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【五ノ章】納涼祭
幕間 朱に交われば
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「──儂は朱鉄を使うのも、それで打った剣を使うのも気に食わん」
炉の熱が充満する一室で。
横たわる朱い刀身の長剣を挟み、老人と少年が向かい合っていた。
「意図を聞き、理解し、協力はしたが……お主にとって必要であっても、鉄に命を注ぐのが儂ら鍛冶師の仕事であっても……これを生み出した事実はその身を一生付き纏い、もし一歩でも違えれば邪道となるのじゃぞ。わかっておるか?」
「親方の弟子になってから何度も聞かされましたし、初めて話した時も殺気を込めて睨まれましたから、重々承知しています」
重苦しい空気の中で、長剣を見下ろしながら。
「古来より人の縁を深く刻み込まれた武具は陰の気を溜め込みやすく、その身を形容しがたい存在へと変質させ──妖物と化す可能性がある」
「うむ。災いを振りまき、呪いで蝕み、血に溺れて正常を失くす……日輪の国でその存在は確認されている。お主の血を注いだ長剣も、そうならんとは限らんからな」
「人の血肉を取り込んだ妖刀が人に憑りつき、殺人事件を引き起こした……そういった事例があったと、カグヤから聞きました。数十人もの死傷者が出た凄惨な過去に、思わない部分がないとは言えません」
少年は刀身を撫でて、静かに拳を握る。
「それでも、やるしかない。ここで尻込みしていたら守れるモノも守れない。確かに自分の身が一番大事ですが、それ以上に……手が届くところにいる人を守りたい。ただ一人の、行き過ぎた願いかもしれなけど……俺の命を預けられて、応えてくれるのはこの長剣だけだ」
悲痛とも取れる表情で語る思いを聞き、老人は深く息を吐いた。
「親方に譲れない部分があるのは分かります。だから、この剣を預けます」
「なんじゃと……?」
鍛冶師として、師匠として。
「譲れない心を曲げてまでも、手を貸してくれた親方が判断してください」
血が染みている剣が、人の悪意や敵意で本質を変えるような物ではないと。
朱の刃は、何かを守る為に秘められた力を発揮するのだと。
「考えて、考えて、考えて……親方が納得した時に。不出来な弟子が生み出した、この世でたった一振りの剣を──託してください」
布に包んだ長剣を手渡して、少年は安堵するように笑うのだった。
◆◇◆◇◆
クロトよ。儂の技巧を学び、継承しつつある愛弟子よ。
本音を言うと、儂はお主が剣を振るうのであれば構わないと思っていた。
自身が折った剣を直したい、と鍛冶場の門を叩いた日から。お主の目に宿った純粋な熱が、燻っていた鍛冶師の心を再燃させた。
儂が若い頃に師事した鍛冶師と同じ眼だ。技も無く、知識も無く、傷一つないまっさらな地金には不釣り合いな瞳。
わざと厳しく言葉少なに、技を見せて覚えさせたのは……それでも挫けずに歯を食いしばり、純粋な熱を更に昂らせるお主を見ていたかったからじゃ。
鍛冶だけでなく、孫のレインと共に時を過ごして知ったお主の内面は快いものであった。
孫がもう一人増えた、と思わず頬が緩むほどには認めていた。
鍛冶スキルが中級に上がり、成長を実感した時も嬉しかった。
そんなお主が持ち込んできた朱鉄を初めて見て、赤く燃える鉄を打って。
顔を会わせては問答を幾度も繰り返したのは、純粋な熱が汚れてしまったのかと疑っていたからだ。
しかし、その瞳の熱は変わらず。むしろ前よりも確固たる芯を持ち、邪な黒い気配は無かった。
これまでの経験が、お主の心根を強く作り変えたのだろう。
師として嬉しく思う反面、一人前としていつか巣立つお主を想い、寂しいと感じる気持ちもある。
だからこそ……託された長剣をあの場で返す事だって構わない、そう思っていた。
だが、儂の頑固な引っ掛かりにへばりついた拭えない鉄錆のような思考が、手を止めてしまったのだ。
以来、自らが鍛えた鉄剣を腰に下げて。ニルヴァーナ中を走り回るお主の噂を耳にする度、心臓が締め付けられるような痛みが襲った。
命を預けられると断言した、振るいたいはずの剣は手元に無く、儂の元に在り。
数日後には血だらけで冒険者ギルドに運び込まれた、など聞かされた際は動揺し、愛用していた湯呑を割ってしまった。
儂が迷ったせいで、無用の怪我を負う……その事実は、長年生きてきて相当堪えた。きっとお主は自分のせいにするだろうが、儂は儂を許せそうにない。
──今も目の前で、お主は傷だらけの体を引き摺ってでも立ち上がろうとしている。
ずっと見てきた、諦めない精神。
街を、人を、己を守ろうとする意志。
決して折れず曲がらず砕けない……鍛え抜かれた一本の剣の如きお主を、見ている事しか出来ない儂に残された物はなんだ?
愛弟子が体を張って、師を尊重し判断を委ねた……その漢気を、根性を! 儂が信じてやらないでどうする!?
焼きの回ったボロい考えなど捨ててしまえ!
弟子が選んだ道を、進む背中を押すのが儂の使命だ!
「クロト! お主の力を見せてやれぇ!!」
赫き稲妻が立ち昇り、青空を焼く。凄まじい光景だ。
見る者からすれば恐怖し、戦慄を抱く者もいるやもしれんが、儂にとってその雷は──クロトの道を照らす、太陽にも負けぬ光明と思えた。
炉の熱が充満する一室で。
横たわる朱い刀身の長剣を挟み、老人と少年が向かい合っていた。
「意図を聞き、理解し、協力はしたが……お主にとって必要であっても、鉄に命を注ぐのが儂ら鍛冶師の仕事であっても……これを生み出した事実はその身を一生付き纏い、もし一歩でも違えれば邪道となるのじゃぞ。わかっておるか?」
「親方の弟子になってから何度も聞かされましたし、初めて話した時も殺気を込めて睨まれましたから、重々承知しています」
重苦しい空気の中で、長剣を見下ろしながら。
「古来より人の縁を深く刻み込まれた武具は陰の気を溜め込みやすく、その身を形容しがたい存在へと変質させ──妖物と化す可能性がある」
「うむ。災いを振りまき、呪いで蝕み、血に溺れて正常を失くす……日輪の国でその存在は確認されている。お主の血を注いだ長剣も、そうならんとは限らんからな」
「人の血肉を取り込んだ妖刀が人に憑りつき、殺人事件を引き起こした……そういった事例があったと、カグヤから聞きました。数十人もの死傷者が出た凄惨な過去に、思わない部分がないとは言えません」
少年は刀身を撫でて、静かに拳を握る。
「それでも、やるしかない。ここで尻込みしていたら守れるモノも守れない。確かに自分の身が一番大事ですが、それ以上に……手が届くところにいる人を守りたい。ただ一人の、行き過ぎた願いかもしれなけど……俺の命を預けられて、応えてくれるのはこの長剣だけだ」
悲痛とも取れる表情で語る思いを聞き、老人は深く息を吐いた。
「親方に譲れない部分があるのは分かります。だから、この剣を預けます」
「なんじゃと……?」
鍛冶師として、師匠として。
「譲れない心を曲げてまでも、手を貸してくれた親方が判断してください」
血が染みている剣が、人の悪意や敵意で本質を変えるような物ではないと。
朱の刃は、何かを守る為に秘められた力を発揮するのだと。
「考えて、考えて、考えて……親方が納得した時に。不出来な弟子が生み出した、この世でたった一振りの剣を──託してください」
布に包んだ長剣を手渡して、少年は安堵するように笑うのだった。
◆◇◆◇◆
クロトよ。儂の技巧を学び、継承しつつある愛弟子よ。
本音を言うと、儂はお主が剣を振るうのであれば構わないと思っていた。
自身が折った剣を直したい、と鍛冶場の門を叩いた日から。お主の目に宿った純粋な熱が、燻っていた鍛冶師の心を再燃させた。
儂が若い頃に師事した鍛冶師と同じ眼だ。技も無く、知識も無く、傷一つないまっさらな地金には不釣り合いな瞳。
わざと厳しく言葉少なに、技を見せて覚えさせたのは……それでも挫けずに歯を食いしばり、純粋な熱を更に昂らせるお主を見ていたかったからじゃ。
鍛冶だけでなく、孫のレインと共に時を過ごして知ったお主の内面は快いものであった。
孫がもう一人増えた、と思わず頬が緩むほどには認めていた。
鍛冶スキルが中級に上がり、成長を実感した時も嬉しかった。
そんなお主が持ち込んできた朱鉄を初めて見て、赤く燃える鉄を打って。
顔を会わせては問答を幾度も繰り返したのは、純粋な熱が汚れてしまったのかと疑っていたからだ。
しかし、その瞳の熱は変わらず。むしろ前よりも確固たる芯を持ち、邪な黒い気配は無かった。
これまでの経験が、お主の心根を強く作り変えたのだろう。
師として嬉しく思う反面、一人前としていつか巣立つお主を想い、寂しいと感じる気持ちもある。
だからこそ……託された長剣をあの場で返す事だって構わない、そう思っていた。
だが、儂の頑固な引っ掛かりにへばりついた拭えない鉄錆のような思考が、手を止めてしまったのだ。
以来、自らが鍛えた鉄剣を腰に下げて。ニルヴァーナ中を走り回るお主の噂を耳にする度、心臓が締め付けられるような痛みが襲った。
命を預けられると断言した、振るいたいはずの剣は手元に無く、儂の元に在り。
数日後には血だらけで冒険者ギルドに運び込まれた、など聞かされた際は動揺し、愛用していた湯呑を割ってしまった。
儂が迷ったせいで、無用の怪我を負う……その事実は、長年生きてきて相当堪えた。きっとお主は自分のせいにするだろうが、儂は儂を許せそうにない。
──今も目の前で、お主は傷だらけの体を引き摺ってでも立ち上がろうとしている。
ずっと見てきた、諦めない精神。
街を、人を、己を守ろうとする意志。
決して折れず曲がらず砕けない……鍛え抜かれた一本の剣の如きお主を、見ている事しか出来ない儂に残された物はなんだ?
愛弟子が体を張って、師を尊重し判断を委ねた……その漢気を、根性を! 儂が信じてやらないでどうする!?
焼きの回ったボロい考えなど捨ててしまえ!
弟子が選んだ道を、進む背中を押すのが儂の使命だ!
「クロト! お主の力を見せてやれぇ!!」
赫き稲妻が立ち昇り、青空を焼く。凄まじい光景だ。
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