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【四ノ章】借金生活、再び

第五十九話 実技編《終わり良ければ全てヨシ!》

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 カルキナ討伐後。
 俺が気を失った直後辺りに落石を片付けた他パーティがやってきたそうで、気合を入れていざ! と現場を見てしばらく硬直していたとか。
 実際、救援メッセージが送られてから三十分もかからず救助を済ませた上、迷宮主を討伐しているのだ。困惑するのも無理はない。
 それ以上に折れた長剣を胸に抱いて、例の如く血まみれで気絶している俺が気になったらしいが。
 そして、今。無造作にポーションをかけられて癒えた身体を叩き起こされた。

「ちくしょう……カッコつけて一撃決めたら剣が……ッ!」
「起きて一言目がそれかよ」

 夢であれ、などという妄言を現実が打ち砕く。
 事情を聞かされ、長剣を見下ろしながら膝を抱える俺に。エリックがため息を吐き、呆れたように言う。
 ちなみに意気込んで来たはいいがやる事が無くなってしまった他パーティ、先ほど目を覚ました救助したパーティの申し出により。
 俺達は身体を休めるように言われて並んで座り、カルキナが遺した素材の回収と分別をしている皆を眺めていた。

「ひとまず主を倒した訳だけど、これで実技目標は達成したってことでいいのかね?」
「そうだな。迷宮情報の擦り合わせをして、マッピングもきっちり済ませれば後は報告するだけでいい」
「幸い、主を討伐したおかげで最奥の空間は安全になりました。状況が落ち着いたらここで情報交換を行うのはどうでしょう?」
「せっかくこうして集合したんだし、そうしよっか」

 先程まで血液魔法と気合いで誤魔化していたが、凄まじい衝撃で脱臼しかけていた右肩を戻して。右手を握っては開き、調子が戻った事を確かめてから。
 作業を終えた皆の元へ近づき、カグヤの案を伝える。どうやら他の皆も同じように考えていたようで。結果、各パーティのリーダーが責任を持って提出物をまとめ上げるという話に。

「そういやアタシらってリーダーとか決めてないよな」
「定めておくように言われた訳でもなく、迷宮に入って探索に移ってましたからね」
「特に困った事も無かったし……とりあえずエリックでよくない?」
「ええ……まあ、別にいいけどよ」
「提案したのは私ですから手伝いますよ」

 面倒そうに顔をしかめ、頭を掻くエリック。
 カグヤがその様子に苦笑しながら、荷物の中から取り出した地図を片手に集まりの中へ入っていく。
 二人を見送り、ポツンと残されてしまった俺達は暇潰しが出来ないものか、と素材が置いてある場所へ向かう。
 空間の中央、カルキナの墜落により生まれた浅めのクレーター。
 ざわざわと雑談を交わす人だかりを越えた先に整頓された甲殻、脚、鋏。
 綺麗に戦うカグヤと比べて力技が多くなってしまう俺のせいで、無残にも欠片になっていたり、罅割れていたりと損傷の酷い物が多い。
 興味深そうに手頃な物を持ちあげ観察するセリスの隣で、かろうじて原型を留めた物へ《鑑定》スキルを発動。

 “歪みの狂気を秘めた甲殻”“地を割る狡猾な刃脚”“悍ましき戦慄の破砕鋏”。
 どれもが武器防具に適した素材であり軽量で頑強。物理・魔法防御力は共に高水準。
 反面、魔力伝導率は極めて低い。これで作られた装備は魔法を霧散させてしまうので、魔法威力を向上させる《メイジ》の杖には向かない。
 加工する場合、素材の性質を引き出し高めるだけの技量を求められる。労力は掛かるがそれに見合うポテンシャルを秘めている主の素材。
 巨鎧蟹の血濡れた身体を纏いし者へ、鮮烈な勝利を。

 うーむ……素材の特性を見ても、あまり良いインスピレーションが湧かない。むしろお腹が空いてきた。
 こっちの世界に来てからも初見の物に対して、真っ先に“これ食えっかな?”などという思考を持つ辺り、やはり食への探求心は身体に根付いてるんだろうなぁ。
 加えて、ただでさえカルキナの見た目は海産物。バカでかい蟹なのだ。頭の中が食欲で埋まってしまうのも仕方がない。
 これから出会う水棲系魔物モンスターへの偏見が高まりそうだ。
 セリスはどう思ってるのかな? と視線を隣に向ける。
 真顔で刃脚を二本、頭に装着して。クワガタのように遊んでいる彼女を見た何人かが腹を抱えて倒れた。何してんのよ。

「こういう頭に着ける装備があったら強そうじゃないかい? これで頭突きとか」
「ぜっっったい障害物に引っかかる。首を持ってかれて捻って寝込むことになるぞ」
「そんな念押しするほどか、良い案だと思ったんだけどな」

 セリスは口をすぼめて言いつつ、刃脚を元の位置に戻した。
 未練がましく素材を見下ろしながら腕を組み、不意にポンッと手を叩く。

「じゃあ槍はどう? 今のを使い勝手が悪いとは言わないけど急造品だし、本格的な物にした方がいいだろう?」
「そうだねぇ……でも、アクセサリー以外で魔物素材を使った事がないんだよな」

 鉱石、製錬金属インゴットから作る方が加工が楽で性能も良い。出来栄えも保ちやすくブレないのだ。
 対して魔物素材はどうしても個体差を考慮しなくてはいけないので、頑張って作っても性能はピンキリ。化ける事もあるが大抵はナマクラになってしまう。
 その点を踏まえて、顎に手を当てながら考える。鍛冶スキルが中級になったおかげで、カルキナの素材は俺でも扱えると理解できた。
 ゴブリンやコボルトなどの凡庸な素材ではなく、生まれながらの王とも言える迷宮主が遺した物だ。それで作られる装備品なら相当強力になるだろう。
 鋏ならハンマーとか斧に、脚なら長さは十分だし片刃直剣か細剣。当然、槍に使うのも問題はない。
 ただ、懸念すべき点があるとすれば──。

「カルキナの素材は学園に提出しないといけないんじゃない? どんな迷宮主がいるのか把握したいだろうし」
「ああ、そっか。言葉とレポートだけじゃ、ちゃんと伝わらないよな」
「しかも俺達は戦闘中に割り込んだ訳だから、先にいたパーティの手柄を横取りすることになっちまう。そこら辺の折り合いをつける、っていうのも実技試験に含まれてる可能性があるけどね」
「はー……冒険者として慣れていく必要があるとはいえ、色々と面倒だねぇ」
「ねー。まあ、エリックとカグヤならその辺の話もつけてくれるだろうから、ここはじっと待っていよう」

 頷いたセリスから視線を外し、話す事も無くなりぼけーっと棒立ちに。
 まだ話し合いが終わりそうになかったので、仕方なく刃脚を手に二人でクワガタチャンバラごっこを始める。真顔で。
 思いのほかウケたのか爆笑が巻き起こった。

 ◆◇◆◇◆

 十分間にも及んだチャンバラの決着は着かず、無駄に体力を消費した気もするが。
 話し合いを終えた二人と合流し、内容を聞かせてもらうことに。

「遊んでたお前らにまず言っておくが、基本的に実技で手に入れた素材はレポートと一緒に一個か二個くらい提出、残りは自己判断で処分するんだ」
「ああ、よかった。サベージバイトの素材いっぱいむしっておいて正解だったね」
「やり方はどうかと思うが……んで、迷宮のマッピングも採集物の記載も済ませた。あとは撤収して報告するだけだ」
「念の為に今日一日は休んで、明日の朝には迷宮を出るようにしましょう」
「なし崩しにとはいえ迷宮主と戦った訳だし、それが妥当かね」

 息切れしながら、セリスは疑問が解消した事に納得していた。
 確かに武器や道具の消耗も激しい現状、無理をして余計な手間を増やさないように身体を休めるのは大事だ。
 特に俺は武器が壊れてるし、壊れてるし……。
 考えないようにして心の平穏を保とうとしていたが、腰に下げた重みを再認識してしまう。振り払おうと頭を振る。

「ところでカルキナの素材がだいぶ多いけど、これってどうするの? ぶっちゃけ全部は持っていけないよね?」
「私達だけでは難しいので、皆さんに分担して運んでもらうことになりました。迷宮主の討伐に参加できなかった代わりに、と」
「素材の分配に関してはほとんど俺達が貰っていいって。先に戦ってた奴らも構わねぇとよ」
「マジか」

 まあ、大げさに言えば彼らの命を救ったようなものだし。感謝の印といったところだろうか。
 貰えるのならありがたく頂戴して、セリスの槍を作成しようかな。

「そんじゃあ素材の冷却も終わったみたいだし、そろそろ行くか」
「「冷却? なんで?」」

 踵を返そうとして、思いがけない言葉を耳にして。
 セリスと一緒にエリックを見る。

「なんで、って……ああ、お前らは知らないのか」

 面白そうに顔をにやけさせながら、指を一本立てて。

「カルキナの肉、結構美味いらしいぜ? これをユキへのお土産にしようぜ」

 イタズラっぽくそう言った。

 ◆◇◆◇◆

 魔法が得意な面子によりカッチカチに氷漬けされたカルキナの素材を袋に詰めて、全員無事に帰ることを願いつつ解散。
 休憩地点でぐっすりと二日目の夜を過ごした俺達は後片付けをして、何事も無く迷宮の出入り口に辿り着いた。
 既に他のパーティも揃っており、見回りに向かうはずだったのか教師陣もそこに──よく見れば居心地が悪そうにしている女子生徒もいる。
 身長はカグヤとそう変わらず、体型も一般的。セミロングの銀髪に泳いでいる赤い瞳が特徴的な女子。綺麗、というよりは可愛さの方が勝っている。
 誰とも目を合わせないようにしている様はどこか気弱そうに思えた。だが身に纏う雰囲気はこの場の誰よりも強く、隠し通せない強者の威圧が含まれている。

 そして腰には、やはりレオと雰囲気の似通った片手剣をいていた。
 三日前に見かけた顔と、事前に聞かされていた容姿とも合致する。
 間違いない。彼女が学園の最強、生徒会長のノエル・ハーヴェイだ。……なんであんなに挙動不審なのかは分からないけど。
 怯えてるとか怖がってるとか、そういうんじゃないんだよ。ただ本当に気まずそうにしてるだけで、人ごみの中に紛れ込もうとしてる。

『ふぅむ、やはり悪意は感じないか。敵ではなさそうだが不思議な人間だな』
『不思議な存在筆頭にこう言われるって……』

 脳内に響く声に言われてしまっている彼女を思うと同情の念が浮かぶ。
 そんな心中を置いてけぼりに事はトントンと進んでいき、教師の呼びかけに応じてそれぞれのパーティが提出物を渡していく。
 迷宮の様々な情報が載った地図、道中で手に入れた各種素材、それらに関するまとめのレポート。

 この三日間を過ごした休息地の状態なども加味して、百点から減点されていく方式を取って採点が行われる。
 赤点は三十五点以下。ゴミの放置や適切な処置をしてないとか、あまりにも酷い様子だとえげつないほど点が減るらしい。
 こう言ってはなんだが、俺達の休息地は中々快適で魔物対策もバッチリだった。見回りに来た教師の目が節穴でなければ大丈夫なはずだ。
 最後のパーティが提出したところで、何故か憔悴した様子のシルフィ先生が前に出てきた。
 隠そうと努力した跡が見られるが、顔色が若干悪い。普段から体調管理をしっかりしてる先生らしくない状態だ。
 まるで名探偵電気ネズミのような表情。何があったの……?

「まずは皆さんが無事に戻ってこられた事実を嬉しく思います。今回の課題は例年よりも難易度が高く上手くいかなかった部分も多いでしょう。ですがこの三日間で得た経験は何物にも代えがたい糧となり、皆さんの成長を促す要素になります……」
「なんか先生、やつれてない?」
「徹夜明けのお前みたいな感じだよな。何があったんだ?」

 エリックの脇腹にチョップを入れる。くぐもった悲鳴を上げて俯く彼に視線が一瞬だけ集まるが、すぐに霧散した。
 しかし彼の言う通り、彼女の目の下には濃い隈ができている。寝不足なのは間違いない……今回は俺、関係ないよね? 何もおかしなマネはしてないし。

「ともあれ皆さん、お疲れのようですから。硬い話はこれくらいにしておきましょうか。今日は授業無し、明日は休日なのでしっかりと身体を休めて、休み明けに元気な姿を見せてください」

 その言葉を最後に和気藹々わきあいあいとした空気が漂う。だがすぐには帰らず、他のパーティや教師と雑談を交わしてから寮に戻るようだ。
 いくつかの集団を形成する中、今にも倒れそうなほどふらついた足取りでシルフィ先生が近づいてくる。

「えっと、先生? どうかしましたか?」

 恐る恐る声を掛けるカグヤの方を見ながら、ふう、と一息ついて。

「少し眠れていなくて……情けない姿を見せてしまい申し訳ありません」
「もしかして、ユキが何かしました?」
「ええ、まあ。そこまで酷いことではありませんが……」

 観念した様子でシルフィ先生は口を開く。
 ユキは一日目こそリーク先生の元でなんともないように生活していたようだが、二日目の朝からぼーっと明後日の方を見ている事が多くなった。
 メンタル回復を兼ねてシルフィ先生も泊まることにしたそうだが、夜になっても眠らず寂しそうにしていたユキを慰めようと奮闘。
 なんとか寝かしつけたものの、筆記や実技の見回りで根を詰めていた結果、今度は自分が眠れなくなり今に至るとのこと。
 アカンのでは?

「どうにか手を尽くしてはみましたが、私では力不足だったようです。……唯一救いなのは、クロトさん達の身を案じていることから来る不安だった、という点でしょうか」
「なるほど。でも大丈夫ですよ、全員怪我なくピンピンしてますから」
「他のパーティを見回りに行った教師から聞きましたが、迷宮主の討伐はほとんど皆さんの手柄だと言っていたようですね。おまけにクロトさんがまた血まみれになっていたと……」
「さあみんな、ユキも待ってるだろうし早く帰ろうぜ! ぼかぁ疲れちまったよ!」

 これ以上の追及を許してはいけない、と。危険を察知した俺は荷物を背負い直して、三人を回れ右させて背中を押す。
 あぶねー、治したとはいえ右腕を怪我したのバレるところだったぜ。
 後方から感じる静かな圧に冷や汗を垂らしつつ、俺達は迷宮を後にした。

 ◆◇◆◇◆

「まったく、あんなに分かりやすいのに誤魔化す必要なんてないでしょうに。……後でしっかり診ておくとしましょうか」
「あのー、ミィナ先生。実技終わっちゃったみたいですけど、ボクはどうしたらいいんですかね?」
「ああ、ノエルさんも解散で構いませんよ。担任教師には私から報告しますので……しかし、なぜ貴女は実技中ずっと気まずそうにしていたのですか?」

「だって情けないじゃないですかぁ! 学園最強とか言われてる生徒会長が筆記で赤点取ったせいで、補修免除の代わりに下級生の実技試験を手伝ってるなんて! ううっ、軽蔑されたらどうしよう……」
「普段からしっかり勉強しておけば良いのですよ」
「指名依頼で飛び回ってるのにそんな暇ないよぉ! 生徒会役員の皆に教えてもらったのに、ギリギリ一点足りないとか……や、やめてぇ、呆れた目で見ないでぇ」

「……一歩間違えればクロトさんも同じ目に遭っていたかもしれませんね。彼は良い指導者に教えてもらったおかげか、七組の十位以内に入り込んでいましたが」
「クロトってさっきの黒髪の男子ですよね? 確か特待生だっけ……色々と噂になってるから気になってたけど、依頼で忙しくて会いに行けなかったんだよねぇ。生徒会の手が回らない時に手伝ってもらってたみたいだし、お礼を言いたいんだけどな」
「私が伝えておきましょうか?」

「いえいえ、個人的に聞きたい事もあるので大丈夫です! しばらくは学園に居るし顔を合わせる機会もあるだろうから──彼もボクと同じなら、いずれ惹かれ合うかもしれないし、ね」
『──』

 ◆◇◆◇◆

 逃げるように迷宮から出てきた俺達を迎えたのは三日ぶりの太陽。日差しを手で遮り、横並びで我が家へ向かう。
 まばらに人気のある大通り。露店の準備をしている光景を眺めながら、程なくして学園の噴水広場に。
 剪定された花壇、整備された道を外れて林の中を進む。
 木漏れ日を掻き分けた向こう側。開けた空間には一軒の家屋と、人の影。大人二人に子どもが一人。
 足音に気づいた耳が、尻尾が揺れる。振り返ったその顔はパッと花が咲いたようで、駆け寄ってくる姿は正に白い流星の如く──。

「みんなー!」
『げぼぁ!?』

 セリスが俺を盾にしたので、仕方なくエリックを掴んで正面に立たせた結果。
 見事に衝撃は三人の肉盾を貫通し、その場に倒れ伏す。まるで自動車にはねられたような感覚だった。
 なおカグヤは誰にも触れられないように距離を取っていた模様。後から近づいて貼り付いたユキを引き剥がしてくれた。
 猫のように持ち上げられてから、下ろされて。ぎゅっと抱き締めあう二人を見ながら立ち上がる。
 後方では“ざまあみろ”と言わんばかりにニヤリ顔なリーク先生と、大人な余裕で笑みを浮かべるオルレスさんがいた。
 きっとこの三日間で似たような事をされたんだろうなぁ……。

「ってそうだ、わすれてた!」

 腰に手を当てて生暖かい視線を向けていると、ユキがトコトコと離れる。
 首を傾げる俺達に向けて振り返り、二ッと口角を上げて。大きな声で。

「おかえりなさいっ!」

 嬉しそうに言った彼女に自然と頬が緩む。

『ただいま、ユキ』

 こうして、長く苦しい実技試験は終わりを迎えたのだった。
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