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【三ノ章】闇を奪う者
第三十七話 新たな力を手に入れて
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都市特有の鉄の臭いを紛らわす爽やかな緑を感じた。
病院の中庭。入院患者の体力づくりやリハビリの為か、舗装されたランニングコースがある中庭には小さな林があり、俺はその中を歩いている。
身の着身のまま。ただし腕と脚を固定していたギブスは取り外され、松葉杖無しで歩けるほど回復していた。
不調は全く無い。あれだけボロボロだった身体が入院から三日も経てば完治するというのは、普通は有り得ないのだが、この世界に来て一ヶ月、そういった認識も薄れてきていた。
「ふぅー……」
深く息を吐き、そして吸う。
青々とした香りが肺に満ちる。身体を巡る血液が酸素を全身にくまなく行き渡らせて、力が漲った。
両手を開いては握り、握っては開くを繰り返す。
「──よし、先生が来るまで準備体操しますか!」
両手で快音を打ち鳴らし、その場で軽く屈伸を始める。
その音に応える者はいない。
なぜなら今の時刻は朝の四時。まだ布団の温もりを恋しく思う明朝だったから──。
最早何の依頼をしていたのか分からないくらい複雑な様相を呈していたあの日から、三日。
グリモワールに来てからまだ一週間も経過していない事に、なんと密度の濃い毎日を過ごしていたのだろうと慄いたが、それなりに得た物もあった。
何かと話題に上がっていた処罰については聴取の内容を加味された結果──貴族や企業からの八つ当たり染みた圧力があったが、言い渡された内容は監視を付けられた上での数日間の謹慎。
本来の依頼である美術館の警護では襲撃犯を捕まえ、アーティファクトの輸送も自分たちではないとはいえ回収部隊が研究施設へと無事送り届けたので、その成功分も合わせての判断だった。
なお謹慎中の監視役として抜擢されたのはタロス。
なんでも自分から立候補したらしい。そして監視中、オペレーターとしての補助が完全ではなかった為、皆を危険に晒してしまったと落ち込んでいたようだ。
表情がコロコロと変わるので察しやすかったが、元気が無い様子をずっと見せられるのも嫌だし、タロスとしてもツラいだろう。
とりあえず全員生きてるから問題なし、次があればそうならないようにすればいい。
そう伝えると、幾分か気持ちが楽になったのか、徐々に笑顔を浮かべるようになってくれた。やったぜ。
その後はエリックたちを襲った魔導人形を破壊しなかった事について感謝されたり、エリックやカグヤなど他の班員と一緒にボードゲームで遊んで過ごした。
ちなみに、あまり話には出なかったが、依頼を軍から請け負い分校へ回したギルド支部の支部長が謝罪しに来た。
最悪死人が出てもおかしくなかった状況を個人で、しかも冒険者ランクDの新人が被害を食い止めたなど、他の冒険者が聞けば冗談だと笑い飛ばすほどの活躍ぶりに度肝を抜かれ、直接会って話がしたかったそうだ。
なんと警察と連携して各メディアへの情報統制を行い、依頼で起きた一連の流れは魔導人形の暴走による事故であると片付けたのだとか。
下世話な話、ギルドとしても犠牲や被害を出せば信頼を失うのは当たり前で。
ただの冒険者ならまだしも、学生冒険者が対象となればその重みも変わってくるようだ。
ましてや協力関係である学園と分校の生徒、しかも貴族も混じったメンバーから犠牲が出れば即座にクビを切られ、国外追放へのカウントダウンが始まる。
大袈裟な話だと笑えればよかったが、支部長自ら出向いて頭を下げる程の事態だ。
それにいくら情報を規制したとしても都市内部、しかも高速道路上での出来事だ。
渋滞に火災に傷害……当事者はもちろん、実際に発生した場面を目撃した者もいる。完全に隠し通せる訳ではない。
事実、“白衣を纏った青年が血みどろになりながら魔導人形と戦っていた”なんて話を病院で聞いた事がある。
人の噂も七十五日。いつかは薄れて消えていくものだと分かってはいるが、鼻の利くブン屋ってのはどこにでも湧いて出てきやがる。
支部長が単独でここに来ている時点で奴らは勘付くはずだ。
何か礼をさせてほしい。そう頭を下げる支部長に、別に来なくてもよかったのに、と辛辣に返しそうになった自分の頬を殴り抜いたのは記憶に新しい。
しかし何を要求すればいいのか咄嗟に出てこなかったので、保留にしておきますとは伝えておいた。
そして、個人的にこの三日間で最も重要だったと言えるのが──“虹の力”の訓練だ。
『──魔法位階、万能細胞? 聞いたことないんですけど、何ですかそれ?』
『そうだね、まずは魔法位階について……シルフィリア先生に教えてもらおうか』
『はあ……。別に構いませんが、これが終わったら部屋に戻ってちゃんと休んでくださいね?』
魔法位階。それは魔法に対する理解の深度であり、その分野に関わる者からは魔法の進化とも言われている。
適性のある魔法にどれだけ精通しているか。世界の法則を捻じ曲げる本質を、概念を明確に捉え、理解し、熟考し、真意を得ることで各位階へと到達できる。
第一位階、第二位階 第三位階 第四位階。
四つの位階があり、位階が上がっていくほど魔法の質が変化していく。
簡単な例を挙げるとすれば、火属性の魔法で攻撃系が得意な者が第一位階に到達すると、攻撃系の威力が桁違いに上昇し、反面拘束系など他系統の魔法が上手く発動しなくなる。
このように魔法が一つの形態に特化していくのが魔法位階の特徴である──特殊属性を除いて。
特殊属性は魔法という括りの中にありながら、その性質はかなり不安定だ。
血液魔法で言えば体内と触れてさえいれば体外の血液を自由自在に操る事が出来るが、本来の魔法が魔力を消費して火や水を生み出せるのに、血液を生成するのは不可能である。
このように致命的な欠点が存在しているのが特殊属性の第一位階だ。
そして、特殊属性は位階の上昇に応じて全く違う魔法へと進化する場合がある。
これらの説明を踏まえた上で、聞き慣れない単語であった万能細胞についてオルレスさんから語られた。
『万能細胞とは治癒魔法や回復魔法の発動時に生成される細胞の一種で、どんな生物の肉体であろうとその生物の、損傷した部位に合った細胞へ変化する性質を持っているんだ』
『傷口が縫われるように治るのはそういう仕組みだったのか……。でも、それが何か?』
『これは僕個人が調べた結果判明した事だけど、万能細胞は人が持つ自然治癒力が魔法によって促進し、過剰に増幅される事で発生する。そして細胞の励起が始まる瞬間、光が生まれる。ごく小さな、魔力で目を強化しないと見えないくらい小さな光だけどね? でも、その光は──』
──虹色に輝いていた。
ここまで説明されて察せないほど馬鹿ではない。
あの時、俺の身体から溢れた虹色の粒子は万能細胞であり、その場に居た皆の傷を癒したのだ。
それはつまり、血液魔法とは異なる全く新しい何か──。
──第二位階に到達し、進化した新たな魔法が発現していたのだ。
「……なーんて言って議論を交わして意見を求めて、練習もしてるけど、あれ以来出てこないんだよなぁ」
木の枝から逆さにぶら下がり、ため息を吐く。
俺はこの三日間で何とかして“虹の力”──便宜上、そう名付けた──を、もう一度発現できないかと特訓を行っていた。
正体が分かったのだから、次にやる事と来ればその力を使いこなせるようにしたかったのだ。
ほら、よく言うだろ? 大いなる力には大いなる重圧が伴うって。……ちょっと違うか?
まあそんな感じで、折角新しい魔法を得たのだからどうにかして物に出来ないかと模索していたのだが、これが上手くいかない。
そもそもの話、“虹の力”は万能細胞に関係する魔法なのか? という所だ。
これは俺が感じた事なのでオルレスさんにも伝えてないのだが、恐らく違うと思う。
考えてみれば、あの時は連戦の影響で魔力が枯渇寸前の状態だったのに発動した。あれだけ広範囲の魔法なら魔力消費もそれなりのはずだ。
“虹の力”が現れた瞬間に気を失っていてもおかしくない。それに──。
『──ふふっ』
毒に侵され、朦朧とした意識の中で確かに聞こえたあの声が、別の何かが関与していると思わせてくる。
俺以外には聞こえていなかったようだし、あれは一体何だったんだろうか?
虹に触れた時の温かさと親近感に……どこか懐かしさを抱いたのは何故だ?
「…………やめやめ。考えるだけで頭痛がしてきた」
熱を持ち始めた頭を振り、思考を切り替える。
そういえば、魔法位階なんて学園の授業でも習った記憶が無かった。だとすれば魔法位階自体の知名度はさほど高くないのかもしれない。
それこそシルフィ先生のような魔法に精通した者しか知り得ない情報なのだろう。もしかしたら一般的には秘匿とされている可能性だってある。
その辺りの話を聞きそびれてしまったのは痛いが、そんな物が一朝一夕でマスターできる訳がないし、大っぴらに見せるのも余計な混乱を招くだけだろう。
……あの場に居た全員に見られたのだからもはや手遅れだとか思ってはいけない。
あと、熟考するのも良くない。しかもぶら下がった状態だから頭に血が上ってきて気分が悪い。
朝のテンションに身を任せて忍者の真似事なんてしなければよかった。
身体を揺らして反動を利用し、足を離してくるり、と一回転して着地。デバイスを取り出して時刻を確認すると結構時間が経っていた。
念には念を、と思って準備をしていたが、さすがに時間を掛け過ぎたな。
「ソラ、起きてるか?」
召喚陣に手を突っ込み、ソラを引っ張り出す。
首根っこを掴んで持ち上げているのにかかわらず、呑気に自らの尻尾を抱いてスヤスヤと寝息を立てていた。
「まったく、少しは自分で起きる努力をしろって。……ほら、特訓するから起きなよ」
『キュ、キュウ~……?』
寝起きでフラフラしているソラを軽く小突いて、目を覚まさせる。
この三日間の間、何も虹の力だけに集中していた訳ではない。
依頼の際はあまりの強行軍のせいで手が回らなかったが、召喚獣を伴った戦闘が出来ていれば負担は減っていたかもしれなかった。
召喚獣について教えてくれたギルド職員から指導を受けつつ、少しずつ訓練を行っていたが今回の騒動で一緒に戦えていれば……ソラに泣き付かれなかったはずだ。
召喚士と召喚獣は契約により深く繋がれている。
だからこそ、お互いの身に何かが起こっているかも分かってしまう。
共に歩む者として尊い存在であり、ただ危険だからと戦わせないのは召喚獣の心を蔑ろにしているのと同じ。
力になれなくて、足りなくて悔しい思いを抱くのは召喚獣も一緒だ。
──ごめんな、ソラ。もうそんな思いをしなくていいように、一緒に強くなっていこう。
──キュイ!
「……でも、わざわざ夜中に頭突きで起こしてまで伝えなくても良かったのになぁ。その宝石、滅茶苦茶痛かったんだけど」
『キュ?』
「なんでもないよ。さ、次はあそこだ」
独り言に振り向いたソラへ指示を出す。
今やっているのは木の幹に印を書いて的として、そこに魔法を当てるだけのメイジやウィザードが行う魔法訓練だ。
ちゃんと病院側に許可は貰ってるので心配は無い。
「しかし、まさかソラに多属性の適性があったとは思わなかったな」
暇な時にシルフィ先生を交えて何か出来る? 的な話をしていた時、ソラが得意げに披露した魔法により判明した事だ。
易々と水、雷、風、光の四属性を発動させたのは驚いた。どうも召喚獣の中でもソラのように複数の属性が使えるのは珍しいみたいだ。
魔力量もAランクと非常に豊富なので、魔法を中心にした立ち回りをさせた方が良いと判断。威力と連射速度を上げる為に何度も魔法を使わせて慣れさせている。
ソラも自分の役割を理解しているのか、熱心に魔法を撃ち続けた結果、魔法の並列発動を会得していたり、中級魔法すら行使するようになっていた。
シルフィ先生の指導もあったからこその成長だと思うが、間違いなく俺より強いよね?
「ソラを相手にするのは骨が折れるよなぁ、これ」
「おはようございます、クロトさん。今日はいつもより早起きですね」
全ての的を撃ち抜いて戻ってきたソラを撫でていると、後ろから声を掛けられた。
「先生、おはようございます。すみません、こんな朝早くからまた……」
「いえいえ、私としても術式魔法の修練になりますから悪い事ではありませんし。それに、生徒の頼みを教師が断わる訳にはいかないでしょう?」
シルフィ先生はそう言って笑顔を向けてきた。可愛い、というか一生徒を相手にここまで親身に対応してくれる教師は珍しいよなぁ。小学校時代の恩師と同じくらいの菩薩的対応力だ。
「ありがとうございます──それじゃ早速、お願いします」
「はい、任されました」
ソラとデバイスを先生に預けて、俺は林の中でそこそこ開けた場所の中心に立つ。
これからは俺の特訓だ。これもソラの特訓と同様に以前からやっていた事だから慣れている。
「身体の調子が良いので最初から最速で」
頷いた先生から視線を外してロングソードを抜く。
両手で構えた瞬間、周囲の空間に透明な壁が生み出された。
正方形の大きな箱になっていくそれを眺めながら、身体に魔力を巡らせ強化する。
そして……。
幾重にも重なる魔法陣から放たれた魔法が、空間を蹂躙した──。
病院の中庭。入院患者の体力づくりやリハビリの為か、舗装されたランニングコースがある中庭には小さな林があり、俺はその中を歩いている。
身の着身のまま。ただし腕と脚を固定していたギブスは取り外され、松葉杖無しで歩けるほど回復していた。
不調は全く無い。あれだけボロボロだった身体が入院から三日も経てば完治するというのは、普通は有り得ないのだが、この世界に来て一ヶ月、そういった認識も薄れてきていた。
「ふぅー……」
深く息を吐き、そして吸う。
青々とした香りが肺に満ちる。身体を巡る血液が酸素を全身にくまなく行き渡らせて、力が漲った。
両手を開いては握り、握っては開くを繰り返す。
「──よし、先生が来るまで準備体操しますか!」
両手で快音を打ち鳴らし、その場で軽く屈伸を始める。
その音に応える者はいない。
なぜなら今の時刻は朝の四時。まだ布団の温もりを恋しく思う明朝だったから──。
最早何の依頼をしていたのか分からないくらい複雑な様相を呈していたあの日から、三日。
グリモワールに来てからまだ一週間も経過していない事に、なんと密度の濃い毎日を過ごしていたのだろうと慄いたが、それなりに得た物もあった。
何かと話題に上がっていた処罰については聴取の内容を加味された結果──貴族や企業からの八つ当たり染みた圧力があったが、言い渡された内容は監視を付けられた上での数日間の謹慎。
本来の依頼である美術館の警護では襲撃犯を捕まえ、アーティファクトの輸送も自分たちではないとはいえ回収部隊が研究施設へと無事送り届けたので、その成功分も合わせての判断だった。
なお謹慎中の監視役として抜擢されたのはタロス。
なんでも自分から立候補したらしい。そして監視中、オペレーターとしての補助が完全ではなかった為、皆を危険に晒してしまったと落ち込んでいたようだ。
表情がコロコロと変わるので察しやすかったが、元気が無い様子をずっと見せられるのも嫌だし、タロスとしてもツラいだろう。
とりあえず全員生きてるから問題なし、次があればそうならないようにすればいい。
そう伝えると、幾分か気持ちが楽になったのか、徐々に笑顔を浮かべるようになってくれた。やったぜ。
その後はエリックたちを襲った魔導人形を破壊しなかった事について感謝されたり、エリックやカグヤなど他の班員と一緒にボードゲームで遊んで過ごした。
ちなみに、あまり話には出なかったが、依頼を軍から請け負い分校へ回したギルド支部の支部長が謝罪しに来た。
最悪死人が出てもおかしくなかった状況を個人で、しかも冒険者ランクDの新人が被害を食い止めたなど、他の冒険者が聞けば冗談だと笑い飛ばすほどの活躍ぶりに度肝を抜かれ、直接会って話がしたかったそうだ。
なんと警察と連携して各メディアへの情報統制を行い、依頼で起きた一連の流れは魔導人形の暴走による事故であると片付けたのだとか。
下世話な話、ギルドとしても犠牲や被害を出せば信頼を失うのは当たり前で。
ただの冒険者ならまだしも、学生冒険者が対象となればその重みも変わってくるようだ。
ましてや協力関係である学園と分校の生徒、しかも貴族も混じったメンバーから犠牲が出れば即座にクビを切られ、国外追放へのカウントダウンが始まる。
大袈裟な話だと笑えればよかったが、支部長自ら出向いて頭を下げる程の事態だ。
それにいくら情報を規制したとしても都市内部、しかも高速道路上での出来事だ。
渋滞に火災に傷害……当事者はもちろん、実際に発生した場面を目撃した者もいる。完全に隠し通せる訳ではない。
事実、“白衣を纏った青年が血みどろになりながら魔導人形と戦っていた”なんて話を病院で聞いた事がある。
人の噂も七十五日。いつかは薄れて消えていくものだと分かってはいるが、鼻の利くブン屋ってのはどこにでも湧いて出てきやがる。
支部長が単独でここに来ている時点で奴らは勘付くはずだ。
何か礼をさせてほしい。そう頭を下げる支部長に、別に来なくてもよかったのに、と辛辣に返しそうになった自分の頬を殴り抜いたのは記憶に新しい。
しかし何を要求すればいいのか咄嗟に出てこなかったので、保留にしておきますとは伝えておいた。
そして、個人的にこの三日間で最も重要だったと言えるのが──“虹の力”の訓練だ。
『──魔法位階、万能細胞? 聞いたことないんですけど、何ですかそれ?』
『そうだね、まずは魔法位階について……シルフィリア先生に教えてもらおうか』
『はあ……。別に構いませんが、これが終わったら部屋に戻ってちゃんと休んでくださいね?』
魔法位階。それは魔法に対する理解の深度であり、その分野に関わる者からは魔法の進化とも言われている。
適性のある魔法にどれだけ精通しているか。世界の法則を捻じ曲げる本質を、概念を明確に捉え、理解し、熟考し、真意を得ることで各位階へと到達できる。
第一位階、第二位階 第三位階 第四位階。
四つの位階があり、位階が上がっていくほど魔法の質が変化していく。
簡単な例を挙げるとすれば、火属性の魔法で攻撃系が得意な者が第一位階に到達すると、攻撃系の威力が桁違いに上昇し、反面拘束系など他系統の魔法が上手く発動しなくなる。
このように魔法が一つの形態に特化していくのが魔法位階の特徴である──特殊属性を除いて。
特殊属性は魔法という括りの中にありながら、その性質はかなり不安定だ。
血液魔法で言えば体内と触れてさえいれば体外の血液を自由自在に操る事が出来るが、本来の魔法が魔力を消費して火や水を生み出せるのに、血液を生成するのは不可能である。
このように致命的な欠点が存在しているのが特殊属性の第一位階だ。
そして、特殊属性は位階の上昇に応じて全く違う魔法へと進化する場合がある。
これらの説明を踏まえた上で、聞き慣れない単語であった万能細胞についてオルレスさんから語られた。
『万能細胞とは治癒魔法や回復魔法の発動時に生成される細胞の一種で、どんな生物の肉体であろうとその生物の、損傷した部位に合った細胞へ変化する性質を持っているんだ』
『傷口が縫われるように治るのはそういう仕組みだったのか……。でも、それが何か?』
『これは僕個人が調べた結果判明した事だけど、万能細胞は人が持つ自然治癒力が魔法によって促進し、過剰に増幅される事で発生する。そして細胞の励起が始まる瞬間、光が生まれる。ごく小さな、魔力で目を強化しないと見えないくらい小さな光だけどね? でも、その光は──』
──虹色に輝いていた。
ここまで説明されて察せないほど馬鹿ではない。
あの時、俺の身体から溢れた虹色の粒子は万能細胞であり、その場に居た皆の傷を癒したのだ。
それはつまり、血液魔法とは異なる全く新しい何か──。
──第二位階に到達し、進化した新たな魔法が発現していたのだ。
「……なーんて言って議論を交わして意見を求めて、練習もしてるけど、あれ以来出てこないんだよなぁ」
木の枝から逆さにぶら下がり、ため息を吐く。
俺はこの三日間で何とかして“虹の力”──便宜上、そう名付けた──を、もう一度発現できないかと特訓を行っていた。
正体が分かったのだから、次にやる事と来ればその力を使いこなせるようにしたかったのだ。
ほら、よく言うだろ? 大いなる力には大いなる重圧が伴うって。……ちょっと違うか?
まあそんな感じで、折角新しい魔法を得たのだからどうにかして物に出来ないかと模索していたのだが、これが上手くいかない。
そもそもの話、“虹の力”は万能細胞に関係する魔法なのか? という所だ。
これは俺が感じた事なのでオルレスさんにも伝えてないのだが、恐らく違うと思う。
考えてみれば、あの時は連戦の影響で魔力が枯渇寸前の状態だったのに発動した。あれだけ広範囲の魔法なら魔力消費もそれなりのはずだ。
“虹の力”が現れた瞬間に気を失っていてもおかしくない。それに──。
『──ふふっ』
毒に侵され、朦朧とした意識の中で確かに聞こえたあの声が、別の何かが関与していると思わせてくる。
俺以外には聞こえていなかったようだし、あれは一体何だったんだろうか?
虹に触れた時の温かさと親近感に……どこか懐かしさを抱いたのは何故だ?
「…………やめやめ。考えるだけで頭痛がしてきた」
熱を持ち始めた頭を振り、思考を切り替える。
そういえば、魔法位階なんて学園の授業でも習った記憶が無かった。だとすれば魔法位階自体の知名度はさほど高くないのかもしれない。
それこそシルフィ先生のような魔法に精通した者しか知り得ない情報なのだろう。もしかしたら一般的には秘匿とされている可能性だってある。
その辺りの話を聞きそびれてしまったのは痛いが、そんな物が一朝一夕でマスターできる訳がないし、大っぴらに見せるのも余計な混乱を招くだけだろう。
……あの場に居た全員に見られたのだからもはや手遅れだとか思ってはいけない。
あと、熟考するのも良くない。しかもぶら下がった状態だから頭に血が上ってきて気分が悪い。
朝のテンションに身を任せて忍者の真似事なんてしなければよかった。
身体を揺らして反動を利用し、足を離してくるり、と一回転して着地。デバイスを取り出して時刻を確認すると結構時間が経っていた。
念には念を、と思って準備をしていたが、さすがに時間を掛け過ぎたな。
「ソラ、起きてるか?」
召喚陣に手を突っ込み、ソラを引っ張り出す。
首根っこを掴んで持ち上げているのにかかわらず、呑気に自らの尻尾を抱いてスヤスヤと寝息を立てていた。
「まったく、少しは自分で起きる努力をしろって。……ほら、特訓するから起きなよ」
『キュ、キュウ~……?』
寝起きでフラフラしているソラを軽く小突いて、目を覚まさせる。
この三日間の間、何も虹の力だけに集中していた訳ではない。
依頼の際はあまりの強行軍のせいで手が回らなかったが、召喚獣を伴った戦闘が出来ていれば負担は減っていたかもしれなかった。
召喚獣について教えてくれたギルド職員から指導を受けつつ、少しずつ訓練を行っていたが今回の騒動で一緒に戦えていれば……ソラに泣き付かれなかったはずだ。
召喚士と召喚獣は契約により深く繋がれている。
だからこそ、お互いの身に何かが起こっているかも分かってしまう。
共に歩む者として尊い存在であり、ただ危険だからと戦わせないのは召喚獣の心を蔑ろにしているのと同じ。
力になれなくて、足りなくて悔しい思いを抱くのは召喚獣も一緒だ。
──ごめんな、ソラ。もうそんな思いをしなくていいように、一緒に強くなっていこう。
──キュイ!
「……でも、わざわざ夜中に頭突きで起こしてまで伝えなくても良かったのになぁ。その宝石、滅茶苦茶痛かったんだけど」
『キュ?』
「なんでもないよ。さ、次はあそこだ」
独り言に振り向いたソラへ指示を出す。
今やっているのは木の幹に印を書いて的として、そこに魔法を当てるだけのメイジやウィザードが行う魔法訓練だ。
ちゃんと病院側に許可は貰ってるので心配は無い。
「しかし、まさかソラに多属性の適性があったとは思わなかったな」
暇な時にシルフィ先生を交えて何か出来る? 的な話をしていた時、ソラが得意げに披露した魔法により判明した事だ。
易々と水、雷、風、光の四属性を発動させたのは驚いた。どうも召喚獣の中でもソラのように複数の属性が使えるのは珍しいみたいだ。
魔力量もAランクと非常に豊富なので、魔法を中心にした立ち回りをさせた方が良いと判断。威力と連射速度を上げる為に何度も魔法を使わせて慣れさせている。
ソラも自分の役割を理解しているのか、熱心に魔法を撃ち続けた結果、魔法の並列発動を会得していたり、中級魔法すら行使するようになっていた。
シルフィ先生の指導もあったからこその成長だと思うが、間違いなく俺より強いよね?
「ソラを相手にするのは骨が折れるよなぁ、これ」
「おはようございます、クロトさん。今日はいつもより早起きですね」
全ての的を撃ち抜いて戻ってきたソラを撫でていると、後ろから声を掛けられた。
「先生、おはようございます。すみません、こんな朝早くからまた……」
「いえいえ、私としても術式魔法の修練になりますから悪い事ではありませんし。それに、生徒の頼みを教師が断わる訳にはいかないでしょう?」
シルフィ先生はそう言って笑顔を向けてきた。可愛い、というか一生徒を相手にここまで親身に対応してくれる教師は珍しいよなぁ。小学校時代の恩師と同じくらいの菩薩的対応力だ。
「ありがとうございます──それじゃ早速、お願いします」
「はい、任されました」
ソラとデバイスを先生に預けて、俺は林の中でそこそこ開けた場所の中心に立つ。
これからは俺の特訓だ。これもソラの特訓と同様に以前からやっていた事だから慣れている。
「身体の調子が良いので最初から最速で」
頷いた先生から視線を外してロングソードを抜く。
両手で構えた瞬間、周囲の空間に透明な壁が生み出された。
正方形の大きな箱になっていくそれを眺めながら、身体に魔力を巡らせ強化する。
そして……。
幾重にも重なる魔法陣から放たれた魔法が、空間を蹂躙した──。
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ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
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カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
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