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【五ノ章】納涼祭

第八十二話 未知なる秘奥の力

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「んーっ! なかなか楽しい時間だったわね」

 占いの館を出たフレン学園長がぐっと伸びをしてこちらに顔を向けた。
 その表情はとても晴れやかであり、まるで二日酔いから復活した時のように清々しい。いつもそうならいいのに……。

「興味本位で入った店で知り合いと会えたし、いい話も聞けたからね。……そういえば浮かれてて聞いてなかった。結局なにを占ってもらったんだ?」
「君と同じよ。待ち人がいつ来るか知りたかったの」
「へぇ、なんか意外だな。結果はどうだった?」
「貴女の願う待ち人は既に近くまで来ているそうよ。明日か一週間後か、一か月後か。それとも……ふふっ、楽しみね」

 どうやら占いの結果にご満悦なようで随分と機嫌が良いみたいだ。
 メイド喫茶の交代時間が迫っている為、歩きながら二年七組の教室へ向かう。背後では学園長が出てきたという事もあってか、興味を惹かれた何人かの客が占いの館へ入っていった。
 忙しくさせて申し訳ないと思うが、これもシエラさんの売り上げに繋がるだろうし……頑張ってください。

「しかし占いと言えば水晶とかカードを使うイメージが強いけど、シエラさんはカード占いもやるのかな」
「《ホロスコープ》にそういったスキルが無ければダメじゃない? “水晶を通して相手を見る”過程があるから力を発揮できるみたいだし。私の魔法のように別のアプローチが必須なんでしょうね」
「学園長の魔法……? あっ、シルフィ先生を助ける時に貰ったやつ?」

 過去の因縁に決着を着ける為、誰にも別れを告げずに姿を消した先生。
 行方ゆくえが知れず追跡しようにも手段が無かった俺に、学園長が手品の如く創りあげたタロットカード。
 先生の元まで先導してくれたり、俺には分からなかったが過去の記憶を想起させていたとか。もはや魔法というより奇跡に近しい現象を引き起こしていた。

「学園長が特殊属性だっていうのは聞いてたけど詳しくは知らないなぁ。……思い描いたイメージを特定のカードという形で作成して効果を発動させる、って感じ?」
「簡単に言うとね。カード自体が独立した魔法陣として機能するから、私の手を離れても問題なく使用できるのよ。形は……別になんでもいいんだけど、想像しやすいのがタロットカードだったからね」

 試しに一枚、と呟いて学園長は指先に魔力を込めた。あの時と同様に詠唱無しで魔法が形成され始めた。
 目に見えるほど高密度な魔力の塊が細かく何層にも重なる魔法陣と化して、淡い輪郭が極々薄く、けれど質量を持った四角い紙片へと徐々に構築されていく。
 ただの紙とあなどることなかれ。魔力を物質変化させる技術がどれだけ難しいかを俺はよく知っている。子ども達に作ったトリック・マギアで一番苦労した部分だからだ。

 シルフィ先生が多用する魔力障壁を実演してもらってなんとか形にする事はできたが……魔力を変換する際に発生するロスは無く、時間も掛かっていない。
 下手をすれば暴発して大怪我をするのに、それを遊び感覚で容易くこなしている。つまり学園長も先生と同レベルの魔力操作に精通している事実の証左でもあるのだ。

 普段はだらしないのにこういうギャップがあるのズルいと思う……などと考えていたら、紙片に変化が現れる。
 豪奢な額縁のような枠の中に、街灯の如く吊るされた歯車へ人や動物が絡み合う絵柄が描かれ、最後にⅩという数字が枠外上部に追加された。
 属性魔法とは別の神秘を見せられているようで肌がざわつく。これが、学園長の魔法。

「この世の摂理、ありとあらゆる常識を覆し、秘奥の先を照らす私だけの魔法──それが神秘魔法アルカナムよ」
「アルカナム……くそっ、学園長のくせにカッコいいじゃないか……」
「聞こえてるわよ」

 じとっとした目で睨みつけてくる学園から目を逸らす。

「そ、それでそのカードは何ができるんだ? 見たところ運命のアルカナっぽいけど」
「ふーむ……正直、どんな効果になるかは私にも分からないのよね」
「えっ、どういうこと?」
「言ったでしょう、独立した魔法陣として機能するって。カードを作るまでのイメージは私に依存するけど、後は使用者がどう想像するかで効果が変わるのよ」

 我ながら困った魔法だわ、と学園長は眉根を寄せてため息をこぼす。
 彼女の言いたいことを察するに……例えば魔術師のタロットカードがあるとしたら、魔法由来の攻撃か防御か治癒のどれかが発動可能になるってこと? 使用者の魔法適性を無視して?
 誰が使っても同様の効果を得られるのなら、魔法が苦手な人でも文字通りの切り札として使えるのか。とんでもない魔法では?

「いや待てよ。咄嗟の判断で対象のアルカナと絵柄だけで判別して使いこなす、なんて器用なマネは難しいから逆に使いにくいのか……?」
「鋭いわね。しかも変にアルカナが持つ意味とか由来を知っていて、そっちにこだわり過ぎると思考が分散して不発したり、勝手に発動するのよ」
「なるほど……」

 それこそ俺は神秘魔法アルカナムの説明を直接聞いてるから細かい調整が効くのかもしれないが、そうでない人にとってはロクに発動しないただの紙切れとしか認識されない恐れがあるのか。
 出店で果実水が入ったコップを二つ購入し、一つを学園長に渡して自分の分を口に含む。ブドウの甘味を舌の上で転がしながら考察を続ける。

 シルフィ先生に過去を見せたタロットカードには、魔術師のアルカナが描かれていた。
 ゲームでよく出てくるから調べたけど、確か正位置だと創造や自信などの性質を持ち、自らの力で新たな物を生み出す意味があったはず。反面、逆位置は混迷や未熟、自信が喪失した状態を表す。
 昔の因縁から今に至るまで変わった心境、迷いを抱いていた先生に己の記憶を見つめ直して再起する足掛かりになったと見れば、魔術師のアルカナに沿った効果と言える。
 先生がさらけ出した本音と強い願いにカードが応えてくれたのだろう。持ってたのは俺だけど。

 もう一枚のカードには隠者のアルカナが記されていた。
 正位置は悟り、慎重さを意味し思慮深い側面を持ち、逆位置は悲観、保守的で閉鎖的な状態にあると言われている。
 所在不明、隠れた者と認識した先生の元まで、認識阻害の結界を無視して誘導してくれた影の功労者とも言えるカードだ。こっちは俺と学園長の意志に応えてくれたのだと思う。

 絵柄から来るイメージを元に着想を得た効果も発動するし、意味を知っていればそれに沿った効果としても発動する。
 浅く広いシンプルな発想か、深く狭い凝った発想か。汎用性・応用性ともに幅が広すぎて評価に迷う。もはやカードが独自の意思を持つと言われても納得できる複雑怪奇な魔法。
 それが神秘魔法アルカナムなのだ。……なんというか、人のことを言えた義理ではないが……特殊属性は難しいなぁ!

「学園長も大変なんだねぇ……きっと燃費も最悪なんでしょ? 特殊属性だもんね、知ってる知ってる」
「別に君ほど苦労はしてないわよ? 確かに五十枚は作ると枯渇するけどそんなに作る機会は無いし、そもそも私の魔力量はシルフィの次くらいには多いもの。ニルヴァーナ中で二番目よ?」
「はーっ!? 心配して損したわ、魔力バカめ! 一〇、いや五パーセントでいいから俺にくれッ!」
「傲慢なのか謙虚なのかハッキリしなさいよ」

 いきなり大声を出したせいで周囲の視線を集めてしまった。ぐっ、魔力セレブをねたむ心を抑えなくては……!

「くっそぉ、なんで俺以外のアカツキ荘メンバーは身体能力も魔力も一級品なんだよぉ。全部貧弱だよ俺はぁ……最近は子ども達が急成長してきて指導側としての立場も危ういのに」
「でも君、頑丈で打たれ強いじゃない? エリックくん達も頼りになるって言ってたし、そこは自慢していいと思うわよ」
「もしかして俺、皆からサンドバッグになるのが一番適任だと思われてる? ……おいどこ見てんの学園長」

 空になったはずのコップをあおるフリをして目を合わせない。前を見なさい、歩行者とぶつかるでしょうが。
 しかし学園長はともかく、アカツキ荘の学生組には俺に対するイメージがどんなものかすり合わせを行う必要があるな……。

「ま、まあまあ、そんなに気を落とさなくてもいいじゃない。お詫びにこれあげるから」
「これって……」

 押し付けるように渡されたのは先ほど作った運命のタロットカード。余り物をついでの感覚で亡き者にしようとするなまけ根性が伝わってくる。
 ゲーム売り場で見たことがある、大人買いしたカードパックで被ったカードをその辺の子どもに渡すような所業だ。

「貰ってもなぁ、不確定要素が多過ぎて怖いよ。上手く扱える自信も無いし」
「いいからいいから。貴方の事を考えて作ったカードなんだから御守り代わりに持ってなさい」
「俺が運命のアルカナに合ってるってこと? 運命といえば……」
「正位置は変化や出会い、一時的な幸運に恵まれ、逆位置はすれ違いがもたらす急速な悪化を意味するわ。ただし、運命の輪は止まることなく回り続ける……福音にも災いにも転じるのよ」
「今も割と否応なく騒動と幸運に巻き込まれてるし、確かに合ってるか」
「トラブル慣れし過ぎて達観してるわね」

 お前もその一部なんだぞ、とは言わなかった。さすがに良心が痛む。

「しかし急速な悪化かぁ……何が原因になるのか心当たりが多くて絞り切れないや」
「そういう所が問題だと思うのだけれど。特に最近はメイド服の改良とか石鹸の大量生産やら菓子折り持って出掛けたり、忙しそうにしてる割に借金もきちんと返済してるし不審な行動が多いもの」

 借金返済してるのは不審がらなくていいだろ、必死になって稼いでる証拠だろうが。というか、皆に黙って“麗しの花園”に入り浸ってるのバレかけてるじゃないか。
 なんと言葉を返せばよいものか。頭を悩ませていると、覗き込むように学園長が視界に入り込んできた。
 真面目な表情のまま目はまっすぐにこちらを見抜いていて、思わず息が止まる。

「あんまり隠し事ばかりしてると、取り返しの付かない事態になるかもしれないわよ? まあ君のことだし、危ない橋を渡るようなマネはしてない……いや、うん……してても保険は掛けてると思うけど」
「そこは信頼して言い切ってほしかったなぁ」

 しかしすぐにへにゃりと崩れた学園長の顔に頬が緩む。でも彼女の言い分は正しい。
 俺のやってる事は法やルールのグレーな部分に触れている。自警団、学園側にその件が露呈すれば非難は確実だ。俺を特待生として学園に迎え入れた学園長の信頼にも傷がつく。
 学園長だけでなく先生やエリック達にまで被害が及び、多くの人に迷惑を掛けてしまうだろう。
 そうなる前に手を打つべきだ。期待を裏切らない為にも、なにより自分自身の為にも。
 となるとシュメルさんにコンタクトを取らなくてはいけないのだが……さすがに納涼祭中は“麗しの花園”に近づけないから、終了後に相談しに行こう。

「心配しなくても大丈夫だよ。そんなに変な事はしてないし、いざという時は皆を頼るし」
「……そう。でも、忘れないでね」

 彼女は改めて向き直り、胸を張って。

「君が歩んできた道が、築いてきた繋がりが誰かの心の懸け橋になっているのよ。貶されたり傷つけられても手を伸ばし続けて、掴みあげてくれるのだから。暗い旅路を照らす星みたいに、君の輝きに感化された人は沢山いる」

 無邪気な子供のように笑って。

「進むべき道を、そうあるべきだと信じて貫いていきなさい。今までのように、これからもね。それでもツラい時や苦しい時は仲間を、大人の私たちをどどんと頼りなさい! 絶対に助けてあげるから!」

 まるで自分の事のように、心底嬉しそうな声で言い切った。
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