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【四ノ章】借金生活、再び

第五十八話 実技前の相談

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 実技内容の発表を終えて多少の混乱は生じたものの、今までの経験から順応はしているようで。
 クラスメイト達は早速、持ち込む道具やパーティ編成の打ち合わせを始めていた。一部性格に難ありな奴もいるが、真面目な時は真面目なのだ。
 そんな騒がしい人の輪から外れた場所で。

『どうしよう……』

 顔を見合わせ、集まったいつもの面子が開口一番にそう言った。
 全員の頭の中に浮かんでいるのは、間違いなくユキのことだろう。

「せっかく皆で生活しようって言った矢先に、三日も家を空けるのはちょっと……」
「学園の取り決めだからとはいえ、毎日あんな楽しそうに笑ってるユキを思うと……一人にはさせたくないねぇ」
「攻略に出てる間は先生に預かってもらうか? 特別カリキュラムで一緒にいるんだし、気心知れた相手ならユキも安心できるんじゃねぇか?」
「いつも側に居てあげられる訳ではないと理解していましたから、納得はしてくれるでしょう。けれど……」
「こうも早く離れることになるなんて、予想してなかったもんね」

 仮に速攻で迷宮ダンジョン攻略を進める強行手段に出たとしても、二泊三日という見積もりが立てられているのだ。それなりに難易度が高い迷宮であると判断が下されたのだろう。
 これが初の迷宮攻略になるセリスもいるのだから、安直な行動を取るのは危険だ。
 俺達の内、誰かが──させるつもりもするつもりもないが──万が一にでも大怪我して泣かれたら、罪悪感で心が死ぬ。
 しかしどうしたものか。口々にあーでもないこーでもないと議論を交わす。
 そうこうしてる内にパーティ申請を行った一組が教室を出ていく。どうやら食材や必需品を買いに市場へ向かうようだ。
 後を追うように、教室から徐々に人気が無くなっていき、ついには俺達だけが取り残されてしまった。
 しれっと困り顔で参加してきたシルフィ先生とも談合。

「ひとまず説明の為にユキのところへ行きましょうか?」

 先生の鶴の一声により、俺達は魔法科の授業を受けている子ども達の下へ。
 諸々の事情を知ってしまったリーク先生が、“シルフィだけでは手が回らないだろう”と。
 自主的に提言し指導している座学の教室で、休憩中だったユキに実技のことを伝える。

「……にぃに達、帰ってこないの?」
『あああっ……!』

 悲しそうな表情のまま俯いた姿に全員が狼狽ろうばいする。
 だけど実際どうしようもないのだ。
 睡眠中に関節技を決められるリスクがあるとしても、シルフィ先生に預かってもらうのが最善手。
 寮部屋で生活している子ども達と一緒にとも考えた。孤児院からの付き合いであり、獣化の件についても理解のあるあの子達なら、特に異論もなく引き受けてくれるだろう。
 だが……たかが三日、されど三日。
 ただでさえ不慣れな環境に置かれて、ようやく過密スケジュールに適応しかけた皆に負担を掛けたくない。

「まったく、唐突に来たかと思えば揃いも揃って……何を悩んでる?」

 進展の無い話し合いを見かねたリーク先生にも実技内容を教える。
 しばらく腕を組み、考え込んでから。パッと顔を輝かせて手を叩く。

「ならばちょうどいい。近々、ユキの身体を念入りに検査しようと思っていたんだ。実技が終わるまで私の家で引き取っても構わんぞ」
「えっ、リークせんせぇと……?」
「そこまで嫌そうな顔されたらさすがの私も傷つくぞ」
「大丈夫だよ、ユキ。オルレスさんもいるし、毎朝シルフィ先生に寝技を掛けられるよりは安心できる」

 グリモワールでの検査だけではまだ不明な点が多いと、オルレスさんは言っていた。経験豊富かつ腕の良い医師である彼ですら見抜けない箇所があるのだ
 だからこそ《デミウル》の分野に詳しいリーク先生に、しっかり診てもらえるのはありがたい。放課後の少ない時間で調査するには不足な部分も補える。
 今回のことで何か判明するなら……例えそれがどんな結果になったとしても、知っておきたい。
 今後の為にも、ユキの為にも。無知をそのままにしておく訳にはいかない。
 膝をついて目線を合わせながら、頭を撫でて。

「皆で無事に、お土産持って帰るから──待っていてくれよ。約束だ」
「……うん、わかった」
「私も時間が出来たら様子を見に行きますので、実技試験が終わるまでの辛抱ですよ。それはともかくクロトさん、後でお話が」
「よっしゃみんな早く準備しよう! ボーッとしてたら日が暮れちまうよ!」

 失言の追求から逃げる為、早口でまくし立ててその場を退散する。
 危ない危ない、口が滑ってしまったぜ。

 ◆◇◆◇◆

「クロト、ちょっといいかい?」

 学園長室に飛び込んで、どこか疲れた様子の学園長にお礼を言いつつ、レオを回収してから。
 それぞれ散らばって必需品の買い出しを行い、一足早く家に帰り、リビングで冒険者用バッグパックに荷物を詰め込んでいると。
 いつの間に帰ってきていたのか、扉を開けてセリスに声を掛けられた。

「おかえり、ってあれ? 道に迷わないように、カグヤと一緒に行ってたんじゃないの?」
「そうなんだけどね……買い物中に武器の話になってさ。買おうにもアタシは無一文だし、立て替えましょうかって言われたけど。そこまでさせるのも悪いなぁ、なんて思っちまって」
「わかるー。善意からの気遣いなのにどことなく危機感を抱くよね」
「ああ。見栄を張るつもりじゃないし頼るべきなんだが、咄嗟とっさにクロトと相談してみるっつって帰ってきちまった」

 乾いた笑いをこぼす彼女を見ながら、ギチギチに詰まったバックパックの口を閉める。

「カグヤも武器のことなら頼りになるって頷いてたからね。信頼できる鍛冶師のお前に打ってもらった方が、色々と楽だろう?」
「まあ、疲労感はプライスレスだとしても余計な出費は抑えたいからなぁ…………よし、じゃあ今から作ろうか」

 時計に目を向けてから、夕食までには間に合うだろうと。セリスを連れて地下工房へ。
 開いた天窓から差し込む光と、仄かに明るい照明の下で。
 鍛冶道具を用意しながら、戦闘科での立ち回りや試用した武器の感触を聞いてみる。
 壁に立て掛けていた片手剣を手に取って、首を傾げながら。

「んー……いくつか試して、直接クロトにアドバイスを貰ったからかもしれないけど、槍が使いやすかったねぇ」
「確かに。初めてにしては授業でもよく動けてたし、リーチがある分フォローにも手が回る」

 多人数を相手にしてもしっかりと捌き切れていた辺り、槍使いの素質があるのだろう。
 ただ、あくまで初心者な訳だから全て金属製にするのはダメだな。身体に負荷が掛かって後の動きに支障が出るし、振り回される可能性がある。
 なるべく軽く、しなるように……工房にあったトレントの木材を棒状に切り出すか。

 トレントの木材は柔軟かつ耐久性もあり、適切な処置を施せば耐火性や強度が増すので建築資材としても使われる。
 処置をしないと生木にも関わらず良く燃えるのだが、それが鍛冶師にとってはありがたい。火力が欲しい時、適当にぶち込めば勝手に熱量を上げてくれるからだ。瞬間的ではなく長く燃え続けるので、調節しなくても高温を維持できる。
 この特性が有る為、錬金術でも重宝する。火属性爆薬の“火燕ひえん”と組み合わせて作製した新しい爆薬、“焦炎しょうえん”の効果は絶大だ。
 通常の爆薬より高威力かつ広範囲に燃え広がり、範囲内の物に貼りついてしばらく燃え続ける。絶対に人に向けて投げてはいけないし、範囲を見誤って誤爆するのも許されない物だ。
 木製武器に良し、炉の燃料に良し、錬金術にも良し、と。
 いいことづくめの魔物素材、それがトレントの木材だ。

 セリスの身長より少し長めにして取り回しやすく。穂先は前に何本か打った短剣を解体、括りつけて外れないように金具で留める。
 石突きも同様に補強して……柄にルーン文字を彫るのもアリだな。簡素ながらも、それだけで魔物相手には十分通用する。
 その他の要望を聞き入れながら図面に詳細を書き込む。他の細かい調整は後で手伝ってもらうとして──早速、作業を始めよう。

「そういやすっかり忘れてたが、昨日ガキ共に鬼ごっこで負けたんだって? 孤児院の時は連戦連勝だったのに」

 手頃な太さの木材をヤスリ掛けしていると、椅子に座り意地の悪い笑みを浮かべたセリスに突っ込まれる。

「お互い、全力で取り組んでたんだけど……ちょっと油断しちゃって。成長するのが早いよ、子ども達は」
「言ってる割には嬉しそうだね?」
「もちろん悔しい気持ちはあるけど、前に交わした約束が果たせそうだからね。鬼ごっこで負けたら子ども達の武器を作ってあげるって」

 子ども達のモチベーションを維持する為、そういった約束をしていたのだ。
 可変兵装モドキでは得られない自分専用の武器という素敵な響きに、子ども達のやる気は満ち溢れるようになった。
 ただし鍛冶師として一人前の基準である中級になってから、と条件は付けていたがそれも数日前にクリアしている。
 多少の時間は掛かるが俺の持ち得る技術を総動員した、実力に見合った武器をプレゼントしてあげよう。
 あまりトンチキ性能の物は作るなよ、とエリックには忠告されたが。
 誠に心外である。トンチキではなくピーキーな性能と言いたまえ。

『つまり馬の前にニンジンをぶら下げて走らせるようなものだな?』
『お黙りくださいませ』

 頭に響くレオの声に反応しながら作業の手は緩めない。
 短剣から抜き取った刃と金具を接合し、軽く振ってみる。うーん、もう少しキツく締めてもう一度……オッケー、問題なし。
 石突きの部分にも金具を付ければ、見た目的にはこれで十分。だが、もう一手間加えよう。

「折角のプレゼントな訳だから長く使える物をあげたいんだ。自力で手入れをする大切さも学べる方がいいから、可変兵装に近い武器にしようかと思ってる」
「アタシは使ったことがないから分からないけど、ああいうのを作るのは難しいんじゃないかい?」
「ふっふっふ……なめてもらっちゃあ困るな。ただただグリモワールで遊び呆けてた訳じゃないんだ。以前から独学で似たような物は作ってたし、可変兵装について見識を深めたからね。子ども達もご満悦な逸品を打ってやれるぜ……!」
「ほお、そりゃ楽しみだ。……その熱意を勉強に向けられなかったのか?」
「あーあー聞こえないー」

 ヤスリ掛けによって手触りの良くなった柄に、ルーン文字を書く“刻筆”で『抵抗軽減』『強度増加』を刻む。
 安直な内容だが、仄かに光を放つ文字列を見るにしっかりと効果は発揮されているようだ。
 あとは文字が傷付かないように、滑り止めも兼ねてなめした皮を巻きつけて完成。

「これでよし、と。……まだ時間はあるから、外で立ち回りをおさらいしようか?」
「おお、助かるよ。クロトから見て改善できる部分があったら、どんどん言ってくれ。本番で足手まといになるのはごめんだからね」

 提案に頷いたセリスを連れて外に出る。
 茜色に染まる空の下で。構えから振り下ろし、突き、払い、流しの基本的な動きを見せて。
 足取りや重心移動の助言を交えながら実際に武器を持って特訓。
 わずか数分のやりとりで、凄まじい成長を遂げたセリスの槍捌きを長剣でいなし続ける。
 風を切り、合間に鈍い音が響く。石突きで叩き注意を向けつつ、意識の隙間に差し込んでくる穂先を逸らす。
 さすがに長剣は抜き身でなく鞘に納めたままで。
 槍にも布を巻いているが、躊躇なく胴体ど真ん中を狙ってくるのはビビります。
 しかも無理にではなく、“そこなら突けるな”という確信を持っている。
 要は自分の技量で出来る適切な動きで自然に狙えているのだ。殺意が高い。本当に高い。
 しかし狙いを付けている分、視線や意識がそちらに引っ張られてしまう。無意識の行動だから仕方ないとはいえ、そのおかげで先読みすることは可能だ。

「──ここだな」

 身体を半身だけ引いてから放つ突き……と見せかけて、踏み込んだ薙ぎ払いだ。
 横っ面に迫る槍を衝突の寸前に左手で掴み、目を見開いたセリスの首元へ剣先を添える。頬を垂れる汗が一粒、地面に落ちた。

「対人相手だとこういうことをしてくる奴がいるし、皮膚や鱗の硬い魔物に刃を止められたりするから気をつけようね」
「っ……かーっ、負けたぁ! 蹴りでもすりゃよかったかぁ!」

 槍と身体を投げ出して肩で息をするセリスに、井戸から汲んできた水を柄杓ひしゃくに移して差し出す。
 上体を起こした彼女はそれを素早く奪い取り、勢いよくあおった。極限まで集中していたのだろう。頬や額に髪が貼り付くほど汗をかいていた。
 その隣に座って飲み終わった柄杓ひしゃくとハンカチを交換する。

「でも初心者とは思えないくらい上達してきてるよ。フェイントも織り交ぜようとしてたでしょ? 虚実を含めた攻撃は通用すれば強烈だからね」
「……ふぅ。最後のは良い感じに決まった! と思ったんだけどねぇ」
「ちょっとだけ隙があったから割り込めると思って。薙ぎ払いも嘘で本命は他の手段、それこそ殴るか蹴るか、魔法だったら間合いを取るかな」

 汗を拭き終わったハンカチを受け取り、ポケットに仕舞う。
 一息ついたセリスは俺の言葉を聞いて、顎に手を当てて唸る。

「うーん、魔法かぁ。今まで魔力すら馴染みが無かったから感覚が分からないんだよな。……魔法はともかく《魔力操作》くらいは身に着けた方がいいかい?」
「そうだね、夕食の後に練習しようか。魔力切れとか暴走とか、大事な部分を押さえれば習得するのは簡単だから」

 魔法はまだ考えなくてもいいかな。今回の実技では武器の扱いに集中してもらおう。属性攻撃が必要になったら、トライアルマギアか爆薬を使えばいいし。
 他に戦闘での立ち位置や役割分担を説明していると、家の方からエリック達の声がした。
 気づけば周囲もだいぶ暗くなってきている。そりゃ買い出しも終わる頃合いか。
 井戸に柄杓ひしゃくを置いてから、家に戻って夕飯づくりの準備を始める。

 台所の裏口から入って早速、セリスは先程の疲れを微塵も感じさせないテンションで。カグヤと一緒にいるユキに詰め寄って、作った槍を自慢していた。孤児院の姉貴分も偶には童心に帰るのもいいだろう。
 そんな微笑ましいやりとりをカグヤは優しく見守っていた。
 なんて眩しくて綺麗な空間だ、迂闊に近寄ったらきっと蒸発してしまう。そっとしておこう。
 目を細めて何を作ろうかと考えながら、手を洗って拭いていると。エリックから総菜が大量に入った紙袋を手渡される。

「実技内容の衝撃は強かったが、無事に筆記は終わったからな。明日に向けて英気を養うっつぅ意味でも、今日はこれで騒ごうぜ!」

 なるほど、一理ある。彼の言葉に頷いて、香ばしい匂いのする紙袋を覗く。
 香辛料の効いた様々な肉串や、見たことの無い魚の塩焼きにフリッター、野菜を使ったパイなど。食欲をそそる総菜の数々がそこにあった。
 別の袋にはバゲットや十字に切り込みの入ったパンが詰められている。
 これだけあれば手の込んだ料理をしなくてもよさそうだ。作るとしても、付け合わせのサラダとスープでいいかな?
 エリックに手伝ってもらい簡単な物を作る。
 華美とは言いがたく、けれど確かにご馳走が並んだ食卓を囲み。
 賑やかな食事を送りながら、実技前日の夜が過ぎていった。
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