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【三ノ章】闇を奪う者
幕間 獣の末路
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男は一人ではなかった。
傍らに寄り添う愛する者と愛おしい小さな命と共に。貧しくて辛くても苦しくても、ささやかな幸福で笑っていられる家族がいた。
いつか訪れる未来があるのだから、どんな毎日であったとしても耐えられる。
そんな希望を持って生きていた。
男は離れ離れになった。
傍らに寄り添う愛する者はおらず、小さな命もどこかへ連れていかれた。
いったい己が何をしたというのか。不当な理由で作り上げられた罪が、家族の絆を無慈悲に切り裂いた。
嘆いて、嘆き続けて……それでも男は諦めない。牢獄のような真っ白な空間の中で。
それでも、希望を持って生きていた。
男は覆せない真実を知った。
愛していた家族の一人が、無残な姿で目の前に転がされた。
家族を抱き締めた腕も、共に歩いた両脚も無い。腹にはいくつもの嬲られたような傷跡があった。獣に食い千切られたような傷口からは肉片が垂れていて、生気を失った顔は苦痛に歪み、恨むような眼が男を捉える。
悪い夢だと思いたかった。直後、身体に流し込まれた何かが男を眠らせる。
次に目が覚めた時、家族だった物は血溜まりを残して消えていた。
頬を伝う涙と悲痛の声が止まらない。声を発する度に、口内から漂う血の匂いが鼻に残った。
希望は、絶望へと変わった。
男は小さな命を探し求めた。
寄り添う者は死に、男に残された家族は一人になった。まだ生きているかは分からない。それでも、たった一人になった家族を救いたいと。
がむしゃらに駆けずり回った。男を殺そうと追ってきた者は全て返り討ちにし、皆殺しにした。
肉が裂かれようと、骨が砕けようと、目を潰されようと。
ひたすらに足掻く。男はそれしかできなかった。
絶望の底から、手を伸ばしたのだ。
「──グ、ガ……ァ」
限界は唐突に来た。当然だ。男の身体は既に、人でも魔物でもない異形のモノへと変わり果てている。
言葉を紡げない。獣のように吼えることしか出来ない。
視界は暗く、耳も、鼻も。何も感じなくなっていた。
身体に生じる鋭い痛みだけが、まだ自分が生きていることを実感させる。
絶望の暗がりから追い出された男に、未来は無い。
救われない一つの命が終わろうとしていた。
「…………ッ!」
身体を感情が──憎悪が支配する。
全てを投げ捨てた男は、この世の全てが憎いと恨んだ。
自らを落としめた周囲を、世界を。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
──心無き者の悪意に狂わされた、誰の耳にも届かない孤独の慟哭が空を揺らした。
「父上。先ほど、実働部隊から脱走した実験体──F-02を確保したとの報告がありました。まだ死んではいないようですが、どうしますか?」
「散々、我らの手を煩わせていたのだ──無論、使い潰す。薬品を投与し、洗脳手術を行え。奴には完全に壊れるまで働いてもらう。……他の部隊はどうだ?」
「はっ。旧第五地下居住区画の廃虚にてF-03の姿が確認されました」
「ようやく見つけたか。まさか《ディスカード》まで流れていたとは……捜索範囲を広げて正解だったな。──姿はただの子どもとはいえ、中身は怪物だ。油断なく、万全の状況で捕縛しろ」
「分かりました。……F-03の周囲に異種族の子どもを多数確認しましたが、それについては?」
「貴様の判断に任せる。殺しても捕まえても構わん、好きにしろ」
「では、その通りに」
傍らに寄り添う愛する者と愛おしい小さな命と共に。貧しくて辛くても苦しくても、ささやかな幸福で笑っていられる家族がいた。
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いったい己が何をしたというのか。不当な理由で作り上げられた罪が、家族の絆を無慈悲に切り裂いた。
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「分かりました。……F-03の周囲に異種族の子どもを多数確認しましたが、それについては?」
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「では、その通りに」
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