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【五ノ章】納涼祭
第七十四話 緑の魔剣を調査せよ
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襲撃者に襲われた後、問い詰めてきたエルノールさんに詳しく説明がしたい、と。
騒ぎを聞きつけてやって来た団員に後処理を任せ、フリーになった彼と簀巻きにした襲撃者を抱えてアカツキ荘に帰ることになった。
もはや夕方というか、夜になっても帰らない俺を待っていたエリック達。
検査を終えたユキを送りに来たと思われるリーク夫妻。
夕食を家で食べようと招待していた親方、レインちゃん達が玄関の前にいて。
抱えていた襲撃者を目にした途端、事情を知らない人以外が深くため息をついた。
心配はもちろんしていたのだろうが、なんというか多分に呆れが混じっていたように見える。本当にごめん、ごめんなさい。
ひとまず簀巻きの襲撃者が目を覚ましても逃げられないように、地下工房で更に雁字搦めにして放置。
そんな事をしてる間に夕食の用意は終わっていたようで、いつもより賑やかな食卓を囲み、和やかな雰囲気を漂わせていた。
食後の歓談も程々にして親方たちを家まで送ってから。
カグヤとセリス、ユキが台所で皿洗いをしている声を聞き流しつつ。
俺は学園長、シルフィ先生、エルノールさんの大人組と顔を見合わせ、知っている情報を伝えた。
「──カラミティ、適合者、魔剣、異能ねぇ。にわかには信じがたいが、実際に襲われた訳だしな……信じざるを得ない、か」
カラン、と。酒の入ったグラスの氷が崩れる。グラスの中身は学園長の物。
酒類は頑なに自分だけで飲もうとする学園長にしては珍しく、秘蔵の一品を労いの為に開けたのだ。
「今回のは事故みたいなものだけど、もしかしたら貴方がクロトくんの関係者であると知った上で、利用された恐れもある。警戒しておくに越した事は無いわね」
「ご迷惑をお掛けする形になってしまいますね……」
同情混じりの言葉を転がし、学園長は自分専用の特大グラスを傾けて。
それに続いたシルフィ先生の言葉を聞いて、エルノールさんは深く頷いた。
「いえ、貴女様が気に病む事ではありません。むしろ事情を知った今なら、対処のしようはいくらでもあります。さすがに適合者の相手はクロ坊に任せるべきでしょうが……」
「彼らの狙いはあくまでもクロトさんと、彼の持つ魔剣です。もしカラミティらしき怪しい人がいたら連絡を寄越す、くらいで十分助かりますよ」
「そうですか。では混乱が生じないように、団員にもそれとなく伝えておきましょう」
丁寧なエルノールさんって違和感の塊だな。
当事者でないにしろ、シルフィ先生の境遇を知るエルフは自然とそういう話し方になるらしいから、仕方ないのだろうけど。
「……ところで、なんでクロ坊は床に座ってんだ?」
「己への戒めと反省、仲間への謝罪を込めて一時間はこの姿勢を維持する所存です」
「お、おう」
テーブルから離れた位置で正座する俺から目を逸らした。
シルフィ先生を敬う口調が砕けて、張り詰めていた空間が和らぐ。
「とにかく、街の危険を脅かす存在がいるなら自警団の出番だ。怪しい奴を見掛けたら真っ先に知らせてやるよ」
「ありがとうございます。自警団の協力を得られるのは心強いです」
「任せろ。……そういや、あの夫婦と妖精族の坊主はどこに行った? いつの間にかいなくなってるが」
琥珀色の酒が注がれた小さなグラスを口元に寄せながら、エルノールさんは辺りを見回す。
「オルレスさんには襲撃者の治療をしてもらってます。リーク先生は治療の補助を。エリックはもし目を覚ました時に暴れ出したら困るので、絞め落とす為についていきました」
「絞め落と……まあ、それくらいしねぇと危険か」
「そもそもギッチギチに縛ってきたんで身動きは取れないと思いますけど、念には念をです」
何やらドン引きしてる気配を感じるが、気にしないでおこう。
「さて、と。話し合いも程々にして、本題に移りますか」
押収した持ち物の中から襲撃者のデバイスを取り出し、画面を操作する。
一般的に流通しているデバイスと見た目、性能は変わらず、メッセージや通話履歴等も確認できる……が、そのことごとくが真っ白になっていた。
抜け目のない奴だ。屋根上で追い詰めた時点で既に履歴は消されていたのだろう。
レオに体を任せていた為、あの場の状況を把握し切れず気づけなかった。
「安易に手がかりを残すようなマネはしない、か。さすがに用心深いな」
「手がかりって?」
背後から、頭にのしかかりながら覗き込んできた学園長にデバイスを見せる。
「カラミティの狙いは俺の魔剣で、適合者を向かわせるのも当然の判断な訳だよ。でもこっちだって魔剣で対応してくる可能性を考慮するなら、二人か三人ぐらいで手を組んで追い詰める方が確実な筈なんだ」
それに、気になる事は他にもある。
レオがアーティファクト保管施設から姿を消したのは、さすがにカラミティも把握しているはずだ。
デバイスでメッセージを送ってきたタロスが教えてくれたように、向こうの各メディアで大々的に取り上げられている事からも確実と言える。
だったらその情報を手に入れた時点で構成員を送り出していてもおかしくない。魔剣も異能もロクに扱えないまま、強引に戦いを挑まれたら俺は負けていた。
そうすれば魔剣は奪われ、カラミティが……というよりはジンが掲げている目的に近づける。
なのに、そうしなかった。きっとそこに魔剣を狙う理由があるんだ。
盤上の駒、稀有な特性、特異点。
他の適合者にはない、俺だけの何か──まだ、何も分からない。これから知っていかなくては。
「ふむ。となると君は、今回の襲撃者は単独犯ではなく複数人で動いている、と考えてるの?」
「うおっ……と。だって魔科の国っていう、相手のホームグランドから離れてニルヴァーナに来てるんだよ?」
酔いも回り、体の支えが効かないのか。
ぐいぐいと体重を掛けられ、後頭部に触れている柔らかさに満足感を抱き、没入していた思考を戻す。
組織的な支援は易々とは受けられず、地理的にも不利。
そんな状態で敵を相手にするなら第二、第三の策を考慮し、手数を増やす為に一人でいるより何人かで動いた方が良い。
失敗した時のフォローも容易になるし、それを考えられないほどカラミティの連中は愚かではないだろう。
「適合者一人に、サポートが二人か三人はついていてもおかしくない。なんなら全員適合者の可能性もあるけど、そこまで戦力を集中させたらさすがに組織として機能しなくなる。そう考えると……やっぱり三人組くらいで動いてるんじゃないかな、って」
「ほほう、なるほどね。いつも突拍子の無いこと提案する君らしい、結構頭の回った推測じゃない」
「なんだとコラ。こちとら中間筆記試験、クラス内平均を大幅に越えたんだぞ。直前の頭を抱えるような酷い成績を加味しても大躍進でしょうが。そんな切れ者を妄言垂れ流す狂人扱いしないでもらいたいですな!」
「外付けで得た知識で威張ったり、平然と当たり前のように大怪我ばっかりして心配かけてる人が何を言っても説得力ないわよ」
「したくてしてるんじゃないんですぅー! 無茶しなきゃもっと酷い事になるからやってるだけですぅー!」
「……あの二人は、いつもあんな距離感なのですか?」
「ええ、そうですよ?」
頭をぐりぐりと回してくる学園長を押しのけて、何の情報も得られなかったデバイスを袋に詰める。
さて、第一の本命は空振りだったが、第二の方はどうだ?
『レオ、摘出した魔剣は他の人に見せても問題は無いな?』
『ああ。我とは違い、精神に悪影響を及ぼす危険が無い事は確認済みだ』
アカツキ荘に帰る前、あらかじめ回収していた魔剣の調査をレオに頼んでいたのだ。
まず先に調べてもらいたかったのは、視界に入れる事で精神に変調をきたすか、否か。
彼の場合は破壊の異能が漏れ出していたせいで、見た者、もしくは触れた者の精神に異常を起こしていた。その現象が他の魔剣にもあれば、迂闊に人前で出す訳にはいかない。
しかし、そうでないと断言した。ならば、この場で全員に晒しても構わない。
短く息を吐き、袋に突っ込んだ手で布に包まれた魔剣の柄を掴み、取り出す。布を解いて床の上に広げた。
結晶灯に照らされる、淡い明滅を繰り返す緑の魔剣。
全長は三〇センチくらいか。諸刃の短剣であり飾り気がないにもかかわらず、実直で無骨な印象はまったくない。
金属とは無縁の、脈動のような不気味な発光は見てるだけで心を不安にさせる。
今まで見てきた蒼の双剣、紅の大剣、そして緑の短剣。
それらを経ても慣れという感情が一切沸かないのは、人智を越えた力を持つ魔剣の異常性が故に、だろうか。
じっと観察していると、その様を見ていたエルノールさんに声を掛けられた。
「そいつが俺たちを追い込んだ魔剣か」
「ええ。襲撃者はこれを自分の体に埋め込み、手に持たずとも異能を発動できるようにしていました」
「……恐ろしい話ですね。利を得る為に己の体すら道具のように扱うなんて」
「本当ですよ。──さて、じゃあやるか」
悲しげに目を伏せる先生から視線を魔剣に落とし、息を整える。
異能の特訓で得たのは《パーソナル・スイッチ》だけではない。
レオに体を奪われていた時、蒼の双剣を手にし、異能を使いこなしていたのは何故か?
ジンが言っていた特異性とやらが俺に備わっているのだとしたら、それは何か?
魔剣側の精神空間で自由に動ける、意思を保てる俺だから出来るのではないか? と。
いくつもの仮定を重ね、検証を行う必要があった。そう判断して、今から実行する。
──この魔剣の意思と対話し、情報を抜き出す。
五感や記憶の共有は意識せずとも行われてしまう。なら、緑の魔剣が襲撃者の事情を知っていてもおかしくない。
デバイスを調べても無駄で、襲撃者の口を割らせる事に時間を掛けるくらいなら、手っ取り早く確実な方法を取った方がいい。
他に手が考えられない以上、やってみる価値は十分にある。
初めて紅の大剣を手にした時と同じ状況……レオを召喚し、柄を握って脇に置いておく。
「あっ、これから俺、意識を失うので。もし勝手に動くようなマネをしたら容赦なく拘束してください」
「は? なに言ってんだ?」
「わかりました。クロトさん、お気をつけて」
「頑張りなさいよ」
「え?」
事前に説明しておいた二人はともかく、何も知らないエルノールさんは顔を右往左往させ、困惑している。
『魔剣や異能、超常の存在に触れた事の無い者が戸惑うのも無理はない』
『俺たちは日常的にレオと話してるから意図は理解してるけど、エルノールさんは今日が初日だからね』
レオの声に反応しながら、精神空間に入り込んでる間に説明してくれるだろう、と。
面倒な部分を全部丸投げして──意を決し、緑の魔剣に触れた。
瞬間、視界が落ちる。
次いで、背中から穴に落ちていくような気味の悪い浮遊感。
光も、音もなく、真っ暗な世界。
何も見えない、何も感じない、何も分からない。
現実世界の恰好を模した精神が、そこにぽつんとあった。
誰に言われるまでも無く辺りを見渡そうとして、常識と異常の境界線が切り替わる。
塗り替えられた世界が徐々に色づき始めていく。
ヒビ割れ、砕け、構築されていく。
どこかで見たような幾何学模様が描かれた、どこまでも続く空と地面。
しっかりとした地面に着地し、血のように真っ赤なレオとは違う、若葉のような緑色を強調した精神空間の中心で。
──緑の魔剣と対峙する。
『いやはや、まさか適合者本人がこの空間に乗り込んでくるなんてね。相当な自殺志願者か、それとも……』
「来い、レオ!」
『承知した』
『え、ちょ』
「オラァッ!!」
何やら語りかけてきた平坦な男の声、緑の魔剣を無視して。
瞬間的に召喚したレオを構えて、問答無用で斬りかかった。
騒ぎを聞きつけてやって来た団員に後処理を任せ、フリーになった彼と簀巻きにした襲撃者を抱えてアカツキ荘に帰ることになった。
もはや夕方というか、夜になっても帰らない俺を待っていたエリック達。
検査を終えたユキを送りに来たと思われるリーク夫妻。
夕食を家で食べようと招待していた親方、レインちゃん達が玄関の前にいて。
抱えていた襲撃者を目にした途端、事情を知らない人以外が深くため息をついた。
心配はもちろんしていたのだろうが、なんというか多分に呆れが混じっていたように見える。本当にごめん、ごめんなさい。
ひとまず簀巻きの襲撃者が目を覚ましても逃げられないように、地下工房で更に雁字搦めにして放置。
そんな事をしてる間に夕食の用意は終わっていたようで、いつもより賑やかな食卓を囲み、和やかな雰囲気を漂わせていた。
食後の歓談も程々にして親方たちを家まで送ってから。
カグヤとセリス、ユキが台所で皿洗いをしている声を聞き流しつつ。
俺は学園長、シルフィ先生、エルノールさんの大人組と顔を見合わせ、知っている情報を伝えた。
「──カラミティ、適合者、魔剣、異能ねぇ。にわかには信じがたいが、実際に襲われた訳だしな……信じざるを得ない、か」
カラン、と。酒の入ったグラスの氷が崩れる。グラスの中身は学園長の物。
酒類は頑なに自分だけで飲もうとする学園長にしては珍しく、秘蔵の一品を労いの為に開けたのだ。
「今回のは事故みたいなものだけど、もしかしたら貴方がクロトくんの関係者であると知った上で、利用された恐れもある。警戒しておくに越した事は無いわね」
「ご迷惑をお掛けする形になってしまいますね……」
同情混じりの言葉を転がし、学園長は自分専用の特大グラスを傾けて。
それに続いたシルフィ先生の言葉を聞いて、エルノールさんは深く頷いた。
「いえ、貴女様が気に病む事ではありません。むしろ事情を知った今なら、対処のしようはいくらでもあります。さすがに適合者の相手はクロ坊に任せるべきでしょうが……」
「彼らの狙いはあくまでもクロトさんと、彼の持つ魔剣です。もしカラミティらしき怪しい人がいたら連絡を寄越す、くらいで十分助かりますよ」
「そうですか。では混乱が生じないように、団員にもそれとなく伝えておきましょう」
丁寧なエルノールさんって違和感の塊だな。
当事者でないにしろ、シルフィ先生の境遇を知るエルフは自然とそういう話し方になるらしいから、仕方ないのだろうけど。
「……ところで、なんでクロ坊は床に座ってんだ?」
「己への戒めと反省、仲間への謝罪を込めて一時間はこの姿勢を維持する所存です」
「お、おう」
テーブルから離れた位置で正座する俺から目を逸らした。
シルフィ先生を敬う口調が砕けて、張り詰めていた空間が和らぐ。
「とにかく、街の危険を脅かす存在がいるなら自警団の出番だ。怪しい奴を見掛けたら真っ先に知らせてやるよ」
「ありがとうございます。自警団の協力を得られるのは心強いです」
「任せろ。……そういや、あの夫婦と妖精族の坊主はどこに行った? いつの間にかいなくなってるが」
琥珀色の酒が注がれた小さなグラスを口元に寄せながら、エルノールさんは辺りを見回す。
「オルレスさんには襲撃者の治療をしてもらってます。リーク先生は治療の補助を。エリックはもし目を覚ました時に暴れ出したら困るので、絞め落とす為についていきました」
「絞め落と……まあ、それくらいしねぇと危険か」
「そもそもギッチギチに縛ってきたんで身動きは取れないと思いますけど、念には念をです」
何やらドン引きしてる気配を感じるが、気にしないでおこう。
「さて、と。話し合いも程々にして、本題に移りますか」
押収した持ち物の中から襲撃者のデバイスを取り出し、画面を操作する。
一般的に流通しているデバイスと見た目、性能は変わらず、メッセージや通話履歴等も確認できる……が、そのことごとくが真っ白になっていた。
抜け目のない奴だ。屋根上で追い詰めた時点で既に履歴は消されていたのだろう。
レオに体を任せていた為、あの場の状況を把握し切れず気づけなかった。
「安易に手がかりを残すようなマネはしない、か。さすがに用心深いな」
「手がかりって?」
背後から、頭にのしかかりながら覗き込んできた学園長にデバイスを見せる。
「カラミティの狙いは俺の魔剣で、適合者を向かわせるのも当然の判断な訳だよ。でもこっちだって魔剣で対応してくる可能性を考慮するなら、二人か三人ぐらいで手を組んで追い詰める方が確実な筈なんだ」
それに、気になる事は他にもある。
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だったらその情報を手に入れた時点で構成員を送り出していてもおかしくない。魔剣も異能もロクに扱えないまま、強引に戦いを挑まれたら俺は負けていた。
そうすれば魔剣は奪われ、カラミティが……というよりはジンが掲げている目的に近づける。
なのに、そうしなかった。きっとそこに魔剣を狙う理由があるんだ。
盤上の駒、稀有な特性、特異点。
他の適合者にはない、俺だけの何か──まだ、何も分からない。これから知っていかなくては。
「ふむ。となると君は、今回の襲撃者は単独犯ではなく複数人で動いている、と考えてるの?」
「うおっ……と。だって魔科の国っていう、相手のホームグランドから離れてニルヴァーナに来てるんだよ?」
酔いも回り、体の支えが効かないのか。
ぐいぐいと体重を掛けられ、後頭部に触れている柔らかさに満足感を抱き、没入していた思考を戻す。
組織的な支援は易々とは受けられず、地理的にも不利。
そんな状態で敵を相手にするなら第二、第三の策を考慮し、手数を増やす為に一人でいるより何人かで動いた方が良い。
失敗した時のフォローも容易になるし、それを考えられないほどカラミティの連中は愚かではないだろう。
「適合者一人に、サポートが二人か三人はついていてもおかしくない。なんなら全員適合者の可能性もあるけど、そこまで戦力を集中させたらさすがに組織として機能しなくなる。そう考えると……やっぱり三人組くらいで動いてるんじゃないかな、って」
「ほほう、なるほどね。いつも突拍子の無いこと提案する君らしい、結構頭の回った推測じゃない」
「なんだとコラ。こちとら中間筆記試験、クラス内平均を大幅に越えたんだぞ。直前の頭を抱えるような酷い成績を加味しても大躍進でしょうが。そんな切れ者を妄言垂れ流す狂人扱いしないでもらいたいですな!」
「外付けで得た知識で威張ったり、平然と当たり前のように大怪我ばっかりして心配かけてる人が何を言っても説得力ないわよ」
「したくてしてるんじゃないんですぅー! 無茶しなきゃもっと酷い事になるからやってるだけですぅー!」
「……あの二人は、いつもあんな距離感なのですか?」
「ええ、そうですよ?」
頭をぐりぐりと回してくる学園長を押しのけて、何の情報も得られなかったデバイスを袋に詰める。
さて、第一の本命は空振りだったが、第二の方はどうだ?
『レオ、摘出した魔剣は他の人に見せても問題は無いな?』
『ああ。我とは違い、精神に悪影響を及ぼす危険が無い事は確認済みだ』
アカツキ荘に帰る前、あらかじめ回収していた魔剣の調査をレオに頼んでいたのだ。
まず先に調べてもらいたかったのは、視界に入れる事で精神に変調をきたすか、否か。
彼の場合は破壊の異能が漏れ出していたせいで、見た者、もしくは触れた者の精神に異常を起こしていた。その現象が他の魔剣にもあれば、迂闊に人前で出す訳にはいかない。
しかし、そうでないと断言した。ならば、この場で全員に晒しても構わない。
短く息を吐き、袋に突っ込んだ手で布に包まれた魔剣の柄を掴み、取り出す。布を解いて床の上に広げた。
結晶灯に照らされる、淡い明滅を繰り返す緑の魔剣。
全長は三〇センチくらいか。諸刃の短剣であり飾り気がないにもかかわらず、実直で無骨な印象はまったくない。
金属とは無縁の、脈動のような不気味な発光は見てるだけで心を不安にさせる。
今まで見てきた蒼の双剣、紅の大剣、そして緑の短剣。
それらを経ても慣れという感情が一切沸かないのは、人智を越えた力を持つ魔剣の異常性が故に、だろうか。
じっと観察していると、その様を見ていたエルノールさんに声を掛けられた。
「そいつが俺たちを追い込んだ魔剣か」
「ええ。襲撃者はこれを自分の体に埋め込み、手に持たずとも異能を発動できるようにしていました」
「……恐ろしい話ですね。利を得る為に己の体すら道具のように扱うなんて」
「本当ですよ。──さて、じゃあやるか」
悲しげに目を伏せる先生から視線を魔剣に落とし、息を整える。
異能の特訓で得たのは《パーソナル・スイッチ》だけではない。
レオに体を奪われていた時、蒼の双剣を手にし、異能を使いこなしていたのは何故か?
ジンが言っていた特異性とやらが俺に備わっているのだとしたら、それは何か?
魔剣側の精神空間で自由に動ける、意思を保てる俺だから出来るのではないか? と。
いくつもの仮定を重ね、検証を行う必要があった。そう判断して、今から実行する。
──この魔剣の意思と対話し、情報を抜き出す。
五感や記憶の共有は意識せずとも行われてしまう。なら、緑の魔剣が襲撃者の事情を知っていてもおかしくない。
デバイスを調べても無駄で、襲撃者の口を割らせる事に時間を掛けるくらいなら、手っ取り早く確実な方法を取った方がいい。
他に手が考えられない以上、やってみる価値は十分にある。
初めて紅の大剣を手にした時と同じ状況……レオを召喚し、柄を握って脇に置いておく。
「あっ、これから俺、意識を失うので。もし勝手に動くようなマネをしたら容赦なく拘束してください」
「は? なに言ってんだ?」
「わかりました。クロトさん、お気をつけて」
「頑張りなさいよ」
「え?」
事前に説明しておいた二人はともかく、何も知らないエルノールさんは顔を右往左往させ、困惑している。
『魔剣や異能、超常の存在に触れた事の無い者が戸惑うのも無理はない』
『俺たちは日常的にレオと話してるから意図は理解してるけど、エルノールさんは今日が初日だからね』
レオの声に反応しながら、精神空間に入り込んでる間に説明してくれるだろう、と。
面倒な部分を全部丸投げして──意を決し、緑の魔剣に触れた。
瞬間、視界が落ちる。
次いで、背中から穴に落ちていくような気味の悪い浮遊感。
光も、音もなく、真っ暗な世界。
何も見えない、何も感じない、何も分からない。
現実世界の恰好を模した精神が、そこにぽつんとあった。
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塗り替えられた世界が徐々に色づき始めていく。
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──緑の魔剣と対峙する。
『いやはや、まさか適合者本人がこの空間に乗り込んでくるなんてね。相当な自殺志願者か、それとも……』
「来い、レオ!」
『承知した』
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配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。
誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。
そんなホシは、ぼそっと一言。
「うちのペット達の方が手応えあるかな」
それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。
☆10/25からは、毎日18時に更新予定!
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
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アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
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