自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【四ノ章】借金生活、再び

第五十九話 実技編《最奥に座す迷宮主》

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 ──まず目に付いたのは頑強で刺々しい突起の生えた、血に濡れたような赤と黒の縞模様の甲殻。
 高さは四メートル以上あるだろうか。横にも同様に延びた巨大な身体はギシギシと不快な音を漏らし、次いで不規則な異音が地面を揺らす。
 その正体は硬い岩をも抉るほど、細く鋭利な多脚だ。
 巨体を支えるように、武骨で大きな鋏を打ち鳴らし振り下ろされた。両手のそれは、極太の丸太であろうと一瞬で破砕できそうなほど威圧感を放っている。
 そんな身体の上部。頭部と思われる部分にある真っ黒な瞳が、確実にこちらを捉えた。
 そう感じた瞬間、耐え切れず思ったことが口に出てしまった。

「えっ、蟹じゃん」

 見た目は悪く、脚も多く、酷く禍々しい色合いではあるが。
 土埃が晴れた先に佇む迷宮主の姿は、紛れもなく海産物だった。
 今まで水棲系の魔物がいなかったのに唐突に出てきたな。むしろいないからこそ、迷宮主が蟹になったのか?
 孤児院の子ども達も含めて、《ディスカード》を探検してる時に放置された迷宮を攻略、ついでに倒せそうな迷宮主を討伐した事がある。ほとんどが小規模の迷宮だったので攻略自体は楽だったが、その中に水棲系の主というのはいなかった。

 エリック曰く“各所のヒレに猛毒を持つ風船みたいなヤツ”や“魚の頭に下半身が触手のキモいヤツ”がいるらしいが。何年か前に興味本位で見たサメ映画のサメみたいなヤツかな……一体どんな生態してるんだろうね。
 まあ、魔物でもないのに異常発達した巨大魚とかいる世界だし、今さら気にするのもどうかと思うけど。
 とにかく水棲系魔物と戦闘するのはこれが初めてだ。どんな攻撃手段を用いてくるか、見極めながら慎重に……の前にあいつらを助けないと。

「エリック、手筈通りにやるよ。主を引き付けておいて、その間に俺達でパーティ全員を救出する」
「おう。巻き込まれないように注意しろよ!」

 言い切る前に迷宮主の正面に立ったエリックが、スクレップを構えて防御スキルを発動させる。
 主の視線が一点に集約し、巨体に似合わぬ速度で振り抜かれる鋏が弾かれ、落ちる。地面を揺らすほどの衝撃に耐えて走り出す。
 立ち込める土煙の先でうずくまる男女を回収。同様に抱え上げた二人と共に、こじ開けた入り口の方に皆を下ろす。
 カグヤが二人、セリスが一人。最後に俺で五人だ。

「セリス、バックパックの中にポーションが入ってるからそれを使って。残りは俺とカグヤが行く」
「わかった、任せといてくれよ」

 元気よく頷いた彼女を置いて、傷だらけで立ち尽くす男の方へ。どうやらパーティのリーダー格のようだ。身を挺してまで戦ったのか。身体のあちこちに擦り傷やら裂傷、打撲で変色した肌が目立つ。
 主を相手になんて無茶な……人のこと言えないから何も言わない。
 だからカグヤ、チラチラこっち見ないで。まるで貴方みたいですねって顔でこっち見ないで。
 しかしポーションを飲ませても治りが遅く、直接かけてもあまり効果が無い。思ったより消耗してるのか。
 早く処置しないとマズいし、こいつだけはゆっくり運ばないと。

「カグヤ、肩を貸して。血液魔法で治しながら移動する」
「承りました」
「すまん……助かった、ぜ……限界、だったんだ」

 憔悴した表情のまま目を閉じる彼の腕を取り、魔法で傷を癒しながら。主を俺達から引き離すエリックを確認して、セリスの下へ急ぐ。
 あと数メートルという所で、背筋に悪寒が奔る。首を曲げて後ろを見れば、魔力が収束した口をこちらに向ける主の姿が。
 エリックは鋏で抑え込まれて動けず、直線上にはセリス達が……っ!
 咄嗟に胸元から爆薬を取り出し、後ろ手に背後へ放る。爆発瓶の割れた音と同時に岩の壁が形成された。
 ──数瞬、遅れて。吐き出された光線が壁に衝突し、炸裂した。
 重く、に背中を押されつつ、制服の袖を伸ばして二人を抱き留めて。自分の身体を下敷きにして、滑り込むように入口へ。

「うおおおっ! だ、大丈夫か!?」
「げほっ……なんとかね」
「ありがとうございます、クロトさん。それにしても……凄まじい威力の魔法でしたね。落石が出来た理由がよく分かりました」
「まったくだよ。あんなの当たったらひとたまりもないや」

 走り寄ってくるセリスに彼を預けて様子を見る。さっきの衝撃で気を失ったようだが、だいぶ顔色が良くなっていた。
 戦闘の余波が及ばない位置で、横一列に寝かせた他の連中も容態は上向きに。もう少しすれば動くことは問題なく出来るだろうが、消耗した体力、失った血は回復しないから戦闘に参加するのは厳しい。
 こういう時に増血剤を作っておけばよかったと心底思う。効果が凄い反面、滅茶苦茶マズいらしいけど俺にも入用な薬品だし。
 実技が終わったらリーク先生に教えてもらおうかな。

「っと、色々悩む前にやるべきことがあるか」

 血液魔法でパーティを癒しつつ、状況を整理する。
 救援メッセージを見た他のパーティが来てくれるまで待ってる訳にはいかない。だが来れたとしても落石の撤去に手間取るだろう。
 主と戦えるようになるまで時間稼ぎをしても、その間に奴はずっと暴れ続けるのだ。現状から悪化する可能性は無視できない。

「やはり最善は俺達だけで速攻仕留める、か。……でも救助した連中を放置しておくのもな」
「おーい! 大丈夫かー!?」

 判断に迷っていると遠くから複数人の足音が。
 顔を上げれば、討ち漏らした魔物を片付けてきたデール達が走ってきていた。丁度いいところに来てくれたぜ!

「デール! 来て早々悪いんだけど、こいつらを任せていいか? 俺達は迷宮主をどうにかしてみる」
「そりゃ構わねぇけどよ、やれんのか?」
「馬鹿みたいに硬いエリックと超攻撃特化のカグヤ、武器を振った事もないのに同級生三人を蹴散らせるセリスがいるから」
「確かに強力な面子だな。あとは、まあ…………お前もいるしな」
「なんでそんな言い淀んで目を逸らした?」

 デール達が口を結んで、揃って顔を背ける。俺が普段どう思われてるか良く分かる反応で涙が出そうだ。

「まあまあ。とにかく主の方に向かいましょう?」
「エリックだけに時間稼ぎさせる訳にもいかないからねぇ。ほれ、さっさと行くよ」

 ジトッとした目で見つめるもカグヤになだめられ、セリスに引きずられるように迷宮主の部屋に連れていかれた。

 ◆◇◆◇◆

「待たせたな。加勢するぞ、エリック!」
「おう、ってなんで二人に首根っこ掴まれてんだ!?」
「気にするな。ソラ、主の顔面を狙え!」
『キュイィ……ッ』

 鋏を抑えながらこっちに視線を寄越したエリックに手を振り、指示を出したソラの魔法が放たれる。
 光属性の球体が飛び出たような眼を掠め、弾けると巨体が大きく揺らいだ。さすがに生物としての露出した弱点を狙えば、どれだけ大きかろうと怯む。
 拘束から逃れたエリックがこちらに飛び退き、差し出したポーションを取って呷る。

「ぷはぁ! さっきはすまん! スキルで誘ってるってのに、まさかお前らの方に狙いが行くとは……」
「あれはしょうがないよ、正直予想できなかったし。それより気づいた? てっきり光属性かと思ったけどあの光線、水属性だったよね」
「ああ。こっちからもバッチリ見えたぜ」

 ソラに胸元へ潜り込むように指示し、フワフワの尻尾が収まった辺りで主を見上げる。
 岩壁に衝突した光線の正体は、超高速で吐き出された水だ。
 魔物には大気の魔素をそのまま蓄える袋のような器官があり、そこから魔法と同様の現象を発生させることがある。先ほど発射した水鉄砲が正にそれだ。同時に、落石を生み出した原因でもあるのだろう。
 見上げるほどの巨体に鋭い多脚。少しの身動みじろぎでも十分な武器になりえる。
 鎧というよりは堅牢な砦の如き甲殻。無闇に攻撃しても弾かれ、打ち負けるのはこちらだ。
 近づくものを容赦なく粉砕する鋏。エリックでもなければ挟まれたら最後、真っ二つにされるのは間違いない。
 近づいても離れても脅威な点はある。だが、決して倒せない訳ではない。

「前にモンスター図鑑でアイツを見かけた事がある。確か……名前はカルキナ、水棲系の魔物の中では上位に位置する手強い相手だ」
「見た感じそうだよね。でも──」

 視界を取り戻してきたのか、しっかりと立ち始めたカルキナの前で。

「これ以上被害が広がる前に俺達で討伐しよう」
「流れて勢い勇んで出てきたのはいいが、やれんのかい?」
「んー、各々の頑張り次第?」
「そこは胸を張ってほしいんだが……」
「とにかく私とクロトさんは遊撃に回りますので、お二人は無理の無い範囲でサポートをお願いします」
「「了解!」」

 武器を構えた二人から離れて、カルキナに接近。すれ違いざまに長剣で脚を切りつける。
 返ってきたのは腕の痺れと甲高い音。刃は弾かれ、甲殻には傷一つ残らない。想定内ではあるが、金属より硬い外殻ってとんでもないな。

「カグヤ、関節だ。繋ぎ目の裏側なら攻撃が通るはずだ!」
「そのようです、ねっ!」

 カルキナを挟んだ向こう側。鞘に納められた刀が閃き、線が奔る。
 。以前、スキル同士の連続技を試行し出来上がった新たな流派スキル。
 流麗に、大胆に。陽炎の如く揺らめく斬線だけが後に残る、目にも止まらぬ刀の切り返し。
 最速の技である《楓》で怯ませ、
 名を《紅要べにかなめ》。カグヤの柔軟な手首と長年の鍛錬が成した技だ。
 両断とはいかなかったが、放たれた斬撃により血飛沫が上がった。傷を付けられるとは思いもしなかったのか、カルキナが動揺したように後ずさる。

 追撃を、と踏み込もうとして右から迫る鋏を視界に捉えた。魔力操作で強化した脚力で跳び上がり、寸前で回避する。
 火花でも散りそうな勢いで閉じられた鋏の上に着地。《アクセラレート》を発動しながらそのまま駆け上り、関節目掛けて長剣を振り下ろす。
 ガツッ、と鈍い音が耳を揺さぶる。力も速度も乗った一撃だというのに、刀身のなかばまでも行かずに止まっていた。
 カグヤのような技と違って威力が弱いのは仕方ないが、それにしても硬すぎる!

「まさかコイツ、魔力で弱点をおぎなってるのか!」

 魔法攻撃が出来るということは魔力操作も可能。自身の肉体を硬質化させるなど容易いはずだ。
 ただでさえ攻めにくい身体のくせに面倒なことしやがってぇ……丁度いいや、爆薬を甲殻と身の隙間に捻じ込んでやる。
 火属性と土属性の二つだ。内側で発生する熱々の岩をどうする事も出来ずにのた打ち回れよ、クックック。

「なんかクロトが悪い顔してる……」
「どうせロクでもない作戦でも立てたんだろ、エグめのやつ」
「いつもの事ですね」
「そこ! 俺を見てないで自分の方に集中しなさい!」

 特にエリック。セリスと一緒に片方の鋏を押さえたままこっちを見るな、危ないだろ!
 時間経過で起爆するように細工を施してから。制服の帯を甲殻の棘に巻き付けて身体を引き上げ、反対側に移動。
 帯はそのままに甲殻の隙間に剣を突き刺そうとして、不自然にカルキナの身体が振動する。
 なんだ? と疑問を浮かべる間もなく、身体に一瞬の重圧が掛かる。踏ん張りながら周囲を見て、その理由を知った。

 。次いで気持ち悪い浮遊感が身体を襲う。
 コイツ、俺を乗せたまま跳びやがった。この巨体でか!? 
 見た目以上に素早い動きが出来る奴だとは思っていたが、ここまでやるのか。しかも爆薬を仕込んだ方の鋏を上段に構えている。叩きつけるつもりだ。
 密閉空間でその行動はマズい。そもそも超重量のコイツが落下したら、落石やら飛散する破片でミンチになる!

「エリック!」
「わかってる!」

 眼下で三人が集まり、エリックが発動させた《イグニート・ディバイン》の球体に包まれる。
 戦闘科の授業で見た時よりも範囲が広い。あれなら全員無事にやり過ごせるはずだ。問題は俺だが……抵抗ぐらいはさせてもらうぞ。
 闇属性のアブソーブボトルを装填し、グリップを三度回す。
 カルキナの重量は確かに強力な武器となるが、諸刃の剣でもある。巨体を支えられる多脚が万全な状態であれば、着地の衝撃にも耐えられるだろう。
 しかしカグヤの攻撃により著しく損傷していては厳しく、バランスを崩せば荷重に耐え切れず自壊するのは目に見えている。
 故に、そのギョロギョロと動いて気味の悪い触角染みた眼を潰す。

「ハッ!」
『──!?』

 落ち始めた身体に逆らって、振り抜いた剣から出た影がカルキナの頭部を覆う。
 いくら迷宮という暗所とはいえ照明代わりの結晶により、ある程度の明かりには慣れている。だがソラの魔法でも反応があった通り、急に視界情報を切り替えればどうなるか。
 当然、狼狽うろたえる。
 硬い口を擦り合わせた悲鳴を上げて、体勢がズレた。
 たっぷり数秒の浮遊感の後、墜落の直前にエリック達の背後に飛び下りる。
 カルキナの巨体が《イグニート・ディバイン》に衝突し、押し潰すことも、侵入することすら叶わず弾かれ落ちた。
 耳に残る生々しい破砕音が、聞き慣れた爆薬の炸裂音が。巻き上がる土煙の向こうから聞こえてきた。

「あぶねー……なんとかなったよ」
「お前さんのそういうトンデモ根性は見習いたいね」
「決してクロトみたいになろう、とか思うなよ。ガキ共ですらドン引きしてる時があるからな」
「失礼な、俺は真面目にやってるだけだよ」
「羽虫の如く壁に貼り付いていたとか、蜘蛛のように建物からぶら下がっていたと聞きましたが」
「血液魔法の練習をしてただけです」

 スキルを解除し、球体から出てきた三人の言葉に言い返しながら。新しいボトルに装填し直していると、土煙の中で何かがキラリと光る。
 反射的にエリックが気づいた。再び防御スキルを発動させて前に出た瞬間──軽快な、その割には大きな水の砲弾が煙を掻き分けて向かってくる。違うタイプの水鉄砲!?
 スクレップで砲弾を受けるが、威力が強く仰け反ってしまう。苦悶の声を上げて膝をついた彼と咄嗟に場所を入れ替える。

 そうして、煙が晴れた場所には。
 血を噴出させながら、もげた脚と無残に砕けた鋏で身体を支えるカルキナの姿があった。禍々しい甲殻は捻じ曲がり、罅割れ、中身が見えてしまっている。
 壮絶な痛みが身体を襲っているはずだ。だが、戦闘の意志は消えていない。
 取り戻した視界でこちらを正確に捉えたカルキナの口に、光が収束し始めていた。二発目……いや、それにしては溜めが長い。光線タイプだ。
 逃げる、避けるにも周囲に二次的な被害が及ぶのは間違いない。
 …………覚悟決めて、やるか。

 ポケットから空になったボトルを取り出し、深呼吸。
 いつも練武術でやってる事と変わらない。力の行き先を見極め、それに合わせて動く。
 少しでも掠れば致命傷なのは確実だ。神経を研ぎ澄ませろ。極限の中で出来る俺だけの行動を示すんだ。
 音も無く、視界から色は失われ、ことごとくが緩やかに進んでいく。
 着弾点はどこだ。触覚の眼は察知されたくないと言わんばかりにうごめいている。
 発射角を見抜け。カルキナの凍てつくような視線は、確実にこちらを射抜いている。
 殺意の行き先。気が遠くなる感覚に襲われながらも見つめ続けた──途端、空気が変わる。肌がざわつく。
 世界に色が、様々な音が、時間の流れが元に戻る。
 右手にあるボトルをぐっと握りしめて、一瞬の閃光と同時に。
 凄まじい速度で迫る光線が。だが、その狙いは。

「予測してるッ!」

 下から掬い上げるように、ボトルの口を光線に当てる。
 空のボトルはたちまち魔力を吸引し、充填。吸い切れなかった分の余波で右腕ごと身体が弾かれ、光線は軌道を変えて減衰し、霧散した。
 制服も、皮膚も肩まで裂けた。傷口から血が流れ、鈍痛が思考に滲む。
 止まりかけた呼吸を無理矢理戻し、血液魔法で右腕を肩まで覆う籠手を形成。魔法で腕を動かして満タンになったボトルをトライアルマギアに装填。
 ふらつきながらもどうにか踏ん張って、両手で構えたグリップを一気に回し切る。
 六段階、最大出力のシフトドライブ。水と闇の混じった線が刀身を埋め尽くし、エンジンの如き鳴動が響く。
 これまでとは明らかに感じが違う。少しでも気を抜く訳にはいかない。

「ソラ、エリック!」
『キュイ』
「おう、決めろよクロト!」
「私達も行きましょう」
「ああ。露払いはお任せあれ、ってね!」

 意図を察した三人と一匹が一斉に動く。
 セリスとカグヤが脆くなった部位を攻撃し、風の魔法で宙を舞うソラがいくつもの魔法陣を浮かべて牽制けんせい。魔法の狙いを散らせるように立ち回る。
 うっとおしいと感じたのか、苛立たしそうに無事な方の鋏を振り上げた。叩きつける場所に割り込んだエリックが、再度《イグニート・ディバイン》を発動。
 重い風切り音から、矮小な相手が己の武器を弾き飛ばすという異常な光景に、カルキナは激しく泡を吹いた。
 必ず守る、その揺るがぬ意志が彼のスキルを強くするのだ。

 そして出来上がるのは、カルキナの元まで障害の無い一直線の道。脚に力を入れて突っ込む。
 一息に間合いを詰めて、跳躍。《コンセントレート》の光輪を両腕に浮かべてグリップを握り、頭部に向けて斬り上げる。
 光輪が砕けた。しかし振り抜いた長剣を抑えられず、駆動したトライアルマギアからほとばしる高密度の魔力が。
 荒れ狂う嵐のように不気味な音を乗せた漆黒の渦が巻き上がり、頭部のみならずカルキナの全身を呑み込む。
 明るいはずの迷宮が瞬く間に夜へと染まり、渦によって発生した風圧に押し飛ばされた。
 空中で体勢を整えられる訳もなく、シフトドライブの影響でどうにかする余力もなく。
 錐揉みしながら落下。悲鳴も上げれず、背中をしたたかに打ちつける。

「んげぶっ」
「おい、クロトが落ちたぞ」
「暗くて見えん。どこにだ?」
「音を聞くに……地面ですね」
「水路じゃなければよし」

 よくないよ、と。思いきり口の中を切って出た血と一緒に吐きながら、ゴロゴロ転がった身体に鞭を打って立ち上がる。
 魔力結晶の光に中和されてきたのか、徐々に元の明るさを取り戻していく空間の中で。
 先程まで対峙していたモノのシルエットが浮かび上がる。
 見るも無残に傷だらけで、風化した様相の甲殻と鋏。残骸とも呼べるそれに降り積もる大量の灰が、どこからともなく吹いた風に舞う。
 カルキナの遺した物だけが残り、命の残滓が消えていく。
 全員がどこか物悲しさを感じさせる光景を見つめていると、唐突に静寂を裂いた音が手元から鳴った。
 なんだろう? 向けた視線の先で長剣の刀身がポキリと折れ、空しく地面を跳ねて静まる。
 軽くなった柄だけの長剣…………そういえば、そろそろ限界が近いって。
 分かってたのに、理解していたのに。
 脳が現実を否定する。

「──いやぁあああああああああああ!?」

 振り向いた三人の視線を受けながら。
 喉の限界を超える絶叫を上げて、意識が途切れた。
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