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【五ノ章】納涼祭
第七十三話 奇妙な死闘《中編》
しおりを挟む「ふぬぬぬぬ……!」
「ミコちゃんそれじゃ危ないってば!」
持ち手を全力で握って、人参に刃を押し込みました。ぎちぎちぎちぎち。オレンジ色のにっくきコイツは悲鳴を上げながら抵抗して、まったく切れる様子がありません。
美味しくない癖にこんなに硬いなんて。いや美味しくないから硬いのでしょうか。とにかくゆるせん。
「指! 切れちゃうよ!」
サトコちゃんがしきりに危険を訴えています。指、確かにちょっと怖いですね。端を持ちましょうか。
うーんでも、こうすると上手く力が入りませんね。仕方ない。一か八か、上から振り下ろしてまず刃を入れて、
「ヒッ」
入れた後は刃の背に手を乗せて、全体重を乗せて、「ふんっ!」と。
するとようやく、ざんっ!と刃が通って、まな板に落ちました。
(本当にやった事のない人の手付きね……)
(おお、すっごいハラハラするぞ)
一目でバレてしまった様です。委員長もアズサちゃんも割と唖然とした心の声をこちらに向けています。
上手くやろうとしたんですけどね……。サトコちゃんが結構本気で青ざめているので、我流で見出した先程の自分のやり方は相当良くなかった様です。
「指の先を丸めて、こう、ねこの手ってよく言うでしょう?」
「知ってる、けど……それだとグリップが効かなくない?」
知識としてあっても、実践すると違うというのは実にあるあるです。
人参は丸いので、しっかり押さえていないと力を入れた時に転がっていってしまいます。
それでもまあサクッと切れるなら、猫の手でも大丈夫なのですが。案外硬いし、濡れてるので滑るんですよね。だからどうしても指の腹で押さえてないと難しくて。
「ぐ、グリップぅ?」
「グリップって……ふふ……(工具でも扱ってるみたい)」
ヤバい。本格的に笑い物にされ始めそうです。ミコ、いいんですか? このままだとぶきっちょの烙印を押され、あっ、すっごいヤな笑みを浮かべてますちょっと待って。
向こうが何やら動き始めたところで、委員長が僕の方に歩み寄ってきました。
そして「貸して」とだけ言って、僕の手から包丁を取り上げ、手本を見せ始めます。
「あちこち無駄に力入り過ぎなのよ。余計な力を入れず正しい方向に力を加えられれば、軽く抑えるだけで滑ったり転がったりは防げるわ」
驚きました。本当に同じ道具で、同じ人参なのでしょうか。スッ、スッ、と。いとも容易く刃が通っていきます。悲鳴も上がりません。オレンジ色が輪切りになって、包丁の横にくっ付いていきます。
「特に包丁ね。押し付けても切れないから、真っ直ぐ引く事を意識しなさい」
そう説明しながら、六つ程切った後。くっ付いた輪切りを指の背でまな板の上に払って、僕に包丁を返しました。
訝しみつつ、抑える左手を軽く乗せたまま刃先を人参に当てて、引いてみます。
すーっ。簡単に、刃が入りました。
「ほら、できるでしょ?」
簡潔で的確なアドバイスでした。流石委員長。お礼を言うべきでしょう。
「ありがとう」
「どういたしまして。さ、力要らないって分かったんだから、利き手に持ち替えてどんどん切りなさい」
あ、と思わず声を上げそうになりました。
そうでした。妹の利き手は左です。
「……ただでさえ遅れてるのよこの班は」
「ひっ、は、はい、急ぎます」
「急がなくていいから集中して。まったく(どうして急にポンコツになるのかしら)」
利き手に関してですが、筋肉とか神経の問題なのでしょうか。入れ替わっても若干本来の身体の持ち主の影響を引き継いでいたりします。
なので、はい。左手に持ち替えると更に少しだけマシになりました。
とはいえ自分は右利きなのでかなり違和感があるんですよね……。
「そうそう、その調子だよぉ」
「サトコも応援してないで自分の仕事ちゃんとやりなさい。手が止まってるわよ」
「あ、ごめーん」
こういうところが、委員長たる所以なのでしょう。
人を上手くまとめる為には、各々をしっかりと観察しなければ、何かと難しいと思うのです。
彼女はそれが割と自然に出来てしまっています。心のコトバに無理がありません。
「……あんたは何してんの」
「全部終わってヒマだから切れた皮ちぎってあそんでるー」
「なら手伝って、そろそろ鮭大丈夫だと思うから小麦粉まぶして。私はサラダ油の温度見るから」
「へーい」
フリーダムアズサちゃんを御せるのも彼女くらいです。担任のちーせんは頭が上がらないでしょうね。
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