自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【四ノ章】借金生活、再び

第五十五話 シェアハウス

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 シルフィ先生の許可も下り、男子・女子の寮長にも話を通した結果。
 エリック、カグヤ、セリスの移住が決定。先生が理由を伝えている途中、各寮長が俺の顔を見ながら、ああ……と納得していたのはなぜだろう。
 特に文句や反対意見も無く──家主だけど、そもそも言える訳がない──決まったのなら早速やろう、と。午後からは荷物の運搬を手伝うことになった。
 荷物と言ってもベッドや机は寮の物だから、実際に持ち込んでくる量は少ない。
 エリックは迷宮で手に入れた物を全て換金して、貯蓄していたようなので。替えの制服や私物をまとめればスーツケース一つ分くらいで終わった。
 彼の境遇を知った今だと物が無い理由を察せられるが、それにしたって少ない。ウ、ウチに来たら色々買って置いてもええんやで……?
 ひとまず相部屋の相手に説明と掃除をしてから合流する、と言ったエリックと一旦別れて。
 今度は女子寮の方へ向かった。

 ◆◇◆◇◆

「考えてみたら、セリスも荷物と呼べるほど物なんて持ってなかったね」
「持ってきたかった本とかも全部燃えちまったからねぇ」

 隣でカグヤの荷物を抱えて歩くセリスは、あっけらかんと笑う。豪快な性格をしてるとは思うが、ブラックジョークとしては重すぎて笑えない。

「すみません……説明に手間取ってしまい、セリスさんだけでなく貴方にも手伝ってもらって」
「いやぁ、さすがにあれだけ騒いでるのを聞かないフリして放置するのもねぇ」
「外までギャン泣きしてるのが聞こえてたから……俺が女子寮に入る訳にもいかないし、セリスがいてくれてよかったよ」

 申し訳なさそうに、カグヤは着替えを詰め込んだカバンに顔をうずめている。
 エリックはお互い不干渉な相手と相部屋になっていたようだが、彼女の相手は中等部からの付き合いで、とても仲が良かったらしい。
 休日に一緒に出掛けたり、弁当を作り合ったり、迷宮の攻略に行ったりもしていたそうで。
 そんな気心知れた相手から寮退の話が出たらそりゃショックもデカい。
 結果、号泣。俺とセリスが寮の前でカグヤを待っている時に、恥も外聞もドブに投げ捨てたような鳴き声が響き渡った。
 魔物でも侵入したのか、と思いながらエントランスに目を向けて。浮気がバレた夫の如く腰に縋りつき、泣き続ける生徒が視界に入る。

 そっとしておこう、という傍観の思考が頭をよぎった。しかし見てられないと言って、すぐさま介入したセリスの声掛けにより平静を取り戻す。
 直後に重要な部分を省いて、移住の経緯を淡々と説明される同室の生徒が気の毒に見えたけど。
 ユキを想っての提案であり、最悪の場合を想定した保険でもある為、カグヤが居てくれるのは非常に頼もしい。だが彼女が納得していても、近しい立場の人が素直に頷いて受け入れてくれるかは別問題だ。
 故に、あそこまで仲が良い相手と引き離すのは酷にも思えた。
 なお最終的には“貴女が私の新しいママ……?”とかトチ狂った発言をして、セリスに“はあ?”と冷たくあしらわれて心が折れたのか。同室の生徒はピクリとも動かなくなってしまった。
 あれ以上の口撃こうげきはマズイ。
 そう判断して玄関口からセリスを呼び戻し、女子寮の寮長を呼び出して生徒を保護してもらい、俺達は何食わぬ顔で荷物を運び始めた。

 カグヤのはエリックと比べれば格段に量が多く、何度か往復する必要があった。
 さすがに衣服類は女性陣に任せて。俺はかさばる大きめの物──日輪の国アマテラスから持ち込んできた、箪笥たんすなどの家具に手をつけた。
 リアカーでも借りようかと思ったが、林の中を抜けるのが厳しい。なので魔力操作で身体を強化し、血液魔法で縛って背負うことに。
 これでも異世界に来て色々と成長したのだ。難なく背負えたものの、周囲から奇異の視線を向けられたが気にしない。

「なんにせよ、一悶着あったがどうにかなってよかったじゃないか」
「ほんとにそう思う? 俺、すっごい睨まれたけど。尋常じゃない殺意の波動を感じたけど」

 現在、二往復目の途中。楽観的に言い放つセリスに振り返る。
 女子寮の前で次に運ぶ物を待っていたら、保護された同室の生徒に射殺さんばかりに見つめられ、怯えてコソコソと立ち去ってきたのだ。
 ちゃんと家具は背負ってきたので安心してほしい。というか重そうなのはこれで最後なので、後は二人に任せようと思う。
 同室の生徒に殺されそうな気がするから、もう女子寮には近づかない。

「昔から彼女は甘えたがりな所がありましたから、今回を機に変わっていってほしいですね」
「ああいうのは割と遺恨が残る別れ方だと思うよ……」
「むしろ同い年で他人にべったりって、孤児院のガキどもじゃないってのに。恥ずかしくないんかね?」
「やめよ? 聞こえてない所で死体蹴りの如く言い合うのはやめよ?」

 長年の付き合いから放たれる願望と、初対面だからこそ言える疑問を静止しつつ。
 なんとか荷運びを終えるのだった。

 ◆◇◆◇◆

 各々の後始末を済ませた後、俺の家に集まって。
 部屋決めや共同生活する点でのルールを定めたり、荷物を運んだりしていたら夕方になっていた。
 テスト前だから受講できる授業は緩いらしいが、すっぽかし過ぎな気がする……リードのおかげで余裕はあるし、別にいいか。
 ひとまず昨日に比べて人数も増えた為、夕食はより力を入れなくては。散々なこと言われてるけど一応、家主だからね。食卓事情はお任せあれ。
 カグヤがセリスを連れて、パンの買い出しついでに街の案内を軽くしてくるそうなので。その間にエリックと協力しておかずを用意する。

「そういや昨日は先生ともメシ食ったんだっけ? 今日もか?」

 エリックはあまり料理はしないらしいが、孤児院で子ども達と一緒に作っていたから、よく手が回るし目も届く。
 補助程度なら問題なく出来る為、台所も広い上に二人で分担してる分、テキパキと手早く進められた。

「んー、どうだろ。しばらくユキの送迎はしてくれるそうだけど……でも、なんだかんだ言って勉強を教えてくれたし。わざわざ入浴セットを取りに帰って、ユキをお風呂に入れてくれたしなぁ」

 トレントという魔物からドロップする、毒々しいリンゴのような見た目の酸味が強い果実を擦りおろして。
 スパイスと組み合わせて簡単にドレッシングを作り、盛り分けたサラダに垂らす。

「まあ、食欲に負ける可能性を考えて多めに作っとこうか」
「そういう風に言うと、撒き餌を作ってる狩人みたいだな」
「断じて違う。……え、先生が獲物側なの?」

 俺達の頼れる担任教師になんてことを言うんだ。
 横目でエリックの方を見れば、慌てた様子で。

「いやほら、関係性が教師と生徒で離れてるだろ? おまけにエルフだって正体明かす前は、人間離れした美貌の女性教師って認識だったんだぜ? だから近寄りがたい印象が強くて、クロトと出会う前もあまり話さなかったしさ」
「ふむ……グリモワールで色々あって話していく内に、イメージが変わって親近感が湧いてきたって感じ?」

 まあ、気持ちが分からない訳ではないけど。

「そうそう! なんつーか超然とした先生も、クロトが無茶して怒鳴る先生も同じで。学園で送る日常の一部なんだなって思えた途端、親しみやすくなった気がしたからよ」
「気が緩むと、思ってもいないことを口走りそうになるもんね。……あと前者はともかく、後者に親しみやすさを覚えないで」

 要はエリックの認識が以前と変わり始めてきた、という話か。
 納得しながら、昨日のスープと同じように具材を鍋にぶち込み、ホワイトソース代わりにミルク缶から牛乳を投入。
 火の調整をしながら掻き混ぜれば、胃袋を揺さぶる香りを放つ乳白色のスープが完成。
 クリームシチューに特製サラダ、そしてカグヤ達が買ってくるパンを合わせれば……ふふふっ、絶対ウマい。
 その前にちょっと味見。

「うーん、味はいいとしてトロみが足りないかな。でも今日中に食べきる訳じゃないから、焦げつかない為にもこのままにしとく?」
「温め直す時に大変だしな、いいんじゃねぇか?」

 じゃあ放置で、と火を止めて。二人の帰りを待つ間に筆記の復習をしておく。
 数学の問題集と十数分ほど睨めっこしていると、元気のいい声が聞こえてくる。
 玄関まで見に行けば、ちょうど鉢合わせたのかセリスに抱き着くユキと、それを優しく見守るカグヤとシルフィ先生がいた。
 昨日はエリックだけかも、と言ったのにセリスも住むことになったからな。ユキにとっては嬉しいサプライズだろう。
 エリックと顔を見合わせて笑いながら、落ち着いた頃合いを見て家に迎え入れた。

 ◆◇◆◇◆

 結局、ドレッシングに混ぜたトレントの果実──実は先生の好きな食べ物──の匂いに耐えられなかったのか。
 恥ずかしがりながら、しかし昨晩のお礼と言って持参してきた惣菜なども添えて。
 今日の夕飯も先生を交えた穏やかな空気を流しつつ、和やかに終えた。
 食後のほんわかとした雰囲気のまま、雑談しているエリック達を眺めながら。片付けた食器を洗っていると、横合いから重ねた皿が差し出された。

「にぃに、はい!」

 ユキだ。軽く背伸びをして、渡してきたそれを受け取る。

「手伝ってくれてありがとう。後は俺がやっておくから、休んでていいよ」
「うん!」

 嬉しそうに耳と尻尾を揺らして、歓談の中に混ざっていくユキを見送り、止めていた手を動かす。
 昨日もそうだけど、彼女は率先して片付けを手伝ってくれる。孤児院時代から自分で考えられる範囲で貢献しようとしていたし、その名残だろう。出来た子だなぁ、ほんとに。
 ……性急過ぎたとはいえ、兼ねてから望んでいた世界に生きるのだから。あの子だけでなく、子ども達が伸び伸びと生活できる日常を送れるように頑張らないとな。
 決意を新たに、最後の一皿を食器立てに置いて手を拭きながら。

「じゃ、俺は工房に籠るので女性陣からお風呂に入ってね。複数人でも余裕なくらい広いから、ごゆっくり──」
「おう、三人が上がったら真っ先にお前を工房から引きずり出すから。そのつもりでいてくれよ」

 くっそ、誤魔化せると思ったのに……あっ、それなら。

「そんなに言うならエリック、手伝ってくれよ」
「え、俺が居てもどうにもならなくねぇか? 力仕事ならともかく、爆薬の作り方なんて分からんぞ」
「別に来なくてもいいけど。風呂上がりの女性陣に囲まれてドギマギしながら、いい匂いのするちょっと気まずい空気に、男一人で耐えられるなら来なくていいけど」
「よっし、任せろ! なにすればいいんだ!?」

 年頃の女子と生活するとはどういうことか。その一例を詳しく伝えれば、思春期特有のいけない思考が湧いてきたのだろう。
 俺だってそういう考えが浮かばないように、煩悩を必死に抑えているんだ。覗きとか……やった瞬間、カグヤの刀で三枚に下ろされる未来が容易に想像できるし。
 ともかく一度でも不埒ふらちな行動に及んだら、関係性の悪化はまぬがれない。
 そして、似通った行動を見せて疑われるのも遺憾である。だったら二人で行動してた方が意識せずに済むはずだ。
 言わんとしていることを察したエリックは慌てた様子で立ち上がる。早足で近寄ってきて、俺の肩を掴んで工房への裏口を開く。

「爆薬に関しては俺がやるよ、下手すると誤爆するし。本命はブレイズバンカーを作った時に仮作製した装備の方だよ」
「ああ、あの爆発するトンファーか……アレと同列の装備かぁ」

 階段を下りながら、遠征で起こった襲撃事件を思い出しているのか。
 それとも“俺が作った装備”という響きに嫌な予感があるのか、達観した表情を浮かべている。

「パイルハンマーや、ブレイズバンカーみたいに反動のエグい装備じゃないから安心してよ。むしろ、反動を軽減する為の抑制器具みたいな物だから」
「ほーん。一応、安全対策は考えてたのか……ん? じゃあなんであの時は使ってなかったんだ?」
「先生の家に忘れた」
「お前……」

 呆れて何も言えないと、エリックは頭を抱えた。
 忘れちまったものはしょーがなーいだろぉ? それでも頑張って使いこなしてたんだから、そこは褒めてほしい。“だったら奇天烈きてれつな物を作るな”って反論は受け入れないけど。
 工房の扉を開けて、換気扇を点けながら。

「まあ先生の家に置いてた道具なんてそれくらいだし。とにかく、試しに使ってみてほしいんだ。はい、これ」
「鉄板と指ぬき手袋? 装備は手袋の方だとして、鉄板……?」
「それは威力テスト用のヤツ。手袋を着けて、魔力を込めて殴るんだよ」

 なに言ってんだお前、という視線を流して。錬金術の道具と素材を用意しながら、手袋について説明する。

 “エンハンスグラブtype‐ゼロ”と名付けた、作製武器の反動抑制を目的とした装備。特性の魔法陣を描いた布で作製し、魔力を流すことで握力の強化と硬化を施す。

 指抜きにした理由は“カッコいいから”というだけでなく、真面目な部分もある。
 手袋だけの強化になったら、手首から上との強度の差があって逆に危ない。故に体内の魔力回路を活用して、指先から腕までを含めて保護する為に、指抜き手袋にしたのだ。
 初期段階はルーン文字のエンチャントで済ませようと思ったが、手袋に文字を刻む分だけでは限度が有り、完璧な反動の軽減には至らなかった。

 だから魔力を用いた一時的な強化に切り変えて、魔力操作の出来る人なら誰でも扱えるように作製。
 そして自分で試した時はちゃんと反動は軽減され、実用に足る装備として使えた……のだが。性能が非常に良い代わりに、伝導率が悪すぎるのか魔力を放出してしまい、消費が激しく数十秒で枯渇してしまった。
 今日は究極的な燃費の悪さを解消しようと策を練るつもりだったが、俺の個人的な感想だけで進めるのはいかがなものだろうか。
 なのでエリックにも試してもらい、意見を聞いてから改良しようと思い至った。
 黒地の手袋の甲に書き込まれた、魔法陣を眺めている彼にワンポイントアドバイス。

「とりあえず魔法を使う感覚で魔力を流せばいいよ。ただの布に見えるだろうけど、錬金術も駆使して作った物だから。頑丈で靭性じんせいもあって、簡単には破れないし」
「俺の魔力出力にも耐えられる訳か……さすがに、外でやった方がいいよな?」
「殴った鉄板で工房を破壊し尽くすつもりがなければ」

 密閉空間で跳ね回る鉄塊とか、風呂場で反射しまくるスーパーボールより凶悪だ。当たったら死ぬぞ。
 だよな、と言って外に出ていくエリックを見送り、俺は錬金術の方に集中する。
 リーク先生に貰ったお下がりの携帯型錬金セットに比べて、工房の設備の方が作業効率は遥かに良い。複数個の爆薬の精製が可能という時点で時間短縮になるし、ポーション作りにも手をつけられる。というか作り過ぎて、空き瓶が足りなくなりそうだ。
 近い内に買ってくるか……もしくは自分で作る? 鍛冶場があるんだし、それもいいな。
 各属性の爆薬やエレメントオイルを仕分けしながら、部屋の隅に置こうとして──凄まじい轟音に揺さぶられる。
 パラパラと落ちてくるホコリを手で防ぎながら。天窓を見上げれば、次いで焦るような叫び声が滑り込んでくる。

「ははーん。さてはあいつ、どっかに鉄板をブッ飛ばしたな?」

 聞き耳を立てて、大急ぎで走り去っていく足音を聞き流して。
 まあいいや、と。放置していた作業を再開した。

 ◆◇◆◇◆

「なんか今、揺れなかったかい?」
「んみゅふ……ちょっとだけ~」
「少しだけ空気が揺れた気がしますが……浴室ですから、声の反響でそう感じただけでは?」
「そんなもんかね。にしても、制服越しからじゃ分からなかったけど、デカいねぇ。先生も相当だと思ったが、カグヤは別格じゃないか」
「えっ、ひゃあっ!」
「おお、程よい弾力にフワフワと柔らかい。コレをサラシ? ってので押さえてたとは……ユキがよく抱っこされてる理由が、なんとなく分かった気がするねぇ」
「ぽよん、ぽよん!」
「ユ、ユキまで! もうっ、急に触らないでください!」
「つまり了承を得ればいくらでも……?」
「そういう訳ではありませんっ!」

 ◆◇◆◇◆

 試験管のような形の爆破瓶を棚に並べていると、騒がしい足音が下りてくる。
 勢いよく開かれた扉から、ひしゃげた鉄板を片手に肩で息をしているエリックが、その場で膝をつき額の汗を拭う。

 聞いた所、そこら辺の木に鉄板を立て掛けて試したら、予想以上にtype‐ゼロが強力で。
 鉄板に拳がめり込んだまま振り上げてしまい、学園の校庭ど真ん中まで飛んでいってしまったのだとか。
 警備員や校舎内に残っていた教師にバレないように、隠密しながら全力疾走で回収しに行って、どうにか戻ってきて今に至る、と。

 ……食後のいい運動になったな、とは口に出さず。ねぎらいの言葉と共に、汲んできた井戸水と飴玉を差し出す。
 そうして落ち着きを取り戻した後に、type‐ゼロの使用感を聞いて設計図を書いていく。
 鉄板を殴りつけても傷はつかず、痛みも無い。耐久性と性能に文句のつけ所はない。
 しかし魔力消費の問題がある。エリックが放つ下級魔法一発分は持っていかれた、と言うほどに燃費が悪いのは無視できない。
 なるべく消費を抑え、最終的には半恒常的な強化が可能な所まで改良したいが……手袋という限られた部分に、どのように手を施すべきか。

「一応、案が無い訳ではないんだ。魔力結晶マナ・クリスタを編み込んで魔力タンクにするとか。でもそれだと、耐久性が著しく下がるかもしれなくてさ」
「元々のコンセプトからすれば、長期的に使えた方が都合が良いしな。結晶が損傷したら元も子も無いし──魔力伝導率を高める素材を一から作るか、そもそも手袋だけっていう発想を変えるとか?」
「根本から見直さないとダメかぁ。要は手袋と身体の間で魔力伝導のロスが起きてるから、消費量が多くなる訳で……素材、素材ねぇ」

 現時点での技量や素材も加味してどこまで突き詰められるか。
 テーブルを挟んでああでもない、こうでもないと議論を重ね続けて数十分。
 行き詰まりの結果、段々と頭に疲れが溜まってきて首を傾げていたら、小さなノックが室内に響いた。
 どうぞ、と声を掛ける。

「にぃに、おふろあいたよー」

 ゆっくりと、もたれかかるように扉を開けて。
 眠そうに目元を擦るユキの声に、エリックと顔を見合わせた。目線は徐々に下がっていき、乱雑に散らばった設計図に落とされる。

「うおっ、気づかない内にこんなに……だいぶ白熱してたんだな」
「だね。一人で考えるより色々と案は出せてたみたいだし、エリックが居てくれて助かったよ。片付けて……っと、その前に」

 風呂上がりの緩い雰囲気を纏う、ユキの頭を撫でて。

「呼びに来てくれてありがとう。早速入りに行くよ」
「うん……」

 こくり、と頷くユキの手を引いて家に戻る。
 シルフィ先生の姿はどこにもなく、三人が風呂に入るのと同じタイミングで帰ったようだ。
 その代わりに、しっとりとした長髪を垂らして寝間着に身を包んだ──カグヤの物を借りたのか、セリスは胸元がブカブカだった──二人がゆったりとくつろいでいた。
 石鹸の香りか、妙に良い匂いのするリビングに、仄かに上気した頬が色っぽく見える女子がいる光景。

 特にカグヤがすごい。本当にすごい。初めて出会った時ですら違和感があり、先生を越える戦闘力を保持しているとは察していたが。こうしてラフな格好を見ていると、俺の観察眼は間違っていなかったと自信を持てる。だって何がとはあえて言わないが、セリスも一般的には豊かな方なのに雲泥の差なのだ。やはり制服とか私服の時は抑えてるんだなぁ……。

 だからと言ってセリスも負けてる訳ではない。エリクシルの影響かは分からないが、栄養不足で骨ばった身体は程よく肉が付き、非常に健康的な肢体を取り戻していた。カグヤは一部が突出して様々な要素が追随していて、セリスは全体的な要素がとても高水準にまとまっている。色男・美女が揃っている七組の中でもトップレベルで、体型も出る所は出て絞まる所は締まっているのだ。これが孤児院に眠っていた原石の実力か、ヤバいな。

 ……というか、うん、見ただけでスリーサイズが分かるとか変態だよね、ごめん。
 高速で駆け巡る思考を遮断し、息を止めて、下唇を噛んで。
 無言でユキを預け、セリスに見惚れているエリックの肩を掴んで。逃げ出すようにリビングを飛び出し、いそいそと脱衣場に入った。
 タオルを顔面に投げつけてエリックを正気に戻す。ハッとした様子で頭を振り、抱えながら。

「アレは、マズいな」
「だから言ったでしょ、気まずくなるって」
「ああ、よく理解した……今後もずっとアレが続くのか」
「役得と言えば役得。ただ、一つでも判断を誤れば、信頼は地にちるだろうね」
「肝に銘じとくぜ。マジで」

 共同生活シェアハウスという形で始まる新生活に、多大な期待と一抹の警戒心を抱いて。
 丁度いい温度の湯船に肩まで沈みながら、静かに夜はけていった──。
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