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【三ノ章】闇を奪う者
幕間 錯綜する闇
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「ずいぶんと無様な姿を晒したようだな、ルーザー」
「……申し訳ありません、父上」
ビルの灯りが室内をにわかに照らす。
背を向けた父が苛立ちを含めて言い放った言葉を反芻しながら、私は頭を下げる。
「仕事を任せられる人材というのは、任せた当人が相手をよく信頼している事が前提となっている。ルーザー、お前はこれまで《デミウル》の中で数々の功績を残し、社員や他の貴族とも有効的な関係を築いている。そういった事実を踏まえて、私はお前に託したのだがな……」
確かな失望が含む吐息が零れる。
言い訳がましいが、そもそも今回の依頼はイレギュラーが多過ぎたのだ。
謎の魔導人形による襲撃、クロトとサイネの救援。
軍や《デミウル》などの大企業ですら全体を知る事が出来ないカラミティの構成員が接触してきたのだ。
そして、クロトが出現させた“虹の力”。
殺害に成功したというのに、ヤツのせいでラティアは息を吹き返した。
あと一歩、足りなかった。あと少しで、全てが上手くいくはずだったのに──。
期待に応えられなかった不甲斐ない気持ちが拳を握らせる。食い込んだ爪が手の平に傷をつけた。
「だが、おかげで別の計画が進行しそうだ。その点に関しては褒めておこう」
室内を包んでいた重苦しい空気が薄らぐ。はっと視線を上げると、こちらに振り向いた父が書類の束を机の上に放り投げた。
「別の計画……まさか!?」
「ああ。報告にあったラティアの命を救ったという虹──特殊属性でありながら本来の能力とは異なる進化を遂げるか……ただの凡人だと侮っていたが、まさか第二位階に到達するとはな」
低く、しかし喜色を滲ませた声で。
「アカツキ・クロト。奴の力が、データがあれば、我らの悲願は果たされる。今を生き、未来を望み、世界をこの手に納める力──永遠の命を!!」
両手を振り上げ、嬉々として叫び、笑う。
狂気に囚われた科学者としての一面を覗かせる父の姿に背筋が凍りつく。
感じた恐怖から目を逸らせば、机上に散らばった書類が目に入る。
その表紙には、“エリクシル計画”と書かれていた──。
「な、なんなんだあの少年は……!? 既存の魔導人形よりも出力・性能を上回る新型をたった一人で制圧!?」
『……』
「しかし転送装置が破壊される前に、感情のデータ化と転送は既に終えていてよかった……だが、彼は何故とどめを刺さなかった? 緊急停止状態の魔導人形に打撃を与えれば簡単に破壊する事が可能だというのに……」
『…………』
「おかげで三人を回収する事が出来たが、損傷がかなり激しい。整備と調整をして、もう一度動けるようにしてやらないといけない」
『はかせ、出かけてくる』
「ん? ああ、散歩か。気を付けて行くんだよ?」
『うん。でも、クロトに会ってくるから、しばらく帰らない』
「──…………ん? えっ、待って。今、誰と会ってくるって言った? 明らかに男の子な名前だよね? しかも帰らない? ねえ、ちょっと詳しく聞かせてくれないか、っていなくなるの早っ!?」
「やれやれ……長い付き合いだけど、ファーストの行動力を見誤ってたね。まさか一日と経たず彼に接触するとは……」
廃工場の中。穏やかな月の灯りが窓から入り込み、視界を淡く照らしている。
廃材の上に座る青年は小さく息を吐いた。積み重なった心労から吐き出される僅かな感情が、工場内を静かに反響する。
「ファーストも彼女と出会った後だったから気が立っていたんだろうね。おまけに僕も焚き付けてしまったのだから、即座に行動を起こすのも無理はないか」
だが、そのおかげで収穫もあった。
元々は彼を紅の魔剣と接触させて、眠っていた魔剣を覚醒させる事が目的だった。
彼がアーティファクトの護衛メンバーに選ばれず、さらには魔導人形の襲撃など。様々な事態が発生したとはいえ、最終的に目的は達成されたのだ。
それどころか大きなプラスがあった。覚醒していたはずの蒼の魔剣が、彼に触れられた事で本来の能力を取り戻したのだ。
「やはり彼は僕達に必要な存在だ。より高みに、頂点に近づく為には彼を利用する他に選択肢はない……ああ、なんて楽しいゲームなんだ」
現状の使える駒、手札、盤面の状況を加味した上で、青年は笑う。
無邪気なまでに、幼子のように笑みを浮かべた口角が闇に溶けていく。
それぞれの思惑が交差する場所にアカツキ・クロトは立っている。
彼の進む未来は暗く、未知なる道の先は見えない。
いくつもの困難が立ち塞がるであろう。いくつもの障害が罠となるだろう。
それでも──それでも、彼は歩んでいく。
見出した答えを、否定しない為に。
「……申し訳ありません、父上」
ビルの灯りが室内をにわかに照らす。
背を向けた父が苛立ちを含めて言い放った言葉を反芻しながら、私は頭を下げる。
「仕事を任せられる人材というのは、任せた当人が相手をよく信頼している事が前提となっている。ルーザー、お前はこれまで《デミウル》の中で数々の功績を残し、社員や他の貴族とも有効的な関係を築いている。そういった事実を踏まえて、私はお前に託したのだがな……」
確かな失望が含む吐息が零れる。
言い訳がましいが、そもそも今回の依頼はイレギュラーが多過ぎたのだ。
謎の魔導人形による襲撃、クロトとサイネの救援。
軍や《デミウル》などの大企業ですら全体を知る事が出来ないカラミティの構成員が接触してきたのだ。
そして、クロトが出現させた“虹の力”。
殺害に成功したというのに、ヤツのせいでラティアは息を吹き返した。
あと一歩、足りなかった。あと少しで、全てが上手くいくはずだったのに──。
期待に応えられなかった不甲斐ない気持ちが拳を握らせる。食い込んだ爪が手の平に傷をつけた。
「だが、おかげで別の計画が進行しそうだ。その点に関しては褒めておこう」
室内を包んでいた重苦しい空気が薄らぐ。はっと視線を上げると、こちらに振り向いた父が書類の束を机の上に放り投げた。
「別の計画……まさか!?」
「ああ。報告にあったラティアの命を救ったという虹──特殊属性でありながら本来の能力とは異なる進化を遂げるか……ただの凡人だと侮っていたが、まさか第二位階に到達するとはな」
低く、しかし喜色を滲ませた声で。
「アカツキ・クロト。奴の力が、データがあれば、我らの悲願は果たされる。今を生き、未来を望み、世界をこの手に納める力──永遠の命を!!」
両手を振り上げ、嬉々として叫び、笑う。
狂気に囚われた科学者としての一面を覗かせる父の姿に背筋が凍りつく。
感じた恐怖から目を逸らせば、机上に散らばった書類が目に入る。
その表紙には、“エリクシル計画”と書かれていた──。
「な、なんなんだあの少年は……!? 既存の魔導人形よりも出力・性能を上回る新型をたった一人で制圧!?」
『……』
「しかし転送装置が破壊される前に、感情のデータ化と転送は既に終えていてよかった……だが、彼は何故とどめを刺さなかった? 緊急停止状態の魔導人形に打撃を与えれば簡単に破壊する事が可能だというのに……」
『…………』
「おかげで三人を回収する事が出来たが、損傷がかなり激しい。整備と調整をして、もう一度動けるようにしてやらないといけない」
『はかせ、出かけてくる』
「ん? ああ、散歩か。気を付けて行くんだよ?」
『うん。でも、クロトに会ってくるから、しばらく帰らない』
「──…………ん? えっ、待って。今、誰と会ってくるって言った? 明らかに男の子な名前だよね? しかも帰らない? ねえ、ちょっと詳しく聞かせてくれないか、っていなくなるの早っ!?」
「やれやれ……長い付き合いだけど、ファーストの行動力を見誤ってたね。まさか一日と経たず彼に接触するとは……」
廃工場の中。穏やかな月の灯りが窓から入り込み、視界を淡く照らしている。
廃材の上に座る青年は小さく息を吐いた。積み重なった心労から吐き出される僅かな感情が、工場内を静かに反響する。
「ファーストも彼女と出会った後だったから気が立っていたんだろうね。おまけに僕も焚き付けてしまったのだから、即座に行動を起こすのも無理はないか」
だが、そのおかげで収穫もあった。
元々は彼を紅の魔剣と接触させて、眠っていた魔剣を覚醒させる事が目的だった。
彼がアーティファクトの護衛メンバーに選ばれず、さらには魔導人形の襲撃など。様々な事態が発生したとはいえ、最終的に目的は達成されたのだ。
それどころか大きなプラスがあった。覚醒していたはずの蒼の魔剣が、彼に触れられた事で本来の能力を取り戻したのだ。
「やはり彼は僕達に必要な存在だ。より高みに、頂点に近づく為には彼を利用する他に選択肢はない……ああ、なんて楽しいゲームなんだ」
現状の使える駒、手札、盤面の状況を加味した上で、青年は笑う。
無邪気なまでに、幼子のように笑みを浮かべた口角が闇に溶けていく。
それぞれの思惑が交差する場所にアカツキ・クロトは立っている。
彼の進む未来は暗く、未知なる道の先は見えない。
いくつもの困難が立ち塞がるであろう。いくつもの障害が罠となるだろう。
それでも──それでも、彼は歩んでいく。
見出した答えを、否定しない為に。
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