自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第七十八話 アカツキ・クロトは弾けたい

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 納涼祭の騒ぎにも慣れ始めた正午過ぎ。
 休憩時間が終わる前に戻ってきたエリックが──デートしてきたのが余程嬉しかったのか──やけに嬉しそうなセリスに腕を引かれて、七組専用の更衣室に連れ込まれた。
 隠す気が無い、あまりにも甘い雰囲気。見ないようにしても気になってしまうのが人の性というもの。
 色恋沙汰に興味・関心の強い女子達は心なしかソワソワし始めて。
 女装男子は怨嗟の声が聞こえてきそうなほどの威圧感を放つように。
 絶妙な空気が漂って数分が経過。

 そうして更衣室から出てきたのが普段ツンツンと尖った赤髪を下ろして片目隠れとなり、メイド服に身を包むことでおしとやかな見た目へと変貌したエリックだった。
 頼りなさげに見えるメイクに相反する頑強さを感じさせる大柄な体。
 それをメイド服のミスマッチさと気弱さを抱かせるギャップを組み合わせる事で、逆にアリと思わせる仕立て……文句の付け所が無い完成度。
 やるじゃないか、セリス。顔を真っ赤にしてるエリックの後ろでドヤ顔してるのも納得だ。
 いや、しかし、うん。

『──んぶふっ』
「おい」

 練習で見せてもらった事もあり、心構えもしていたが耐え切れず吹き出してしまった。咄嗟に口元を隠せてよかった。
 湧き上がる笑いを堪えようとして、ルーン文字で変声された怒りの声が投げかけられる。ごめん、悪気は無いんだ。

『ん、んん。では休憩時間となりましたので交代します。後はお任せしましたよ、二人とも』
「ふふん、アタシにドーンと任せな! 完璧にメイドを遂行すいこうしてみせるよ!」
「ノリノリ過ぎねぇか……? まあ、なるようになるだろ」
『がんばってください。ちなみに今から子ども達が遊びに来るそうなので、対応お願いしますね』
「は? ちょっと待て、そんなの初耳だぞ」
『今日のシフト表を渡したら午後から面白いものが見れる! と。ずいぶん楽しみにしていたみたいですよ?』
「おっまえ、やりやがったな……!?」

 凄まじい眼光で睨みつけてくるエリックから目を逸らし、そそくさと更衣室へ向かう。
 別に女装したエリックを見せて笑い者にしようだなんて魂胆は無い。ただ、その方が面白くなりそうだったから。
 既に話題性はばっちりあるんだし、午前中はセリスと一緒に納涼祭を楽しんできたんだ。今度は盛り上げる役にならないとね。

 ◆◇◆◇◆

 メイクを落とし、事前に用意されていた着替え用の執事服に袖を通して姿見で異常が無いかを確認。
 悪ノリで何か奇抜な装飾が施されている、なんて事はない白と黒のジャケットタイプの執事服だ。メイド服から着想を得たのか、どんな体型にも合致するフリーサイズであり動きやすい仕様になっている。
 でも、うーん……俺が着てもあまりパッとしないな。他の七組男子ならめちゃくちゃ似合うんだろうけど、服に負けてる気がする。
 とはいえせっかく用意してもらった物だし、無下にするのはいただけない。このまま納涼祭に繰り出すとしよう。
 人気の無い区画にある更衣室だが、念の為に周囲を警戒してから廊下に出る。立ち入り禁止の立て札を設置してから、学生や外部から来た多くの人で賑わう学園を練り歩く。

「さーて、これからどうしようかな」
『先日渡されたパンフレットには様々な出し物の詳細が書かれていたな』
『うむ、非常に興味を惹かれる物ばかりであった。ここ数日で拝見した君の記憶に似たような催しはあったが……実際にこうして目の当たりにすると、感じ方が全く違うな』
『楽しそうで何より……というかもレオもさ、そんなに俺の記憶を見てて楽しいか?』
『『真っ当かどうかはともかくとても面白い』』
『俺の人生って、摩訶不思議存在どもにそこまで言われちゃうの……?』

 顎に手を当て、一人でに呟けばの声が返ってくる。
 一人は既に慣れ親しんだと言っても過言ではないレオによるもの。
 そしてもう一人は驚愕の真実をもたらした、緑の魔剣に宿る意思。名を、ゴートと呼んでいる。
 そう、精神世界へカチコミを仕掛けたあの夜から、彼は二人目の実在系イマジナリーフレンドとなったのだ。

 ◆◇◆◇◆

『気落ちしているところ申し訳ないのだが、一つ聞いてもよいだろうか?』
「……え、なに?」

 居るだけで辟易してくる、幾何学模様が広がる精神世界にて。
 カラミティの刺客が持っていた魔剣と違う、なんて根底からの推理が覆されて頭を抱えていたら緑の魔剣に話しかけられた。
 正直、次に何をすればいいのかも分からなくなってきて気力が無いのだが。

『今の話とは無関係であるが……君は蒼の魔剣を手にし、なおかつ異能を発動させていたそうだな?』
「ああ、国外遠征の時か。まあ俺っていうか、体の主導権を奪われてたから使ってたのはレオになるだけど」
『いや、魔剣が異なる魔剣の異能を行使するのは不可能だ。私が記憶してる限り、二本以上の魔剣を手にした適合者もいたが、資格が有ってもロクに扱えず異能や意思に呑まれ破滅している』
『むっ、そうだったか? いかんせん我の異能と親和性の高い適合者と出会うのは久々な為、忘れていたが言われてみれば……』
「ん? どういうこと?」

 顔を上げて緑の魔剣に視線を合わせる。
 まず前提として、二人は今までの歴代適合者たちの事を覚えているらしい。レオが以前に適合者同士の争いがあったとは言っていたからなんとなく察していたが。
 ただ、その適合者が亡くなると徐々に記憶を喪失していき、今はもう曖昧であやふやになっていて頼りにならない。それでも緑の魔剣が証言していたように、最近の物であれば所持者が適合者でなくとも外界の情報を得られるそうだ。
 そして記憶の喪失はまぬがれないとはいえ、適合者が異能を使い始めた頃の記憶は鮮烈に残っている。
 その頃の記憶を辿っていたのか、黙していた緑の魔剣が口を開く。

『これまでの経験上、複数の魔剣を持つ適合者というのは存在しない。ましてや異能を十全に駆使し、呑まれず、精神世界に直接侵入してくる者など見たことがない』

 故に。

『恐らく君は、複数の魔剣に適合できる稀有な素質を保有しているのではないか?』
「……となると、つまり……レオがいたから蒼の魔剣を使えた訳ではなく、俺という中継を経たから異能を行使することが可能になってた、ってこと?」
『実際に使えたのだから突飛な推測、発想とも切り捨てられんな』

 以前から疑問には思っていた。たとえ他の魔剣を奪ったところで異能を使いこなすには適合者の存在が必要不可欠なのだ。
 レオが破壊の異能を制御できず、近づいた者の精神に変調を起こさせていたように。
 魔剣と適合者は揃って初めて機能する。必ずセットでなくてはならない。

「いや、でも、待てよ」

 だからこそ、きっと重要なのはそこじゃない。二つの要素が必要ならレオだけを奪うのはおかしいはずだ。
 ──
 一本の魔剣のみならず複数の魔剣を所持できる可能性があるのなら。
 それこそがジンの言っていた俺の特異性なのだとしたら。
 加えて魔剣が持つ引かれ合う特性を考えれば、カラミティが総出で狙ってくるのも頷ける。

「カラミティは魔剣を集めてる……なら、。そりゃ一本ずつ手に入れるくらいなら複数を持った相手をタコ殴りにして、総取りした方が手間が省ける」
『理屈としてはあり得る話だな。我らを集める理由は依然として不明だが、収集自体が目的ならば、それこそ汝が動いて複数所持することになれば戦力を散らせる必要もない』
「一気に追い詰めて来られたら適合者でもどうしようも無いし。魔剣が引き合うってのもノエル生徒会長と出会ったことで、非っ常に嫌だけど事実だと判明したし……」
『カラミティの首領は汝のトラブル体質を読んでいたのだろう。手を出さずとも汝に掛かれば自然に集まると見ている』
「うわぁ、むかつくアイツぅ!」

 襲撃者から緑の魔剣の調査まで、一本の糸を手繰たぐらされて気づくように仕向けられている。掴みどころが無いくせにどこまでも見抜かれてる感覚に苛立ちを抱く。
 何もかも分からず仕舞いでなく、混乱もあるけど一歩ずつ進めてる感じがするのも腹立つ。だが、憶測に推測に予想……実体のないもので思考を固め過ぎるのは良くない。
 少なくとも複数の魔剣に適合する力──いわば多重適合者とでも呼称するとして。その能力が俺に備わっていると知れただけでも御の字と言えるだろう。
 今後、他の適合者と遭遇したら速攻で魔剣を奪って無力化するか。それが難しかったらボッコボコにする。

『…………ふむ』

 改めて行動指針を定めていたら緑の魔剣が近づいてきた。
 なんぞや? などと首を傾げる間も無く、彼は刀身を横にしてつかをこちらに差し出してきた。
 え、ほんとに何? 無言なのが怖いんだけど。

「き、急にどうしたの?」
『私は君達の事情を全て把握した訳ではない。だが、超常の存在を前にして恐怖を抱きながらも、理不尽にさいなまれても、無知をそのままにせず探求していく姿勢は好ましく思う』
「はあ……」
『だから君に私を託そう。困難な道末を望む君の一助となれるなら……いかようにも使うといい』
「えっ」

 緑の魔剣による思ってもいなかった発言に面食らう。
 そりゃあ現実世界に戻った後、魔剣の扱いをどうするか相談するつもりだったけど……!

『うむ、悪くないな。別の場所へ保管して両方とも狙われるくらいなら、汝にまとめておいた方が対処しやすくなる』
「ちょっと勝手に話を進めるなよ! せめて皆に情報共有してから……つーか、それってレオみたいに脳内同居人が増えるってことじゃ──」」
『今後も精神世界に乗り込んで、魔剣の意思と対話する手段を取らないとは限らないのだろう? 万が一を考えて、精神を守護する存在も必要なはずだ』
『道理ではある。汝が言っていたように、どれだけの確立であろうと悪い事は起きる物だからな。それに我らのような特異な者が一人か二人増えたところで誤差の範疇はんちゅうだろう』
「なに世迷言を抜かしてんだこの野郎!」

 当事者である俺を放置して、実在系イマジナリーフレンズはわいわい盛り上がっている。
 レオだけでも十分騒がしいのに緑の魔剣まで増えるの? やめてくれよ、手に余るよ、俺に掛かる負荷が大きいよ。
 ズキズキ、と。激しい頭痛の響く頭を抱えてその場でうずくまる。

「だけどなぁ、確かにレオの言う通りでもあるんだよなぁ……ぐっ、ぬぅ……背に腹は代えられないか」
『説明する際は我も補足しよう。そちらも補助してくれ』
『共生関係を始めるに辺り初めての連携作業という訳か。新鮮だな』
『そうと決まれば名前が無いのは不便であるな。適合者よ、何か案はないか?』
『レオのように名があれば面倒な言い回しをせずに済む。的確な名付けを頼んだ』
「お前らテンポよく会話するなよ、ノリノリ過ぎるだろ」

 勘弁してくれ、と。けれどレオの言い分も理解できる、と。
 フラフラ立ち上がりながら痛む頭を回して考える。緑……幻惑の異能……レオは絵本の登場人物から付けた名前だし、緑の魔剣も合わせるべきか。
 そういえばユキが面白いよ! ってぐいぐい押し付けてきた奴があったな。確か“探偵マボロシ山羊やぎ”シリーズだったか。

 凄腕でありながら誰も所在を知らず、探偵でありながら名前が分からずマボロシ山羊と呼ばれる彼の元には、日夜問わず様々な依頼が迷い込む不思議な箱がある。
 その箱にはとある町の花売りからだったり、とある国家の王族からだったり、差出人不明だったりと多種多様な物が入っているのだ。
 しかし気まぐれな性格の持ち主で興味を惹かれる依頼しか受けないマボロシ山羊。そんな彼が愉快に、痛快に、ふと不気味でありながらも謎を解き明かしていく様を、子どもでも掴みやすく楽しめるように表現された絵本だ。

 大人にも愛されている作品であり、図書館では最新作まで全てのシリーズをまとめたコーナーがあるほどだ。
 そして最新作において長らく不明とされていたマボロシ山羊の名前が判明した。
 貴族のように凄まじく長い名前だったから覚えていないが、最後の部分が確か──

「ゴート、ってのはどう?」
『……ほう、ゴートか。耳慣れない単語だがしっかりと型にまる感覚がある。素晴らしい……これから私はゴートと名乗らせてもらおう』

 緑色の輝きを増した緑の魔剣、ゴートはウキウキとした声音で刀身を揺らす。
 レオに名付けした時の既視感を抱きながら、今後ともよろしくという意味を込めて魔剣の柄を握り締めた。

 ◆◇◆◇◆

 二人目の脳内同居人となったゴートの経緯を思い出しながら、折り畳んだパンフレットをポケットから取り出す。

「ほんとに色々あるからなぁ……構内をぶらついて興味のある出し物を楽しむのもいいし」
『外に出てアトラクションの出し物を体験してみるのもいいな』
『様々な国家から人が集まるのだろう? 思ってもいない出会いがあるかもしれないな』
魔科の国グリモワールの分校生とか遊びに来てるのかな。まだ復興で忙しいみたいだけど……もし来てたら誘ってみるかぁ」

 とりあえず学園長の特待生依頼が“納涼祭を盛り上げろ”だからな。曖昧な中身だけど忘れる訳にはいかない。
 女装メイド喫茶は滑り出しとして順調だし、何か他の事で波風立ててやるか。俺個人も楽しみたいし。
 さーて、今年の納涼祭に新しい風を吹かせてやるぜ!
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