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【五ノ章】納涼祭
第八十一話 キミと一緒に《後編》
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ご機嫌な学園長に手を引かれて辿り着いた出店は──なんだか怪しげな装飾が施された小さな天幕だった。
一人か二人で定員オーバーしそうなくらい小さく、看板はどこにもなく。夜空のように真っ黒な布に星を模した点が無数に散らばっているだけの質素な物だ。
堂々と廊下の往来を制限していても誰も気に留めてない辺り問題は無いのだろうが、それはそれとして警戒を抱く全景に変わりはない。
「なんだこれ」
「わかんない。でも興味は引かれるでしょ? だから入ってみましょうよ」
「好奇心で軽々しく踏み入っていいのか、ただでさえ午前中に恐怖体験したばっかりなのに。……もしホラー系の出し物だったら学園長を置いて逃げるからな」
「力強いのに情けない宣言するのやめない?」
いつ踵を返してもいいように身構えながら、意を決して天幕の中へ……あれ、意外にも中は明るいな。
吊り下げ式の結晶灯で照らされた室内の真ん中にテーブルが一つ。その上には赤ん坊くらい大きな水晶が鎮座していた。
想像してたよりも怖くないな。明かりもあるし警戒を解いても──待て、テーブルを挟んで椅子が二つあり、しかも奥側に誰かが座っている。
この出し物の主だろうが、青黒いローブを頭から被っていて顔が見えない。怖い。帰っていい?
「いらっしゃいま……あら、クロトさん?」
「え、その声は」
「んん? 君の知り合いなの?」
この場から逃げようとして手を離さない学園長と密かな攻防を繰り広げていたら、聞き覚えのある声がした。
学園長を盾に肩口から覗き込んで声の主を確認すれば、フードを外して顔を見せる女性の姿が。
雰囲気ががらりと変わっていて気付くのが遅れたが、間違いない。この世界に来てから度々交流を深めている冒険者ギルドの職員にして、クラス適性鑑定士のシエラさんだ。
いつもギルドで顔を会わせて小話をするくらいの仲だが、こうして学園で出会うのは初めてだ。
「びっくりした……どうしてシエラさんが学園で出し物を?」
「どうしても何も私の本業はこちらなので、お祭りの機会に乗じて一稼ぎさせてもらおうかと」
「本業? 周りを見た感じ占い師の館みたいな雰囲気ですけど」
「その通りです。私のクラスは《ホロスコープ》なので」
なんじゃそりゃ? なんて首を傾げていたら思案していた学園長がポン、と手を叩いた。
「思い出した。貴女、何年か前にギルド本部からニルヴァーナの支部に配属された子じゃない? ギルドマスターに支部の人手が足りないって愚痴ったら寄越してきた、凄腕の占星術師って」
「お久しぶりです、アーミラ学園長。支部長と共にご挨拶へ伺って以来ですね」
「もうそんなに経つかしら……悪いわねぇ、忘れっぽくて。あの頃の私は酒浸りで毎日二日酔い状態だったから意識がはっきりしてなかったのよ」
「昔も今も変わらないじゃん」
「お黙り」
まるで今は違うとでも言いたげな学園長にツッコんだら、頭を軽くはたかれた。こいつぅ……。
「ふふっ……それにしてもアカツキさんの交友関係は凄まじいですね。ニルヴァーナの最高責任者ともあろうお方と、ここまで親しい間柄だとは。特待生という特殊な立場であることが関係していると見ても──」
軽く笑みをこぼしてシエラさんは眼下にある水晶へ手を伸ばした。
小さく何か呟いたかと思えば、スキルの発動した微弱な感覚が全身を奔る。同時に水晶が柔らかな光を放出し始めた。まるでオーロラのような光の帯だ。
幾重にも重なるそれは時折弾けて、星のように辺りへ散らばる。結晶灯の明かりすら吞み込んで埋め尽くした粒子が細い線で結ばれ、星座のような形になった。
「不思議ですね。こんなにも多く、そして強固なまでに人の繋がりがあるお方は滅多に見掛けませんよ。光の強弱で貴方に対する感情の大きさを知ることも可能ですが、こんなにもしっかりと形を保っているのは初めて見ました。貴方を想う人が沢山いるのですね」
「そんなことまで分かるんですか? 《ホロスコープ》のスキルって」
「星が導く多様な運命、不可視な事象を限定的に顕現させる。それが私のクラスですので」
「意味深な言い回しだけど、つまりは超高確率で当たる占いができるってことよ。理解した?」
「ほえぇ……」
まるでプラネタリウムのような光景に感動していると、シエラさんが指を弾いた。瞬間、光の星座は霧散し結晶灯の明かるさに溶けていった。
自分の技術に揺るぎない自信を抱いているのだろう。得意げに頬を緩めるシエラさんはいつも以上に頼もしく見えた。
ギルドでも他の職員より大量の仕事を苦も無く熟していたし、優秀と称されたのも頷ける。ギルド本部はこんなにも働く人員をよく手放したものだ。
「さて、世間話はこの辺りでおしまいとして何を占いましょうか? 一回の占い料は一〇〇〇メルです。先ほどの占いはサービスと致しますので、知りたい事があれば遠慮なくお申しつけください」
「わかりました。じゃあ恋愛運を占ってください」
「はい。…………はい?」
あまりにも素早い返答に虚を突かれたのか。メル硬貨をテーブルに置きながら椅子に座り、向かい合わせになったシエラさんが素っ頓狂な声を上げる。
横で見ていた学園長が呆れたようなため息を落とし、厳かで神秘的にも感じられた空間がやんわりと緩んだ。
「他にも知りたいことはいっぱいあるでしょうに。よりにもよって恋愛運?」
「えっと、本当によろしいのですか? 金運や商運、曖昧にはなりますが将来の道筋なども確認できますが」
「将来は自分の手で切り開くので大丈夫です。それよりも俺の身に現在モテ期が到来しているかどうかを知りたい。ここ数か月、今まで出会ってきた女性より遥かに性格の良い人との巡り合わせが多くて不安なので」
「君の過去にいったい何があったのよ……」
「正直に言うけど、後悔したくなければ聞かない方が身の為だよ。歪むから」
「やめときまぁす……」
「で、では恋愛運を占うということで、早速取り掛かりましょう!」
弱々しく耳を塞いでそっぽを向いた学園長を気遣い、シエラさんが強引に占いを進行させた。
先ほど見せてもらった光の星座は例えるなら人物相関図のようなもので。より詳しく、正確に占いたい場合はクラスを設定した時のように、水晶へ手を乗せて魔素を用いるそうだ。
それらの現象を引き起こすのが《ホロスコープ》によって習得したスキル、そして変化した魔法適性の占星魔法。
特に魔法は特殊属性のように一癖も二癖もあるようで。水晶が無ければ発動できなかったり、そもそも攻撃魔法が一切ないらしい。
スキルもほとんどが後方支援、というか戦闘で有利になる物が皆無なのだとか。なんとも親近感の湧く共通点だ。
故に冒険者として活動するのは難しく、友人の伝手でギルド職員として面接を受けて就職した──その翌日に異動を言い渡されてニルヴァーナへ。
「随分と唐突ですね、せっかく就職できたのに」
「でも、悪い話ではなかったんですよ。攻撃能力が無い分、占星魔法やスキルは凄まじい性能を誇っています。そしてギルド本部はもちろん《グランディア》の重要施設は王家との繋がりが強く、勢力と情報網は蜘蛛の巣のように広がっています」
どこか遠くを見るような懐かしむ顔でシエラさんは語る。世間話の傍らで、水晶は仄かな明滅を繰り返していた。
光の星座よりも大きく安定したいくつもの光球が水晶に浮かび上がり、次第に明確な形を描いていく。
「ほうほう……ん? それって大丈夫なんです……?」
「君なら察しが付いてると思うけど、人の口に戸が建てられない以上は王家の他にも利用される。だから有力な素質を持つ者の“引き抜き”なんてのはよくある事なのよ。残念なことにね」
「……もしかして《ホロスコープ》ってバレたら拉致される恐れがある?」
「可能性はゼロではありません。その点を考慮されて私の身柄を保護する為にギルドマスターは異動を命じたのです。ニルヴァーナでなら王家も迂闊に手出しは出来ませんから」
会話の所々に挟まれた言葉の疑問はともかく、シエラさんが俺に秘密を明かしてくれたのは信頼してくれているようで嬉しい。人との縁は大切にするものだ。
ちなみに《ホロスコープ》と判明してからはクラスを《占い師》と偽り、占星魔法を上手く使って採集依頼を中心に荒稼ぎしていたらしい。強かな人だ。
「では雑談はこの辺りにいたしまして──結果が出ましたよ」
「そんな他国の重要情報をさらっと話題に挙げないでほしい……まあ、いいや。そんなのよりも恋愛運の方が大事だ」
「彼女もそうだけど君も大概イイ根性してるわよね」
お前ほどではない、と声に出さずツッコミながら水晶を覗き込む。
「いくつもの鮮やかな光球が円を描き結ばれて、絡み合い、交差している。行き着く先は煌めく一つの星へ……確かに今のクロトさんは女性との出会いに恵まれているようです」
「っしゃおらぁ、やったぜぇ!」
「テンション高ーい……にしても光の数が多いわね。これはどういう状況なの?」
学園長の疑問に頷いたシエラさんが指で水晶をなぞる。すると光球は大きい物と小さい物に分かれて、大きい物は静止し、小さい物はシャボン玉のように不安定な動きを見せた。
「ひとまずクロトさんが築いた、もしくは築くであろう人間関係の中から現時点で親交を持つ人と今後出会う可能性のある人に分けてみました」
「おお、こんなにいっぱい……やはりモテ期が到来してると見て間違いないんですね? わが世の春が来ていると確信を持っていいんですねッ!?」
「必死過ぎてちょっと引くわね……」
「俺だって年頃の男の子! 灰色の学生生活に引導を渡せるのなら必死にもなるさっ!」
何はともかく占いの結果には大満足だ。可能性がゼロでないならどうとでもなるのだ。
ウキウキな気分で席を立ち、代わりに学園長を座らせる。
「あら、もういいの? もっと詳しく調べてもらった方が助かるんじゃない?」
「出会った後は自分の力で何とかしてみせるから大丈夫。そもそも占いの結果に従って、特定の誰かを選ぶなんて不純な動機で付き合ったら相手に失礼でしょ。ちゃんと自分の魅力を最大限に引き上げて全力で向き合っていきたいんだよ、俺は」
ふとした偶然が芽吹き、大輪の花を咲かせるかもしれない。不確定な運命が敷いたレールを粉々に砕いて自らの手で道を創っていくのだ。
そこに至るまでの行動を無駄な足掻き、徒労に終わると後ろ指を刺されようが構わない。努力した過程で得た経験や知識が自分や誰かへのきっかけになるのなら……そうならなくとも後悔はしないだろう。
要はこれからのモテ期に対して自分磨きは怠らないようにしようって話だ。いつも通りだな!
◆◇◆◇◆
「なんだかんだ真摯で真面目なのよね。突飛で突拍子も無い行動が多いけど」
「加えて親しみやすいユーモアを持ち合わせ、独特の雰囲気に持ち込めるのがクロトさんの魅力なのでしょう。占いの結果を見れば納得できます」
「彼に助けられた人は大勢いるものね。依頼も相談事もしっかり解決してるし、この間のニルヴァーナ防衛でも大活躍してたし」
「傍目から見ていましたが、クロトさんの戦術は派手だったり堅実だったりでまったく読めませんね……」
「身近にいる私たちですら引き出しの多さに戦慄させられるわよ。……さて、私は何を占ってもらおうかしら?」
一人か二人で定員オーバーしそうなくらい小さく、看板はどこにもなく。夜空のように真っ黒な布に星を模した点が無数に散らばっているだけの質素な物だ。
堂々と廊下の往来を制限していても誰も気に留めてない辺り問題は無いのだろうが、それはそれとして警戒を抱く全景に変わりはない。
「なんだこれ」
「わかんない。でも興味は引かれるでしょ? だから入ってみましょうよ」
「好奇心で軽々しく踏み入っていいのか、ただでさえ午前中に恐怖体験したばっかりなのに。……もしホラー系の出し物だったら学園長を置いて逃げるからな」
「力強いのに情けない宣言するのやめない?」
いつ踵を返してもいいように身構えながら、意を決して天幕の中へ……あれ、意外にも中は明るいな。
吊り下げ式の結晶灯で照らされた室内の真ん中にテーブルが一つ。その上には赤ん坊くらい大きな水晶が鎮座していた。
想像してたよりも怖くないな。明かりもあるし警戒を解いても──待て、テーブルを挟んで椅子が二つあり、しかも奥側に誰かが座っている。
この出し物の主だろうが、青黒いローブを頭から被っていて顔が見えない。怖い。帰っていい?
「いらっしゃいま……あら、クロトさん?」
「え、その声は」
「んん? 君の知り合いなの?」
この場から逃げようとして手を離さない学園長と密かな攻防を繰り広げていたら、聞き覚えのある声がした。
学園長を盾に肩口から覗き込んで声の主を確認すれば、フードを外して顔を見せる女性の姿が。
雰囲気ががらりと変わっていて気付くのが遅れたが、間違いない。この世界に来てから度々交流を深めている冒険者ギルドの職員にして、クラス適性鑑定士のシエラさんだ。
いつもギルドで顔を会わせて小話をするくらいの仲だが、こうして学園で出会うのは初めてだ。
「びっくりした……どうしてシエラさんが学園で出し物を?」
「どうしても何も私の本業はこちらなので、お祭りの機会に乗じて一稼ぎさせてもらおうかと」
「本業? 周りを見た感じ占い師の館みたいな雰囲気ですけど」
「その通りです。私のクラスは《ホロスコープ》なので」
なんじゃそりゃ? なんて首を傾げていたら思案していた学園長がポン、と手を叩いた。
「思い出した。貴女、何年か前にギルド本部からニルヴァーナの支部に配属された子じゃない? ギルドマスターに支部の人手が足りないって愚痴ったら寄越してきた、凄腕の占星術師って」
「お久しぶりです、アーミラ学園長。支部長と共にご挨拶へ伺って以来ですね」
「もうそんなに経つかしら……悪いわねぇ、忘れっぽくて。あの頃の私は酒浸りで毎日二日酔い状態だったから意識がはっきりしてなかったのよ」
「昔も今も変わらないじゃん」
「お黙り」
まるで今は違うとでも言いたげな学園長にツッコんだら、頭を軽くはたかれた。こいつぅ……。
「ふふっ……それにしてもアカツキさんの交友関係は凄まじいですね。ニルヴァーナの最高責任者ともあろうお方と、ここまで親しい間柄だとは。特待生という特殊な立場であることが関係していると見ても──」
軽く笑みをこぼしてシエラさんは眼下にある水晶へ手を伸ばした。
小さく何か呟いたかと思えば、スキルの発動した微弱な感覚が全身を奔る。同時に水晶が柔らかな光を放出し始めた。まるでオーロラのような光の帯だ。
幾重にも重なるそれは時折弾けて、星のように辺りへ散らばる。結晶灯の明かりすら吞み込んで埋め尽くした粒子が細い線で結ばれ、星座のような形になった。
「不思議ですね。こんなにも多く、そして強固なまでに人の繋がりがあるお方は滅多に見掛けませんよ。光の強弱で貴方に対する感情の大きさを知ることも可能ですが、こんなにもしっかりと形を保っているのは初めて見ました。貴方を想う人が沢山いるのですね」
「そんなことまで分かるんですか? 《ホロスコープ》のスキルって」
「星が導く多様な運命、不可視な事象を限定的に顕現させる。それが私のクラスですので」
「意味深な言い回しだけど、つまりは超高確率で当たる占いができるってことよ。理解した?」
「ほえぇ……」
まるでプラネタリウムのような光景に感動していると、シエラさんが指を弾いた。瞬間、光の星座は霧散し結晶灯の明かるさに溶けていった。
自分の技術に揺るぎない自信を抱いているのだろう。得意げに頬を緩めるシエラさんはいつも以上に頼もしく見えた。
ギルドでも他の職員より大量の仕事を苦も無く熟していたし、優秀と称されたのも頷ける。ギルド本部はこんなにも働く人員をよく手放したものだ。
「さて、世間話はこの辺りでおしまいとして何を占いましょうか? 一回の占い料は一〇〇〇メルです。先ほどの占いはサービスと致しますので、知りたい事があれば遠慮なくお申しつけください」
「わかりました。じゃあ恋愛運を占ってください」
「はい。…………はい?」
あまりにも素早い返答に虚を突かれたのか。メル硬貨をテーブルに置きながら椅子に座り、向かい合わせになったシエラさんが素っ頓狂な声を上げる。
横で見ていた学園長が呆れたようなため息を落とし、厳かで神秘的にも感じられた空間がやんわりと緩んだ。
「他にも知りたいことはいっぱいあるでしょうに。よりにもよって恋愛運?」
「えっと、本当によろしいのですか? 金運や商運、曖昧にはなりますが将来の道筋なども確認できますが」
「将来は自分の手で切り開くので大丈夫です。それよりも俺の身に現在モテ期が到来しているかどうかを知りたい。ここ数か月、今まで出会ってきた女性より遥かに性格の良い人との巡り合わせが多くて不安なので」
「君の過去にいったい何があったのよ……」
「正直に言うけど、後悔したくなければ聞かない方が身の為だよ。歪むから」
「やめときまぁす……」
「で、では恋愛運を占うということで、早速取り掛かりましょう!」
弱々しく耳を塞いでそっぽを向いた学園長を気遣い、シエラさんが強引に占いを進行させた。
先ほど見せてもらった光の星座は例えるなら人物相関図のようなもので。より詳しく、正確に占いたい場合はクラスを設定した時のように、水晶へ手を乗せて魔素を用いるそうだ。
それらの現象を引き起こすのが《ホロスコープ》によって習得したスキル、そして変化した魔法適性の占星魔法。
特に魔法は特殊属性のように一癖も二癖もあるようで。水晶が無ければ発動できなかったり、そもそも攻撃魔法が一切ないらしい。
スキルもほとんどが後方支援、というか戦闘で有利になる物が皆無なのだとか。なんとも親近感の湧く共通点だ。
故に冒険者として活動するのは難しく、友人の伝手でギルド職員として面接を受けて就職した──その翌日に異動を言い渡されてニルヴァーナへ。
「随分と唐突ですね、せっかく就職できたのに」
「でも、悪い話ではなかったんですよ。攻撃能力が無い分、占星魔法やスキルは凄まじい性能を誇っています。そしてギルド本部はもちろん《グランディア》の重要施設は王家との繋がりが強く、勢力と情報網は蜘蛛の巣のように広がっています」
どこか遠くを見るような懐かしむ顔でシエラさんは語る。世間話の傍らで、水晶は仄かな明滅を繰り返していた。
光の星座よりも大きく安定したいくつもの光球が水晶に浮かび上がり、次第に明確な形を描いていく。
「ほうほう……ん? それって大丈夫なんです……?」
「君なら察しが付いてると思うけど、人の口に戸が建てられない以上は王家の他にも利用される。だから有力な素質を持つ者の“引き抜き”なんてのはよくある事なのよ。残念なことにね」
「……もしかして《ホロスコープ》ってバレたら拉致される恐れがある?」
「可能性はゼロではありません。その点を考慮されて私の身柄を保護する為にギルドマスターは異動を命じたのです。ニルヴァーナでなら王家も迂闊に手出しは出来ませんから」
会話の所々に挟まれた言葉の疑問はともかく、シエラさんが俺に秘密を明かしてくれたのは信頼してくれているようで嬉しい。人との縁は大切にするものだ。
ちなみに《ホロスコープ》と判明してからはクラスを《占い師》と偽り、占星魔法を上手く使って採集依頼を中心に荒稼ぎしていたらしい。強かな人だ。
「では雑談はこの辺りにいたしまして──結果が出ましたよ」
「そんな他国の重要情報をさらっと話題に挙げないでほしい……まあ、いいや。そんなのよりも恋愛運の方が大事だ」
「彼女もそうだけど君も大概イイ根性してるわよね」
お前ほどではない、と声に出さずツッコミながら水晶を覗き込む。
「いくつもの鮮やかな光球が円を描き結ばれて、絡み合い、交差している。行き着く先は煌めく一つの星へ……確かに今のクロトさんは女性との出会いに恵まれているようです」
「っしゃおらぁ、やったぜぇ!」
「テンション高ーい……にしても光の数が多いわね。これはどういう状況なの?」
学園長の疑問に頷いたシエラさんが指で水晶をなぞる。すると光球は大きい物と小さい物に分かれて、大きい物は静止し、小さい物はシャボン玉のように不安定な動きを見せた。
「ひとまずクロトさんが築いた、もしくは築くであろう人間関係の中から現時点で親交を持つ人と今後出会う可能性のある人に分けてみました」
「おお、こんなにいっぱい……やはりモテ期が到来してると見て間違いないんですね? わが世の春が来ていると確信を持っていいんですねッ!?」
「必死過ぎてちょっと引くわね……」
「俺だって年頃の男の子! 灰色の学生生活に引導を渡せるのなら必死にもなるさっ!」
何はともかく占いの結果には大満足だ。可能性がゼロでないならどうとでもなるのだ。
ウキウキな気分で席を立ち、代わりに学園長を座らせる。
「あら、もういいの? もっと詳しく調べてもらった方が助かるんじゃない?」
「出会った後は自分の力で何とかしてみせるから大丈夫。そもそも占いの結果に従って、特定の誰かを選ぶなんて不純な動機で付き合ったら相手に失礼でしょ。ちゃんと自分の魅力を最大限に引き上げて全力で向き合っていきたいんだよ、俺は」
ふとした偶然が芽吹き、大輪の花を咲かせるかもしれない。不確定な運命が敷いたレールを粉々に砕いて自らの手で道を創っていくのだ。
そこに至るまでの行動を無駄な足掻き、徒労に終わると後ろ指を刺されようが構わない。努力した過程で得た経験や知識が自分や誰かへのきっかけになるのなら……そうならなくとも後悔はしないだろう。
要はこれからのモテ期に対して自分磨きは怠らないようにしようって話だ。いつも通りだな!
◆◇◆◇◆
「なんだかんだ真摯で真面目なのよね。突飛で突拍子も無い行動が多いけど」
「加えて親しみやすいユーモアを持ち合わせ、独特の雰囲気に持ち込めるのがクロトさんの魅力なのでしょう。占いの結果を見れば納得できます」
「彼に助けられた人は大勢いるものね。依頼も相談事もしっかり解決してるし、この間のニルヴァーナ防衛でも大活躍してたし」
「傍目から見ていましたが、クロトさんの戦術は派手だったり堅実だったりでまったく読めませんね……」
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