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【三ノ章】闇を奪う者

第四十二話 地下を探検しよう!《前編》

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 美少女ロボのシャドウボクシングに若干の頼もしさを抱きながら、軍への報告を済ませたタロスと合流して孤児院に向かい、セリスに見送られながら子ども達のリーダー──キオの先導に従って《ディスカード》の探索を開始。
 どうやら案内したい場所があるそうで、ちょっとワクワクしながら探索隊の最後尾をついていく。
 道中、前日にタロスと話していたおかげか、初対面のイヴについてとやかく言うような子はおらず、興味を持って積極的に話しかけていた。
 イヴは子どもが相手という事で終始たどたどしい様子だったが、迫り来る質問の波にちゃんと答えられていたようだ。
 転校してきたばかりの学生のような状況を見てタロスと共に微笑んでいると、群れているモンスターの存在を察知。
 それだけならよかったのだが、群れの中にユニークモンスターの気配を感じてしまった。
 他のモンスターならまだいい。だが、子ども達にユニークの相手を任せるのは難しいだろう。
 爆薬の調達も出来ず、ロングソードの整備は不完全。不安だが、俺が相手になるしかない。
 その情報をキオに教えて警戒させる。イヴには出来るだけタロスと一緒に行動するように伝えて、単騎で突貫。ユニークモンスターを斬り付けて、煽り、出来るだけ離れた場所へ誘導した──。






 低く、唸るような重低音。
 頭上で回り続ける大型ファンが空間を揺らし、振動を腹の底に響かせてくる。

「あれも《ディスカード》に住んでる人にとっては生命線だよな。空気が回らないと淀むし、酸欠になるし」
『シュルルルルルッ!』
「……無視してる訳じゃないから、そんなに威嚇しないでよ」

 現実逃避しかけた思考を戻す。視線を前に。
 ぺたり、ぺたり、と。水掻きの付いた四本足でゆっくりとこちらに向かってくる。距離が近づいてくるにつれて、魚のような生臭さが漂ってきた。
 全長は五メートル程だろうか。ぬめっとした緑色の皮膚に刺々しい見た目の背ビレ。渦を巻いていた尻尾で器用に周辺の瓦礫がれきを掴み、左右に揺らしている。長い舌を時折しならせ、ギョロッと突き出た眼球は不規則に動いており、非常に気色悪い。
 全貌としては水棲生物に近い見た目のモンスターだ。……あれ、カメレオンって水棲生物だっけ?

「というか、なんで俺はこんなにもユニークモンスターとの遭遇率が高いんだ。図書館のモンスター図鑑に載ってたの見たぞお前。確か名前は……レプタル、だったか」

 ロングソードを構えていつでも駆け出せるよう、足にぐっと力を込める。
 踏み締めた砂利が音を鳴らす。レプタルの尻尾がピクリと動いた。
 瞬間。瓦礫が風を切って投げられた。横に跳んで直撃を避け、弾けた破片を手で防ぎながらレプタルに接近する。

「頭……いや、胴体!」

 図鑑では長い舌も危険と書かれていて、矢のように舌を伸ばして突き刺し、さらには敵を拘束して振り回すらしい。
 馬鹿正直に真正面から立ち向かうのは愚策。ならば、横だ。
 無防備な胴体に向けてロングソードを振り下ろし──自身を守るように伸縮した尻尾で打ち払われる。

「前も後ろも面倒なのに、横もカバーできるのはズルくないか」

 どうせ上も厄介なんだろ。分かってるぞ、嫌というほど。
 くそぅ、ユニークってのはなんでどいつもこいつも面倒な奴ばかりなんだ。
 岩石の体皮で覆われた攻撃的なゴムボールに、膨大な魔力で強引に魔法じみた現象を引き起こす氷熊。
 挙句の果てには……。

「長いリーチを持つ二つの武器に周囲の景色に擬態するカメレオン、か」

 切っ先を向けたレプタルの姿が、次第に霞み、見えなくなっていく。
 影も音も、スキルの反応さえ消え去った。これまで、この世界に来てから、頼りにしていた物が全て無意味と化した。巻き上がった土煙の中で静かに佇み、どうにか気配を探る為に集中する。
 しかしヤツが移動しているのか、その場でじっと俺の動きを観察しているのか。何も分からない。
 このまま直感で動くのは危険だ。だから。

「ソラ、出番だよ」
『キュイ!』

 召喚陣から飛び出してきたソラを肩に乗せる。

「俺が血液魔法を使って炙り出してもいいんだけど、壊された時のリスクが高いからね。それにあいつの弱点は雷属性。ソラの得意な魔法でいこう」
『キュッキュ』

 一鳴きして、周囲の魔素を取り込み、魔力と同時に練り始めた。
 頭上に浮かぶ線香花火のように小さかった光球が徐々に紫電を散らし、今にも弾けそうなほどに膨張していく。
 魔力の高まりから危険だと判断したのか、不可視で、しかし直線的な軌道が空気を裂いた。土煙を掻き分けて何かが迫ってくる。
 右斜めから、確実にソラを狙っていた。許すまじ。
 姿勢を低くしながら振り返って斬り上げる。飛散した血飛沫が瓦礫を染め上げ、擬態が解けた舌先がどちゃりと転がる。

『ジュ……ッ!』
「──そこか」

 姿や影が見えなくても関係ない。場所は割り出せた。
 痛みに動揺した鳴き声の元へ指先を向ける。

「《オーダー》=《コンセントレート》、《ボルテージ・レイ》!」
『キュイィィ……キュ!』

 《オーダー》で付与したアクティブスキルによって強化され、さらに巨大化した光球が放たれた。
 中級魔法以上の威力となった《ボルテージ・レイ》は一直線に、寸分の狂いも無くレプタルに直撃し、炸裂。周囲に雷をはしらせ、轟音を響き渡らせた。
 その余波は風圧を生み出し、瓦礫を吹き飛ばし、全てを黒く焦がし……待って。これ、子ども達はともかく、俺らは巻き込まれるよね?

「調子に乗って強化なんてしなければよかったか!? ソラ、懐に入って!」
『キュ、キュイッ!』

 慌てて潜り込んだソラを抱き締め、その場で蹲り、白衣で身を覆う。
 魔法耐性の高い素材に魔法対策のエンチャント、あとは《雷耐性》のスキルを信じて耐える!

「あっ、待って、ちょ、いっ、いって、地味に痛いっ!」

 うわあ、バチバチくるよ来てるよ静電気が怖いよ!
 こ、この痛み、まるでビリビリボールペンの電撃を全身に受けているような感覚だ。……あれ、そう考えるとそんなに脅威でもないな。
 だからと言ってソラに影響が無いとは言い切れない。懐に入れたまま、白衣から顔を出す。

「……お前、あの魔法を受けて耐えるのか」
『ジュ、ル!』

 ──魔法の着弾点を中心に無数の火花が散る中、レプタルはその身体を半壊させながらも、未だに戦意を失わずに立っていた。
 右の前足を含めて胴体は抉れ、身体の至る所が炭化しかけている。
 それでもなお、こちらに向けて速度の増した舌を突き出して攻撃してきた。ギリギリで左に避けて、そのまま走る。
 ユニークの生命力を侮っていた訳ではないが、あの状態になっても逃げずに立ち向かってくるとは。
 ……だったら俺も、その気概に応えてやらないとな。
 ロングソードを持つ手の甲を噛み切り、出血させる。流れ出した血液を操り、ロングソードを保護するように包み込ませた。そして。

「まだエリック達にも見せてないんだ。というか、この世界に来てから一度も使ってなくてさ」

 鋭く、長く、赤く。染み込んだ血液で流麗な刀身を作り出す。
 日本で使っていた物よりも、カグヤの“菊姫”よりも大振りな太刀。多少の勝手は違うだろうが、武器としての機能は十分に持ち合わせている。後は俺次第だ
 両手で柄を握り、構えて腰を捻る。
 大きく息を吸って、止めて、レプタルを視界の中央に。
 両脚の筋肉に意識を集中させて、溜めた力を一気に爆発させる。
 一瞬で間合いを喰らい尽くし、レプタルの眼前に飛び出す。こちらを捉える前に一閃、残った前足を斬り飛ばした。
 振るった動きに捻じれる力を加え、下から上へ。
 支えを失って落ちる顎を太刀の峰でカチ上げて、晒された胴体を袈裟懸けに斬り下ろす。

『ジュ!?』
「暁流練武術中級──“牙竜閃華がりょうせんか”」

 素早く太刀を引き戻し、地面を砕くほどの力強い踏み込みから突きを打ち出す。
 隙だらけになった胴体の中心に吸い込まれた突きがレプタルを四散させる。短い断末魔の終わりと共に、辺りに飛び散った肉片が灰と化していく。

「本当は上級を使いたかったけど、あれはじゃないと出来ない。……これも、本当はもっと威力が強くなるはずだった」

 牙竜とは、燕返しの如く高速の切り返しで上下に強い衝撃を与えて身動きを封じること。鉄筋ごとコンクリートを砕けるようになったので、この名前が付いた。


 閃華とは、踏み込んだ脚によって身体を支えて途中で技を阻害させないようにすること。その際、地面が花弁の如く罅割ひびわれる為、この名前が付いた。


 今回はロングソードを覆っていて一回り大きい分、取り回しづらく技の威力が完全に発揮されなかった。でも、俺が修めた技の中では二番目に威力が高く、そのキレは変わらない。
 折角なら血液魔法で刀を創り出そうと思ったが、一から全て血液で構成すると破壊された時のリスクが高くなる。
 だったら、ルーン文字のように血液魔法を武具に付与させればいい。
 ロングソードに限った話ではないが、基礎となる武具を芯鉄しんがねとして血液魔法で全体を補強。こうする事で何の変哲もない鉄製の武具を疑似的な魔装具へと変化させる。名前は……《アームズ・カウル》とかでいいんじゃないかな。
 使い所は限られるような気がするが、出来ないよりは手札が多い方が良いだろう。
 太刀の場合、刀身を延長させる必要があったが血液の使用量は普段より格段に抑えられた。やったぜ。

「しかしユニークを相手に魔力操作で強化もせずによく無傷で勝てたな。レプタルはCランクの冒険者パーティなら余裕を持って勝てるらしいけど……ソラの魔法が強かったし、それのおかげかもしれないな」
『キュイ、キュキュ』
「……っと。悪いな、窮屈な思いをさせて。さっきは助かったよ、ありがとう」

 もぞもぞ、と。懐から滑り出てきたソラを労いながら、太刀に使った血液を回収する。

「ん? これは……」

 全ての血液を回収し終わった頃、灰の山から鑑定スキルの反応がいくつか見つかった。
 一つは攻撃にも防御にも使用していた伸縮自在な尻尾。もう一つは、レプタルの擬態能力を持つ柔軟な皮。
 ユニークからのドロップという事で、どちらも優秀な防具の素材として使用できそうだ。

「でも、持ち運ぶとしてもデカいな……素材袋を持ってきてないんだよなぁ。キオ達は持ってたっけ?」
「クロト兄ちゃん! 生きてっか!?」

 しゃがみ込んで尻尾をビヨンビヨンと伸ばして遊んでいるとキオの声が聞こえた。
 大勢の足音と共に子ども達が雪崩れ込むように現れ、辺り一面の惨状を見て目を点にしていた。

「あ、あれ? あのトカゲは?」
「倒したよ。ほら、これがあいつの素材」
『一人でユニークモンスターを討伐したのですか?』
「ソラもいたから完全に一人って訳ではないけど。まあ、単独討伐はよくあることだからね」

 よくあること? と俺以外の全員が首を傾げる。
 好きで単独討伐してる訳じゃないよ。
 状況が酷かったり、悪化するかもしれないから仕方なく一人で相手してるんだよ。
 本当ならパーティで取り掛かりたいよ。危険過ぎるからね。

「そっちは無事だった? 結構な量のモンスターを相手にさせちゃったけど」
「お、おう。あいつらとならいつも戦ってるからな、けが人もいないよ」
「後衛から支援する子の方が多いのにさすがだな。そうだ、素材を入れる袋はあるか? これを仕舞っておきたいんだ」
「あっ、ごめん。さっきのモンスターの素材でいっぱいになっちまった」
「あれま」

 なんてこった。このまま持っていくのはさすがにナンセンス。
 仕方ない、白衣で巾着みたいに包めばいいか。そうすれば他の《ディスカード》の住人と出会った時に企業関係者と勘違いされる事もないだろうし。

「よし、こんなもんでいいか。それじゃあキオ、また案内よろしく」
「ああ。こっちだ」

 丸めた白衣を肩から下げて、キオの後をついていく。
 途中、何度か皆と連携を取りながらモンスターと戦闘を行い、少しアドバイスをしたり。
 物珍しさからか、ふらふらとはぐれそうになるイヴを引っ張ったり。
 そんなこんなで三十分ほど、ようやく目的地へと到着した。






 冷ややかな空気に天井を写す大きな水面みなもが静かに揺れる。


 天井まで伸びる支柱から大粒の雫が滴り、波紋を広げていた。


 偏った魔素マナの影響か、周辺には蛍のような光源が無数に浮遊している。


 その光が差し込む水の底には沈没した廃墟群。


 乱立した文明の名残が静かに存在感を放ち、幻想的な雰囲気を生み出していた






「おお──」

 子ども達に手を引かれ、瓦礫の山から顔を出し、眼前に広がる光景に思わず声が漏れた。
 廃虚マニアなら涎モノの光景なんだろうな。おまけに地下空間というシチュエーションが妙にマッチしている。

「すげぇ場所だろ? おれたちのお気に入りなんだ」
「ああ。確かにこれは、滅多に見られないね」
『ふむ……元々は居住区だった区域が支柱を中心に陥没したことで、地下水脈から湧きだした水と地上の外殻に引いてある生活用水の漏出により、この湖が出来たようですね。工業廃水の汚染や薬物による悪影響も無く、飲み水に適した水質を保持しています。ろ過する必要もないほどです』
「じゃあ、早速」

 タロスの説明と、鑑定スキルによる診断で安全を再確認。問題はない。両手で水を掬い、口に含む。

「……っ」

 キリッとした冷たさが脳天を突く。疲れ切っていた身体に染み渡るそれは、全身に力を漲らせた。おまけに都市特有の鉄錆のような臭みもせず、味も良い。地下水脈から湧き出る水の方が比率が高いのだろう。
 横を見れば子ども達も水を掬って飲んでいる。中には顔ごと突っ込んでいる子も。
 豪快な飲みっぷりに苦笑していると、遠目から見ていたタロスとイヴが近づいてきた。

「二人も飲んでみなよ。すごい美味しいよ、これ」
『お気持ちは嬉しいのですが、申し訳ありません。魔導人形の動力源は魔素と魔力。生物のように飲食による補給を行いませんので、こうして景色を見ているだけで充分です』
「そうなの? イヴは普通に飲んでるけど」
『え?』

 ちらりと目線を向けた先では、イヴが子ども達の姿をマネして水をごくごくと飲んでいた。あの劇物を美味しいと思って飲むんだから、この水だってイヴにとっては絶品だろうな。
 タロスはポカンとしている。だがすぐにハッと身体を震わせて、イヴの肩を抱いて水辺から下がらせた。

『なにしてるんですか? なにしてるんですか!?』
『? みず、飲んでた。おいしいよ』
『いえ、それは分かりますが私達にそうする必要はありませんよ!』
『タロス、飲めないの? 変なの』
『普通は飲めませんよ!? 故障の原因になりますからね!?』

 まだ飲もうと手を伸ばすイヴを、タロスは後ろから腕を回して押さえつけている。まるで妹の世話に手を焼く姉のようだ。

「まあまあまあ、落ち着きなよタロス。イヴだって歩き回って喉が渇いてるだろうし、タロスも疲れたでしょ? 魔導人形だから体力の消耗が無いとはいえ、休むのは大切なことだよ」
『うぐっ。そ、その通りではありますが』
「それにもしかしたらタロスも飲めるかもしれないよ。この水、かなり魔素が溶け込んでるみたいだから、飲んでそのまま動力に変えられるかも」

 水──というより液体のほとんどは時間が経つと大気中や、地中の魔素が徐々に溶けていき、高濃度の魔素を蓄えた媒体となる。
 錬金術においては励起媒体と呼ばれ、ポーションや爆薬の精製には欠かせない素材の一つだ。

『いえ、魔導人形は飲食による補給を………』
「子ども達の為にずっとモンスターの探知をしてたでしょ? それも広範囲に。だいぶ魔力を消耗してるんじゃない?」
『……総魔力量は確かに減少しています。ですが、現在は探知機能をオフにしているのでいずれ回復しますよ』
『タロス。むり、よくない』

 少しだけ目を大きく開けたイヴがいつの間にやらタロスの背後に回り、ぐいぐいと水辺へ押していく。

『わっ、とっと。い、イヴ!』
『まりょく、かなり少ない。まりょく、大事だよ。だいじょうぶ、おいしいから』
『ですから……!』
『不思議、だけど。。もんだい、なし』

 タロスとイヴが同じ? 魔導人形だから当たり前、というのはさておき、どういう意味だろう。
 問い掛けようにも二人は既に物陰へ隠れてしまった。……性能が一緒、ってことかな?

「クロト兄ちゃん」
「ん、キオか。……どうした?」

 キオは濡れた口元を拭いながら、辺りを見渡している。
 その目は鋭く、何かを警戒しているように見えた。
 孤児院の中で最年長であるキオは犬人族で、特に嗅覚が鋭く、優れた探知能力を持っている。戦闘においても積極的に前線に出て、指示を出しながら自身も短剣での接近戦を行っていた。
 誰かに教わった訳でもないというのにその場の的確な選択と行動が出来るのは大したものだ。
 そんなキオが深刻そうな顔で声を掛けてくれば、自然と俺も身構える。

「人が来てる。十人以上、でも嗅いだことのない匂いだ」
「つまり《ディスカード》の住民ではなく、企業の連中かもしれないってことか。他の子達は?」
「タロス姉ちゃんとは別の物陰に隠れさせてる」
「よし、それじゃあ……っ」

 ──火属性の魔力反応?
 指示を出そうとして手を止める。咄嗟にキオを背後に回し、血液魔法で武器を創作。
 形状は丸く、底の浅い武器。短い柄が付いたそれを構え、振り被り──飛来してきた火の玉を打ち返す。
 甲高い音を鳴らし、腕がビリビリと痺れる。だが斜めに、下へ落ちていくように力を加えた火の玉は放たれた元の場所へ飛んでいった。
 次いで爆音と火の手が上がり、悲鳴が響く。

『ギャアアアアアアアッ!?』
「汚い花火だ……」
「す、すげぇ。でも、なんで?」
「使い慣れてるから」

 テニスラケットの方がよかったのかもしれないが、以前同じことをした時に魔法が網を貫通して霧散し、自爆した経験がある。今回はカウンターの要領で反撃したかったので、当時の反省を活かしてフライパンを創り出した。

「……で、挨拶も無しにいきなり魔法を撃ってくるとはどういう了見だ? 返答次第では四属性魔法のフルコースを打ち込むことになるが」
『キュキュ』

 脅す気はなかったのだが、騒動を聞いて懐から出てきたソラが魔法陣を浮かべ始めたので利用することに。
 隠れていた子ども達も現れ、それぞれ武器を構えて臨戦態勢を取る。
 集団戦において並みの冒険者パーティを凌駕しているこの子達に、奇襲を仕掛けることしかできない敵が対等に戦えると思うなよ。

「…………チッ。さすがにこれ以上の痛手を負う訳にはいかねぇな」

 諦観が込められた声。砂利を擦る足音と共に、声の主が姿を見せる。
 ボロボロの衣服が目立つが、何よりも魔素の光に照らされた頭頂部が不機嫌そうに鈍く輝く。
 その容姿を、どこかで見た覚えがあった。

「ん? あんたは……」
「げっ!? なんでてめぇがこんなとこに居やがる!?」
「それはこっちのセリフだよ。警察に連行されて、今は牢屋にぶち込まれてるはずだろ──ルガーと……下っ端ーズ」
『誰が下っ端だゴルァ!!』

 凄んではいるが全身から煙を立ち上げ、脚を震わせる彼らは非常に情けなく見える。
 魔法一発で半壊か、意外と高威力の魔法だったんだな。

「とりあえず、俺達は敵じゃあない。……そいつらの武器を下げてくれ」
「ソラ、魔法は無しだ。キオ」
『キュイ』
「おう。みんな、落ち着け。クロト兄ちゃんの知り合いらしい」

 ブタ箱にぶち込んだ相手を知り合いと言っていいのか。
 ひとまずルガーと話をしたい。キオ達をこの場から遠ざけて、会話できる場所を作る。
 何やら下っ端ーズがブツブツと言っているので血の武器を向けると黙った。

「それで、お前らがどうしてここに居るのか、それ以外にもいくつか聞きたいことがある。話せるか?」
「……いいぜ。てめぇには仲間を助けてもらった借りがある。ルーンの効果とやらも切れたことだしな」

 では、初めに。

「なんでここにいる? 軍の収容所に収監されてたはずだろ。抜け出してきたのか?」
「ちげぇよ。カラミティの連中に口封じされかけて、命からがらこうして逃げてきたって訳だ」
「……わざわざ収容所を襲撃したのか、あいつら。お前らにそれだけの価値があるとは思えないんだが」
「よほど用心深い臆病者がいるんだろうよ。とにかく、俺達は襲撃の混乱に乗じてここに落ちてきた。脱獄する予定は無かったが、俺達だって命は惜しい」

 なるほど。こいつらが《ディスカード》に居る理由はよく分かった。
 おまけに収容所の襲撃とかいう大変な事件が公になっていない……つまり、軍が情報を統制して外部への流出を阻んでいるということも。
 しかし、カラミティと軍は敵対しているのか? いや、情報が出てないなら襲撃自体が演出の可能性もある。断定はできない。

「聞けば聞くほど底の見えない連中だな。企業との繋がりも相当深いだろうし」
「企業といやァ、カラミティの構成員が愚痴ってたな。“《デミウル》から逃げ出した実験体のせいで手間が増えた”、“増長してきて面倒になってきたからな。そろそろ縁を切るだろう”、ってな」
「《デミウル》の実験体……心当たりはあるか?」
「おそらく、ここ最近、研究所を襲撃している犯人のことだ。《デミウル》は他種族に肉体改造を施し、理性を奪い意のままに操る私兵を造り出しているらしいが、稀に理性を残した者が脱走することがある。今回の実験体は、相当強化されたヤツが逃げ出したんだとよ」
「かなり詳しいんだな」
「看守の口が緩すぎんだよ」

 うーん、この仄かに漂うディストピア感。心が軋むぜぇ……。

「よし、大体わかった。貴重な情報をくれたんだ、さっきの魔法に関しては不問にしてやる。大方、下っ端ーズが“あんなガキども痛めつけてやりゃあ従順な手下になるだろヒャッハー”、みたいな軽いノリで暴走したんだろ」

 ルガーは腕を組んで押し黙る。図星か。

「あとで子ども達に誠心誠意を込めて謝罪しろよ。これから《ディスカード》で生きていくつもりなら、下手に軋轢を生み出すのは自殺行為だ」
「……ああ」
「ちっ」

 静かに頷いたルガーを尻目に、不快そうな表情で舌打ちを鳴らした下っ端ーズの一人を血液魔法で縛り、手繰り寄せて湖へ思いっきり背負い投げる。
 放物線を描き、悲鳴を上げながら着水した下っ端の一人が水面に浮かぶ。

「ちゃんと仲間の躾はしておいた方がいい。新参者であるお前らの態度がでかいと、ここの住人と良い関係なんて築けないぞ」
『…………』

 ルガー達は急速に青ざめた顔で、コクコクと首を縦に揺らした。
 脅しも程々にしてルガー達を解放、キオ達に深々と土下座させ。
 どこかに行っていたタロス、イヴとも合流して、再びキオを先頭にして歩き出した。
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