と懇意にしている。
 下世話な噂が来賓の中に流れているとしたら、良くない想像をされていてもおかしくない。……正直、納涼祭中に追及しなくてもいいだろ、とは思うが。

 色々と思うところは山ほどあるが頭を抱えて悩んでいても仕方がない。
 学園長の口ぶりから察するに拒否権なんてどこにもなく、気分は乗らないが決められてしまったのなら従うしかない。下手に反抗すれば彼女の迷惑に繋がるからな。
 要は学園長の目が節穴ではなかったという証明を、俺の価値を示せばいい。そこを押さえれば問題はないはずだ。
 ただ唯一の難点があるとすれば──

「キミとは思いっきり戦ってみたかったんだ! さあ、全力で来て!」

 戦う相手が学園最強をうたう存在で、しかも何故かテンションが高いところか。
 …………なんでそんなに目を輝かせてるんです?

 ◆◇◆◇◆

 納涼祭二日目、時刻は九時。嫌になるくらい晴天の下、大勢の見物客に見守られて。
 戦いの場として快く貸し出された自由に狙い撃てアルシェトリア特設野外ステージの中心で、対峙するのはやる気十分なノエル生徒会長。
 こっちは予想外のギャラリーに加えて今後の立場を左右する危うい場面で、とても楽しむ気力などあるはずない無気力凡人。ぶっちゃけやりたくない。

 チラリ、と助けを求めるようにエリック達──子ども達もいる方に視線を向けるが、意にも介さず果実水を呑気に啜っていた。アイツらぁ……。
 そこから少し離れたところでは、この勝負を組むようにそそのかしたと思われる来賓に囲まれ、祈るように両手を合わせる学園長がいた。心なしか顔が溶けかけているように見える。ストレスが溜まりそうな環境だし、仕方ないのかもしれないが。

『我らが休んでいる間に凄まじい状況へ発展してしまったようだな』
『まさか生徒会長と刃を交えることになるとは……それ以前にカラミティと接触した時点で目覚めるべきであったか』
『ほんとだよ、もう色々と手遅れだよ』

 結局レオとゴートは就寝する直前に意識を取り戻した。そのまま精神空間に移動し情報を共有したので事情は把握している。
 ……せめてファーストが異能を使った時に察知して起きてくれたらなぁ。普段は異能関係で頼りになるのにダメな時はとことん都合が合わない。振れ幅が大きい奴らだ。

『して適合者よ、勝算はあるのか?』
『ん~……』

 レオの問い掛けに応じるように、改めて生徒会長を観察する。
 身長はカグヤと同じくらいで体型も一般的。セミロングの銀髪に赤い瞳が特徴的。
 アルビノにも近しい見た目から儚く気弱そうに見えるが身に纏う雰囲気はこの場の誰よりも強く、隠し通せない強者の威圧が含まれている。
 そして特筆すべき点として、無骨な外見ながらもどこか有機的な印象を抱かせる魔剣が腰に下げられていた。

 以前少し話した時に知ったが、どうやら俺達が国外遠征で《魔科の国グリモワール》に居た時、彼女も現地で活動していたそうだ。
 依頼をこなしている最中にカラミティ構成員の襲撃を受けて武器が破損し、仕方なく構成員の武器を奪取して撃退した際に適合者であると判明したのだとか。
 だから学園長も彼女が適合者であるとは知らず、中間試験の打ち上げで俺が伝えた時に驚いたらしい。

 襲撃されて以来、あの魔剣は彼女の常用している武器となっているようだが、異能に関してはよく分かっていない。
 本人は“地味な異能”と言っていたが、常識に縛られないのが魔剣だからな。迂闊に構えて気づいた時には詰みの状態に陥っていてもおかしくない。
 ……レオと違って気軽に使える異能だとしたらどうしよう……対策を取らないとやっていられない……というか。

『そもそも実力に差があり過ぎて良い勝負になるかも分からないな。これじゃ公開処刑みたいなもんだよ』
『──そこまで悲観する程か?』
『こんなこと言いたくないけどって嫌でも分かるよ』

 ゴートの驚愕した声に応える。
 これまで散々、自分より強いヤツと相対してきたが……シオンやルシアとも違う、別格だ。肌を刺すプレッシャーはユニーク魔物モンスターや迷宮主に遭遇した比じゃない。
 立ち居振る舞いもそうだが、気の抜けたような笑みの裏で警戒を怠っていないのが空気で察せられる。

『スキルとか魔剣とか異能とか関係ない。素の実力で敵わない存在だと思い知らされるなんて久々だ。勝算なんてほぼゼロだよ』
『……ならばどうする?』
『それでもやることは変わらない。いつも通り視て、学んで、適応していくしかないよ。でも念の為に視界の接続は切っておいてくれ、情報量でパンクするから』
『『了解した』』

 接続の遮断を確認してから生徒会長に声を掛ける。

「いきなりこんなことに巻き込んじゃったけど、生徒会長はよかったの?」
「全っ然問題なしっ! むしろ前から気になってたからね、君の実力は。早めに知れる機会が出来て嬉しいよっ」
「なんで嬉しそうなの……?」
「だって偶に顔を合わせてもちょっと話すだけだし、君のこと噂ぐらいでしか知らないからさ。もっとじっくり交流できたなぁって考えてたんだ。そこに今回の話が来たから、これ幸いと思って引き受けたの」
「戦いが交流になるのは一部の戦闘狂だけだよ」
「ボクもどうせならゆっくりしたかったんだけどね。でも……」

 頬を掻きながら、生徒会長は鞘から魔剣を抜く──威圧感が増した。背筋に怖気が走る。
 淡く白い光を放つ片手剣を両手で構え、彼女はニヤリと笑みを深めた。

「お互い冒険者として、適合者として理解し合える一番の方法はコレでしょ?」
「……その言い分も分からない訳じゃあないけどね。まあ、期待に応えられるように頑張るよ」

 日和ひよっていても仕方がない。やれるだけやってみよう。
 朱鉄あかがねの魔導剣を引き抜いて、トライアルマギア改にボトルを装填し構える。

『──皆様、お待たせしました』

 特設ステージに設置された拡声器から声が響く。

『本日、急遽執り行われる事になりました“学園最強”生徒会長ノエル・ハーヴェイ対“特待生”アカツキ・クロトの模擬戦ッ! 解説を務めさせて頂きます自由に狙い撃てアルシェトリア運営の実況スタッフです、よろしくお願いします!』
『とある方から強い要望があり、そして自由に狙い撃てアルシェトリアにおいて素晴らしい成績を残したお二人の対決ということもあって、私共わたくしどももぜひ協力したく思い実現する運びとなりました。突然の予定変更となりますが、ご了承ください』
『さあさあ、堅苦しい挨拶は程々にして早速ルールを説明します!』

 興奮した解説の声に合わせて空中に文字列が並び、その下にカウントタイマーが表示される。

『一つ。この模擬戦における勝敗の判定は身体保護の魔法障壁を剥がした時点で決まります! 真剣を用いたとしても大きな怪我に繋がる恐れはありませんのでご安心ください!』
『二つ。武器や魔法、スキルの使用制限はありません。お互いが持つ能力を駆使して勝負してください』
『三つ。制限時間は三分間かつ十本勝負! ですがどちらかが過半数を先取しても勝利とはなりません。きっちり十本分、最後までおこなってもらいます!』

 事前に聞かされてたけど三十分も戦い抜くのきつくない? 迷宮主とかユニーク魔物モンスターが相手ならともかく対人だよ?

『なお、今回の模擬戦で魔法障壁を施すのはミィナ・シルフィリア教諭です。凄まじい魔力量を保有し、数多の魔法にも精通している彼女の魔法であれば、いかなる攻撃も防ぎ切れるでしょう』

 先生の実力を疑う訳ではないけど、果たしてその障壁は魔剣の斬撃を防げるのでしょうか? 私、不安です。
 ちらり、と解説席に視線を向ければ先生の瞳とぶつかり合う。学園長と比べて純粋に心配した様子で胸に手を当ててこちらを見つめていた。
 ……致命傷にならないなら問題ない! 体調は良いんだ、気合いで頑張るぞ!

『両者、すでに武器を抜いて準備は万全の様子!』

 解説の声に合わせて観衆のざわめきが強くなった。
 大勢の視線が注がれていると肌で実感できる。

『ならばもはや言葉は不要!』

 会場の熱気が上がり始め、歓声が地を鳴らし、その揺れが足裏から全身を駆け巡る。
 同時に淡い光と共に薄い膜のような物が体の表面を覆う。先生の魔法障壁だ。

『学園最強対特待生、模擬戦十本勝負……スタートですッ!』

 開始の合図を言い切った直後に、魔力操作で身体を強化し走り出す。
 強いヤツを相手に受けに回ったらダメだ、相手の流れを奪って攻めていく! 開いていた間合いを潰し、一気に切り込んで……!








「うん、速さは十分にあるね」








 ──刹那、脳内に響くスキルの警鐘。反応するよりも先に、背中から心臓の位置に痛みが走った。
 遅れて呟くような声が、ガラスの砕けるような音が耳元で鳴り、態勢を整えられず転がってしまう。
 ……何をされた? なんで背後に生徒会長がいる? どうやって……いや、そんなことよりも。
 障壁が破られたと理解した時には、見上げた空中のカウントが止まっていた。

『は、速すぎるぅ!? まるでいかづちの如き轟音を、染み入るような剣閃が瞬き、勝負を決めたァ!!』
『クロト特待生の判断も悪くはありませんでした。即断即決……ですが、それ以上にノエル生徒会長が上回っていたということでしょう』
『やはり学園最強の名は伊達ではありません! 一本目の勝者はノエル生徒会長、戦闘時間はたったの三秒!』

 わずか三秒。たったそれだけで一本目を取られた。
 一瞬の静寂を打ち破ったのは驚愕に満ちた解説の声。しかし気に留める余裕なんて無く、何より衝撃だったのは。

『──動きが捉えられなかった。スキルも魔法も使ってない、素の身体能力で振り切られた』
『これは……予想以上だな』

 あまりにも素早い身のこなし。急所を狙った無駄のない一撃。
 簡素で簡潔。だが歴戦の経験と備わった天賦の才が、何気ない流れを至上の物へと変質させていた。
 学園最強の名に恥じない洗練された力。濁りの無い戦いに特化した思考。
 全てにおいて隔絶した差を見せつけられ、燃えるまでもなく頭が冷えていく。

「でも、速いだけじゃないんでしょ?」

 立ち上がり、新たに掛けられた障壁の輝き越しに彼女を見る。
 くるくると弄んだ魔剣の切っ先を向けて、獰猛な笑みを浮かべて。

「君の全部──ボクに見せてよ!」
「ッッ!」

 一足で懐に飛び込んできた白刃はくじん朱鉄あかがねの赤い刃で受け止める。火花が散り、鍔迫り合いに持ち込み、互いに退く。
 痺れる腕を払い、再び踏み出す。圧倒的強者との闘いは、まだ始まったばかりだ。
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