52 / 223
【三ノ章】闇を奪う者
第四十二話 地下を探検しよう!《後編》
しおりを挟む
「──疲れた」
ぽつり。ため息交じりの独り言を、脱いだ外套に落とす。
少し埃っぽい、薄暗い部屋で。古い木椅子の背もたれに体重を預けた。
カラミティのメンバーだから、何時、いかなる状況であっても招集が掛かるのは仕方のないことだと理解はしている。
特に幹部──“ナンバーズ”は国家単位で見ても相当な実力者が揃っている為、企業間での抗争、違法取引の立会人や護衛として雇われる機会も多い。
そうでなくても人使いの荒い上司に、死のスリルを味わいたい戦闘狂、活字中毒で臆病者な同僚のお目付け役にされて振り回されている。
そもそも“ナンバーズ”は新旧問わず、個性的な面子が多過ぎて関わり合いを持つ気になれない。
先日の収容所襲撃も、ファイブがルーン文字の効果制限なんて付与しなければ、わざわざ襲う必要もなかったのに。
ファーストは面倒だからと辞退し、他の“ナンバーズ”も乗り気ではなかったから、仕方なく私とファイブ、数人の構成員を連れて襲撃したけど……。
「結局、手駒だった連中には逃げられて口封じはできなかった」
追跡しようにも連中が逃げたのは《グリモワール》地下、ライフライン整備用の通路。都市のあらゆる場所へと通じる迷路を捜索するのは時間が掛かる。そんなことに割ける人員もいないので、諦めることに。
ファイブは連中からカラミティの情報が漏洩する心配をしていたけど、連中に喋られて困るような情報を教えてはいないし、これ以上の被害を出したら行動を制限されると伝えたら渋々納得してくれた。
雇用主の軍人は敵対関係を装うから問題ない、と言っていたけど、内心は怒鳴り散らしたかったんじゃないかな。
「おかげで朝までこってり絞られた……。ファイブには後で何か奢ってもらうとして、今日はどうしよう」
目線を上げて鏡を見る。そういえば、眼帯を着けたままだった。
着けていても視界が遮られることは無いため、いつも外すのを忘れてしまう。
紐を緩めて、隠していた琥珀の瞳を晒す。規則正しく何かの紋様が描かれた、宝石のような瞳。私にとっては、忌々しい記憶を持つ罪の形。
魅惑の魔眼。カラミティの中でも、一部のメンバーにしか教えていない力だ。
これのせいで、私は、私の家族は──。
「っ!」
黒く染まりかけた思考が、鏡の割れる音と指先に感じた痛みで晴れる。
無意識の内に鏡に手を伸ばし、押し割っていたらしい。指を伝う熱が、生きている実感を与えてくれる。
それが、どうしようもなく腹立たしかった。
「奪うだけ奪っておいて、みっともなく生き延びて、都合の良いことばかり、か」
ヒビ割れた鏡に写るオッドアイが歪む。赤く染まる手の平を握り締め、溢れそうになる憎悪の飲み込み、改めて自分の状態を確認する。
「隈が酷い、髪はボサボサ、肌も荒れてる……はあ、最悪」
どんな生物にも言えることだが、睡眠は大事だ。眠っている最中に叩き起こされ、任務をこなす時もあって寝不足気味なところもある。これから寝るのも悪くない。
勝手な行動を取ってしまった罰として、カラミティの活動を自粛するように言われているから何時間でも寝れる。
体調も気分も悪いし、簡単に身支度だけ済ませてオフの状態に……。
「そういえば、そろそろお店を出さないといけないか」
衣服を脱がす手が止まる。思い出したのは、表の顔で営業している露店販売のこと。
まだ在庫は残っていただろうか。片手に持っていた衣服を椅子に被せて、部屋の隅に置いていた商売道具のカバンと商品の入った箱を開く。
入っているのは、様々な鉱石と魔物素材で作ったアクセサリーの数々。凝った意匠の物からシンプルな物まで。繊細な加工が施した自慢の品々だ。
在庫は十分にある。所狭しと敷き詰められたそれらを見て、静かに頷く。
「寝ようかと思ったけど、前言撤回。お店を出そう」
鬱屈とした気分を紛らわせるには、これが一番だ。
暗く沈んでいた心が、仄かに明るく暖かくなっていく。
そうと決まれば善は急げ。いつもの作業服に袖を通し、髪を櫛で簡単にセットする。眼帯は、着けない。
カバンを肩に掛けて、箱を持って隠れ家から外へ出る。
荒れ果てた廃虚の街を歩き、いつもの場所に。
カラミティ、“ナンバーズ”セカンドではなく、素の私──ルシアとして。
「ここがおれたちがいつもメシの材料を交換してるところ、ガレキ市場だ」
「『ほへー』」
『これは……先ほどの湖と同じく、こちらにも地盤沈下の影響が及んでいたのですね。湖との相違点としては、局所的に発生したことで地形に変化が起きることはなく、一部の建物のみが沈んでいるようです。しかし周辺の残骸を撤去するよりも、沈下したビルの内部を利用することで販売スペースを確保しているとは……安全面の不安はありますが、実に合理的です』
ルガー達と一悶着あった後、キオの先導によって足を踏み入れたのは、ガレキ市場と呼ばれる場所だった。
今までの人気が無かった道中に比べて、ここには活気がある。さすがに《ニルヴァーナ》の大通りほどとはいかないが、犬人族や猫人族のみならず、色々な種族が品物を並べて商売をしていた。
「食材と素材、魔力結晶に可変兵装の部品まで取り扱ってるのか? 結構見応えがあるね。おまけにどれも質が良い」
「おれたち、いつも魔物の肉と素材を他の食材と交換してもらってんだ。昨日使ったミルクだってここで交換した物なんだぜ」
『ミルク? この地下に乳牛が生息しているのですか?』
「違うよ、タロス。キオが言ってるのは魔物──ミノホルスから採れる素材のことを言ってるんだよ」
ミノホルスとは、見た目がほぼ牛そのものな姿を持つ非常に温厚なモンスターだ。一般的な乳牛との違いがあるとすれば、尻尾が二本で鹿のように立派な角が生えていることくらいか。
基本的に森林や草原など、暖かく見通しの良い広大なダンジョンに生息しており、洞窟や遺跡系ダンジョンにはいない。
向こうから襲ってくるような行動は滅多にしないし、こちらから危害を加えるとすぐに逃げ出してしまうほど弱気で、本当にモンスターかと疑ってしまう。
倒した際に落とす素材も活用できる物が少ないので、積極的に狩る冒険者はいない。
しかしミノホルスは生きた状態での素材採取が可能だ。これは他のモンスターにも言えることで、例を挙げれば鱗や牙を持ったモンスターから剥がれ落ちたり、へし折ったそれらは本体のモンスターが絶命しても灰にならない。
『見た目が似てるんだから搾乳出来るんじゃね?』
そして、とある酪農家の何気ない一言を受けた冒険者の手によって、ミノホルスの行動に変化が起きた。
武器を抜かずにじっと見つめていると、敵意を向けてこないと分かったのか、ミノホルスが警戒もせずに近寄って来たのだ。おまけに人懐っこく顔を擦り寄せてくる始末。
そんな状態でいるので、普通にミルクを入手出来てしまったそうだ。そのおかげで冒険者間ではミノホルスは討伐しないようにする、発見したら可能な限り搾乳を行うなど、暗黙のルールが敷かれるようになったらしい。
また、ミノホルスのミルクは普通の牛乳より高値で販売されている。この世界にも乳牛は存在しているものの、ミノホルスが出すミルクの方が栄養満点で、コクや旨味も強いからだ。
特にミノホルスのミルクで作られたデザートは絶品なんだとか。食べたことないけど。
「湖に向かう途中に何度か牛みたいな生き物を見掛けただろ? それがミノホルスだよ」
『あのモンスターが……なるほど、そうでしたか』
『飲みたい』
「ストレートに欲望出してきたね、イヴ。たぶん交換しに行った子ども達が持ってくると思うから、分けてもらうように頼んだらいいんじゃないかな。それにしても……」
素材袋を手にした子ども達がそれぞれの場所で物々交換をしていく。
魔物の牙や爪は食器類、魔力結晶。魔物の肉は各種野菜やミルク、可変兵装の部品に。
どういう基準で交換しているかは分からないので、俺達はその光景を市場の隅で大人しく眺めている。
……しかしこうして全体を見ていると、段々と違和感が湧いてきた。
「なんか、お年寄りの人しかいないね? セリスと同年代の奴が一人か二人くらいはいると思ってたよ」
『言われてみれば──市場を中心に付近の生体反応を確認しましたが、確かに老齢の方の反応しか発見できません。どこかに出掛けているのでしょうか?』
「キオ達みたいに魔物狩りに行ってるのかもね。でも、もしそうだとしたら俺達だって結構移動してたし、何人か見掛けてもいいはずなんだけどな」
『ミルク飲みたい』
「イヴ、ちょっとステイ」
肩を掴んで揺さぶってくるイヴを落ち着かせる。
広大とはいえ限りのある地下空間。廃虚だらけで通れる道も狭まっているから、出歩いていたとしたら遭遇してもおかしくないはずだが。
秘密の通路でもあるのかな?
「ふぅ、やっと全部片付いた」
「おっ。ヨムル、お疲れ様。おお、いっぱい交換してきたな」
てくてく、と。ヨムルと呼んだ兎人族の子が袋を担いで戻ってきた。
その中身を確認するまでもなく、締め切らない袋の口からは様々な食材が溢れかけている。
「みんなたくさん食べるから、ご飯はいっぱい交換したよ」
「孤児院で待機してる子達も合わせると十人以上はいるもんな。昨日もそんな感じだったし」
「うん、毎日たいへん。……そういえば、なにか気になることでもあった? さっきお年寄りがどうとか話してたよね?」
「そうか、ヨムルは耳が良いから聞こえてたのか」
兎人族は聴覚が優れている。特にヨムルはどんなに遠く離れていても、雑音の中でも誰が何を話しているのか、何の音かを的確に言い当てることができるそうだ。
タロス並みの探知能力を持っていて、しかも跳躍力があり、耳で敵を探知してから高所に跳び乗って偵察する。
キオと同じく短剣型の可変兵装で相手の死角から襲い掛かったり、跳ね回って捉えられないように翻弄するなど、トリッキーな戦法を好んでいるみたいだ。
ひとまず先ほど話していた内容を簡潔に伝えると、ヨムルは一瞬、表情を曇らせてから口を開いた。
「──若い人たちはみんな、“大神災”に巻き込まれて死んじゃったんだ。子どもとか、家族を守って。生きてた人もいたけど、ケガが治らなくて。気が付いたらじいちゃんとかばあちゃん、孤児院のみんなしかいなくて……」
「そうだったのか……ごめん、言いにくいことを聞いちゃったな」
「ううん、気にしないで。…………あっ、でも一人だけ。セリス姉ちゃんと同い年くらいの人がいるよ。地上から流れてきた人で、ここでそうしょくひん? っていうのを売ってるんだ」
「装飾品、ってことはアクセサリーか」
アクセサリーは用いた素材の質と細工師自身の技量によって、何らかの力を持つことがある。
例えば、魔鳥の羽と風の魔素が染み込んだ緑鉱石。この掛け合わせで作られたアクセサリーは風属性魔法の威力を底上げし、受けた際のダメージを抑える能力を持つ。
魔法耐性の付いた鎧や盾、威力増加に極振りした魔杖には劣るが、補助装備としてはかなり優秀だ。
指輪、腕輪、イヤリングにペンダントなど。煌びやかな見た目と付属している能力が優秀である物はかなり値が張ってしまうが、ガレキ市場は物々交換が基本だ。
メル硬貨による商売が出来ない以上、売り手側に利益が出ているのか。どういう品物をどれくらいのレートで取引しているのかが気になる。
「まだ集合まで時間はあるか……よし。ヨムル、アクセサリーを売ってる人の所に案内してもらっていいか? ちょっと興味が湧いてきてさ」
「わかった。こっちだよ」
「ああ。……イヴ、気持ちは分からんでもないから羨ましそうに袋を眺めるなよ」
『ミルク……』
『もうすぐお昼ですから、その時に分けてもらいましょう?』
未練がましく袋にしがみついていたイヴを引き剥がし、市場の中を進む。
やはり若い人が珍しいのか、俺やタロス、イヴに視線を向けてくる人が多い。中には明らかに敵意を滲ませた者もいる。
白衣を荷物袋にしておいて正解だったな。企業関係者と疑われて追い出されてたかもしれない。数十分前の俺、ナイス判断。
「あら、ルシアちゃん。久しぶりねぇ」
「お久しぶりです。気合を入れて凝った物を作っていたら、いつの間にか一ヶ月も経っちゃいました」
到着したガレキ市場の隅で。いつも隣で露店を開いているお婆さんと話す。
「ふふっ、よほど夢中になっていたのね。寝る間も惜しんでいたのでしょう? 目の下に隈ができてるわ。折角の綺麗な顔が台無しよ」
「今度から気を付けます……そうだ、ホットミルクを一杯、頂けますか?」
「いいわよ。はい、どうぞ」
お婆さんは火に掛けられ、コトコトと揺れていた鍋の中身をマグカップに移した。
渡されたマグカップの温かさ、乳白色の水面から漂う湯気と香りが心を落ち着かせてくれる。
息を吹きかけて、軽く冷ましてから口に含む。
口内に広がるミルクのほんのりとした甘さが、身体の奥をじんわりと和らげてくれる。
──ああ、落ち着く。
「やっぱりお婆さんが作るホットミルクが一番美味しいです」
「あら、ありがとう。……この箱に商品が入っているのよね?」
「はい。でも数が多いので、少しスペースが大きくなるかもしれません」
顎に手を当て、少し考えてから、お婆さんはにっこりと笑った。
「分かったわ。お店の準備は私に任せて、貴女は少し休んでいなさい」
「え、でも……」
「いいのよ。年寄りのお節介だと思ってちょうだい」
シートを広げ、中身を丁寧に取り出すお婆さんの後ろ姿を見ながら、マグカップに口をつける。
一年前。カラミティの任務で《ディスカード》を訪れた際、この市場の存在を知った。
お婆さんはその時、モンスターに襲われていた所を助けたことから交流を持つように。
ただの気まぐれで助けただけなのにお婆さんはとても感謝してくれて、それから暇を見てはガレキ市場を利用し、雑談を交わすようになり、これまで色々と融通を利かせてくれた。
カラミティに入る前から趣味で作製していたアクセサリーの効果を説明したら、市場で売れるように他の住人に声を掛けてくれて。
仮拠点である部屋もお婆さんが用意してくれた物だ。あまりにも待遇が良すぎて驚いてしまったが、おかげで仕事が無い日はゆっくりと羽を休められるようになったので、ありがたく使わせてもらっている。
他の住人や市場を利用する子ども達も、最初の頃は地上からの流れ者である私を煙たがっていたが、交流を続けていく内に徐々に受け入れてくれた。
──それに、ここの住人は私の眼を見ても、拒絶しなかった。
魅惑の魔眼が老人や子供には能力が発揮されないことも関係しているだろう。《ディスカード》は年齢層が偏っていて若者と呼べる住人がほとんどいないので、眼帯を着ける必要が無い。
地元では忌み嫌われ、気味悪がれ、蔑まれた魔眼を宿す私。
人と違うというだけで、許容されなかった異種族。
お互いが触れたくない過去を経験していて、それを痛いほど理解しているからこそ、過度に詮索することもなかった。
消せない傷を持ちながら、今を生きている私達が自然体でいられる。
誰かに歪で、ねじ曲がった不自然な環境と言われても。
組織的なカラミティとは違う、心地良い人の営みの温もりを感じられるこの場所が──私は好きだ。
懐かしい気持ちを抱きながら、冷めてきたマグカップを傾ける。
「うん、こんなものかしらね。ルシアちゃん、出来たわよ」
ちょうど中身が空になった頃合いで、お婆さんに声を掛けられた。
お婆さんの前には魔物素材と魔力結晶で作られたアクセサリーが、敷かれたシートの上や木の板に下げられている。
並べられたアクセサリーのほとんどは質素で目立たない色や形状で整えられていて、華美な装飾を施した物はほとんどない。これは《ディスカード》にオシャレ目的でアクセサリーを身に付ける人がいない為、見た目より性能を重視して作成したからだ。
「ありがとうございます、お婆さん。よかったら、これをどうぞ」
アクセサリーの中から一つ。炎の揺らめきを模して整形した魔力結晶のペンダントをお婆さんの首に掛ける。
「まあ……こんなに素敵な物、頂いてしまっていいのかしら」
「いつもお世話になってますし、さっきのホットミルクのお礼とでも思ってください」
「気にしなくていいのに。でも、そういうことならありがたく頂くわね」
ペンダントを握って胸に抱きながら、お婆さんは朗らかに笑った。つられて私も頬が緩んだ。
「ここだよ、兄ちゃん。この道の先にお店があって──」
「意外と入り組んだ所にあるんだな──」
「お客さんが来たみたいね。孤児院の子達かしら?」
「みたいですね」
店の方に近づいてくる話声と靴音を聞いて、用意された販売スペースに座り込む。
孤児院の子ども達は魔物狩りで食い扶持を稼いでいるので、時々珍しい魔物素材や鉱石を交換してくれるのだ。
わざわざ狩りに出て素材を収集する手間が省けるので、私としてはとても助かっている。
子ども達も最初の頃はアクセサリーの効果に半信半疑だったが、お試しとして戦闘での補助効果が付いたアクセサリーを貸し与えるとその有用性に気づき、それ以来──特に女の子がよく訪ねてくるようになった。
やはりどんな場所でも綺麗な物というのは乙女心をくすぐるらしい。
さて、今日は誰が来るのだろうか。
沸き立つ心を抑えようと一呼吸して、衣服を正して。
曲がり角から現れる瞬間を待って。
「いらっしゃいま──」
「おお、ここがアクセサリー屋さんか。隣は……ホットミルク屋さん? 珍しい組み合わせだね」
「せっ…………は?」
どこか見覚えのある青年の姿に、思考が停止した。
「ばあちゃん、こんにちは」
「いらっしゃい、ヨムルちゃん。そちらの方々は……?」
「こっちはエリック兄ちゃんの友達のクロト兄ちゃん。そっちの女の人がタロス姉ちゃん、女の子がイヴって言うんだ」
「まあ、エリックくんのお友達なのね。道理で初めて見た訳だわ」
「すみません。子ども達に色々と案内させてもらっていて、ここに面白いお店があると聞いて好奇心が止まらなくて……驚かせてしまいましたか?」
「いいえ、そんなことないわ」
よかった。市場の人達みたいに厳しい目線を向けてくる人じゃなくて。よそ者の俺でも普通に接してくれる。
心優しい犬人族のお婆さんの態度に、ホッと胸を撫で下ろす。
すると、ぐいぐいと服の袖を引っ張られた。
引っ張られた方を見ると何かを期待しているような上目遣いでこちらを見つめてくるイヴと目が合った。
『クロト、クロト』
「分かったよ、イヴ。とりあえず、ホットミルクを四人分ください。交換するのは……」
「食材だよ、兄ちゃん。とりあえずキャベツとニンジン、ブロッコリーに魔物の肉でいいかな、婆ちゃん」
「ええ、十分よ。それじゃあ用意するから、ちょっと待ってね」
ミルクを注がれた鍋が焚火に掛けられた。興味津々といった様子で眺めるイヴ達を横目に、隣で開かれている露店を見る。
ここがヨムルの言っていたアクセサリー屋なのだろう。店主らしき女性が何故かがっつり顔を下に向けているのが気になるが。
そんなことよりも驚いたのは、並べられているアクセサリーの質がかなり良いことだ。
素朴な素材ばかりで作成されているのに、鑑定スキルで確認せずともそれぞれに秘められた力を感じられる。間違いなく俺より《装飾細工師》としての実力は上だ。
「そのアクセサリー、綺麗でしょう? それ全部、この子が一人で作ってるのよ。これもね」
「へぇ……」
お婆さんは首に掛けていたペンダントを掲げた。まるで蝋燭の火が揺らめいているような形状のそれは、どうやら火に関係した防護能力が付与されているようだ。
ペンダントの周囲に漂う火属性の魔素を見るに魔法の威力を軽減し、火傷を防ぐなどの効果が付いている。
──鉄鉱石と少量の魔力結晶のみでその効果を発揮させるアクセサリーなんて初めて見た。
「凄いな……アクセデザイナーとしての技量がずば抜けてる。こんなの、簡単な素材で付与されていい効果じゃない。上級の熟練者じゃないと作れないよ」
同じスキルを持つ者同士として、素直に感動した。まだまだ未熟である俺の技術でここまで完成されたアクセサリーは作製できない。
「ここに並んでいるアクセサリーも全部だ。素材が持つ力を最大限に引き出すイメージを固定して、望んだ通りの能力を付与させてる。しかも身に付けた本人の魔力を流用するだけでなく、魔素を反応させて効果を発揮させる物まで……」
「よく、分かりますね?」
ずっと俯いていた女性が反応した。
顔を上げた女性は少し荒れた紫色の髪で顔の上半分が隠れていて、表情を読み取ることができないが、覗き見える左目はアメジストのような輝きを放っている。
別に悪いことではないのだが、この世界に来てからというものの、奇抜な髪色や目の色を持つ人を見ても特に何とも思わなくなってきた。エリックのような妖精族はそれぞれの髪色等が遺伝するのが当たり前だし。シルフィ先生に至っては緑色で、フレンは桃色だし。
まあ、そんなことは重要ではない。
「本業じゃないとはいえ、俺も作る機会があるんですよ。でも未熟だし、やっぱり上手い人の作品を見て参考にしたくて」
「私のを見ても学べることは少ないと思います、よ?」
「いやいやいや、大なり小なりその人が培ってきた技術から何も感じない訳が無いんです」
精巧な細工にだけ目を向けるのではない。何を思い、何を願い、何の為に作り上げたか。見た目は大切だが、アクセサリーに込められた意味も重要だ。
「もしよければ、アクセデザイナーの先輩として色々と教えてくれませんか? いつか俺も、世話になった人達に恩返しをしたいんです」
ポケットの中から、羽根をモチーフにした飾りが付いたペンダントを取り出す。
目の前の女性はペンダントを見ると静かに息を飲み、なるほど、と呟いた。
「……分かりました。大した手助けにもならないと思いますが、お教えします」
「ありがとうございます。あっ、そういえばまだ名前を言ってませんよね? クロトって言います」
「言わなくても知って──わ、私はルシア、です。よろしく、クロト」
「よろしくお願いします、ルシアさん」
「ルシアでいい、よ。年も近いみたいだし、そんなかしこまった口調じゃなくていい」
「それじゃあ、遠慮なく」
「うん、そうしてくれるとありがたい、な……はははっ」
ルシアは何だか妙にやつれた笑みを浮かべた。
もしかして疲れてる? もしくは先生みたいに男が苦手なのか? そうでなくても強引に話を進めてしまったから、苦手意識を持たれてるのかもしれない。
でもアクセデザイナ―を本業にして生活している人は少ないから、こういう機会を逃すとずっと成長出来ない気がする。
……大丈夫、女の子に嫌われるとか日常茶飯事だったし。どんな視線を向けられても決して動じない。心は死んでるけど。
折角のチャンスを無駄にしない為にも、真面目に話を聞いてしっかり学んでいこう。
「……つ、疲れた」
去っていった四人の後ろ姿を見送り。
アクセサリーを収納した箱の上に突っ伏して、この日、何度目かのため息を吐いた。
まさかこんな所でターゲット──アカツキ・クロトと出会うなんて。癒しの時間が拷問に変わったように思えてしまった。
そもそもどうしてここに居るんだとか、当然の疑問はあったが何とか表情には出さないように出来たはずだ。
むしろアクセデザイナー同士ということもあって、そちら方面に話がどんどん発展していくので意外と楽しかった。お互い、良い刺激になったのでないだろうか。
しかし。
「私のこと、バレてないかな」
話していて分かったことだが、彼は観察力に優れている。
アクセサリーの能力や意図を的確に言い当てる目利きの良さに、さすがに私も戦慄を覚えてしまった。まるで常に手の内を見破られているような感覚だった。
あの時、フードを被っていなかったら、顔を見られた時点で気付かれていただろう。
私がカラミティの一員であることがバレずに済んだのは良かったが、一番の問題はそれじゃない。
魔眼だ。一定の時間、相手が魔眼を視認する、もしくは自分から視線を向けると効果が発動してしまう為、会話の最中はずっと目を泳がせておく必要があった。
いつもは眼帯を掛けているか、フードを目深に被るなどの対策をして誰にも見せないように心掛けている。今回が初めての試みだったが、魅了されていたように見えなかったので成功と言っても過言ではない。
たとえ魅了してしまっても、一瞬で意識を刈り取れば良い。
しかし一対一の話し合いでならまだしも、連れている子どもやお婆さん、魔導人形の前でそんな行動を取ってしまえばすぐに敵対され、この場所から追い出されていただろう。
襲われそうになった、などと理由を付ければ誤魔化せるかもしれない。……いや、無理だ。純粋に学び、技術を得ようとする真摯な姿を見たら、そんな気も失せる。というか絶対にやりたくない。趣味を共有できる存在というのは、とても大切なのだから。
この際どうにか魅了させないようにと右往左往し、挙動不審な醜態を晒す羽目になったことには目を瞑ろう。忘れるべきだ。忘れたい。
「お疲れ様。クロトくん、だったかしら? あの子、かなり熱心に質問していたわね。ルシアちゃんも何だか普段より嬉しそうに見えたわ」
「まさかあんなに話が合うとは思わなかったんですよ……」
「ふふっ、貴女と同年代の子なんて《ディスカード》には一人か二人しかいないからねぇ。そういう所も相まって、話しやすかったんでしょうね」
「ハハハ……」
ぽやぽやとにこやかに笑うお婆さんに乾いた笑いを返す。
「まあ、気分が高揚していたのは認めますけど……」
「ごめん、ちょっといい?」
「ぴゃあッ!?」
いるはずがない人の声に身体が仰け反る。
振り返れば、帰ったはずのクロトが通路から顔を出していた。
「あらあら、どうしたの? 何か忘れ物かしら?」
「そういう訳じゃないんですけど、さっき俺が作ったアクセサリーをルシアに渡してて……」
「……え? 何か貰ってた──あっ」
弾む心臓を落ち着かせるように声を静め、ポケットから羽根のペンダントを取り出す。
“軽鉄の羽根飾り”という、身に付けた者の脚力を上昇させる能力を持つアクセサリーだ。お世辞にも見た目が良いとは言えないが、単一の素材で、しかもただの鉄で作られている物にしては非常に強い能力を保持している。
話を聞く限り、どうやらクロトは鉱石等に抱くイメージから五感や腕力、脚力などの身体能力を強化するアクセサリーを作るのが得意らしい。
私の専門は周囲の魔素や魔力を利用して属性特化の能力を発揮させるアクセサリーの作成。もちろん鉱石も使うけど魔物素材を中心に使用しているので、お互いの系統は変わってくるが本質は同じだ。
だから羽根飾りの修正点を挙げて、どうするべきかを淡々と指導して……思い出した。いつも道具をしまう時の癖で、そのままポケットに突っ込んでしまったんだ。
魔眼に注意が向いていて全く意識していなかった。
「ご、ごめん、入れっぱなしになってた。返すよ」
「ああ、違う違う。別に返してほしかった訳じゃないんだ」
「でも、これはクロトの物だし……」
「それに関してはルシアに持っていてほしい。商売の邪魔しちゃったし、色んなことを教えてもらったお礼、になるかは分からないけど、まあ、そんな感じってだけ」
「──そっか。なんか、悪いね」
差し出したペンダントを押し返され、そのままポケットへ戻す。
クロトの言う通りではある。しかしアクセサリーが売れないのは今日だけではないし、商売に関してはほぼ趣味でやっているだけだ。
……だから、そんなに申し訳なさそうにしなくていいのに。
「それじゃあ」
「ちょっと待って」
そのまま踵を返そうとしたクロトを呼び止める。
首を傾げ、ポカンとした表情を浮かべる彼に。私は箱の中から一つの腕輪を取り出す。
これまで作ったアクセサリーの中でも、会心の出来と言える代物。
“月夜の帳”。闇属性の魔素によって身に付けた者の気配を薄め、魔力を通せば姿を消す事も可能になる腕輪。副次効果として闇属性魔法の耐性と魔力伝導率が極めて高い。
正直、私が使った方が便利なのだが、こういう時は見栄を張ってもいいだろう。
ポイッと。腕輪をクロトに投げ渡す。
「これは?」
「餞別。私の中では、もうクロトは弟子みたいなものだから。その腕輪を参考にしてアクセサリーを作ってみて」
「これを参考にって、ハードル高いなぁ」
「出来ないとは言わせないよ」
「──分かってるよ。そこまで言うなら、やってみる。またいつか、会った時に渡せるようにしておくよ」
「うん。楽しみにしてる」
腕輪を持ったまま、クロトは笑みを浮かべて前を向き──そしてまた振り返った。
「なに?」
「いや、さっき話してた時は気づかなかったけど、ルシアってオッドアイだったんだな。宝石みたいに綺麗でびっくりしたよ」
「…………え?」
今、なんて言った? クロトは確かに私の眼を見てオッドアイだと、そう言った。
ハッとして、右目に手をやる。前髪で隠れていたはずの魔眼が晒されていた。
いつから? 恐らくクロトに驚かされた時から。だとすれば既に魔眼が発動しているはずだ。
魅了されてしまえば思考や意識が薄れてまともな受け答えが出来なくなる。これまでの経験上、魔眼が発動した相手は全員、同じような現象が起きていた。クロトだって例外ではない。
なのに。
……なのに。
「私の魔眼が、効いてない……?」
変わらぬ足取りで去っていくクロトの背中を見つめて、私は呆然と立ち尽くした。
ぽつり。ため息交じりの独り言を、脱いだ外套に落とす。
少し埃っぽい、薄暗い部屋で。古い木椅子の背もたれに体重を預けた。
カラミティのメンバーだから、何時、いかなる状況であっても招集が掛かるのは仕方のないことだと理解はしている。
特に幹部──“ナンバーズ”は国家単位で見ても相当な実力者が揃っている為、企業間での抗争、違法取引の立会人や護衛として雇われる機会も多い。
そうでなくても人使いの荒い上司に、死のスリルを味わいたい戦闘狂、活字中毒で臆病者な同僚のお目付け役にされて振り回されている。
そもそも“ナンバーズ”は新旧問わず、個性的な面子が多過ぎて関わり合いを持つ気になれない。
先日の収容所襲撃も、ファイブがルーン文字の効果制限なんて付与しなければ、わざわざ襲う必要もなかったのに。
ファーストは面倒だからと辞退し、他の“ナンバーズ”も乗り気ではなかったから、仕方なく私とファイブ、数人の構成員を連れて襲撃したけど……。
「結局、手駒だった連中には逃げられて口封じはできなかった」
追跡しようにも連中が逃げたのは《グリモワール》地下、ライフライン整備用の通路。都市のあらゆる場所へと通じる迷路を捜索するのは時間が掛かる。そんなことに割ける人員もいないので、諦めることに。
ファイブは連中からカラミティの情報が漏洩する心配をしていたけど、連中に喋られて困るような情報を教えてはいないし、これ以上の被害を出したら行動を制限されると伝えたら渋々納得してくれた。
雇用主の軍人は敵対関係を装うから問題ない、と言っていたけど、内心は怒鳴り散らしたかったんじゃないかな。
「おかげで朝までこってり絞られた……。ファイブには後で何か奢ってもらうとして、今日はどうしよう」
目線を上げて鏡を見る。そういえば、眼帯を着けたままだった。
着けていても視界が遮られることは無いため、いつも外すのを忘れてしまう。
紐を緩めて、隠していた琥珀の瞳を晒す。規則正しく何かの紋様が描かれた、宝石のような瞳。私にとっては、忌々しい記憶を持つ罪の形。
魅惑の魔眼。カラミティの中でも、一部のメンバーにしか教えていない力だ。
これのせいで、私は、私の家族は──。
「っ!」
黒く染まりかけた思考が、鏡の割れる音と指先に感じた痛みで晴れる。
無意識の内に鏡に手を伸ばし、押し割っていたらしい。指を伝う熱が、生きている実感を与えてくれる。
それが、どうしようもなく腹立たしかった。
「奪うだけ奪っておいて、みっともなく生き延びて、都合の良いことばかり、か」
ヒビ割れた鏡に写るオッドアイが歪む。赤く染まる手の平を握り締め、溢れそうになる憎悪の飲み込み、改めて自分の状態を確認する。
「隈が酷い、髪はボサボサ、肌も荒れてる……はあ、最悪」
どんな生物にも言えることだが、睡眠は大事だ。眠っている最中に叩き起こされ、任務をこなす時もあって寝不足気味なところもある。これから寝るのも悪くない。
勝手な行動を取ってしまった罰として、カラミティの活動を自粛するように言われているから何時間でも寝れる。
体調も気分も悪いし、簡単に身支度だけ済ませてオフの状態に……。
「そういえば、そろそろお店を出さないといけないか」
衣服を脱がす手が止まる。思い出したのは、表の顔で営業している露店販売のこと。
まだ在庫は残っていただろうか。片手に持っていた衣服を椅子に被せて、部屋の隅に置いていた商売道具のカバンと商品の入った箱を開く。
入っているのは、様々な鉱石と魔物素材で作ったアクセサリーの数々。凝った意匠の物からシンプルな物まで。繊細な加工が施した自慢の品々だ。
在庫は十分にある。所狭しと敷き詰められたそれらを見て、静かに頷く。
「寝ようかと思ったけど、前言撤回。お店を出そう」
鬱屈とした気分を紛らわせるには、これが一番だ。
暗く沈んでいた心が、仄かに明るく暖かくなっていく。
そうと決まれば善は急げ。いつもの作業服に袖を通し、髪を櫛で簡単にセットする。眼帯は、着けない。
カバンを肩に掛けて、箱を持って隠れ家から外へ出る。
荒れ果てた廃虚の街を歩き、いつもの場所に。
カラミティ、“ナンバーズ”セカンドではなく、素の私──ルシアとして。
「ここがおれたちがいつもメシの材料を交換してるところ、ガレキ市場だ」
「『ほへー』」
『これは……先ほどの湖と同じく、こちらにも地盤沈下の影響が及んでいたのですね。湖との相違点としては、局所的に発生したことで地形に変化が起きることはなく、一部の建物のみが沈んでいるようです。しかし周辺の残骸を撤去するよりも、沈下したビルの内部を利用することで販売スペースを確保しているとは……安全面の不安はありますが、実に合理的です』
ルガー達と一悶着あった後、キオの先導によって足を踏み入れたのは、ガレキ市場と呼ばれる場所だった。
今までの人気が無かった道中に比べて、ここには活気がある。さすがに《ニルヴァーナ》の大通りほどとはいかないが、犬人族や猫人族のみならず、色々な種族が品物を並べて商売をしていた。
「食材と素材、魔力結晶に可変兵装の部品まで取り扱ってるのか? 結構見応えがあるね。おまけにどれも質が良い」
「おれたち、いつも魔物の肉と素材を他の食材と交換してもらってんだ。昨日使ったミルクだってここで交換した物なんだぜ」
『ミルク? この地下に乳牛が生息しているのですか?』
「違うよ、タロス。キオが言ってるのは魔物──ミノホルスから採れる素材のことを言ってるんだよ」
ミノホルスとは、見た目がほぼ牛そのものな姿を持つ非常に温厚なモンスターだ。一般的な乳牛との違いがあるとすれば、尻尾が二本で鹿のように立派な角が生えていることくらいか。
基本的に森林や草原など、暖かく見通しの良い広大なダンジョンに生息しており、洞窟や遺跡系ダンジョンにはいない。
向こうから襲ってくるような行動は滅多にしないし、こちらから危害を加えるとすぐに逃げ出してしまうほど弱気で、本当にモンスターかと疑ってしまう。
倒した際に落とす素材も活用できる物が少ないので、積極的に狩る冒険者はいない。
しかしミノホルスは生きた状態での素材採取が可能だ。これは他のモンスターにも言えることで、例を挙げれば鱗や牙を持ったモンスターから剥がれ落ちたり、へし折ったそれらは本体のモンスターが絶命しても灰にならない。
『見た目が似てるんだから搾乳出来るんじゃね?』
そして、とある酪農家の何気ない一言を受けた冒険者の手によって、ミノホルスの行動に変化が起きた。
武器を抜かずにじっと見つめていると、敵意を向けてこないと分かったのか、ミノホルスが警戒もせずに近寄って来たのだ。おまけに人懐っこく顔を擦り寄せてくる始末。
そんな状態でいるので、普通にミルクを入手出来てしまったそうだ。そのおかげで冒険者間ではミノホルスは討伐しないようにする、発見したら可能な限り搾乳を行うなど、暗黙のルールが敷かれるようになったらしい。
また、ミノホルスのミルクは普通の牛乳より高値で販売されている。この世界にも乳牛は存在しているものの、ミノホルスが出すミルクの方が栄養満点で、コクや旨味も強いからだ。
特にミノホルスのミルクで作られたデザートは絶品なんだとか。食べたことないけど。
「湖に向かう途中に何度か牛みたいな生き物を見掛けただろ? それがミノホルスだよ」
『あのモンスターが……なるほど、そうでしたか』
『飲みたい』
「ストレートに欲望出してきたね、イヴ。たぶん交換しに行った子ども達が持ってくると思うから、分けてもらうように頼んだらいいんじゃないかな。それにしても……」
素材袋を手にした子ども達がそれぞれの場所で物々交換をしていく。
魔物の牙や爪は食器類、魔力結晶。魔物の肉は各種野菜やミルク、可変兵装の部品に。
どういう基準で交換しているかは分からないので、俺達はその光景を市場の隅で大人しく眺めている。
……しかしこうして全体を見ていると、段々と違和感が湧いてきた。
「なんか、お年寄りの人しかいないね? セリスと同年代の奴が一人か二人くらいはいると思ってたよ」
『言われてみれば──市場を中心に付近の生体反応を確認しましたが、確かに老齢の方の反応しか発見できません。どこかに出掛けているのでしょうか?』
「キオ達みたいに魔物狩りに行ってるのかもね。でも、もしそうだとしたら俺達だって結構移動してたし、何人か見掛けてもいいはずなんだけどな」
『ミルク飲みたい』
「イヴ、ちょっとステイ」
肩を掴んで揺さぶってくるイヴを落ち着かせる。
広大とはいえ限りのある地下空間。廃虚だらけで通れる道も狭まっているから、出歩いていたとしたら遭遇してもおかしくないはずだが。
秘密の通路でもあるのかな?
「ふぅ、やっと全部片付いた」
「おっ。ヨムル、お疲れ様。おお、いっぱい交換してきたな」
てくてく、と。ヨムルと呼んだ兎人族の子が袋を担いで戻ってきた。
その中身を確認するまでもなく、締め切らない袋の口からは様々な食材が溢れかけている。
「みんなたくさん食べるから、ご飯はいっぱい交換したよ」
「孤児院で待機してる子達も合わせると十人以上はいるもんな。昨日もそんな感じだったし」
「うん、毎日たいへん。……そういえば、なにか気になることでもあった? さっきお年寄りがどうとか話してたよね?」
「そうか、ヨムルは耳が良いから聞こえてたのか」
兎人族は聴覚が優れている。特にヨムルはどんなに遠く離れていても、雑音の中でも誰が何を話しているのか、何の音かを的確に言い当てることができるそうだ。
タロス並みの探知能力を持っていて、しかも跳躍力があり、耳で敵を探知してから高所に跳び乗って偵察する。
キオと同じく短剣型の可変兵装で相手の死角から襲い掛かったり、跳ね回って捉えられないように翻弄するなど、トリッキーな戦法を好んでいるみたいだ。
ひとまず先ほど話していた内容を簡潔に伝えると、ヨムルは一瞬、表情を曇らせてから口を開いた。
「──若い人たちはみんな、“大神災”に巻き込まれて死んじゃったんだ。子どもとか、家族を守って。生きてた人もいたけど、ケガが治らなくて。気が付いたらじいちゃんとかばあちゃん、孤児院のみんなしかいなくて……」
「そうだったのか……ごめん、言いにくいことを聞いちゃったな」
「ううん、気にしないで。…………あっ、でも一人だけ。セリス姉ちゃんと同い年くらいの人がいるよ。地上から流れてきた人で、ここでそうしょくひん? っていうのを売ってるんだ」
「装飾品、ってことはアクセサリーか」
アクセサリーは用いた素材の質と細工師自身の技量によって、何らかの力を持つことがある。
例えば、魔鳥の羽と風の魔素が染み込んだ緑鉱石。この掛け合わせで作られたアクセサリーは風属性魔法の威力を底上げし、受けた際のダメージを抑える能力を持つ。
魔法耐性の付いた鎧や盾、威力増加に極振りした魔杖には劣るが、補助装備としてはかなり優秀だ。
指輪、腕輪、イヤリングにペンダントなど。煌びやかな見た目と付属している能力が優秀である物はかなり値が張ってしまうが、ガレキ市場は物々交換が基本だ。
メル硬貨による商売が出来ない以上、売り手側に利益が出ているのか。どういう品物をどれくらいのレートで取引しているのかが気になる。
「まだ集合まで時間はあるか……よし。ヨムル、アクセサリーを売ってる人の所に案内してもらっていいか? ちょっと興味が湧いてきてさ」
「わかった。こっちだよ」
「ああ。……イヴ、気持ちは分からんでもないから羨ましそうに袋を眺めるなよ」
『ミルク……』
『もうすぐお昼ですから、その時に分けてもらいましょう?』
未練がましく袋にしがみついていたイヴを引き剥がし、市場の中を進む。
やはり若い人が珍しいのか、俺やタロス、イヴに視線を向けてくる人が多い。中には明らかに敵意を滲ませた者もいる。
白衣を荷物袋にしておいて正解だったな。企業関係者と疑われて追い出されてたかもしれない。数十分前の俺、ナイス判断。
「あら、ルシアちゃん。久しぶりねぇ」
「お久しぶりです。気合を入れて凝った物を作っていたら、いつの間にか一ヶ月も経っちゃいました」
到着したガレキ市場の隅で。いつも隣で露店を開いているお婆さんと話す。
「ふふっ、よほど夢中になっていたのね。寝る間も惜しんでいたのでしょう? 目の下に隈ができてるわ。折角の綺麗な顔が台無しよ」
「今度から気を付けます……そうだ、ホットミルクを一杯、頂けますか?」
「いいわよ。はい、どうぞ」
お婆さんは火に掛けられ、コトコトと揺れていた鍋の中身をマグカップに移した。
渡されたマグカップの温かさ、乳白色の水面から漂う湯気と香りが心を落ち着かせてくれる。
息を吹きかけて、軽く冷ましてから口に含む。
口内に広がるミルクのほんのりとした甘さが、身体の奥をじんわりと和らげてくれる。
──ああ、落ち着く。
「やっぱりお婆さんが作るホットミルクが一番美味しいです」
「あら、ありがとう。……この箱に商品が入っているのよね?」
「はい。でも数が多いので、少しスペースが大きくなるかもしれません」
顎に手を当て、少し考えてから、お婆さんはにっこりと笑った。
「分かったわ。お店の準備は私に任せて、貴女は少し休んでいなさい」
「え、でも……」
「いいのよ。年寄りのお節介だと思ってちょうだい」
シートを広げ、中身を丁寧に取り出すお婆さんの後ろ姿を見ながら、マグカップに口をつける。
一年前。カラミティの任務で《ディスカード》を訪れた際、この市場の存在を知った。
お婆さんはその時、モンスターに襲われていた所を助けたことから交流を持つように。
ただの気まぐれで助けただけなのにお婆さんはとても感謝してくれて、それから暇を見てはガレキ市場を利用し、雑談を交わすようになり、これまで色々と融通を利かせてくれた。
カラミティに入る前から趣味で作製していたアクセサリーの効果を説明したら、市場で売れるように他の住人に声を掛けてくれて。
仮拠点である部屋もお婆さんが用意してくれた物だ。あまりにも待遇が良すぎて驚いてしまったが、おかげで仕事が無い日はゆっくりと羽を休められるようになったので、ありがたく使わせてもらっている。
他の住人や市場を利用する子ども達も、最初の頃は地上からの流れ者である私を煙たがっていたが、交流を続けていく内に徐々に受け入れてくれた。
──それに、ここの住人は私の眼を見ても、拒絶しなかった。
魅惑の魔眼が老人や子供には能力が発揮されないことも関係しているだろう。《ディスカード》は年齢層が偏っていて若者と呼べる住人がほとんどいないので、眼帯を着ける必要が無い。
地元では忌み嫌われ、気味悪がれ、蔑まれた魔眼を宿す私。
人と違うというだけで、許容されなかった異種族。
お互いが触れたくない過去を経験していて、それを痛いほど理解しているからこそ、過度に詮索することもなかった。
消せない傷を持ちながら、今を生きている私達が自然体でいられる。
誰かに歪で、ねじ曲がった不自然な環境と言われても。
組織的なカラミティとは違う、心地良い人の営みの温もりを感じられるこの場所が──私は好きだ。
懐かしい気持ちを抱きながら、冷めてきたマグカップを傾ける。
「うん、こんなものかしらね。ルシアちゃん、出来たわよ」
ちょうど中身が空になった頃合いで、お婆さんに声を掛けられた。
お婆さんの前には魔物素材と魔力結晶で作られたアクセサリーが、敷かれたシートの上や木の板に下げられている。
並べられたアクセサリーのほとんどは質素で目立たない色や形状で整えられていて、華美な装飾を施した物はほとんどない。これは《ディスカード》にオシャレ目的でアクセサリーを身に付ける人がいない為、見た目より性能を重視して作成したからだ。
「ありがとうございます、お婆さん。よかったら、これをどうぞ」
アクセサリーの中から一つ。炎の揺らめきを模して整形した魔力結晶のペンダントをお婆さんの首に掛ける。
「まあ……こんなに素敵な物、頂いてしまっていいのかしら」
「いつもお世話になってますし、さっきのホットミルクのお礼とでも思ってください」
「気にしなくていいのに。でも、そういうことならありがたく頂くわね」
ペンダントを握って胸に抱きながら、お婆さんは朗らかに笑った。つられて私も頬が緩んだ。
「ここだよ、兄ちゃん。この道の先にお店があって──」
「意外と入り組んだ所にあるんだな──」
「お客さんが来たみたいね。孤児院の子達かしら?」
「みたいですね」
店の方に近づいてくる話声と靴音を聞いて、用意された販売スペースに座り込む。
孤児院の子ども達は魔物狩りで食い扶持を稼いでいるので、時々珍しい魔物素材や鉱石を交換してくれるのだ。
わざわざ狩りに出て素材を収集する手間が省けるので、私としてはとても助かっている。
子ども達も最初の頃はアクセサリーの効果に半信半疑だったが、お試しとして戦闘での補助効果が付いたアクセサリーを貸し与えるとその有用性に気づき、それ以来──特に女の子がよく訪ねてくるようになった。
やはりどんな場所でも綺麗な物というのは乙女心をくすぐるらしい。
さて、今日は誰が来るのだろうか。
沸き立つ心を抑えようと一呼吸して、衣服を正して。
曲がり角から現れる瞬間を待って。
「いらっしゃいま──」
「おお、ここがアクセサリー屋さんか。隣は……ホットミルク屋さん? 珍しい組み合わせだね」
「せっ…………は?」
どこか見覚えのある青年の姿に、思考が停止した。
「ばあちゃん、こんにちは」
「いらっしゃい、ヨムルちゃん。そちらの方々は……?」
「こっちはエリック兄ちゃんの友達のクロト兄ちゃん。そっちの女の人がタロス姉ちゃん、女の子がイヴって言うんだ」
「まあ、エリックくんのお友達なのね。道理で初めて見た訳だわ」
「すみません。子ども達に色々と案内させてもらっていて、ここに面白いお店があると聞いて好奇心が止まらなくて……驚かせてしまいましたか?」
「いいえ、そんなことないわ」
よかった。市場の人達みたいに厳しい目線を向けてくる人じゃなくて。よそ者の俺でも普通に接してくれる。
心優しい犬人族のお婆さんの態度に、ホッと胸を撫で下ろす。
すると、ぐいぐいと服の袖を引っ張られた。
引っ張られた方を見ると何かを期待しているような上目遣いでこちらを見つめてくるイヴと目が合った。
『クロト、クロト』
「分かったよ、イヴ。とりあえず、ホットミルクを四人分ください。交換するのは……」
「食材だよ、兄ちゃん。とりあえずキャベツとニンジン、ブロッコリーに魔物の肉でいいかな、婆ちゃん」
「ええ、十分よ。それじゃあ用意するから、ちょっと待ってね」
ミルクを注がれた鍋が焚火に掛けられた。興味津々といった様子で眺めるイヴ達を横目に、隣で開かれている露店を見る。
ここがヨムルの言っていたアクセサリー屋なのだろう。店主らしき女性が何故かがっつり顔を下に向けているのが気になるが。
そんなことよりも驚いたのは、並べられているアクセサリーの質がかなり良いことだ。
素朴な素材ばかりで作成されているのに、鑑定スキルで確認せずともそれぞれに秘められた力を感じられる。間違いなく俺より《装飾細工師》としての実力は上だ。
「そのアクセサリー、綺麗でしょう? それ全部、この子が一人で作ってるのよ。これもね」
「へぇ……」
お婆さんは首に掛けていたペンダントを掲げた。まるで蝋燭の火が揺らめいているような形状のそれは、どうやら火に関係した防護能力が付与されているようだ。
ペンダントの周囲に漂う火属性の魔素を見るに魔法の威力を軽減し、火傷を防ぐなどの効果が付いている。
──鉄鉱石と少量の魔力結晶のみでその効果を発揮させるアクセサリーなんて初めて見た。
「凄いな……アクセデザイナーとしての技量がずば抜けてる。こんなの、簡単な素材で付与されていい効果じゃない。上級の熟練者じゃないと作れないよ」
同じスキルを持つ者同士として、素直に感動した。まだまだ未熟である俺の技術でここまで完成されたアクセサリーは作製できない。
「ここに並んでいるアクセサリーも全部だ。素材が持つ力を最大限に引き出すイメージを固定して、望んだ通りの能力を付与させてる。しかも身に付けた本人の魔力を流用するだけでなく、魔素を反応させて効果を発揮させる物まで……」
「よく、分かりますね?」
ずっと俯いていた女性が反応した。
顔を上げた女性は少し荒れた紫色の髪で顔の上半分が隠れていて、表情を読み取ることができないが、覗き見える左目はアメジストのような輝きを放っている。
別に悪いことではないのだが、この世界に来てからというものの、奇抜な髪色や目の色を持つ人を見ても特に何とも思わなくなってきた。エリックのような妖精族はそれぞれの髪色等が遺伝するのが当たり前だし。シルフィ先生に至っては緑色で、フレンは桃色だし。
まあ、そんなことは重要ではない。
「本業じゃないとはいえ、俺も作る機会があるんですよ。でも未熟だし、やっぱり上手い人の作品を見て参考にしたくて」
「私のを見ても学べることは少ないと思います、よ?」
「いやいやいや、大なり小なりその人が培ってきた技術から何も感じない訳が無いんです」
精巧な細工にだけ目を向けるのではない。何を思い、何を願い、何の為に作り上げたか。見た目は大切だが、アクセサリーに込められた意味も重要だ。
「もしよければ、アクセデザイナーの先輩として色々と教えてくれませんか? いつか俺も、世話になった人達に恩返しをしたいんです」
ポケットの中から、羽根をモチーフにした飾りが付いたペンダントを取り出す。
目の前の女性はペンダントを見ると静かに息を飲み、なるほど、と呟いた。
「……分かりました。大した手助けにもならないと思いますが、お教えします」
「ありがとうございます。あっ、そういえばまだ名前を言ってませんよね? クロトって言います」
「言わなくても知って──わ、私はルシア、です。よろしく、クロト」
「よろしくお願いします、ルシアさん」
「ルシアでいい、よ。年も近いみたいだし、そんなかしこまった口調じゃなくていい」
「それじゃあ、遠慮なく」
「うん、そうしてくれるとありがたい、な……はははっ」
ルシアは何だか妙にやつれた笑みを浮かべた。
もしかして疲れてる? もしくは先生みたいに男が苦手なのか? そうでなくても強引に話を進めてしまったから、苦手意識を持たれてるのかもしれない。
でもアクセデザイナ―を本業にして生活している人は少ないから、こういう機会を逃すとずっと成長出来ない気がする。
……大丈夫、女の子に嫌われるとか日常茶飯事だったし。どんな視線を向けられても決して動じない。心は死んでるけど。
折角のチャンスを無駄にしない為にも、真面目に話を聞いてしっかり学んでいこう。
「……つ、疲れた」
去っていった四人の後ろ姿を見送り。
アクセサリーを収納した箱の上に突っ伏して、この日、何度目かのため息を吐いた。
まさかこんな所でターゲット──アカツキ・クロトと出会うなんて。癒しの時間が拷問に変わったように思えてしまった。
そもそもどうしてここに居るんだとか、当然の疑問はあったが何とか表情には出さないように出来たはずだ。
むしろアクセデザイナー同士ということもあって、そちら方面に話がどんどん発展していくので意外と楽しかった。お互い、良い刺激になったのでないだろうか。
しかし。
「私のこと、バレてないかな」
話していて分かったことだが、彼は観察力に優れている。
アクセサリーの能力や意図を的確に言い当てる目利きの良さに、さすがに私も戦慄を覚えてしまった。まるで常に手の内を見破られているような感覚だった。
あの時、フードを被っていなかったら、顔を見られた時点で気付かれていただろう。
私がカラミティの一員であることがバレずに済んだのは良かったが、一番の問題はそれじゃない。
魔眼だ。一定の時間、相手が魔眼を視認する、もしくは自分から視線を向けると効果が発動してしまう為、会話の最中はずっと目を泳がせておく必要があった。
いつもは眼帯を掛けているか、フードを目深に被るなどの対策をして誰にも見せないように心掛けている。今回が初めての試みだったが、魅了されていたように見えなかったので成功と言っても過言ではない。
たとえ魅了してしまっても、一瞬で意識を刈り取れば良い。
しかし一対一の話し合いでならまだしも、連れている子どもやお婆さん、魔導人形の前でそんな行動を取ってしまえばすぐに敵対され、この場所から追い出されていただろう。
襲われそうになった、などと理由を付ければ誤魔化せるかもしれない。……いや、無理だ。純粋に学び、技術を得ようとする真摯な姿を見たら、そんな気も失せる。というか絶対にやりたくない。趣味を共有できる存在というのは、とても大切なのだから。
この際どうにか魅了させないようにと右往左往し、挙動不審な醜態を晒す羽目になったことには目を瞑ろう。忘れるべきだ。忘れたい。
「お疲れ様。クロトくん、だったかしら? あの子、かなり熱心に質問していたわね。ルシアちゃんも何だか普段より嬉しそうに見えたわ」
「まさかあんなに話が合うとは思わなかったんですよ……」
「ふふっ、貴女と同年代の子なんて《ディスカード》には一人か二人しかいないからねぇ。そういう所も相まって、話しやすかったんでしょうね」
「ハハハ……」
ぽやぽやとにこやかに笑うお婆さんに乾いた笑いを返す。
「まあ、気分が高揚していたのは認めますけど……」
「ごめん、ちょっといい?」
「ぴゃあッ!?」
いるはずがない人の声に身体が仰け反る。
振り返れば、帰ったはずのクロトが通路から顔を出していた。
「あらあら、どうしたの? 何か忘れ物かしら?」
「そういう訳じゃないんですけど、さっき俺が作ったアクセサリーをルシアに渡してて……」
「……え? 何か貰ってた──あっ」
弾む心臓を落ち着かせるように声を静め、ポケットから羽根のペンダントを取り出す。
“軽鉄の羽根飾り”という、身に付けた者の脚力を上昇させる能力を持つアクセサリーだ。お世辞にも見た目が良いとは言えないが、単一の素材で、しかもただの鉄で作られている物にしては非常に強い能力を保持している。
話を聞く限り、どうやらクロトは鉱石等に抱くイメージから五感や腕力、脚力などの身体能力を強化するアクセサリーを作るのが得意らしい。
私の専門は周囲の魔素や魔力を利用して属性特化の能力を発揮させるアクセサリーの作成。もちろん鉱石も使うけど魔物素材を中心に使用しているので、お互いの系統は変わってくるが本質は同じだ。
だから羽根飾りの修正点を挙げて、どうするべきかを淡々と指導して……思い出した。いつも道具をしまう時の癖で、そのままポケットに突っ込んでしまったんだ。
魔眼に注意が向いていて全く意識していなかった。
「ご、ごめん、入れっぱなしになってた。返すよ」
「ああ、違う違う。別に返してほしかった訳じゃないんだ」
「でも、これはクロトの物だし……」
「それに関してはルシアに持っていてほしい。商売の邪魔しちゃったし、色んなことを教えてもらったお礼、になるかは分からないけど、まあ、そんな感じってだけ」
「──そっか。なんか、悪いね」
差し出したペンダントを押し返され、そのままポケットへ戻す。
クロトの言う通りではある。しかしアクセサリーが売れないのは今日だけではないし、商売に関してはほぼ趣味でやっているだけだ。
……だから、そんなに申し訳なさそうにしなくていいのに。
「それじゃあ」
「ちょっと待って」
そのまま踵を返そうとしたクロトを呼び止める。
首を傾げ、ポカンとした表情を浮かべる彼に。私は箱の中から一つの腕輪を取り出す。
これまで作ったアクセサリーの中でも、会心の出来と言える代物。
“月夜の帳”。闇属性の魔素によって身に付けた者の気配を薄め、魔力を通せば姿を消す事も可能になる腕輪。副次効果として闇属性魔法の耐性と魔力伝導率が極めて高い。
正直、私が使った方が便利なのだが、こういう時は見栄を張ってもいいだろう。
ポイッと。腕輪をクロトに投げ渡す。
「これは?」
「餞別。私の中では、もうクロトは弟子みたいなものだから。その腕輪を参考にしてアクセサリーを作ってみて」
「これを参考にって、ハードル高いなぁ」
「出来ないとは言わせないよ」
「──分かってるよ。そこまで言うなら、やってみる。またいつか、会った時に渡せるようにしておくよ」
「うん。楽しみにしてる」
腕輪を持ったまま、クロトは笑みを浮かべて前を向き──そしてまた振り返った。
「なに?」
「いや、さっき話してた時は気づかなかったけど、ルシアってオッドアイだったんだな。宝石みたいに綺麗でびっくりしたよ」
「…………え?」
今、なんて言った? クロトは確かに私の眼を見てオッドアイだと、そう言った。
ハッとして、右目に手をやる。前髪で隠れていたはずの魔眼が晒されていた。
いつから? 恐らくクロトに驚かされた時から。だとすれば既に魔眼が発動しているはずだ。
魅了されてしまえば思考や意識が薄れてまともな受け答えが出来なくなる。これまでの経験上、魔眼が発動した相手は全員、同じような現象が起きていた。クロトだって例外ではない。
なのに。
……なのに。
「私の魔眼が、効いてない……?」
変わらぬ足取りで去っていくクロトの背中を見つめて、私は呆然と立ち尽くした。
10
お気に入りに追加
378
あなたにおすすめの小説
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ユウ
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる
けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる