自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【三ノ章】闇を奪う者

第四十七話 Sleepless Night《前編》

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 眼前に広がる光景から脳裏に浮かんだのは十年前と酷似した凄惨な記憶。
 突如として降り注いだ幾千にも及ぶ光の剣が、過去の悪夢を呼び起こした。
 道路をき、砕き、空気を揺るがす衝撃が建物を破壊する。根本から倒壊した建物は土煙を巻き起こし、そこから炎を伴った黒煙が立ち上る。
 我先にと逃げ惑う人々の怒号、親を探し泣き叫ぶ子供の声、掻き消すように鳴り響く爆発音。

 ──小さな子どもですら知っている話だ。当然、十年前を乗り越えた者達が忘れる訳も無い。

 国家を壊滅寸前まで追い込んだ災害。
 人も物も摩耗し、それでもなおここまで復興した魔科の国グリモワールを再び地獄の坩堝へと叩き落とすこの光景は。
 ──“大神災”の再来と称しても過言ではなかった。




「皆さん、落ち着いて! 警察の避難指示についていってください!」
「女性や子ども、老人は優先に! 男共は怪我してる奴に肩を貸してどんどん運べ!」
「この先の広場で治療してます。終わり次第、別区画まで移動しましょう!」

 阿鼻叫喚の中でも、即座に行動を始める者もいた。
 巡回警備を行っていた警察と協同していた冒険者が先導して避難を開始する。
 拡声器のような魔道具で声を掛ける彼らに、恐慌していた住民も徐々に冷静さを取り戻していた。
 デバイスによる情報共有によれば、この騒ぎは《デミウル》本社ビルと保有している研究所周辺でのみ発生しているようで、それ以外の区画に被害は無いそうだ。
 突然の事態ではあったが、“大神災”の時と比べればまだ絶望的ではない。先ほどまで降り注いでいた光剣の雨も今はんでいる。いつ第二波が来るかも分からない状況だからこそ、やるべきことをやらなくては。
 それにしても軍の連中はいったい何をしてるんだ……? 一区画だけとはいえ、ここまで騒動が起きていればすぐにでも駆けつけてくるというのに。不祥事の揉み消しやら内輪揉め、手柄の横領や企業からの賄賂のせいでまともな対応をしてくれる軍人など片手で数える程しかいないが、だとしても今はとにかく人手が欲しい。

「お、おい……あれはなんだ……?」

 不意に。立ち止まった市民の一人が。罅割れたディスプレイを指差して呟いた。
 釣られて見上げるとそこには企業の広告など映っておらず、代わりに白黒の荒い映像混じりに──新聞や魔導テレビなどで見かける《デミウル》の重役が、鎖に繋がれた何かに注射を施している場面が映し出されていた。
 次の瞬間、人々の悲鳴を掻き消すような絶叫と愉悦に浸った蔑みの嘲笑が響き渡る。
 ぞくり、と。背筋が震える。背けそうになった視線は固定されたように動かず、避難していた者達までもが、恐怖を滲ませた表情で立ち尽くしていた。

 映像は変わる。
 人とも魔物とも似つかわしくない存在が特殊部隊に撃ち殺された。

 映像は変わる。
 何年か前に無残な姿で発見された企業の社長が鎖に繋がれた魔物に喰い殺された。

 映像は変わる。
 獣人の男が目の前に転がされた女の亡骸を見て狂ったような雄叫びを上げた。

 何度も。
 何度も何度も。人の死と悪意が繰り返される。
 作り物だと否定できるような確証などある訳もなく、ただ過ぎてしまった過去を見せつけられる。
 数分前の悪夢を掻き消すような、それ以上の衝撃が身体を襲う。吐き気を催す邪悪と、命を道具としか見ていない者への嫌悪。映像の全てに《デミウル》が関わっているという事実が拳を握らせ、血をしたたらせる。
 どれだけの時間、その場に釘付けにされたのだろう。時間が止まったような錯覚が脳を支配し、頭まで煮立った身体の熱で喉が渇きを訴えた。
 そう自覚できた途端に。

『ごきげんよう、無知なる大衆の皆様』

 都市全体のディスプレイにフードで顔を隠した男が映し出される。
 度重たびかさなる混乱の最中に、加工されているのであろうぼやけた声が耳朶に染みていく。

『たった今、君達が目撃したのはこの国で引き起こされた真実の一部に過ぎない。私利私欲の為に、己の欲望を満たせるのであればどれだけ非業な手段であろうと行使するのもいとわない……《デミウル》のみならず、企業とはそういうモノだ。それらに雇われた我らも同類ではあるがね』

 呆れたような、しかしどことなく威圧を含んだ声は止まらず。

『汚職、収賄、不祥事……誤魔化したとしても、いずれ世間の目に晒されるのが世の常……永遠ではないのだ。やり過ぎたのだ、お互いにな。これまで散々良い夢を見てきたのだろう? そろそろ目を覚ます時だ。拒絶した所で手心を加えるつもりは一切無いが、ささやかな手向けとでも思ってくれたまえ』

 画面の男が手を挙げる。同時に、黒衣を身に纏った集団がビルの上に現れた。
 影も形も音も無く、まるで最初からそこに居たのが当たり前だと言わんばかりに、静かにたたずむ姿に誰もが息を呑んだ。
 風を受けてひるがえる黒衣に描かれた五芒星を模した星を囲ういくつもの刀剣……その紋章に見覚えがあった。
 あれは、あのマークは……!

『闇に生き、影に潜み、国の裏側を統べる者──我らの名はカラミティ。《デミウル》よ、これは引き際を誤り、それでもなおおごりを捨てず、欲望のままに生き続けた愚か者への返礼であり──粛清だ。存分に見せしめとなってくれ』

 最後の一言を皮切りに黒衣の集団……カラミティが一斉に飛び降りる。
 この国に蔓延はびこる悪の大本とも揶揄され、渡り鳥の如く国中を飛び歩き、ありとあらゆる企業に味方し、時に苛烈なまでに敵対する闇の組織。
 カラミティが起こしたとされる事件の被害は無関係な住人にも及ぶほど容赦が無い。《デミウル》という大企業を潰しに掛かるなら、相応の戦力が集まっているはずだ。当然、避難を完了していないこちら側の被害も大規模になる。
 ──止めなくてはならない。肌を刺す明確な敵意に身体は勝手に動いていた。周囲の冒険者の静止を振り切って、駆け出す。
 静まらない混乱の渦中に身を投じた災厄の手先が、武器を手に取り襲い掛かってきた──。




「……予想以上に火種が強かったね」
「あらかじめ伝えられた場所に向けて《異想顕現アナザーグレイス》を撃っただけなんだけどな……まさか、あんなことになるなんて思わなかったよ」

 遠くの方から響く喧騒を背負い、俺とルシア──セカンドはビルの屋上を飛び移りながら《デミウル》本社へ向かっていた。

「自分のスキルなのによく知らないの?」
「使う機会が無くて、あまり把握できてないんだ。まあ、あれくらいならいいかな、と思って無人施設だけじゃなく本社ビルと高速道路にも何本か落としたけどね」
「あれだけの数の光剣を一本ずつ的確に操作して落とす……かなり負担が掛かりそうだけど」
「スキルの発動中は倦怠感というか身体が溶け出してるような違和感があったけど、今はもう無いよ」

 右手を握っては開き、身体の調子を確かめながら心配してくれるセカンドに応える。
 ぶっつけ本番になってしまったが、《異想顕現アナザーグレイス》の使い方はなんとなく分かっていた。これは俺が想像した物を現実に創り出し、自分の思うがままに操ることができる力だ。
 しかも恐ろしいことに、限界が無い為どこまでも強くなる。スキルの出力は俺の想像力に左右されるから、そういった意味では限界値が存在するのかもしれないが。それでも強固なイメージさえ定まっていれば、どんな状況にも対応できる非常に強力なスキルと言えるだろう。だが、使用中に感じた気味の悪い感覚を何度も体験する羽目になると思うと、今後も使いたいという気持ちは一切湧いてこなかった。
 列車の中で、夢で見た鏡合わせの自分の姿が脳裏に浮かぶ。あれが現実になるかもしれないという疑惑がどうしても晴れない。折角のユニークスキルだが、いざという時以外では使わないようにしよう。詠唱しないと発動できないのも面倒だし。

「メイジが魔法詠唱で難儀する理由が分かった気がするよ……」
「ネームレス、そろそろ着くよ」
「ん、わかった」

 仮面の内に独り言をこぼして、を羽織り直す。
 以前、《ディスカード》を探索した時に討伐したレプタルの素材を誤って合成させてしまった結果、この制服に新しい機能が備わった。
 一つは魔力を伝播させることで色を変える“擬態能力”。着用者のイメージによって色を変えられるらしく、さすがに透明化まではしなかったが、カラミティの外套と酷似した外見にするくらいなら簡単にできる。
 もう一つは制服の裾からリボンのような帯を伸ばすことができる“伸縮能力”。こちらも魔力で動かせるようで、しなやかで強靭な帯は子どもを五人吊るしても千切れず、移動手段として、鋭く伸ばせば攻撃にも転用が可能となっている。
 完全に想定外の出来事ではあったが非常に有用な能力だ。使わない手はない。
 ──腰に下げた剣の柄に触れながら、眼前にそびえ立つ《デミウル》本社ビルを睨む。周りの建築物より一回り高いビルには枝が生えたようにいくつもの光剣が突き刺さっていた。
 出入り口前の広場を見下ろすと、カラミティの襲撃に対応する警備員の姿があった。人数は劣っているというのに状況は圧倒的にカラミティが優勢であり、本社ビルから出てくる警備員を次々と薙ぎ倒していく。
 あれだけの人数が動いてるなら、内部の警備は手薄になっているはずだ。

「──今、連絡が入った。既に何人かは侵入している。情報の流出も滞りなく遂行されているみたい」
「頼もしいな、ほんとに。……それじゃあ、行くか」

 肩を回し、仮面を付け直す。通信機を仕舞った手でナイフを抜き、逆手に握ったセカンドと共に飛び降りる。
 セカンドはいつか見た黒い翼を広げ、飛翔。俺は伸ばした制服の帯と血液魔法で空中を移動して光剣の上に着地し、疾走。
 狙いは一つ。光剣が刺さった根本、罅割れたガラス張りの廊下。
 加速した勢いを殺さずそのまま跳び蹴り。粉々になったガラスの破片が照明の光を反射しながら辺りに飛び散る。
 ダイナミックエントリー成功。少し遅れて穴から飛び込んできたセカンドを受け止める。

「……予定では私が先だったはず」
「防弾ガラス程度なら余裕でぶち抜ける。誤差だよ、誤差。後か先かの違いだから問題なし」
「……まあ、いいけど」

 ほんの少しだけ赤く染まった顔を隠すようにフードを目深に被り、咳払いを一つ。
 その様子を見ていると近くの階段から慌ただしい足音が。
 かなり大きな音を出したせいだろうか、居場所がバレてしまったらしい。現れた足音の主達は武装した警備員で、俺達の姿を視認した途端に先頭に立つ男が魔導銃をこちらに向けた。

「カラミティ……! 《デミウル》に飼われている分際で、なぜ襲撃してきたんだ!」
「飼っているという認識自体が間違ってる。それに私達のボスは既に答えを出した──やり過ぎたのよ、お互いに」
「ちっ! 金で働く傭兵モドキ共が偉そうな口を叩く「《アクセラレート》」ばがぁ!?」

 律儀に話す裏で殺意をみなぎらせたセカンドの代わりに、急接近して男の顎を蹴り抜く。足先に砕いたような感触が残った。
 えっ、と前後から聞こえた困惑を聞き流し、呆けた残りの連中を鞘に入れたままのロングソードで殴り倒す。
 再行動までの時間が長い。判断が遅い。そんな調子でよくもまあカラミティを相手に不遜ふそんな態度でいられるな。最後の一人の頭を鷲掴みにして壁に叩きつけて、ポイッと投げ捨てた。

「悪いが、先を急いでる。セカンド」
「…………あ、うん。合流地点は上層階だから、上がろう。ネームレス」

 さっきまで纏わせていた殺気はどこへ消えたのやら。気の抜けた返事をしながら倒れ伏す警備員を一瞥し、しかしすぐに気を引き締めた彼女を先頭に走り出す。




「ぐっ……あ、足が、俺の足がぁ……!」
「おい、ナンバーズがいるなんて聞いてねぇぞ! 早く応援を」
「「邪魔だ」」
「げうっ!?」

 通信機に手を伸ばした警備員の顔面を二人でぶん殴る。セカンドに足を切られ、悶絶していた方とぶつかり動かなくなった。
 最初に飛び込んだ所が十五階で今が三十三階。先に侵入していたメンバーは情報統合室という部屋で色々と手を回しているそうで、そこが俺達の目指す合流地点だ。
 しかし外で陽動されていてもかなりの数の警備が残っていたらしい。階層ごとに点在している警備員を無力化しているとはいえ、内部は広い。いつの間にかどこからともなく新しいのが現れる。
 研究者や社員らしき人物も見掛けるが、ほとんどは廊下の隅で怯えていたり、部屋の中から出ないようにしているようだ。

「ネームレス、次の階を抜ければ情報統合室がある」
「ようやくか……」

 エレベーターはあるが緊急事態で停止していて使えないので、仕方なく階段を駆け上がる。外壁をよじ登るという提案もしたが、中から外への攻撃──爆発物などを受けた時のリカバリーが難しいと言われて納得した。
 自由に空を飛べるセカンドはともかく、俺は帯や血液魔法を引っ掛けられる対象が無いと機動力が確保できない。範囲外に吹き飛ばされたら、どうすることも出来ずに地上まで一直線に落下する。潰れたトマトかザクロになってしまう。
 抱えて飛んでもらおうかと思ったが二人分の体重となるとホバリングぐらいしか出来ないらしい。無理を言って作戦に支障を出す訳にもいかないので、大人しく階段を使う。

「っ、セカンド!」
「ええ!」

 今までの階層とは変わって吹き抜けのような広間に出た瞬間、轟音と共に銃弾の嵐がばら撒かれた。
 即座に散開。先ほどまで立っていた場所が一瞬でハチの巣にされた。柱を遮蔽物にしながら弾幕を張った相手を見る。

『──標的確認。鎮圧モードに移行します』
「……戦闘型の魔導人形。何体かは配備されていると聞いたけど、ここにいたんだ」
「鎮圧ってレベルじゃないだろ、あの武装は。……というか、ほとんどは起動不能か外に向かわせたって連絡が来てなかったか?」
「元々このフロアを警備していた魔導人形みたい。停止状態なら干渉できるけど、既に起動してる個体は強固なプロテクトが掛かって手が出せなくなる」

 女性型の魔導人形はゴーグルを光らせて辺りを見渡しており、その手には黒光りする無骨なガトリングが一門。
 この世界だと今時は珍しいと言われている実弾を使用した機関銃だった。その銃口が今にもこちらに向けられると思うと、背筋がぞっとする。
 しかしこれだけ堂々と声を張って話しているのに反応しないのか。聴覚を捨てて視覚情報に特化させている個体なのだろうか? 以前戦った魔導人形も同じような機械を装着していたし、ありえない話ではない。
 試しに、足下に転がってきた破片を身を乗り出さずに放り投げる。
 放物線を描く破片が魔導人形の視界に入った──瞬間。重厚な銃身が回転し、致死の銃弾が放たれる。暴風雨にも似た衝撃が柱を巻き込んで空間を削り、抉り、穿つ。

「ネームレス!」
「っ、心配ない、気にするな! ……予想以上に反応が鋭敏だ、視界内の些細な変化を絶対に逃さず、あの機関銃で対応してくる。だが、逆に言えばそれ以外に目立った取り柄は無い……フロアキーパーってヤツにしては心許ない性能だな。──俺が囮になる。その隙に仕留められるか?」
「首をねても動くよ?」
「四肢を切断すればいい。関節なら装甲も薄いだろう」
「なるほど、良い提案。それでいこう」
「ああ、行くぞっ!」

 セカンドの了承を得て、柱から飛び出す。さっきの破片の動きから視線は俺の方に向いていた為、当然、銃弾が飛んでくる。
 駆け出す背中へ尾を引くように銃撃が追ってきた。魔力強化した脚に追いついていないようだが……やはり視覚情報に特化しているという予想は当たっていたようだ。
 一旦、銃撃をやめると、今度は進行方向の床や柱をまとめて大雑把に撃ちまる。先読みだ。弾幕を広げて、行動を阻害させてきた。
 飛来してくる破片の雨に足を止められ、そして銃口がこちらを睨みつける──刹那、四つの斬線が魔導人形の身体に刻まれる。その全てが正確に肘や膝などの関節を切り裂いており、落ちた四肢から紫電を散らして魔導人形が倒れ伏す。
 俺とセカンドで魔導人形を挟み撃ちの形にして、注意が散漫になった背後からの奇襲で制圧する。
 セカンドの技量に任せきりになってしまったが、急造のコンビネーションにしては様になっていたのではないだろうか。

「ありがとう、セカンド。もう少しで穴空きチーズになってたよ」
「…………食べたくないなぁ、そんなの」
「そこで食べれるかもって発想に至るのもどうかと思うけど……っと、先に進む前に」

 口をへの字に曲げながらため息をついたセカンドを尻目に、倒れた魔導人形を抱き起こす。
 ズレたゴーグルから覗く瞳はタロスと比べると無機質で、イヴよりも無表情な彼女はノイズ混じりの声を上げる。

『損傷、甚……大。戦、闘……継続、不可』
「……ごめんな」

 聞こえてはいないだろう。でも、言わずにはいられなかった。彼女だってタロスやイヴと同じ魔導人形で、生きている存在なんだ。心のどこかで造られた人形なのだと理解はしていても、確立した意思が備わっていなかったのだとしても、“仕方がなかった”なんて簡単な言葉で片付けてはいけない。
 あの二人と過ごした日々が、俺にそう思わせてくれた。
 だから……せめて、送ってやりたい。目を閉じて、支える手とは反対の手で、静かに拝む。わずかな静寂が周囲を包んだ。
 数秒ほど拝んだ後、セカンドの訝しげな視線を感じて目を開ける。そして抱き起こした彼女の背中に手を回し、装甲を外す。タロスから聞かされていた通り、そこには一定の間隔で点滅する魔導人形の動力源である魔導核があった。
 連結器のような見た目の部品に収められた二つの魔導核。それを抜き取ると瞳は穏やかに閉じられ、ノイズは止み、力んでいた身体は支えを失ったように力無く垂れ下がる。
 これでもう、彼女は動かない。魔導核をポケットに仕舞い、彼女を斬られた四肢の傍らに横たわせる。

「これでいい、と……待たせてごめん、行こうか」
「……あまり、考え過ぎない方がいい。一々気に掛けてたらキリがない。実際に手を下したのは私で、相手は魔導人形。重く受け止めないで」
「気遣ってくれるのは嬉しいけど、大丈夫。これは自分なりのケジメなんだ」

 後ろから肩に手を置いて、そう言ってくれたセカンドに応える。

「こうして目の前で起きた事実には真摯に向き合いたい。目を背けず、手放さないで背負っていきたいんだ。その時に感じた衝動がどんなものであれ、きっと俺にとって大切なものだと思うから」
「──強いね、君は。身体はそうでもないけど、心がずば抜けて強い。……私とは大違いだ」
「セカンド……?」

 小さな呟きに振り返ろうとして、上階へと向かう横顔が見えた。
 諦観を滲ませ、自虐的な目をした彼女は……感情の発露を抑えるように唇を固く結んでいた。
 彼女の過去に何があったかは知らない。カラミティという組織で暗躍する彼女セカンドと、《ディスカード》の人達との交流を心から楽しんでいた彼女ルシアは同じ存在で、恐らくどちらにものだと思う。
 あくまで俺の予想であり、素直に聞いて答えてくれるような問題ではないだろうし、この状況で問うのは場違いだというのは理解している。
 湧き上がる思考を振り払って、足早にこの場を去ろうとする背中を追って後をついていく。




 吹き抜けの階層を抜けて、三十五階。階段を上がる前から漂ってきた血の匂いが鼻を突く。
 疑問が浮かぶよりも早く視界に入ってきたのは、壁や天井に付いた夥しい数の血痕と、通路に転がる事切れた人達の亡骸なきがらだった。その表情は恐怖や苦悶に満ちており、腕や足を断ち切られ、背や腹を裂かれ臓物を覗かせている。
 思考がさっと白む。自然と、右手を強く握ってしまった。

「よォ、遅かったな」

 声を掛けられ顔を上げれば、この惨状を作り上げた張本人が何食わぬ顔で壁にもたれかかり、不満そうに口を歪ませた。

「ちッ……テメェのことだ、てっきり“なんで殺した!”とか言って掴み掛かってくると思ったが、反応薄いじゃねェか」
「目的の為なら手段を選ばない、そういう話だっただろう? 分かりきった質問を投げて無駄な時間を取りたくない」

 血溜まりの中を歩く。わずかに粘り気のある靴音がやけに耳に残った。
 俺達が相手をしてきた連中は半殺し程度──俺がそうしていたらセカンドが合わせてくれた──で放置してきたが、異常なまでに苛烈で攻撃的なファーストシオンが敵対組織相手に手加減をするなど考えられない。
 俺と戦った時だって容赦はしなかった。るなら徹底的にる。ファーストはそういう奴だ。

「でも、どうしてファーストがここにいる? 貴方の持ち場は別の区画だったはず…………抜け出してきた?」
「──ハッ。どうでもいいだろうが、んなことはよ」

 首を傾げるセカンドにぶっきらぼうに、しかし少し迷ってからファーストは言い返した。
 なんだか、妙に歯切れの悪い返しだったな。セカンドの言う通りならファーストは先行隊でもなかったようだし、本社ビル襲撃の方で気になることでもあったのか?
 思い出せば俺がユキを助けに行くと言った時も、他の面子に比べてファーストだけが大袈裟に反応していた気がする。少数で行動する俺達を心配して応援に来た……? いや、セカンドがいる以上、俺という不確定要素を除けば実力に関しては問題ないし、その程度の理由でわざわざ来るとは思えない。
 悩みつつも、物言わぬ亡骸に手を合わせ向ける。

「おい、何してんだ。話してェことがあんだ、さっさと中に入れ」
「…………。分かった」

 情報統合室というプレートが貼られた扉を開けて、こっちに舌打ちを送り付けるファーストに続く。
 中に入ると、床や天井以外の壁を覆う複数のモニターが様々な場所を映し出し、乱雑な音声をいくつも流れさせていた。本社ビルの各階層や実験施設のカメラ映像など、文字通り《デミウル》の全てが集約していると思えるほどの情報量だ。
 ただ、仮面を付けているおかげである程度は遮られているが、チカチカと眩しくて見ていられない。ポリゴンショック……とは違うだろうが通路の惨状を見てしまった上で、さらに気分が悪くなりそうだったのでモニター以外の場所へ視線を向ける。
 部屋の片隅にここで業務を行っていたのであろう社員が気絶させられ、適当に転がされていた。誰もが一撃で意識を刈り取られている。手加減されている辺り、ファーストがやった訳ではないようだ。

「あれもこれもそれもぜ~んぶマスコミちゃんにぶん投げちゃおうね~。……ん~、別の所から干渉してるけど甘いんだよぅ~見られたくないなら魔導人形にでも保存させとけばいいのに、大企業の癖に情報管理がなってないな~。遅かれ早かれ別企業におんなじことされて詰んでただろうね~」

 そんな部屋の壁面に備え付けられた端末付きのテーブルに座り、独り言を呟きながら高速でタイピングを行う女性の姿を確認する。カラミティの外套を隣の椅子に無造作に丸めて置いており、そのそばには可変兵装が立て掛けられていた。
 彼女がこの部屋からセカンドへ指示を送っていた先行隊の一人だろうか。部屋に入った面々を一瞥もしない辺り、かなり集中しているようだ。

、セカンド達が来たぞ」
「おろ、割とお早いご到着ですね~」

 ファーストに名前を──おそらく偽名だろう──呼ばれた彼女は手を止めて、回転椅子をくるりと回し、こちらに顔を向ける。
 大人、と呼ぶには幼さを残した、眼鏡を掛けた茶髪の女性だ。椅子に深く身体を沈め、短く纏めた三つ編みを指で弄りながら、にこやかに笑う。

「お疲れ様です~。指示したルート、あれ全部メンドい敵が配置されてたんですけどどうでした?」
「一応、全部無力化してきた。……っていうか、やっぱりわざとか」
「ええ、まあ。統合室は私だけで制圧しましたが、他のが私の存在に勘づいてここに大挙して来られたら困りますからね~。命知らずのお兄さん……ネームレスさんもそれなりに実力があったみたいですし、お任せしようかと。特にすぐ下の階にいた魔導人形とか、侵入者と暴走した実験体の処理を担っていたようですが、手強かったです?」
「戦闘型にしては欠点が多かったから突ける隙はいくらでも……待って、実験体の処理ってどういうこと? ここ本社ビルじゃ……」
「この情報統合室より上の階層、社長室のあるエリアと屋上以外は全て実験棟と化しているんですよ~」
「「は?」」

 思わずセカンドと声が重なった。顔を見合わせていると、クラッシュは端末を操作しモニターの映像を切り替える。

「非常にメンドい話なんですけど、どうもこの騒ぎのせいで実験体にされた魔物や人が凶暴化し、暴走しているみたいで~。階層を跨いで移動しないように移動経路にシャッター下ろしたりロックを掛けてはいますが、もう長くは持ちそうにないんですよ~」

 映像には異常に肥大化した体躯の魔物や爛れた皮膚を引きずって歩く人のようなものまで。怪物と称しても過言ではない実験体が、血の飛び散った通路を練り歩いていた。
 幾人か生存していた警備員が半狂乱になりながら銃を乱射し、意にも介さない獣の爪で裂かれ、人らしき存在が数の暴力で圧殺した。
 画面端に映る白衣を着た人だったモノを貪り、八つ当たりのように叩きつけ、果てにはお互いが気に入らないのか怪物同士で殺し合っている。
 外も酷いものだがビルの中も地獄と来たか、笑えないな──なんて、地獄の種火になった俺が言える言葉じゃないか。

「……で、話したいことがあるってのは、これだけか? ファースト」
「いや、もう一つある。コイツだ」

 無造作に放り投げられた分厚いファイルを受け取る。ごく最近になって纏められた物なのだろう。小綺麗な外見の表紙を見ると──そこには“エリクシル計画”という簡素な一文が書かれていた。
 リーク先生の言った通り、やはり《デミウル》はエリクシル関連の技術を盗み、保有していたのか。

「そいつを流し読みしたら、テメェの名前が書かれてあったぞ。どうもテメェの血を操る魔法を利用して計画を進めようとしてたみてェだな。かなり無茶苦茶な内容だったぜ」
「……なるほどな、道理で俺の監視がいつまで経っても解けなかった訳だ。隙あらば俺の身柄を拘束し、人体実験の材料にしようって魂胆だったのか。……オリジナルが死亡した場合、同様の力を持ったホムンクルス人造生命体を量産する……胸糞悪い中身だな、ふざけやがって」

 しかもこれで分かってしまうのが、軍の上層部が間違いなく《デミウル》と癒着しているということ。そして《デミウル》のオーバーテクノロジーじみた技術力の高さだ。
 現在では禁忌とされるホムンクルスの安定した量産なんて、替えが利く使い捨ての兵士を大量に造り出せてしまうことと同義だ。剣を持ち、槍を構え、ただ殺せと命令されれば、小国程度なら余裕で押し潰せてしまえる。物量で押されてしまえば《ニルヴァーナ》や《グランディア》のような大国家だって無事では済まない。──危険だ、《デミウル》という大企業は。

「軍と繋がってるなら既に軍事転用されていてもおかしくはないが、今はどうでも……ん?」

 パラパラとページをめくる手が、実験体リストという項目で止まる。三桁を超える名前の一覧、その最初の部分に視線が釘付けにされた。


 ──エリクシル計画の初期段階、フェンリルの細胞適合実験。被検体は日輪の国アマテラスからの旅行客。
 ──犬人族のF-01は拒絶反応により肉体の壊死が発生した為、廃棄。
 ──同じく犬人族であるF-02は完全に適応することが出来ず廃棄処理を行おうとした所、研究所を脱走。数日前に捕獲し、その際に高い戦闘能力を保有していたことから別の利用価値があると判明し、洗脳手術を施した。
 ──そして、F-03は数多の実験体の中で唯一、フェンリルの細胞に完全適合を果たした最高の素材。十年前の《大神災》の研究エリア崩壊により、行方を眩ませていたが《ディスカード》において身柄を確保。計画の進行を再開する。


 ……F-03の詳細が書かれた紙面には、見覚えのある顔写真が載っていた。恐らく十年前に撮られた物なのだろうが……そこには姿
 着ている衣服は確かにアマテラスの意匠が施されており、孤児院で見た古びたワンピースのような物ではない。
 思えばユキが何年前から孤児院に居るのか聞いたことがなかったが、この資料に間違いが無ければ、脱走したユキは十年前から一切肉体が変化していないことになる。

「──成長が、止まってるのか……実験の影響で」

 ブチッ、と。
 煮え滾りそうになった頭が、無意識に唇を噛んだ痛みで冷えていく。鉄の味が口内に広がった。
 駄目だ、落ち着け。冷静になれ。ここで怒鳴り散らしたって何も解決しない。本来の目的を忘れるな。
 頭を振り、余計な思考を払っているとファーストが横から資料を覗き込んできた。

「……そいつか。連れ去られた妹分ってのは」
「ああ、間違いない。クラッシュ、今日この実験棟に運び込まれた実験体について調べられるか。この資料の子どもなんだが……」
「そういうと思って既に調査済みですよ~」

 間延びした声を上げながら端末を操作し、映像を切り替える。
 新たに映し出された画面には手術台の上で横たわるユキと、その傍に立つ白衣を着た男がいた。どこか見覚えのある顔をした男は次の瞬間。画面がブレたかと思うと部屋の壁に叩きつけられ、よろめきながら立ち上がり、部屋を出ていった。

「これがネームレスさんが剣の雨を降らせた直後の映像です。この人、《デミウル》の社長なんですけど、出ていった後しばらく部屋に戻らなくて、でも数十分前にどこかから持ってきたとその子を抱えて屋上に向かったようですね~。直前に兵器開発を専門としている企業へ連絡を送り、試作型の飛行艇で救出するように頼んでいますので、恐らく……」
「──逃げるつもりか。この映像は何階の?」
「四十階の物ですが……今から追いつくのは難しいですよ~? 実験体は洗脳手術によって彼を襲わないようになっていて、そのせいでかなりの速度で上がっていますから。それに~、あと何分で助けが来るかも分かりませんし……」

 難しかろうがやらなくてはならない。それに、社長とやらが心底大切そうに抱えているあの金庫の中身。もしかしたらあの中に、もう一つの目当ての物が入っているかもしれない。
 リーク先生の話の通りなら彼は臆病であり保守的な自信家、なおかつ欲した物は何が何でも手に入れ手放すことはない。
 自らの所有物でもある企業の一大計画の根幹、重要となる二つの要素を無視するとは考えにくい……ならば、可能性は十分にある。
 問題は目前に立ち塞がる実験体の始末、か。セカンドと共に上層へ突撃しても肉塊の突破に手こずってしまうだろう。ファーストが加わってくれたら心強いのだが……素直に手を貸してくれるイメージが微塵も湧かないし、ちょっと前まで死にかけるまで斬り合った相手に背中を預けるのは個人的に遠慮したい。
 仮面の内に吐息を溢しながら、思考する。
 手段を選り好みしている状況ではないのは分かっている。こうして悩んでいる間にも、時間はいつも通りに過ぎていくのだから。
 目的に至る為の道筋──今この場にあるもの──リスクに見合ったリターン──タイムリミットも近い──いっそのこと屋上まで一直線に跳ぶだけなら、スキルを駆使すれば何とかなるが……。
 グルグルとかき混ぜられた思考が、ポケットに入れた手が何かに触れて止まる。
 取り出した何かは薬品の入った試験管であり、その中身は以前リーク先生の研究室を掃除した際に貰ったレシピから精製した霊薬だ。俺が作成するには難易度が高く、グリモワールに出発するまでの間に一本分しか作れなかった。
 一時的に身体能力を数十倍にまで引き上げ、巨人をも圧倒するほどの怪力を得られるコイツの名前は──“剛毅の霊薬”。
 今まで使う機会なんてなかったから、その存在をすっかり忘れていた…………あっ。

「……クラッシュ。念の為に聞きたいんだけど、実験体が徘徊しているのは実験棟エリアだけで社長室があるエリアにはいないんだよね?」
「ん~? 実験体は社長に逆らえないようになってますし、社長室エリアにも入れないようにされてるんじゃないですか? 映像にもそれらしい影は映ってませんし」
「そっかぁ……そうなのかぁ」
「どうかしたの?」

 うんうんと頷く俺にセカンドが声を掛ける。
 いや、もし今からやる事が成功しても後ろから襲われることは無いな、と思って。
 まあ、なんというか、うん。

「──面倒だからさ、いっそのこと屋上手前まで壊そうと思って。このビルを」
「「「は?」」」






「クソッ……! 飼い犬に手を噛まれることになろうとはな……!」

 適当に縛り上げたF-03、エリクシルと計画書、そして僅かばかりに資金が入った金庫を抱えて屋上へ走る。
 カラミティが《デミウル》に反旗を翻そうとしていることは諜報部の調査で耳にしていたが、所詮噂だろうと聞き流していた。
 しかも今日の朝に報告されたばかりだというのに、まさかその当日にこうして襲撃を受けるなど誰が想像出来るというのだ。

「ここまで打撃を受けてしまっては、もはや《デミウル》を立て直すことは不可能だ……最悪、私とこれだけでも連れ出せれば、エリクシル計画は続けられる。まだ、繁栄は終わらない……!」

 屋上への扉を開け放つ。夕焼けも暗く沈みこみ、吹き荒れる強風に混じった熱と硝煙が、整えようとした息をさらに乱れさせる。
 救助の要請も連絡した。実験棟の連中も皆、暴走させて徘徊させている。カラミティほどの実力であっても、そう易々と突破できるものではない。念の為に切り札も待機させているんだ、救助が来るまでの時間稼ぎとしては十分なはずだ。
 予定は狂いに狂ってしまったが、まだ巻き返せ──待て。なんだ、この音は。
 かすかに足下から感じるこの揺れはなんだ? 徐々に強く激しくなってくるこれは、一体……。
 瞬間。轟音と共に屋上の一部が破裂したようにめくれ上がる。あまりの衝撃に身体が吹き飛ばされ、F-03と金庫共々転がされる。

「ぐっ……もしや、実験体の制御が効かなくなってしまったのか!? いや、洗脳手術は完璧だ、そんなことには……」
「──うーむ……想像よりも効能が凄まじいな。止まろうと思ったのに勢い余って飛び出してしまった」

 屋上に空いた穴の横に、黒い外套に趣味の悪い仮面を付けた男が立っていた。
 カラミティの一員……にしては特有の緊張感は欠片も感じず、漂わせる気配はナンバーズよりも遥かに劣っている──だが、あの者の身体の奥に渦巻く強い憎しみと怒りが、背筋を強張らせるほどに溢れ出ている。
 この男が先程の衝撃の正体に間違いない。

「さて、と……アンタが《デミウル》の社長か」
「ッ!」

 その男が仮面越しに私を見据えた。魔導人形の如く無機質な黒い瞳が、値踏みするように。

「そ、そうだ、私がこの企業の──」
「別に再確認したくて聞いた訳じゃない。情報統合室で屋上へ逃げていく姿は確認してたからな。最も、自分から逃げ場の少ない場所へ行くなんて、ただの自殺行為だと思うけど」
「っ……貴様らは、何の目的で《デミウル》を襲った!? 私達は互いの利益の為に協力関係を結んでいたはずだ。それを一方的に反故にし、区画を含む全てを火の海に変えるなど!」
「ウチのボスがやり過ぎたと言っていただろう? カラミティが新たなステージへと至る為には《デミウル》の独占を許す訳にはいかないんだ。多くの企業からも、アンタらの動きは目に余ると言われていたからな。それに……」

 男は私から視線を外し、F-03と金庫の方を見る。

「俺の──俺達の目的はその子供と金庫の中身だ。どんな障害があろうと、踏み倒してでも、それだけは必ず手に入れると誓った」
「F-03とエリクシルの存在を知ったか…………だが、渡す訳にはいかん! これさえあれば、私は栄光を手に入れられる。もう一度、この地位に辿り着くことができる!」
「……息子があんなヤツなら、親も親か。その過程で、今度はどれだけの人を不幸にするつもりだ? 何百人、何千人の無関係な人達を巻き込むつもりだ?」
「貴様らが、今さら正義染みた理屈を語るか! 所詮、同じ穴のムジナだろうに! ──来いッ、F-02!」

 名前を叫ぶ。どうしようもない失敗作で、微塵も価値はないと思っていた初期の実験体の名を。

『──ガァァアアァアアアアッ!』

 どこからともなく咆哮が響き渡る。
 空気が揺れ、仮面の男が空けた穴からF-02が跳び出し、私の前にひざまずく。
 爛れた皮膚をツギハギに繋ぎ、変異した手足は獣の毛皮と肥大化した爪が生えており、かろうじて元が人であると判断できる部分は変色を起こしている。眼は潰れてしまい使い物にはならないが、聴覚は人工の物で補い、触覚は感覚鋭敏化の薬剤を投与し機能するようにした。
 フェンリルの細胞によって崩壊しかけた肉体は特製の再生薬で維持し、より強靭になったF-02に敵はいない!

「F-02! 私の切り札よ! 飛行艇が来るまでの間に、その男を殺せぇ!」
『グルル……ァァアアアアアアアアアッ!!』
「──言葉は届かない、か」

 仮面の男が静かに、腰に下げた剣を抜く。
 命令を下したF-02が雄叫びを上げた。
 月を隠す分厚い雲の下で──人と獣が衝突する。
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