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【三ノ章】闇を奪う者
第四十話 孤児院にて《中編》
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「うわっ、ゴミだらけじゃねぇか。……誰か掃除当番サボりやがったな?」
小さな窓から入る光が室内を照らす。乱雑に置かれた可変兵装モドキが転がり、ホコリを舞い上げた。
半年前に確認した時は掃除も整頓もされていたのに。面倒だと感じるだろうが、兄貴分としてはこういう所もしっかりしてほしいと思う。
軽く咳き込みながら、物置小屋という名の武器庫の中を歩く。
壁に掛けられた大小様々な武器を眺め、選別を始める。
近距離武装と魔導銃の要素を兼ね備えた可変兵装。廃棄される失敗作でも、その性能は高い。
近接武器としても優秀だが、特に魔導銃は凄まじい性能を誇っている。
元々、可変兵装はミスリルとその他の鉱石を混合させて編み出した特殊精製金属と呼ばれる人工金属で製造されている。
ミスリルの魔力伝導率をそのままに、魔力を収束・放出しやすい性質を持たせたこの金属によって魔導銃は鉛の弾丸と火薬を必要としなくなった。
使用者の魔力を収束させて射出する他、銃という事もあり多少の技術が要求されるが、それさえクリアすれば誰でも十分に扱える代物になり得る。
昔から大剣しか使ってない俺にとっては無用の物だったけど。
「……そういやあの大剣、《スクレップ》って言ってたっけな」
クロトから譲り受け、新しく自分の武器となった大剣を思い出す。
飾りの無い柄から伸びる、黒く刃の無い分厚い刀身。
鈍重な見た目を裏切るように、その重みは軽く、それでいて違和感を感じさせない。
もはや切断するよりは叩き潰す事に特化した為か、刃物というよりは鈍器といった方が正しいだろう。
スキルの補正があるとはいえ魔導人形の攻撃を耐え抜き、魔導銃をへし折るなど耐久性も高い。
しかしクロト曰く“徹夜明けの寝不足テンションで生み出してしまった最高級の駄作”らしい。
なんでも作製前の夜、“地獄の鉄剣千本打ち”と呼ばれる作業に参加させられてずっと剣を打っていたそうだ。
学園所属の鍛冶師と一緒に取り組み、疲労と眠気のダブルパンチで高まったテンションのまま、血迷ったのか大事に保管していた純黒鉱石に手を掛けてしまい──《スクレップ》が生まれた。
正気に戻った時には既に各種エンチャントを施していた為、鋳潰す方が勿体無かったと苦しげに呻いていた姿は記憶に新しい。
素材に助けられたに過ぎない武器を売る訳にもいかず、かといって捨てるにも未練が残る。
仕方なく自分で使おうと思って持ち出してきたみたいだが、この間の戦闘で俺の大剣が折れてしまった。
代わりの武器を探すのも面倒だろうし、良ければお前が使ってくれと譲渡される事に。
さすがに無償で貰うのもどうかと思ったのだが……。
『無駄に頑丈だけど、何が起きるか分からん武器に金を積むな』
鍛冶師としての意地があるようで、金を払うような武器じゃないと一蹴されてしまった。
単品素材であの強度、しかもエンチャントの内容を鑑みるにAランク相当の武器なんだが。
「あいつ意外と真面目な所があるっつーか、律儀っつーか……っと、こんなもんでいいか」
出来るだけ完成度の高い物を選び、被っていたホコリを払い落していると。
『のわぁああああああああっ!?』
「……あいつ、なに騒いでんだ?」
突然聞こえてきた間抜けな悲鳴に首を傾げながら、小屋の扉を開く──。
「──うーん、どこをどう見ても本物の人間としか思えないねぇ。こうして直に触らないと騙されちまうよ」
タロスの手を揉みながら、時折感心したように息を吐く。
楽し気に頬を緩ませ、セリスさんは輝いた目で手の平を見つめていた。
『魔導人形の身体は半分ほど有機素材で構成されていますので、見た目で判断するのは難しいと思います』
「初めてお会いした時は些細な違和感を感じましたが、関節の可動域を観察すれば違いがはっきり分かりますよ」
「平然と言ってますが、それで分かるのはカグヤさんとクロトさんくらいですよ……」
一目では判断出来ないほど人の構造に近づいた存在、という点では禁忌とされているホムンクルスに近いでしょう。
しかし人体の模倣人形とも称されたホムンクルスに比べれば感情は豊かであり、身体的強度も遥かに上回っている。そして、それぞれに自己の意思が存在し、学び、経験し、成長していく。
機械と肉体。交わるはずの無い二つが両立し、個として一定の調和を保っている。
研究者であり、魔術を知る者の観点から言わせてもらえば、タロスは──魔導人形は全く新しい種族の一つとして成り立つ可能性がある。
命の神秘に背く、神をも欺く所業。
酷く曖昧だが、築き上げた技術を以てして、何かを達成しようとする執念を感じる。
──考えすぎ、でしょうか? いけない。昔からの癖で、つい熟考に浸ってしまう。
クロトさんからも注意を受けてしまったのだから、気を付けないと。
自分の頬をペチペチと叩く。気付けばひとしきり感触を堪能したのか、セリスさんはタロスの手を放していた。
「企業の奴らは昔っからいけ好かないが、技術力だけは評価してやりたいねぇ」
『人間性はともかく、技術は本当に凄いので……』
「はははっ、タロスの方からそんな風に思われてるなんて笑える話だね! まっ、言いたい事も言えない奴よりかは正直で好感が持てるよ! ……っ、けほ、げほっ!」
一瞬、苦痛に顔を歪めた直後、激しく咳き込んだ。
慌ててカグヤさんがコップを手渡す。受け取り、中身を一気に飲み干し、胸を抑えて息を整え始めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、最近は特に多くてね……心配はいらないよ。十年前だったか? グリモワール全域に広まった流行り病にかかっちまったんだが、こんな場所じゃ医者もいないし、薬も無くて治らなかったんだ。数年前、迫害されてここに流れてきた医者には魔力が関係してる病気と言われたんだけどね」
「……魔力、ですか」
「そっ。こんな身体のせいで魔法は使えないし、魔法を受けたり、魔力を感じようとすれば今よりもっと酷く咳が出る。血を吐くのも珍しくないさ」
軽い口調で言っているが、魔力とは身体の中を流れる血液のような物。
魔力の源泉である心臓が血液と同時に体内へ循環させる事で、自然と肉体に魔力が馴染んでいく。
その結果、大気中の魔素を反応させて魔法を発動、魔力を用いる事で効果を発揮するスキルも扱えるようになります。
レアなケースになりますが、クロトさんは今まで魔力を感じた事が無かった為か、肉体の魔力抵抗が少なく暴走しやすい反面、強化による恩恵を強く受けていますね。
──ですが、それはあくまでクロトさんの場合です。
彼ですら魔力強化時は、肉体の軋みや悲鳴を抑え、多少の痛みを我慢していると言っていた。
これまで感じてきた痛みと積み重ねた経験により身体が鍛えられたおかげで、その程度で済んでいる。
しかしセリスさんは違う。彼女を今の状態のまま放置するのは危険だ。
本来であれば備わっているはずの魔力抵抗が無い上に、修道服で分かりにくいが体格は華奢。
手の甲は痩せこけていて、コップを持ち上げる手は揺れている。筋力が衰えている?
こうして息をしているのも辛いはずなのに、表情に出ていない。痛覚が薄れている?
今は、弦のように細い線で奇跡的に均衡が保たれているだけだ。早く治療しないと手遅れになるのは間違いない。
「──薬は、特効薬は、無かったんですか?」
「さあね。その医者は詳しい事を知ってたのかもしれないけど、数日後、魔物に襲われて腹の中に収まっちまってたみたいだから、結局話は聞けなかった。他にも《ディスカード》に流れてきたヤツがいたけど、全員がアタシやガキどもを見ると血相変えて逃げてって、勝手に孤立して死んでいったからね」
『名前は聞いてませんか? 分かれば私の方で検索を……』
セリスさんは首をゆっくりと横に振る。
「名前は教えてくれなかったよ。どうも秘密主義だったみたいでね、私を診てくれたのも気まぐれだったらしい」
「それは……」
『…………』
「……心配してくれるのは嬉しいよ。でも、アンタ達が気にするこたぁないさ。こうして生きてるんだ、今日明日明後日で死んじまう、なんて事にはならないよ」
沈痛な面持ちで俯く二人を、セリスさんが慰める。
特にカグヤさんは己の無力さを呪うように、両手が白むほど強く握り締めていた。
彼女は《グリモワール》に来てから、自身と他者の価値を比較するようになっている。
先日の依頼の時もそうだ。彼女は自分が班長として選抜された事に不満を持っていた。
自分より相応しい人が他にいる。なのに、どうして自分が選ばれたのか。
紙面へ綴られた客観的に見た能力と人柄を加味した結果だとしても──何故、自分なのかと。
……班長であるなら、強引にでもクロトさんを止めるべきだった、と思ってしまったのだ。
あの時、向けられた視線から目を背け、見ない振りをしてしまえばよかった。
そうすれば、彼は必要以上に傷を負う事も無かったのだと。あんなにも身体を酷使して、倒れてしまうくらいなら……と。
一瞬でも、そう思ってしまった事が、彼女の心に深々と突き刺さっていた。
危険を冒す者を心配するのは当然の事。だが、その思考を個人にだけ向けてしまった。
依頼に臨んだメンバー全員でなく、クロトさんへと。
期待、不安、焦燥、恐怖……多くの感情を押し付けてしまったことが。
自身が無力であるという事実を裏付けているように思えるのだと。潤んだ瞳を歪ませ、掠れた声音で伝えられた。
──肝心な時に動けない私に価値があるのか。これまでの修練も意味は無く、この手は何も掴めない。
──クロトさんなら何とか出来る、安心して任せられる……本当にそうだろうか?
──自分の感情を勝手に押し付けて責任を持つ事を放棄しているだけではないか。それが正しい事だと、思っているのか?
『私は……私が嫌いです。立場に揺さぶられる感情など、捨ててしまいたい』
ぽつり、と。零れ落ちた感情を無下にする事など、私には出来なかった。
つい最近の私もカグヤさんと似たような境遇に立たされていたから。
その苦しみを、痛みを知っているから──。
『ダメだ、一回も勝てねぇ……お前、本当に初めて遊んだのか?』
『そだよ。あっ、カグヤに先生。よかったら一緒にボードゲームで遊びません?』
『カグヤ様ミィナ様! 私からのお願いです! このボードゲーム、《レジストーン》で一緒にクロト様を倒しましょう!』
『『…………』』
ただ、まあ、その当人が普段と変わらない様子で声を掛けてくるので、別の意味で無力さを知ったとも語っていました。
しかし無意識な気遣いが彼女の心を修復し、以前より強く結び付く事に繋がったのだと思います。
“今の自分にしか出来ない事をやる”。
彼はその時の立場を利用して他班の救援に向かった。カグヤさんがいたからこそ、大胆な行動を取れたとも言えます。
“高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する”。
彼はその考えを少し拡大解釈している節が見られますが、他の生徒にも大切にして頂きたいですね。
ちなみに、何度か《レジストーン》でクロトさんと対戦しましたが、一度も勝てなかったです。
クロトさん、対戦相手の思考を十手以上先まで読んでいると言ってましたけど、その力を勉学に回す事は出来ませんか?
『──なんだか、騒がしくなってきましたね』
タロスの一言で、顔を上げる。
不思議に思ったカグヤさんが辺りを見渡す。
「確かに小さい気配をいくつも感じますね。魔物ではないようですが……」
「だとしたらガキどもだね。もうすぐ昼だし」
『先ほどお二人が外出していきましたが、出迎える為だったんですね』
各々が納得していると、突然。
『のわぁああああああああっ!?』
「「「『…………』」」」
聞き覚えのある声の悲鳴が聞こえてきた。
「……とりあえず、行こうか?」
「ええ」
「はい」
『そうですね』
全員が顔を合わせて立ち上がり、裏口から外に出る。
人が色々考えている時に、彼は一体何をやっているのだろうか──。
「た、食べないでくださーい!」
『グルルルル……!』
そこにいたのは、一般的な成人男性よりも巨躯である狼に組み伏せられ、青ざめた顔で命乞いをするクロトさんだった。
「ああっ、先生助けて! いや、カグヤでもタロスでもセリスでもいい!! このままじゃ食べられるッ! 骨の髄までッ!!」
「むしろそのまま食べられてください」
「ええええええっ!? あっちょっ待っ……」
バクリ。
「ノォオオオオオオオオオオッ!?!?」
『えっと、お助けした方が……』
「いえ、あの魔物から敵意を感じません。おそらく、じゃれているだけですよ」
「そもそも気配がおかしいです。なんというか、人と魔物が半分ずつ混ざり合っているような……」
「あーあーあー……先に言っておくべきだったか」
頬を掻きながら、セリスさんが前に出る。
「ユキ、放してやりな。その兄ちゃんはエリックの友達だよ」
『グァ?』
「おわぁああああああ……へぶしっ!」
ユキと呼ばれた狼が勢いよく振り向きながら口を開いた。
頭を咥えられていたクロトさんは投げ出され、小屋の近くに墜落。
同時に小屋の中から様子を覗き見ていたエリックさんが、可変兵装に似た武器を持って出てきた。
「災難だったな、クロト」
「お、お前、俺が襲われたの分かってて放置しやがったな……!」
「俺が毎回孤児院に帰るとお前と同じ目に遭ってると言ったら?」
「大変ですね」
「こいつ……」
「いて、いててっ! ちょっと、剣先で突っつくなよ!」
そんなやりとりを交わしながら、二人は狼の毛並みを撫でるセリスさんへ。
私たちも近づき、改めて全貌を確認する。
雪のように真白い毛、宝石のように碧い瞳。
気持ちよさげに喉を鳴らし、緩めた表情には野生という本能を微塵も感じない。
しかし魔物である事には変わりなく、高位の存在である事の象徴として滲み出す魔力は濃く、爪牙は瞳と同じ色を宿している。
「純粋な魔物、ではないんだな。人の気配も混じってる、って事は犬人族……じゃなくて、人狼族? あれ、でも人と狼だから魔物の気配がするのはおかしいな。っていうか生物学の授業で習ったけど、人狼族ってかなり珍しいんじゃなかったっけ?」
「珍しいも何も、既に絶滅しているはずですよ」
『……データベースを調べても情報がありませんね』
「それもそうでしょう。最後に生存が確認されたのは二百年前……当時の文献にも僅かな情報しか残っておらず、今でも秘密の多い種族として知られていますから」
「あー、えっと──」
それぞれが疑問を口にする中、エリックさんが何かを言い掛けて。
「やいやいやい!!」
元気の良い子共の声で遮られた。
「オマエら、ここをどこだと思ってんだい!」
「おれたちはフロウ孤児院をまもる戦士っ!」
「企業の手先になんか負けないぞッ!」
続々と現れる子ども達が武器を構える。
心なしか、その切っ先の全てがクロトさんへと向けられていた。
「あー……その、なんだ」
次から次へと。二転、三転と状況が変化していく。
困り果てたように、疲れたように。
僅かに陰りを含ませた笑みで。
「…………状況、整理しようか」
たった一言で、その場を締めた。
エリックとセリスの援護、そして渾身の俺は敵じゃないアピールで子ども達の警戒を薄れさせ、食事場に移動。
そのまま台所に移動する子ども達の後にセリスを除いた女性陣がついていく。どうやら昼食作りを手伝うつもりらしいが、大丈夫なのだろうか?
俺だけ必要以上に警戒されているみたいだが、子ども達から見れば女性陣も素性なんて何一つ分からない。
そんな連中と一緒に居られるのだろうか……と、心配になって覗いてみた。
「初めまして、私はミィナ・シルフィリア。エリックさんが通う学園の教師をしています」
「エリックさんの同級生、シノノメ・カグヤといいます。今日はエリックさんのご厚意でお邪魔させていただいてます」
『私は魔導──いえ、タロスです。皆様とは……友達でして、お誘いを受けて遊びに来ました。よければ昼食のお手伝いをしたいと思ったのですが、よろしいでしょうか?』
「……みんな、どうする?」
「いいんじゃない? あの白衣の兄ちゃんより怪しくないし」
「でも料理できんのかな……」
「セリス姉ちゃんに手伝われるよりマシでしょ」
『……それもそっか!』
普通に馴染んでいた。
おっかしいなー? 一応こんなのと一緒にいた連中なんだから、もっと怪しんでもいいはずなんだけどなー?
まあ三人とも綺麗だし醸し出してるオーラが聖母みたいだから気を許すのも仕方ないっていうかむしろ自然の摂理と言っても過言ではないしほらそこの男子顔赤らめてるんじゃないよ手元見なさい指切るぞ。
案の定、男の子が指を切った。先生が治癒魔法を唱え始めたところでその場を離れる。
長テーブルの一部を占領するエリックの正面に座り、隣にいるセリスは今もなおユキと呼んだ狼の下顎を撫で続けていた。
「──聞きたい事は山ほどあるけど、まず最初に……その子はなんなんだ?」
セリスはふむ、と顎に手を当てて考え込む。
「絶滅したはずの人狼族の生き残り、って言って信じてくれたり……」
「数百年も存在を確認出来なかった異種族が、差別主義の根強い《グリモワール》で生き残っていたと考えるのは難しいよ」
「だよねー……。この子は、そうだね……人でありながら魔物でもある存在、半人半魔ってやつなのさ」
「…………魔物って繁殖しないんじゃなかったっけ?」
魔物はダンジョンから生み出される存在であり、国外、郊外で発見される魔物の多くは野良ダンジョンから這い出てきたのだと言われている。
そのせいで結界を持たず、冒険者のいない集落や村は常に魔物の脅威に晒されていた。
外壁を造り、魔物除けの薬草を焚き上げるなどの対策を取っていたが、完全に脅威を取り除く事は出来なかったと言う。
古来より人の安寧を脅かしてきた魔物の対処を考えるには、魔物をより詳しく知る必要がある。
ある昔、飽くなき探求心と趣味と好奇心に突き動かされた一人の研究者がいた。
彼は昼も夜も、雨や雷、嵐の中でも調査を続け、数々の結果と憶測から一つの疑問に辿り着いた。
ダンジョンより際限なく生まれる魔物達。その魔物達が番を作り、子を成しているとすれば、この世界は既に魔物で埋め尽くされているはずだと。
しかし魔物は子を持たず、群れは作っても家族を持たず。時として同族ですら自らが生きる為の糧とする。
強者だけが生き残る世界においてそんな物は必要ねぇ! と言わんばかりに、彼らは繁殖活動を行わなかった。
そして魔物を死なない程度に生きたまま解剖するというトチ狂った行動に出た研究者により、魔物には生殖機能が備わっていない事が判明。調査過程から魔物が生み出される周期の特定、強力な力を持つ魔物は生まれるのが極端に遅いといった事実が公表され、人々へと知れ渡った。
余談だが、一部の研究者の間ではダンジョンの事を“ペアレント”と呼称していたらしい。流行らなかったみたいだが。
──という事を授業で学んだような気が……、と首を傾げる。
しっかり覚えてんじゃねぇか、と感心した様子でエリックは頷く。
「あまり想像したくはなかったんだけどね……アタシらは、ユキの出自に企業が関係していると思ってる」
「クロトやカグヤが感じてる通り、こいつは狼と人、二つの姿に変身できる。授業で習っただろうが、犬人族や猫人族は人の身体に動物的な特徴があるだけで本物の犬や猫に変身するなんて真似は出来ねぇ」
「人狼族だけは満月の夜にのみ、狼に姿を変える事が出来たんだっけ……そうか、文献に基づいて考えれば昼間でも狼になれるのはおかしいのか」
そこまで言われてしまうと企業が関与しているのが否定できなくなってきた。あいつら、平気な顔で人体実験とかしそうだしな。
「そこら辺の事情について聞こうにもユキは自分の名前以外の記憶が曖昧でな」
「昔は苦労したねぇ。近づけば威嚇するわ、触ると噛みつくわ引っ掻くわで大変だった……そんな苦労があったからこそ、今のユキがいるんだけどね」
「へー……」
試しにユキに手を差し伸べる。
不思議そうに首を傾けるものの、一鳴きして、テーブル越しに頭を擦り付けてきた。ふっかふかな毛ですね。触り心地が良すぎる。
「初対面でいきなりガブガブしてきたからてっきり嫌われてんのかと思ったけど……ちなみにここまで心を許してる理由って分かる?」
「「知らね」」
「おい姉弟」
「真面目な話、お前はそういうのに好かれやすいんじゃねぇの? ソラだって生まれた時から普通に懐いてたんだろ?」
「そうだけど、それは刷り込みみたいなもんでしょ?」
「? ソラって誰だい?」
「俺の召喚獣の名前です。今は寝てますけど……」
ユキを撫でながら説明していると、召喚陣が出現し、ソラが勢いよく飛び出してきた。
『キュウ……ッ!』
機嫌悪そうだけど、どした?
ちょっと、頭を胸に押し付けるのやめて。宝石がゴリゴリ当たって痛いから。
「へぇ、可愛いじゃないか。ふわふわしてて、空き心地よさそうね?」
「ええ、そうなんですけど……んー、こんなに攻撃的になるなんて珍しいなぁ」
「お前がユキを撫でてるからじゃ……いや、なんでもねぇ」
とりあえず空いた方の手でソラを撫でる。
低く唸ってた割にはすんなり受け入れてくれた。次第に刺々しい雰囲気は無くなり、満足したのか肩に乗って頭を擦り寄せてくる。
それを見たユキがテーブルを飛び越えてきた。セリスが咎める隙も無く、ソラと同様に身体を密着させてくる。
一瞬で身体がもこもこに包まれた。なんだ、ここは天国か。
「ソラはともかく、ユキは一瞬で仲良くなってるし、マジでそういうスキルとか習得してんじゃねぇの?」
「どんなスキルだよ」
「むぅ……羨ましいな」
「ご飯できましたよー!」
子ども達の声を含めた先生の声が響く。
ソラが眠りそうだったので懐に潜り込ませ、先に行ったエリックとセリスの後についていく。
見覚えのあるシチュー、卵焼き。ワイルドな串焼き肉に野菜サラダ。鼻腔をくすぐる香ばしい香りが腹の虫を騒がせる。
我慢ならないと喉を鳴らすユキを伴って料理を運び出す。
……やっぱり子ども達の視線が痛いなぁ。
小さな窓から入る光が室内を照らす。乱雑に置かれた可変兵装モドキが転がり、ホコリを舞い上げた。
半年前に確認した時は掃除も整頓もされていたのに。面倒だと感じるだろうが、兄貴分としてはこういう所もしっかりしてほしいと思う。
軽く咳き込みながら、物置小屋という名の武器庫の中を歩く。
壁に掛けられた大小様々な武器を眺め、選別を始める。
近距離武装と魔導銃の要素を兼ね備えた可変兵装。廃棄される失敗作でも、その性能は高い。
近接武器としても優秀だが、特に魔導銃は凄まじい性能を誇っている。
元々、可変兵装はミスリルとその他の鉱石を混合させて編み出した特殊精製金属と呼ばれる人工金属で製造されている。
ミスリルの魔力伝導率をそのままに、魔力を収束・放出しやすい性質を持たせたこの金属によって魔導銃は鉛の弾丸と火薬を必要としなくなった。
使用者の魔力を収束させて射出する他、銃という事もあり多少の技術が要求されるが、それさえクリアすれば誰でも十分に扱える代物になり得る。
昔から大剣しか使ってない俺にとっては無用の物だったけど。
「……そういやあの大剣、《スクレップ》って言ってたっけな」
クロトから譲り受け、新しく自分の武器となった大剣を思い出す。
飾りの無い柄から伸びる、黒く刃の無い分厚い刀身。
鈍重な見た目を裏切るように、その重みは軽く、それでいて違和感を感じさせない。
もはや切断するよりは叩き潰す事に特化した為か、刃物というよりは鈍器といった方が正しいだろう。
スキルの補正があるとはいえ魔導人形の攻撃を耐え抜き、魔導銃をへし折るなど耐久性も高い。
しかしクロト曰く“徹夜明けの寝不足テンションで生み出してしまった最高級の駄作”らしい。
なんでも作製前の夜、“地獄の鉄剣千本打ち”と呼ばれる作業に参加させられてずっと剣を打っていたそうだ。
学園所属の鍛冶師と一緒に取り組み、疲労と眠気のダブルパンチで高まったテンションのまま、血迷ったのか大事に保管していた純黒鉱石に手を掛けてしまい──《スクレップ》が生まれた。
正気に戻った時には既に各種エンチャントを施していた為、鋳潰す方が勿体無かったと苦しげに呻いていた姿は記憶に新しい。
素材に助けられたに過ぎない武器を売る訳にもいかず、かといって捨てるにも未練が残る。
仕方なく自分で使おうと思って持ち出してきたみたいだが、この間の戦闘で俺の大剣が折れてしまった。
代わりの武器を探すのも面倒だろうし、良ければお前が使ってくれと譲渡される事に。
さすがに無償で貰うのもどうかと思ったのだが……。
『無駄に頑丈だけど、何が起きるか分からん武器に金を積むな』
鍛冶師としての意地があるようで、金を払うような武器じゃないと一蹴されてしまった。
単品素材であの強度、しかもエンチャントの内容を鑑みるにAランク相当の武器なんだが。
「あいつ意外と真面目な所があるっつーか、律儀っつーか……っと、こんなもんでいいか」
出来るだけ完成度の高い物を選び、被っていたホコリを払い落していると。
『のわぁああああああああっ!?』
「……あいつ、なに騒いでんだ?」
突然聞こえてきた間抜けな悲鳴に首を傾げながら、小屋の扉を開く──。
「──うーん、どこをどう見ても本物の人間としか思えないねぇ。こうして直に触らないと騙されちまうよ」
タロスの手を揉みながら、時折感心したように息を吐く。
楽し気に頬を緩ませ、セリスさんは輝いた目で手の平を見つめていた。
『魔導人形の身体は半分ほど有機素材で構成されていますので、見た目で判断するのは難しいと思います』
「初めてお会いした時は些細な違和感を感じましたが、関節の可動域を観察すれば違いがはっきり分かりますよ」
「平然と言ってますが、それで分かるのはカグヤさんとクロトさんくらいですよ……」
一目では判断出来ないほど人の構造に近づいた存在、という点では禁忌とされているホムンクルスに近いでしょう。
しかし人体の模倣人形とも称されたホムンクルスに比べれば感情は豊かであり、身体的強度も遥かに上回っている。そして、それぞれに自己の意思が存在し、学び、経験し、成長していく。
機械と肉体。交わるはずの無い二つが両立し、個として一定の調和を保っている。
研究者であり、魔術を知る者の観点から言わせてもらえば、タロスは──魔導人形は全く新しい種族の一つとして成り立つ可能性がある。
命の神秘に背く、神をも欺く所業。
酷く曖昧だが、築き上げた技術を以てして、何かを達成しようとする執念を感じる。
──考えすぎ、でしょうか? いけない。昔からの癖で、つい熟考に浸ってしまう。
クロトさんからも注意を受けてしまったのだから、気を付けないと。
自分の頬をペチペチと叩く。気付けばひとしきり感触を堪能したのか、セリスさんはタロスの手を放していた。
「企業の奴らは昔っからいけ好かないが、技術力だけは評価してやりたいねぇ」
『人間性はともかく、技術は本当に凄いので……』
「はははっ、タロスの方からそんな風に思われてるなんて笑える話だね! まっ、言いたい事も言えない奴よりかは正直で好感が持てるよ! ……っ、けほ、げほっ!」
一瞬、苦痛に顔を歪めた直後、激しく咳き込んだ。
慌ててカグヤさんがコップを手渡す。受け取り、中身を一気に飲み干し、胸を抑えて息を整え始めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、最近は特に多くてね……心配はいらないよ。十年前だったか? グリモワール全域に広まった流行り病にかかっちまったんだが、こんな場所じゃ医者もいないし、薬も無くて治らなかったんだ。数年前、迫害されてここに流れてきた医者には魔力が関係してる病気と言われたんだけどね」
「……魔力、ですか」
「そっ。こんな身体のせいで魔法は使えないし、魔法を受けたり、魔力を感じようとすれば今よりもっと酷く咳が出る。血を吐くのも珍しくないさ」
軽い口調で言っているが、魔力とは身体の中を流れる血液のような物。
魔力の源泉である心臓が血液と同時に体内へ循環させる事で、自然と肉体に魔力が馴染んでいく。
その結果、大気中の魔素を反応させて魔法を発動、魔力を用いる事で効果を発揮するスキルも扱えるようになります。
レアなケースになりますが、クロトさんは今まで魔力を感じた事が無かった為か、肉体の魔力抵抗が少なく暴走しやすい反面、強化による恩恵を強く受けていますね。
──ですが、それはあくまでクロトさんの場合です。
彼ですら魔力強化時は、肉体の軋みや悲鳴を抑え、多少の痛みを我慢していると言っていた。
これまで感じてきた痛みと積み重ねた経験により身体が鍛えられたおかげで、その程度で済んでいる。
しかしセリスさんは違う。彼女を今の状態のまま放置するのは危険だ。
本来であれば備わっているはずの魔力抵抗が無い上に、修道服で分かりにくいが体格は華奢。
手の甲は痩せこけていて、コップを持ち上げる手は揺れている。筋力が衰えている?
こうして息をしているのも辛いはずなのに、表情に出ていない。痛覚が薄れている?
今は、弦のように細い線で奇跡的に均衡が保たれているだけだ。早く治療しないと手遅れになるのは間違いない。
「──薬は、特効薬は、無かったんですか?」
「さあね。その医者は詳しい事を知ってたのかもしれないけど、数日後、魔物に襲われて腹の中に収まっちまってたみたいだから、結局話は聞けなかった。他にも《ディスカード》に流れてきたヤツがいたけど、全員がアタシやガキどもを見ると血相変えて逃げてって、勝手に孤立して死んでいったからね」
『名前は聞いてませんか? 分かれば私の方で検索を……』
セリスさんは首をゆっくりと横に振る。
「名前は教えてくれなかったよ。どうも秘密主義だったみたいでね、私を診てくれたのも気まぐれだったらしい」
「それは……」
『…………』
「……心配してくれるのは嬉しいよ。でも、アンタ達が気にするこたぁないさ。こうして生きてるんだ、今日明日明後日で死んじまう、なんて事にはならないよ」
沈痛な面持ちで俯く二人を、セリスさんが慰める。
特にカグヤさんは己の無力さを呪うように、両手が白むほど強く握り締めていた。
彼女は《グリモワール》に来てから、自身と他者の価値を比較するようになっている。
先日の依頼の時もそうだ。彼女は自分が班長として選抜された事に不満を持っていた。
自分より相応しい人が他にいる。なのに、どうして自分が選ばれたのか。
紙面へ綴られた客観的に見た能力と人柄を加味した結果だとしても──何故、自分なのかと。
……班長であるなら、強引にでもクロトさんを止めるべきだった、と思ってしまったのだ。
あの時、向けられた視線から目を背け、見ない振りをしてしまえばよかった。
そうすれば、彼は必要以上に傷を負う事も無かったのだと。あんなにも身体を酷使して、倒れてしまうくらいなら……と。
一瞬でも、そう思ってしまった事が、彼女の心に深々と突き刺さっていた。
危険を冒す者を心配するのは当然の事。だが、その思考を個人にだけ向けてしまった。
依頼に臨んだメンバー全員でなく、クロトさんへと。
期待、不安、焦燥、恐怖……多くの感情を押し付けてしまったことが。
自身が無力であるという事実を裏付けているように思えるのだと。潤んだ瞳を歪ませ、掠れた声音で伝えられた。
──肝心な時に動けない私に価値があるのか。これまでの修練も意味は無く、この手は何も掴めない。
──クロトさんなら何とか出来る、安心して任せられる……本当にそうだろうか?
──自分の感情を勝手に押し付けて責任を持つ事を放棄しているだけではないか。それが正しい事だと、思っているのか?
『私は……私が嫌いです。立場に揺さぶられる感情など、捨ててしまいたい』
ぽつり、と。零れ落ちた感情を無下にする事など、私には出来なかった。
つい最近の私もカグヤさんと似たような境遇に立たされていたから。
その苦しみを、痛みを知っているから──。
『ダメだ、一回も勝てねぇ……お前、本当に初めて遊んだのか?』
『そだよ。あっ、カグヤに先生。よかったら一緒にボードゲームで遊びません?』
『カグヤ様ミィナ様! 私からのお願いです! このボードゲーム、《レジストーン》で一緒にクロト様を倒しましょう!』
『『…………』』
ただ、まあ、その当人が普段と変わらない様子で声を掛けてくるので、別の意味で無力さを知ったとも語っていました。
しかし無意識な気遣いが彼女の心を修復し、以前より強く結び付く事に繋がったのだと思います。
“今の自分にしか出来ない事をやる”。
彼はその時の立場を利用して他班の救援に向かった。カグヤさんがいたからこそ、大胆な行動を取れたとも言えます。
“高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する”。
彼はその考えを少し拡大解釈している節が見られますが、他の生徒にも大切にして頂きたいですね。
ちなみに、何度か《レジストーン》でクロトさんと対戦しましたが、一度も勝てなかったです。
クロトさん、対戦相手の思考を十手以上先まで読んでいると言ってましたけど、その力を勉学に回す事は出来ませんか?
『──なんだか、騒がしくなってきましたね』
タロスの一言で、顔を上げる。
不思議に思ったカグヤさんが辺りを見渡す。
「確かに小さい気配をいくつも感じますね。魔物ではないようですが……」
「だとしたらガキどもだね。もうすぐ昼だし」
『先ほどお二人が外出していきましたが、出迎える為だったんですね』
各々が納得していると、突然。
『のわぁああああああああっ!?』
「「「『…………』」」」
聞き覚えのある声の悲鳴が聞こえてきた。
「……とりあえず、行こうか?」
「ええ」
「はい」
『そうですね』
全員が顔を合わせて立ち上がり、裏口から外に出る。
人が色々考えている時に、彼は一体何をやっているのだろうか──。
「た、食べないでくださーい!」
『グルルルル……!』
そこにいたのは、一般的な成人男性よりも巨躯である狼に組み伏せられ、青ざめた顔で命乞いをするクロトさんだった。
「ああっ、先生助けて! いや、カグヤでもタロスでもセリスでもいい!! このままじゃ食べられるッ! 骨の髄までッ!!」
「むしろそのまま食べられてください」
「ええええええっ!? あっちょっ待っ……」
バクリ。
「ノォオオオオオオオオオオッ!?!?」
『えっと、お助けした方が……』
「いえ、あの魔物から敵意を感じません。おそらく、じゃれているだけですよ」
「そもそも気配がおかしいです。なんというか、人と魔物が半分ずつ混ざり合っているような……」
「あーあーあー……先に言っておくべきだったか」
頬を掻きながら、セリスさんが前に出る。
「ユキ、放してやりな。その兄ちゃんはエリックの友達だよ」
『グァ?』
「おわぁああああああ……へぶしっ!」
ユキと呼ばれた狼が勢いよく振り向きながら口を開いた。
頭を咥えられていたクロトさんは投げ出され、小屋の近くに墜落。
同時に小屋の中から様子を覗き見ていたエリックさんが、可変兵装に似た武器を持って出てきた。
「災難だったな、クロト」
「お、お前、俺が襲われたの分かってて放置しやがったな……!」
「俺が毎回孤児院に帰るとお前と同じ目に遭ってると言ったら?」
「大変ですね」
「こいつ……」
「いて、いててっ! ちょっと、剣先で突っつくなよ!」
そんなやりとりを交わしながら、二人は狼の毛並みを撫でるセリスさんへ。
私たちも近づき、改めて全貌を確認する。
雪のように真白い毛、宝石のように碧い瞳。
気持ちよさげに喉を鳴らし、緩めた表情には野生という本能を微塵も感じない。
しかし魔物である事には変わりなく、高位の存在である事の象徴として滲み出す魔力は濃く、爪牙は瞳と同じ色を宿している。
「純粋な魔物、ではないんだな。人の気配も混じってる、って事は犬人族……じゃなくて、人狼族? あれ、でも人と狼だから魔物の気配がするのはおかしいな。っていうか生物学の授業で習ったけど、人狼族ってかなり珍しいんじゃなかったっけ?」
「珍しいも何も、既に絶滅しているはずですよ」
『……データベースを調べても情報がありませんね』
「それもそうでしょう。最後に生存が確認されたのは二百年前……当時の文献にも僅かな情報しか残っておらず、今でも秘密の多い種族として知られていますから」
「あー、えっと──」
それぞれが疑問を口にする中、エリックさんが何かを言い掛けて。
「やいやいやい!!」
元気の良い子共の声で遮られた。
「オマエら、ここをどこだと思ってんだい!」
「おれたちはフロウ孤児院をまもる戦士っ!」
「企業の手先になんか負けないぞッ!」
続々と現れる子ども達が武器を構える。
心なしか、その切っ先の全てがクロトさんへと向けられていた。
「あー……その、なんだ」
次から次へと。二転、三転と状況が変化していく。
困り果てたように、疲れたように。
僅かに陰りを含ませた笑みで。
「…………状況、整理しようか」
たった一言で、その場を締めた。
エリックとセリスの援護、そして渾身の俺は敵じゃないアピールで子ども達の警戒を薄れさせ、食事場に移動。
そのまま台所に移動する子ども達の後にセリスを除いた女性陣がついていく。どうやら昼食作りを手伝うつもりらしいが、大丈夫なのだろうか?
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そんな連中と一緒に居られるのだろうか……と、心配になって覗いてみた。
「初めまして、私はミィナ・シルフィリア。エリックさんが通う学園の教師をしています」
「エリックさんの同級生、シノノメ・カグヤといいます。今日はエリックさんのご厚意でお邪魔させていただいてます」
『私は魔導──いえ、タロスです。皆様とは……友達でして、お誘いを受けて遊びに来ました。よければ昼食のお手伝いをしたいと思ったのですが、よろしいでしょうか?』
「……みんな、どうする?」
「いいんじゃない? あの白衣の兄ちゃんより怪しくないし」
「でも料理できんのかな……」
「セリス姉ちゃんに手伝われるよりマシでしょ」
『……それもそっか!』
普通に馴染んでいた。
おっかしいなー? 一応こんなのと一緒にいた連中なんだから、もっと怪しんでもいいはずなんだけどなー?
まあ三人とも綺麗だし醸し出してるオーラが聖母みたいだから気を許すのも仕方ないっていうかむしろ自然の摂理と言っても過言ではないしほらそこの男子顔赤らめてるんじゃないよ手元見なさい指切るぞ。
案の定、男の子が指を切った。先生が治癒魔法を唱え始めたところでその場を離れる。
長テーブルの一部を占領するエリックの正面に座り、隣にいるセリスは今もなおユキと呼んだ狼の下顎を撫で続けていた。
「──聞きたい事は山ほどあるけど、まず最初に……その子はなんなんだ?」
セリスはふむ、と顎に手を当てて考え込む。
「絶滅したはずの人狼族の生き残り、って言って信じてくれたり……」
「数百年も存在を確認出来なかった異種族が、差別主義の根強い《グリモワール》で生き残っていたと考えるのは難しいよ」
「だよねー……。この子は、そうだね……人でありながら魔物でもある存在、半人半魔ってやつなのさ」
「…………魔物って繁殖しないんじゃなかったっけ?」
魔物はダンジョンから生み出される存在であり、国外、郊外で発見される魔物の多くは野良ダンジョンから這い出てきたのだと言われている。
そのせいで結界を持たず、冒険者のいない集落や村は常に魔物の脅威に晒されていた。
外壁を造り、魔物除けの薬草を焚き上げるなどの対策を取っていたが、完全に脅威を取り除く事は出来なかったと言う。
古来より人の安寧を脅かしてきた魔物の対処を考えるには、魔物をより詳しく知る必要がある。
ある昔、飽くなき探求心と趣味と好奇心に突き動かされた一人の研究者がいた。
彼は昼も夜も、雨や雷、嵐の中でも調査を続け、数々の結果と憶測から一つの疑問に辿り着いた。
ダンジョンより際限なく生まれる魔物達。その魔物達が番を作り、子を成しているとすれば、この世界は既に魔物で埋め尽くされているはずだと。
しかし魔物は子を持たず、群れは作っても家族を持たず。時として同族ですら自らが生きる為の糧とする。
強者だけが生き残る世界においてそんな物は必要ねぇ! と言わんばかりに、彼らは繁殖活動を行わなかった。
そして魔物を死なない程度に生きたまま解剖するというトチ狂った行動に出た研究者により、魔物には生殖機能が備わっていない事が判明。調査過程から魔物が生み出される周期の特定、強力な力を持つ魔物は生まれるのが極端に遅いといった事実が公表され、人々へと知れ渡った。
余談だが、一部の研究者の間ではダンジョンの事を“ペアレント”と呼称していたらしい。流行らなかったみたいだが。
──という事を授業で学んだような気が……、と首を傾げる。
しっかり覚えてんじゃねぇか、と感心した様子でエリックは頷く。
「あまり想像したくはなかったんだけどね……アタシらは、ユキの出自に企業が関係していると思ってる」
「クロトやカグヤが感じてる通り、こいつは狼と人、二つの姿に変身できる。授業で習っただろうが、犬人族や猫人族は人の身体に動物的な特徴があるだけで本物の犬や猫に変身するなんて真似は出来ねぇ」
「人狼族だけは満月の夜にのみ、狼に姿を変える事が出来たんだっけ……そうか、文献に基づいて考えれば昼間でも狼になれるのはおかしいのか」
そこまで言われてしまうと企業が関与しているのが否定できなくなってきた。あいつら、平気な顔で人体実験とかしそうだしな。
「そこら辺の事情について聞こうにもユキは自分の名前以外の記憶が曖昧でな」
「昔は苦労したねぇ。近づけば威嚇するわ、触ると噛みつくわ引っ掻くわで大変だった……そんな苦労があったからこそ、今のユキがいるんだけどね」
「へー……」
試しにユキに手を差し伸べる。
不思議そうに首を傾けるものの、一鳴きして、テーブル越しに頭を擦り付けてきた。ふっかふかな毛ですね。触り心地が良すぎる。
「初対面でいきなりガブガブしてきたからてっきり嫌われてんのかと思ったけど……ちなみにここまで心を許してる理由って分かる?」
「「知らね」」
「おい姉弟」
「真面目な話、お前はそういうのに好かれやすいんじゃねぇの? ソラだって生まれた時から普通に懐いてたんだろ?」
「そうだけど、それは刷り込みみたいなもんでしょ?」
「? ソラって誰だい?」
「俺の召喚獣の名前です。今は寝てますけど……」
ユキを撫でながら説明していると、召喚陣が出現し、ソラが勢いよく飛び出してきた。
『キュウ……ッ!』
機嫌悪そうだけど、どした?
ちょっと、頭を胸に押し付けるのやめて。宝石がゴリゴリ当たって痛いから。
「へぇ、可愛いじゃないか。ふわふわしてて、空き心地よさそうね?」
「ええ、そうなんですけど……んー、こんなに攻撃的になるなんて珍しいなぁ」
「お前がユキを撫でてるからじゃ……いや、なんでもねぇ」
とりあえず空いた方の手でソラを撫でる。
低く唸ってた割にはすんなり受け入れてくれた。次第に刺々しい雰囲気は無くなり、満足したのか肩に乗って頭を擦り寄せてくる。
それを見たユキがテーブルを飛び越えてきた。セリスが咎める隙も無く、ソラと同様に身体を密着させてくる。
一瞬で身体がもこもこに包まれた。なんだ、ここは天国か。
「ソラはともかく、ユキは一瞬で仲良くなってるし、マジでそういうスキルとか習得してんじゃねぇの?」
「どんなスキルだよ」
「むぅ……羨ましいな」
「ご飯できましたよー!」
子ども達の声を含めた先生の声が響く。
ソラが眠りそうだったので懐に潜り込ませ、先に行ったエリックとセリスの後についていく。
見覚えのあるシチュー、卵焼き。ワイルドな串焼き肉に野菜サラダ。鼻腔をくすぐる香ばしい香りが腹の虫を騒がせる。
我慢ならないと喉を鳴らすユキを伴って料理を運び出す。
……やっぱり子ども達の視線が痛いなぁ。
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